筆者の生業はサイエンスライターである。とくに古生物学を軸としており、毎年、夏が近づくと、仕事量が増大する。仕事量が増えるにともなって、新たに多くの人々と出会うことになる。新たな出会いは、この仕事の魅力の一つだ。
さて、今にはじまったことではないが、それでも最近はとくに、出会った人々から次のような話を切り出されることが多い。
「恐竜の研究って、進んでいるんですね。最近(の復元)は、ティラノサウルスにも羽毛がモフモフでびっくりしました」
最初に書いておこう。
ティラノサウルスに羽毛があったかどうかは、よくわかっていない。
そこで、この記事では「よくわかっていない」理由について、くわしくみていくことにしよう。
全身羽毛のティラノサウルス。モフモフ感のある復元(服部雅人氏提供)
おそらく「子どもの頃から恐竜ファンで、ずっと恐竜情報に気をつけてきた」という方々と、「子どもの頃は恐竜ファンだったけれど、その後は恐竜情報から遠ざかってきた」という方々では、いわゆる「情報格差」が存在している。ずっと恐竜情報を気にかけてきたという方々は、近年の図鑑などに登場する恐竜に羽毛が生えるに至る経緯をご承知だろう。
注意が必要なのは、例えば自分のお子さんが恐竜に触れるようになって「久しぶりに恐竜情報に触れてみた」という方々である。羽毛恐竜の「登場と“普及”の経緯」をすっとばして、現在の“結果”をご覧頂いてるわけで、そうした場合に「ティラノサウルスにはモフモフの羽毛があった」とやや断定調に感じられがちだ。むしろ、そうした情報の更新を「科学の進歩」ととらえて、歓迎している風潮さえ見受けられる。
重ねて、そういった方々にお伝えしておくと、「ティラノサウルスに羽毛があったかどうかは、よくわかっていない」のである。
そもそも、発見されているすべての恐竜化石から羽毛、もしくは羽毛の痕跡が発見されているわけではない。
羽毛のような「本来は化石として残りにくいもの」が化石として残る場合には特殊な環境が必要であり、そうした特殊な環境で堆積したごくわずかな地層でのみ、羽毛や、羽毛の痕跡が保存される。そうした化石産地の代表としては、ドイツのゾルンホーフェン(「始祖鳥」の産地で知られる)と、中国遼寧省が挙げられる。
これまでに1000種前後の恐竜化石が報告されている。その中ではっきりと羽毛、もしくは羽毛の痕跡が確認されているのは、ごく一部である。
ごく一部の恐竜にしか羽毛が発見されていないのに、近年描かれる恐竜の復元イラストが羽毛だらけになっているのには理由がある。
上述のように、羽毛もしくは羽毛の痕跡が化石として残るには、「特殊な環境」が必要だ。このことは、「羽毛もしくは羽毛の痕跡が化石になっていなくても、それは地層の堆積した環境が原因」と言い換えることもできる。すなわち、羽毛もしくは羽毛の痕跡が化石として保存されていなくても、「生きていたときには羽毛があったかもしれない」ということになる。
このとき、有力な手がかりとされるのが、近縁種がまとまってつくられるグループの概念だ。羽毛が確認されているごく一部の恐竜たちは、都合の良いこと(?)にさまざまなグループに分類される。例えば、Aというグループに所属する羽毛恐竜もいれば、Bというグループに所属する羽毛恐竜もいる。すると、「同じAやBに所属するグループであれば、羽毛があっても不思議ではない」ということになる。羽毛が発見されていないのは、「発見されていないだけ」というわけだ。近年の恐竜の復元イラストに羽毛が多い理由はここにある。
では、問題のティラノサウルス(Tyrannosaurus)についてはどうだろうか?
まず、最も大事なポイントとして、これまでに約50体報告されているティラノサウルスの化石において、羽毛、および羽毛の痕跡が確認された例はない。
では、グループでみるとどうなるのか?
いささかややこしいネーミングだが、ティラノサウルスは「ティラノサウルス類」というグループに属している。このグループには、みなさんがよくご存知のティラノサウルスの他にも、多くの近縁の恐竜が属している。その中には、全長約1.6mほどのの小型種が含まれていて、この小型種に羽毛が確認されている。
「おお、では、やはり、ティラノサウルスに羽毛があってもいいじゃないか!」
と即断することなかれ。「小型種」というのが鍵となる。
そもそも羽毛の役割として、「保温」があったと考えられている。
小さな個体は、大きな個体よりも熱を逃がしやすい。言い換えれば、大型種は小型種よりも熱を逃がしにくい。そのため、小型種が羽毛をもっていたとしても、必ずしも大型種が羽毛をもっていたとは断言できないのだ。熱を逃がしにくい大型種がモフモフの羽毛で覆われていれば、熱が逃げずにオーバーヒートしてしまうことになる(もっとも、小型種に羽毛が確認されたことで、ティラノサウルスの「幼体」が羽毛をもっていた可能性は高くなった)。
そうした背景の中、2012年に中国から全長9mの羽毛をもったティラノサウルス類が報告され、「ユティラヌス(Yutyrannus)」と名づけられた。この学名は、なんと「羽の暴君」という意味である。命名者のセンスが光る。
全長9mの羽毛をもった近縁種「ユティラヌス」(服部雅人氏提供)
「全長9m」という値は、ティラノサウルスの「全長12m」という値にはおよばないけれども、肉食恐竜の中では大型の部類に入る。この発見をもってして、ティラノサウルスに羽毛があったとみても不思議ではない。
「それ見ろ。やはり、ティラノサウルスに羽毛があってもいいじゃないか!」
との判断は、実はまだ早い。ユティラヌスを報告した論文内で著者たちは、ユティラヌスの暮らしていた環境が、年平均気温10℃という寒冷な場所だったと指摘しているのである。この年平均気温は、現在の青森県弘前市の年平均気温と同じである(気象庁のHPより)。つまり寒いから大型種でも羽毛が必要であり、オーバーヒートしなかった、という可能性があるのだ。
これは、ティラノサウルスの暮らしていた温暖な森林とは、ずいぶんと異なる環境である。
こうした諸般の事情を鑑みて、重ねて述べると「ティラノサウルスに羽毛があったかどうかは、よくわかっていない」ということになる。念のために書いておけば、これは科学の「後退」では決してない。「進歩」したからこそ、「わからなくなった」のだ。これぞ、古生物学の醍醐味であり、科学の楽しさであると筆者は考える。
筆者も編集業を行うことがあるし、編集者とともに行動することも少なくない。編集という立場からティラノサウルスを含む恐竜たちの復元画の監修を研究者に依頼する場合、最近では「羽毛を生やしますか?」「生やすとしたら、長さや密度はどうしますか?」と質問し、確認をとることが通例となっている。正直なところ、監修者の判断に頼らざるを得ないのが、現状のティラノサウルスの復元である。
ティラノサウルスに羽毛があったのか?
羽毛なんてなかったのかもしれないし、からだの一部だけ生えていたのかもしれない。もしも、全身がモフモフだったとしたら、「君は、暑くはないのか?」とティラノサウルス“本人”に問いかけてみたい。暑くはない何らかの理由があるだろうし、そこを追求するのも科学である。
羽毛のないティラノサウルスの復元(服部雅人氏提供)
一部にだけ羽毛を生やしたティラノサウルスの復元(服部雅人氏提供)
「えー! ティラノサウルスに羽毛があったの!? モフモフなの!?」と感じられたら、「えー!」の段階で、まずは情報の確認(いわゆる「ウラ」)をとってみよう。その復元画を信じ込む前に、どのような意図で描かれたものなのかを探ってみてほしい。そして、復元がなされるにいたる“経緯”の楽しみを感じて頂ければと思う。
科学の楽しみの一端がそこにあるはずだ。
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サイエンスライター。2003年、金沢大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。専門は地質学、古生物学。その後、科学雑誌『Nweton』編集部勤務を経て、現在は「オフィス ジオパオレント」代表。専門家への取材と、資料に基づく、科学的でわかりやすい記事に定評がある。(著者近影は、柴田竜一写真事務所の撮影による)
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