先日、「世界最大の恐竜化石発見」のニュースが各メディアで一斉に報じられた。
しかし、この報道は根拠の非常に薄弱なものだった。
実は「草食恐竜」や「毛の生えたティラノサウルスの復元図」など、古生物学に限って言っても、不正確な科学報道は多いのだ。
このような不正確な報道が相次ぐ背景には、ソースとなるべき通信社が配信した記事を、専門家ではない記者たちが、そのまま孫引きしていくという、マスメディアの構造的問題がある。
我々は、政治・社会に関する記事だけでなく、科学報道においても、必ずしも正確な事実が報じられているわけではないことを意識し、多角的な情報を摂取していく必要がある。
夏である。子供たちの夏休みにあわせて、全国で恐竜関連の企画展が多くなり、あわせて関連ニュースも増える。
さて、2014年5月、各紙が一斉に報じた恐竜ニュースがある。それは「アルゼンチンで、世界最大の恐竜化石を発見か」というものだ。
アルゼンチンのエギディオ・フェルギリオ古生物学博物館が、「パタゴニア地方の約9500万年前(白亜紀後期)の地層から巨大な恐竜の骨を発見」と発表したもので、これをイギリスBBCが報じ、共同通信などが配信した。エギディオ・フェルギリオ古生物学博物館の発表によれば、新たに発見された恐竜は、推定全長40m、推定体重80tに達するという。
もちろん、新たな恐竜化石が発見され、注目が集まるということはうれしいことである。
しかし忘れてはいけないのは、このニュースの出元は博物館のプレスリリースだけということである。言い換えれば、論文になったものではない、ということだ。
博物館のウェブサイトにも掲載されているプレスリリース。英語版すらない。
http://www.mef.org.ar/
小保方氏のSTAP細胞問題でも注目されたが、基本的に科学的な報道は、学術論文の発表にもとづくことが望ましい(STAP細胞問題では、その論文に不正があったことが大問題なのだが)。論文になるということは、科学的な検証がなされるということだからだ。
博物館や大学、公的研究所などのプレスリリースにも一定の信頼性があるが、「研究者も人である」ということを忘れてはいけない。
たしかに博物館の公式サイトで40mという発表はなされているけれども、とくに大型恐竜に関しては、最初の発表ではサイズが"実際"よりも大きくなりがちである。検証を経て論文になる段階で、サイズが小さくなることが往々にしてあるのだ。
誰だって最大が好きなのであり、それには第一報を打つ側(今回であれば博物館)もそうだし、マスメディア(配信元の時事通信や、それを取り上げた各媒体)の別はない(何より、「最大」と発表すれば、今回のように各メディアが注目してくれる!)。
ちなみに、これまでに「最大級」とされている恐竜の全長は34〜36mである。「最大」ではなくて「最大級」とあるところに不確定要素がつきまとう。大きな恐竜ほど、その全身が発見されることはかなりまれで、だからこそ基本的には「推測値」なのだ。
また、36mの種に関しても「これ以上大きくなると、生物的に存在できないのでは」という指摘がある。「40m」という数字は「なぜ生きていけたのか」という疑問に向き合わなければいけない値でもある。この数値は簡単にあつかえるものではない。
言い換えれば、「40m」が真実ならば、今後の恐竜研究に関してさまざまな課題がもちあがることになる。その課題をクリアすることとなれば、恐竜に関して新たな見方が提案されることになるかもしれない。それはそれで、かなり楽しみな話だ。
先の報道では、もう一つ残念なことがある。
最大級とされる恐竜は、いずれも「竜脚類」といわれるグループに属する。小さな頭、長い首、巨大な樽のような胴体に、柱のような四肢、長い尾をもつ恐竜たちだ。
竜脚類の一種・カマラサウルスの骨格標本。背後は復元図。
http://commons.wikimedia.org/wiki/User:Mario_modesto
残念なこととは、先の報道で多くの媒体がこの恐竜を「草食」として紹介したことだ。
筆者の知る限りでは、情報発信メディアで「草食恐竜」という言葉を使っているのは、主に新聞である。これは誤解を生む単語で、筆者は常々「植物食恐竜」という言葉を使うべき、と主張してきた。
実は、恐竜時代には、私たちが想像するような「草(イネ科植物)」はまだ、本格的な登場をみせていない。草原が生まれ、草を食む「草食動物」が登場するのは、鳥類をのぞく恐竜たちが絶滅してから数千万年以上のちのこと、と考えられている。
つまり、ほとんどの恐竜は「草を食べてはいない」のである。
「細かいことを」と思う読者もいるかもしれない。「これがわかりやすいのだから、草食でいいじゃない」と思うかもしれない。「子どもにとって、植物食という言葉は難しい」という指摘をいただいたこともある。
しかし、そうおっしゃられる方は、子ども向けの学習図鑑をぜひ手に取ってみてもらいたい。小学館、学研、講談社、ポプラ社......。どの出版社でも良い。監修者がしっかりとついた図鑑を見ていただければ、どこにも「草食恐竜」などという言葉は存在しない。「植物食恐竜」なのだ。
新聞などの報道に接している大人よりも、図鑑を見ている子供のほうが正しい科学知識を持っているのだ。
さて、さきほどから「草はまだ本格的な登場を」とか、「ほとんどの恐竜は草を」といった歯切れの悪い言葉を使っていたことに気づかれただろうか。
実は2005年に、竜脚類の糞とみられる化石の中から、イネ科のものと思われる証拠が報告されたのだ。草の登場、植物の進化史をぬりかえる可能性のある大発見だ。
しかし、日常的に「草食恐竜」という言葉を使っていた方々にはどうも理解されなかったようである。なお、この発見はまだ一例にすぎず、一部の恐竜は、草「も」食べていた、というのが現在の理解である。
いずれしろ、用語は正しく使わないと、思わぬ研究成果を見落とす可能性がある。この"草食恐竜問題"はそのことを象徴しているだろう。
もう一つ。恐竜にまつわるニュースに関して、そのイラストについても注意を促しておきたい。
近年、羽毛をもった恐竜化石が相次いで発見されたことにより、肉食恐竜を中心に羽毛をはやした復元が多くなっている。それこそ、子ども向けの図鑑を開いてもらえば、みなさんの子ども時代に見た図鑑との格差に驚くことだろう。
問題は、かの有名な肉食恐竜「ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)」に羽毛をはやすか否かである。
誤解を恐れずに書いてしまえば、この疑問に対する答えは「わからない」だ。
これまでに発見された40をこえるティラノサウルス・レックスの化石の中で、羽毛の痕跡が確認されたものは一つもない。
2012年に全身を羽毛で覆われたティラノサウルス類の恐竜が報告されたけれども、それはティラノサウルス類の別種であって、みなさんがよくご存知の、有名なティラノサウルス・レックスそのものではないのだ。
2012年の化石が示すように、近縁種に羽毛があったことは確かだ。しかし、羽毛の役割は保温であるといわれており、けっして寒いとはいえない地域に暮らしていたティラノサウルス・レックスが、羽毛につつまれていたかどうかは議論があるところだ。
従って、その復元に携わる人々は、こうした議論をもとに自分の考えをのせて羽毛の有無を決めている。その考えが是か否かは別として、その復元を見る読者の人々は、「確定された情報ではない」ことを念頭におくべきだろう。
なお、復元に際して科学的な根拠をもったものほど、その"復元論"は楽しいものだ。「○○さんが羽毛を生やしているから自分も羽毛ティラノサウルスを描いた」ではなく、「□□という理由で、ティラノサウルスに羽毛を描いた」というのは勉強になるし、個人的にはそういう裏話こそ、多くの方に知って欲しいと思う。
いずれにしろ情報発信に携わる方々は、恐竜一つをとっても、その報道は細部まで気を配るべきである。
これは自戒を込めて書くことなのだが、科学報道に携わる者は、ろくに裏もとらずに報道してしまった2012年の"森口問題"( iPS細胞に関連する虚偽の報告と、誤報事件)を対岸の火事とすべきではない。
とかく影響力の強い情報発信メディアに不正確な報道が多いのは、その分野のキャリアを積んだ人材が少ないことと、これは私の個人的な見解だが、過去の誤った表現を「是」として「慣例にならえ」としていることが原因ではなかろうか。
メディアによっては、恐竜などの化石をあつかう分野を未だに「考古学」として発信しているものもある(正しくは「古生物学」で、両者は大学でいえば、学部レベルでジャンルが異なる)。このレベルの誤りは、一人でも古生物学系あるいは考古学系の出身者がそのメディアにいれば、簡単に気づき、修正されるものだ。人材不足を物語っている。
一方で、私自身がそうであったように、理系、とくに大学院まで進んだ学生は、メディアという就職口があるということは、なかなか気づかない。でも、私は理系学生、院生にこそ、メディアという就職口を認知してほしいと思う。修士号クラスの理系学位所持者だからこそ、できることがあるはずだ。自分の専門を記事にして情報発信を、というわけではない。専門を核とした知識、また、何よりも研究生活で培った理系的な"勘どころ"が重要な武器となるだろう。
読者のみなさんには、興味をもった報道があれば、多角的に情報を集めて欲しいと思う。なにも論文を読んで考えるべき、というわけではない(みんながそんなことをしたら、私のような商売はあがったり、である)。たとえば、「草食恐竜」の件などは、手元に子供向けの図鑑を1冊用意するだけでも、状況はかわってくる。
そして、ニュースソースを意識してほしい。それが論文なのか。論文とは無関係のプレスリリースなのか。それだけでも、科学報道の信憑性を判断する基準になるはずだ。
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サイエンスライター。2003年、金沢大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。専門は地質学、古生物学。その後、科学雑誌『Nweton』編集部勤務を経て、現在は「オフィス ジオパオレント」代表。専門家への取材と、資料に基づく、科学的でわかりやすい記事に定評がある。(著者近影は、柴田竜一写真事務所の撮影による)
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