思考を階層的に整理することによって、「書くこと」と「考えること」の強力な武器となるツール、「アウトライナー」。普段からアウトライナーを利用して執筆をおこなっている、哲学者・千葉雅也さん、美学者・山内朋樹さん、読書家・読書猿さん、編集者/ディレクター・瀬下翔太さんの4名に集まっていただき、執筆論や思考術などなど、縦横無尽に議論を交わしていただきました。(全3回)
この対談が書籍化されました!
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『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』
著/千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太
カバー装画/あらゐけいいち
定価:1100円(税別)
レーベル:星海社新書
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――本日は「アウトライナー座談会」と題して、千葉雅也さん、山内朋樹さん、読書猿さん、瀬下翔太さんの4名にお集まりいただきました。この企画は、山内さんのアウトライナーについてのツイートを受けて、千葉さんが「アウトライナー使い」を集めて使い方や執筆論について議論を交わしたらおもしろいのではないか、というツイートをされていたことがきっかけとなって実現したものです。
山内 ちょうど、千葉さんとふたりでアウトライナーについてやり取りしてたんですよね。
千葉 ぼくがアメリカにいたときですね。
山内 おそらくその頃、紙媒体に先駆けて配信されていた千葉さんの『メイキング・オブ・勉強の哲学』電子書籍版を読んだ後だったと思うんですが、そこには千葉さんが『勉強の哲学』を書かれたときの実際のアウトライナーの使い方がスクリーンショットを交えて掲載されていたんですね。それを見て、自分はアウトライナーを使っているといってもまったく使いこなしていなかったんだということがわかったんです。
当時ぼくは、まずは普通に箇条書きをつくって並べ替えをしながらまとめていましたが、その作業をしているうちに個々のトピックが膨らんでいき、最終的にはひとつのトピックがひとつの段落になるまで書き加えてしまっていたんですね。つまりはアウトライナーで原稿をほとんど書いてしまっていた。
千葉 最終原稿を書いてたんですか!?
山内 ほぼ最終原稿ですね。それをWordに移して整理する、という流れでした。
千葉 それはぼくとは全然違いますね......。
山内 そんなときに千葉さんの使い方を見たので衝撃を受けたんですよ。それで、人のアウトライナーを覗き見ることができれば自分の使い方も相対化されて変わってくるし、なによりいろんな使い方を見るのは楽しそうだなーと思って、無責任に「そんな企画があったらいいな」って呟いたんです。そしたら、どういうわけか自分のものを晒すことになってしまった(笑)。
千葉 さて、今日はぼくはやや司会的に振る舞おうかと思っています。今日集まっているみなさんは、執筆や調査に関わるなかで、「方法」をそれぞれ意識されている人たちだと思います。まさにそのことをまとめて書いてくださっているのが、読書猿さんの『アイデア大全』ですね。だからここでは、お互いの、方法についての考え方を照らし合わせるのがいいのかな、と。
前提として、方法を考えるということは、書くことに関する問題や苦悩があって、そこを突破するために行っているものだと思います。ニーズがあるから、方法を考える。だから、それぞれに固有の悩みや、悩みに応じて導き出された解法などを紹介していきながら、個別の話と普遍的な話を行ったり来たりできれば、と考えています。
千葉 まず自己紹介をすると、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、千葉雅也といいます。いまぼくは、立命館大学の先端総合学術研究科という大学院で教えているんですが、ここは90年代から大学に設置され始めたような領域横断系の研究科で、思想とか社会学とかいろいろな専門家がいます。だから学生も多種多様なのですが、特にうちには立岩真也さんという、福祉、とりわけ障がいの社会学に強い人がいて、その人のところに集まってくる、マイノリティの問題や労働問題、差別の問題といった「倫理的」なイシューを扱うようなタイプの、社会系の学生が比較的多い。そういったなかで、ぼくは文化論のほうを担当していて研究指導をしている、というのが基本的な仕事です。修士の1年生がどうやったら自立した研究者になれるか、というのがぼくの仕事の課題で、調査研究の仕方、まとめ方、論文の書き方を教え、彼らが書いてきたものに対して「てにをは」レベルから赤ペン先生のように直したり、ということを普段やっています。
ぼくの『勉強の哲学』という本も、ビギナーに対してどうやって研究を教えていくかを普段から考えていて、そのなかで出てきたアイデアを拡張して「勉強」というキーワードで包んで出した、というものです。普段の教育活動と直結しているものです。
基本的には哲学・思想をベースに、文化論的なものも展開していますが、とにかく「書く」ことが仕事なので、「書くこと」そのものについてもいろいろと考えています。
瀬下 島根県から来ました、瀬下翔太といいます。ぼくは島根県西部にある津和野町というところから来ました。そこでNPO法人bootopiaという団体をつくって、高校生向けの下宿屋を運営しています。
......といっても謎すぎると思うので少しだけ説明すると、ぼくが暮らすこの町には、島根県立津和野高等学校という高校があります。この学校は、森鴎外や西周が通っていた藩校・養老館が母体でもあり、町の人たちもすごく思い入れがあるんですね。ところが少子高齢化の影響で生徒数が減ってしまって、統廃合されてしまうかもしれない。そこで「地方で学んでみたい」という都市部に暮らす中学生を集め、入学してくれた生徒たちを県の寮や、うちのような下宿で面倒をみています。
千葉 画期的なプロジェクトですね。しかし、大変な責任ですね、それは......。
瀬下 そうですね。こちらに暮らすあいだは保護者の代わりというか、家族のようなところもあるため、大変な面もあります。ただ、真面目なことばかり考えていたわけでもなくて、事業を始めたきっかけのひとつには、生徒たちがいない時間に本でも読んでのんびり過ごしたい......という悪い考えもありました(笑)。高校生は、昼間は学校ですから。
千葉 なるほど!
読書猿 いいなあ!!
瀬下 生徒も読書好きの子がいるので、楽しいですよ(笑)。ぼくはもともと東京で仕事をしていたのですが、島根県に移住していまの事業を始めてみて、地域活性化と教育って意外と相性がいいんだなあと気づかされました。
千葉 文科省に好まれそうな人材だと思う!(笑)
瀬下 いやはや(苦笑)。下宿の話をしたのは、みなさんよりも「書くこと」に対してややアマチュア的だということを伝えたかったからです。少しライターや編集の仕事をしたり、「レトリカ」という同人をやったりもしているのですが、文章に関しては本当に悩みばかりです。いま特に困っているのは、思い入れの強い対象について書こうとしたり、自分が書きたい文章表現に取り組んだりすればするほど、うまくいかなくなってしまうということです。文科省ではありませんが、町役場に提出する事務的な文書をつくるときには、それほど苦労しないのですが(笑)。というわけで、今日はこうした悩みや課題を共有したり、自分がアウトライナーのようなツールを使って、それをどのように乗り越えようとしているかを紹介したりできたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
読書猿 "インターネット老人会"から参りました、読書猿と申します。瀬下さんは91年生まれと伺ったんですが、91年ってぼくがMacintoshを買った年だったんですよね。それで97年くらいからですね、「読書猿」というメールマガジンの配信を始めました。
千葉 97年からやっていらっしゃる!?
読書猿 はい。メルマガは10年ほどやってからしばらく休んでいるんですが、同じく「読書猿」の名前でブログを始めて、約20年インターネットでものを書いてきました。本も2冊、『アイデア大全』と『問題解決大全』というものを書かせていただきました。これは知的生産的な本だと思われているんですが、ぼくは「苦手科目の克服」が趣味でして、自分の苦手な部分ばっかり書いているんですよ。今日の「書くこと」というテーマはもっとも苦手なことのひとつなので、これは行かなきゃいけないだろう! と。この苦しみを分かち合いたいと思って来ました。
ところで、91年にMacintoshを買ったと言いましたが、Actaというアウトラインプロセッサのソフトも発売されて、すぐに買ったんです。
千葉 ああ! ありましたね!
読書猿 だからアウトライナーとの付き合い自体は長いんですが、使ってはうまくいかずに諦めて、しばらく他のものに浮気して、また戻ってきて......を繰り返して現在に至る感じでして。みなさんも紆余曲折あったと思いますので、どうやって現在にたどり着いたかの話ができたらいいなと思います。企画的には、むしろその紆余曲折のほうがおもしろい気もしますね。
文章を書くのは本当に苦手でして、だから......書けたときが奇跡なんですよ。奇跡なので、それがどんな言葉であっても、いま書いているものとはなんの関係もないフレーズであってもメモしておかないといけない、その奇跡が次にいつ出てくるかわからない。それがいまの、原稿の書き方のベースになっています。ただ、苦手なんですが書きたいものはたくさんあって、計算したら、どうも生きてるあいだに間に合わないな、と(笑)。
千葉 ブログだけでも、いろいろなジャンルのネタが膨大にありますよね。
読書猿 だからもうちょっと楽に書きたいので、そのヒントをいただけたらとも思っております。よろしくお願いします。
山内 山内朋樹です。京都教育大学の美術領域専攻というところで、美学や美術史を教えています。ぼく自身がもともと庭師だったこともあり、庭づくりや剪定なんかも教えています。フランスにジル・クレマンというおもしろい庭師がいるんですが、その人についての研究がとりあえず専門です。学生の頃はインスタレーションの制作をしていて、その流れで石とか樹木といった具体的なモノで空間を構成する庭に興味を持って、ぐぐっと庭師にシフトした、という経緯です。
今日の話も広義の制作を扱うものだと思うので関連してくると思うんですが、美術ってたんにひとりで制作していても、それだけで求められるというものではないですよね。学生の頃はなおさら。期日も要請もないわけですからつくるにあたっての可能性は権利上は無限にある。白いキャンバスを前にして、あるいはなにもない空間を前にして、制作者はそこになにを置いてもいいし、その開始時点を延々と後退させることもできる。初手に必然性を持たせる手がかりがほとんどなくて、なかなか手をつけることができなかった。
ところが庭の世界に移ってみると、もちろんフル稼働している職人集団のなかに雇ってもらったからなんですが、施主がいて、予算が決まっていて、期日が決まっている。そしてモノはしばしば動かしがたい。たとえば何トンもある巨大な岩を、数人がかりで半日かけて据えたとします。そうすると「うーん、もう少しこうしたい......」と思っても、もはや動かせない。いや、できないことはないんですが、それにかかる労力と費用はすごいし、すでに全員汗だくで疲れ果てている。樹木なんかも大きいのを入れてしまったら、イメージと多少の違いがあってもある程度で仕舞いにして次に行こう、となる。こうした具体的な制約のなかでつくっていく庭のスタイルが、学生の頃の自分には美術とは随分違っているように見えて新鮮でした。ほんとは美術もきっとそうなんですが。
ともあれ作業するうえでの具体的なモノなり判断材料なりが周囲をとりまいていて、そのなかで動いていく。そこに庭の具体性とおもしろさがあるように思えたんですね。文章を書くという行為も、どうやって制約をつくりだし、配置するかが重要になってくると思うので、今日はそんな話もできればなと。
読書猿 では、傷を見せ合いますか(笑)。うまく書けないせいで負った傷を。
――その「準備」ではないですが、使っている、あるいは使ってきたツールについて、順番に伺っていってもいいでしょうか?
読書猿 先ほど名前を挙げたActaは、ごくシンプルな、本当にアウトライン機能だけのようなソフトだったんですが、最初は麗しい関係を築いていました。階層化できる、畳める、改稿のたびに自由に動かせる! こんなにいいものがあるのか! と。アウトラインプロセッサとしての最低限の機能だけだったんですけど、それが嬉しくて、Actaばかり使ってたんですよ。ToDoリストもちょっとしたメモも、なにもかもActaで書いていた時期が1、2年くらいありました。
千葉 まとまった長い文章も全てActaのなかで完結できたんですか?
読書猿 できました。山内さんのように......(笑)。実はいまもそうで、2冊の本はアウトライナーで書きました。使ったのは別のソフトで、Treeという、フリーの基本的な機能しかないアウトライナーです。
千葉 すごい! でもTreeって、横に展開していくんじゃなかったでしたっけ?
読書猿 あれは切り替えられるんですよ。普通のアウトラインプロセッサ的な、箇条書きとインデント、という使い方もできるんです。インデントのほうだけ使って、書いたものをコピペしてメールで送って、編集さんが整える......というふうにやっていきました。しかも、ひとつの章ごとに送ってたんですね。
千葉 章ごとに?
読書猿 後で「しまった!」と思うことも多いんですけど、なにか制限をかけないと、延々書き続けて太っていってしまうので。
山内 わかります。
読書猿 どこかで切らないといけない。だからそういうやり方でやらせてくれ、とお願いして、大抵はそうやってつくりました。
山内 そのやり方そのものがすごくアウトライナーっぽいですね。
千葉 一冊全体っていう最終原稿を自分の手元でつくってるんじゃなくて、まとめは編集者に投げちゃってるのもおもしろいですね。
読書猿 アウトライナーを使い始めた頃から困っていたのが、アウトラインが太っていってしまう「書き癖」でした。最初の大雑把なところから分割していくトップダウン的な使い方をしていて、どんどん詳細になっていくんですが、本来はそこで刈り取ることもしないといけないじゃないですか。でも、アウトラインを増やして太らせることを続けて、ディテールが爆発してしまって、アウトプットの文章にたどり着けなくなり、アウトライナーから少し離れました。Actaを使い出してから2〜3年の、93〜94年頃なので、まだ「読書猿」を始めていない時期ですね。それが1回目の挫折です。その後、Inspirationというソフトに浮気しまして。
千葉 ああ、ありましたね! 電球のマークの。
読書猿 そうそう。これは、いわゆるコンセプトマップとかの図を描くソフトなんですよね。Inspirationがよかったのは、図を繋げて描いていけるんですが、それをそのままアウトラインに変換したり、もう一度図に戻したりする機能があったことですね。アウトライナーにはまだちょっと未練があって......(笑)。結局、Inspirationは3年ほど使いました。それからしばらくは、そういうツールを使わずにエディタだけで書いていました。「読書猿」メルマガの時代はだいたいエディタなんですね。ひとつひとつが短いので、書けるときにわーっと書いてしまっていて、あまり構造を考えたりする時間はありませんでした。
その後、大学院にもう一度行くことになりまして、論文を書かなきゃいけないと。卒論は手書きの時代だったので、コンピュータで論文を書かないといけないという初の状況に四苦八苦しつつ、どうしても構造的な文章を書く必要があって、アウトライナーに戻ってきたわけです。そのときは、思いついたことを殴り書きで書き出して、ちぎって項目=箇条書きにしてからアウトライナーに入れて、アウトライナー上で「くっつくのはこれとこれで......」という、ボトムアップ的というか、下から組み上げていくようなやり方をしていました。ただ、これはめちゃくちゃ効率が悪かった......。
ちなみに、論文はWordで出せというんですね。Wordの悪口は始まったら2時間くらい止まらなくなってしまうので、ここではやめておきます(笑)。
このような変遷を経て、いまはアウトライナーに戻ってきました。
山内 ぼくは、最初の頃はやっぱりWordで(笑)。構想も手書きメモなんかでちょっとは考えていたと思うんですけど、とにかくWordで頭から書き出していく。しかし途中で大変なことになってきて、書いては消し書いては消しを繰り返しながら少しずつ使える部分が増えていく、という書き方をしていました。たとえば1、2、3節があるとすると、だいたい3節あたりでポシャってしまうような残念な書き方でしたね。アウトラインっていう発想がそもそもありませんでした。
千葉 ぼくもそうだった! 多くの大学院生がそうだと思う。
山内 少し安心しました(笑)。その後、Evernoteを使うようになってからは、Evernoteにメモをとったり資料を溜めたりして、それを参照しながらWordで書く形になりました。アウトライナーを使うようになったのはけっこう最近で、ここ2、3年のことなんですよ。ようやくEvernoteとWordのあいだにアウトライナーが入りました。
千葉 アウトライナーは最初はなにを使ったんですか?
山内 最初からずっとWorkFlowyですね。それまでは、アウトライナー的なことはやったとしてもEvernoteでやってました。Evernoteで箇条書きをつくって入れ替えたりして、それを見ながらWordでいきなり起こしていく。庭の論文を書くことも多いので、そのときは庭の図面だったり図表だったりをEvernoteに入れておいて、それを見ながら書き起こしていっていました。とにかくぼくはWordからできるだけ離れたい人間で。あれは発狂するんですよ!
読書猿 発狂しますよね!(笑)
山内 まずは見た目で発狂するんです。たとえば『現代思想』に寄稿することになったとすると、なぜか原稿そっちのけで『現代思想』誌面とほぼ同じフォーマットになるように見た目をひたすらいじり倒してしまうんですね、Wordだと。「なにやってんのやろ?」とか思いながら(笑)。ですのでWordに到達するのをできるだけ遅らせることがぼくの第一命題です。
瀬下 書き上がった原稿がすでにあって、それをWordにコピペするだけ、という感じにしたいですよね。
山内 そうですそうです。
読書猿 ところが、そんなにうまくいかない。
山内 そうなんですよ。それでWorkFlowyをあいだに挟むようになったんです。彩郎さんや倉下忠憲さんの記事なんかを参考にしながら。WorkFlowyを使い始めてよかったのは、とにかくユーザーインターフェイスが固定されていること。そもそもアプリ側の自由度が低いじゃないですか。あれがもう本当に助かりました。
読書猿 制約がないとどれだけ苦しいかの証左ですね。
山内 ぼくのなかでは「制約の創造」こそがとにかくテーマで。
千葉 それですね。ぼくも美術出身だからひじょうに共感します。
山内 WorkFlowyは見た目が固定されているというその一点がまず大きいですね。使い方としては、まずは思いついたことをどんどん放り込んで箇条書きをつくっていき、並べ替えをしながら、最初に言ったように徐々に段落化していく。それがほとんど完成原稿になったらWordにコピペして出す、という時期がありました。
とはいえ、これを言い出したらキリがないんだけど、WorkFlowyにはトピック間の並べ替えの自由度の高さがあるじゃないですか。なので完成原稿近くまで持っていくような使い方をすると、この新たなフレキシビリティにまた発狂しそうになるんですね。「ここはこうしたほうがいいんじゃないか?」ってとこがいっぱい出てくる......。
千葉 順序の合理性とかね。
山内 そういう使い方にうんざりしていた頃に、ちょうど『メイキング・オブ・勉強の哲学』と「レヴィ゠ストロースはざっとドラフトをつくるんだ」という趣旨の読書猿さんのブログを読んで、またちょっと書き方を変えることができました。現時点ではEvernoteはほぼ倉庫化していて、普段思いついたことはMemoFlowyというWorkFlowy用のメモアプリに書いてWorkFlowyに投げるようにしています。そうしてWorkFlowyのInboxトピックに溜まってきたものをたまにざっと分類して、原稿依頼やなにか〆切が来たら頭に日付をつけてプロジェクト化する。
ちょうどいいタイミングでstoneというこれもユーザーインターフェイスが限定的かつ美しいアプリが出ましたので、いまはWorkFlowyの箇条書きでだいたいのところまで進んだらstoneで一気にドラフトを書くようにしています。あとは『メイキング・オブ・勉強の哲学』で紹介されていたWorkFlowyでの高解像度分析をとり入れて、stoneのほうでざーっと書きながら詰まったところはWorkFlowyでもう一度考える。
千葉 アウトライナーで自己分析、論点の分析をするということですね。
山内 ですね。というわけでぼくのアウトライナー人生は短いです。最初はいまいちよくわからなくてけっこう放置していた時期もあったので、ちゃんと使いだしてからは1年くらいですかね。
千葉 WorkFlowyよりも前の、それこそActaまでは古くないけど、OmniOutlinerなんかは使ってなかったんですか?
山内 使ってないですね。OmniFocusは一回使ったことがあるんですけど、ややこしすぎて。
千葉 ああ、GTD(Getting Things Done)の。
読書猿 あれ、いろんなことができすぎますよね! だからぼくはファイル変換だけに使ってます。他のところから持ってきて、なんでも読み込みたいとき。
一同 なるほど......!
山内 ともあれ、ぼくにとってはユーザーインターフェイスが固定されていて、かつ美しければベストなんですね。
千葉 インターフェイスが固定、有限化されているというのは、あまり言われないけど大事なんですよね。でもって、ちょうどよくキレイな感じだとなおよい。要するに、キレイな部屋で仕事したい。
山内 〆切が近くなってきて「はよ書かな!」みたいなときに限って形式をいじり始めてしまうってことないですか? 試験前日になぜか部屋の大掃除を始める子みたいに。「脚注のポイントはやはり9より8なのでは?」とか「やっぱりこのフォントを試してみよう」とかやっちゃう。
千葉 やりますよね。ぼくも『ユリイカ』の原稿を書くために、同じフォント、イワタの「オールド」を買いましたから(笑)。
千葉 少し遡っていうと、ぼくの実家はデザイン会社だったんですよ。地方の広告代理店......広告代理店と言っても、スーパーマーケットのちらしとか、地元の会社のパッケージとかですが、途中から少しインターネット系の事業もやり始めた、そういう会社でした。その会社はぼくが修士のときに潰れてしまって、実家が破産してしまい、それからしばらくは大変でした。
実家がデザイン会社だった時代に、父親からいろいろな影響を受けました。1991年、ぼくが中学に入った頃にMacintosh LCが出て、それを買ってもらってMacで遊び始めたんですね。DTPを会社に導入したこともあって、中学生というかなり早い時期からAldus PageMaker(のちのAdobe PageMaker)を使えていて、夏休みの自由研究なんかはPageMakerでデザインして出していたんです。あ、いや、最初はエルゴソフトのEG Bookだったかな。
瀬下 文章そのものだけでなく、誌面にも関心があったのですね。
千葉 とにかくDTPソフトではけっこう遊んでいて、だから、最初はEG BookかPageMakerで書いていたことになりますね。その後、高校時代にエッセイとか読書感想文を書いたときには、QuarkXPressを使ってました。全部縦書きで。ぼくが論文っぽい文章を書き始めたのも、当時の人文系の本がかっこよかったことの影響があります。戸田ツトム系のデザインで。
実際、小学生のときには、「DTPで出しました」という戸田ツトムの『森の書物』を父親からプレゼントされて、「これを見て勉強しろ」ってDTPの英才教育を受けたんです(笑)。だから、脚注を付けたりするとかっこいい、というところを入り口にして、そこから研究者の道に進んだという感じすらあります。
――脚注を付けたかった?
千葉 そう! とにかく脚注が付けたかった! 後注とかじゃなくて、傍注とかをカッコよく付けたかったんですよ。とにかくぼくはガワから入っていって、そこからだんだん中身が伴っていった感じの研究者人生なんです。もともと美術作品もつくっていたこともあって、見た目にどうしても左右されてしまう。最近は、とにかく見た目に左右されずに文章を書く方向に大きくシフトしましたが、文章の視覚性に対するこだわりを脇に追いやることにはだいぶ苦労しました。
というのが昔の話で、一時期からはWordを使うようになりました。エディタはJeditを使っていて、大学の頃はJeditで書いてWordで提出するという活用でしたね。だけど大学1、2年の頃の駒場のレポートはまだ、Quarkを使って縦書きで出してました(笑)。3、4年からだんだん「アカデミックっていうのはそういうことじゃないんだ」と気づき始め、Wordで横書きで出すようになった。卒論もWordで横書きだったかな。あ、卒論のときは一時的にNisus Writerですね。でも、結局Wordに落ち着いた。Wordを使う凡庸さにはだんだん馴染んでいったけれど、WordのなかでもDTP的なことをどうしてもやってしまうんです。字詰め調整とか、実際の掲載媒体と同じレイアウトにしようとか。
Evernote登場前は、やっぱりゼロから、頭から書こうとしていてすごく苦労していました。当時のアイデア出しは手書きですかね。ノートに箇条書き的なメモを出して、あとはぶっつけ本番です。白紙でWordで書くか、エディタで書いていました。Evernoteの登場後は、資料をまずEvernoteに貯め込むようになり、かつEvernote上でメモをとるようになった。原稿の書き始めもEvernoteになりました。Evernoteで第1節くらいは書いてしまう。その段階でWordに持っていって、続きを書くというスタイルです。
スタートダッシュをまずEvernoteで、みたいな期間が長かったですね。ただ、スタートダッシュにもものすごく苦労したんですよ。まず最初の3、4行を書くのに、3、4日くらいかかってしまう。その3、4行がかっこよく決まらないとダメ。それはすごく美学的な基準なんですけど、まずかっこいい文章じゃなきゃいけない。そのうえで意味的にも完璧でなければいけない、というハードルを満たしてくれないと先に進めない。バッカバッカ煙草を吸いながら、3日くらいすごい顔をして書くんですよ。でもそれができると、最初の完成度に促されるようにして、不思議とその先が出てくる、みたいな書き方でした。
次もそういうやり方でできるだろうと信じてやっていたんですが、だんだん苦しくなっていって、これじゃ続かないなと。書き方を変えなければという自覚はずっと持っていて、その後2016年からWorkFlowyを使うようになります。
とはいえ、そのときは書くためにアイデア出しをするという独立したプロセスがなかったんですよね。適当にノートに書くくらいで。アイデア出しをアイデア出しとしてやっていませんでした。強いていえば、それをやっていたのがツイッターだったんですよね。ぼくはツイッターに仕事上のアイデアをかなりそのまま書いていて、それを発酵させて原稿にしたりしていたので。ただ、ツイッターって人目に触れるし、始終ツイッターで考えていることを書くわけにもいかないから、ツイッターの代わりになるものが欲しかったんですよ。それで「ツイッター」「代わり」とかで検索したときに、なぜかWorkFlowyが出てきた(笑)。
山内 Googleすごいですね(笑)。
千葉 本質的な検索結果ですよね。それでWorkFlowyにたどり着いたんですよ。飛ばしてしまったけど、その前には章立てを考えるためにOmniOutlinerは多少使っていました。
読書猿 構成を考えるため?
千葉 それが大きかったです。ツイッターのようなアイデア出しとしては使っていませんでした。WorkFlowyは、一か所に全部アウトラインを入れておくという、Evernoteのような ワンライブラリーな発想がまずおもしろいなと思いました。最初は彩郎さんの詳細な解説で使い方を知って、その後Tak.さんの『アウトライナー実践入門』を読んで衝撃を受けたんです。アウトラインプロセッサには章立てをつくるものというイメージがあったんだけど、Tak.さんの本には、自由に書いて、好きなように「シェイク」しながら使うんだ、大雑把に使うんだということが、つまりフリーライティングのすすめのようなことが書いてあって、目から鱗でした。フリーライティング的にアウトライナーを使うというのは、ぼくにとってアウトライナーの存在価値をまったく変えてしまうくらいの衝撃があったわけです。
瀬下 ぼくが最初に意識して使ったツールは、高校生の頃にダウンロードした紙copiです。これはEvernoteのようなソフトウェアで、ウェブ上のコンテンツを素早くローカルで取り込む機能を持っていました。当時のぼくは紙copiを使って、おもしろいニュースや2ちゃんねるのスレッドを紙copiに保存して編集する......いわゆるまとめブログを運営していました。当然ながら、メインのコンテンツを自分で執筆するわけではありません。誰かの書いたものにちょっとしたコメントを付したり、HTMLやCSSのタグを打ったり。文章に能動的に関わる体験は、これが初めてだったように思います。
Wordやメモ帳のようなエディタも使っていましたが、紙copiで原稿をおおよそ整えたあとは、ブログサービスのエディタ上で直接テキストを触っている時間が長かったです。プレビューを押すと、すぐに最終的な見映えを確認できるところがおもしろくて。テキストのガワに強い関心があったという意味で、千葉さんと似ているところがあるかもしれません。
自分で文章を書いてみたいと思うようになったのは、そのあとです。浪人していた頃にはてなダイアリーや2ちゃんねるで東浩紀さんを知り、いろいろ批評文を読むようになったことがきっかけです。それからは、人文系の人が書くようなカッコいい文章を書いてみたくなりました。
千葉 蓮實重彦さんや松浦寿輝さんみたいに、句点なしで読点で続けていく感じですか?
瀬下 あそこまで息が長いものでなくとも(笑)、どこか文芸批評らしい文章を書いてみたいなと。ただ、大学に入ってから何度か見様見真似で書いてみたものの、全然ダメでした。自分の文章は、一文が短くて文の構造が単純すぎるし、文と文の連なりは箇条書き的で、逆にそれを気にすると今度は接続詞が多くなりすぎてしまう。ブツブツ切れて、バラバラです。
ぼくは自分の文章のこうした特徴を、ずっと「パワポ」みたいだと表現していました。それを2年前くらいにブログに書いたら、千葉さんが反応してくださって。
千葉 あの記事はすごく参考になりました。
瀬下 ありがとうございます。「パワポ」という言葉は、はじめ先のように自分の文章の悪い部分を指すために使っていました。しかし、いまはポジティブな意味で使っています。「パワポ」には、いままさに自分が生成しつつある文を「しょぼいもの」といったん割り切る機能があるからです。ビジネスマンが、ちょっとした文法の誤りや誤字脱字を気にせず、適当にPowerPointに打ち込んでいる文と同様に、自分が書いている文もしょぼい。それでもいいのだ、ひとまず書けるものを書いておけばいいんだから......そんなニュアンスです。些細なことのようですが、「パワポ」という言葉のおかしみも、気楽にやればいいんだという気持ちを支えてくれるように思います。
現在では、まず「パワポ」をつくるつもりで執筆を始めるようにしています。ツールとしては、WorkFlowyのトピックやツイッターのフォーム、iPhoneのメモ、Keynoteのスライドなど、気が向くところにひたすら文字列を打ち込む。「パワポ」がある程度の分量になったら、テキストエディタのmiやScrivenerといった本格的なエディタにコピペして、既存のメモを編集しながら追記していくような形で執筆を進めます。ちなみに、このやり方で書くようになってから、批評文ではありませんが、少し息の長い文章も書けるようになってきました。
千葉 長く書くんだったら、アウトライナーじゃなくてエディタでもいいんじゃないですか?
瀬下 いきなりエディタに向き合うと「さあ、この真っ白な紙に、君の作家性をぶつけてごらん?」みたいなことを言われている気がしてきて、なにも書けなくなってしまうんですよね。伝わるかわからないですが、WorkFlowyのトピックくらい狭々しくて、ちょっと事務的なUIの場所のほうが安心するといいますか......。
千葉 なるほど!
読書猿 わかるわかる。
山内 メモの延長みたいになりたいんだ。
千葉 作家的な文章を書きたいんだけど、「仕事の文章と作家的な文章のあいだ」みたいな視点がある。自由な作家に羽ばたくための補助輪みたいなものとして、トピックがあるということでしょうか?
瀬下 まさにそうですね。トピックを補助輪として使うようになって、だいぶ自由になりました。原稿に取り掛かる際に、300〜500字くらいのユニットをサッとつくれるようになったので。
千葉 300〜500字続いたら、そこそこ量ありますよね。
瀬下 はい。いままでは1ツイート分、140字も書いたら限界でした。最初に数百字まとまった内容があると、書き進めやすいです。
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