「友好か、敵対か」と踏み絵を迫る中国、その外交方針は“帝国”の時代に先祖返りしたかのようだ。中国の新たな動きは他国へと連鎖し、玉突きのように影響を拡大していく。今、アジア外交の構造は大きく変化しようとしている。
オーストラリアと日本の接近に、中国は神経を尖らせており、これによってベトナムは南シナ海をめぐる中国の圧力から一旦解放された。
韓国は積極的に中国に接近し、対して、中国と溝ができつつある北朝鮮は、日本との関係改善に望みをかけている。台湾は、韓国に先を越されたことに焦り、対中関係を進めようとしている。
対中関係が悪化している北朝鮮は、日本との関係改善に望みを託し、韓国が神経を尖らせている。
このような状況の中、日本が同じやり方で、親日的かどうかを問題に外交を行ったところで、活発な国内市場との貿易というカードを持つ中国には対抗できないだろう。また、中国の「もぐらたたきハンマー」のうちのひとつは、常に日本を照準にとらえている。
では、日本はどのような外交を行っていくべきか。
回答として現政権が目指しているのは、国際法の遵守と対話の枠組みの構築である。タカ派(強硬派)とされる安倍首相だが、中国を敵視するような発言はしていない。アジアの覇権国家たらんとする中国の「踏み絵外交」に、「法の支配外交」によって対抗しようとしているのだ。
友好か敵対かを迫る中国の強圧的外交はまるで前近代の“帝国”に先祖返りしたかのようだ。非友好的な姿勢の国には懲罰を、そして友好的な国には恩恵を与える。
ドイツのメルケル首相は「宮保鶏丁」(カシューナッツと鳥肉の炒め物)のレシピを習い、英国のキャメロン首相は中国の火鍋を食べてつくねをおかわりした……。
中国を訪問した外国首脳には、パフォーマンスが欠かせない。中国のメンツを保ち、友好をアピールすることができれば、経済協力や貿易交渉などの恩恵が与えられるからだ。
もっとも、日本のように中国の圧力を直接受ける隣国には、遠く離れた欧州のような全面的友好パフォーマンスを真似することは難しいのだが。
さて、こうした“帝国”的な中国の外交姿勢だが、尖閣諸島問題、歴史問題で中国の激しい圧力にさらされている日本人から見ると、過去から一貫したもののように思える。
しかし、中国がこれほど表だって力をアピールするようになったのはごく最近のこと。かつては鄧小平の言葉「韜光養晦」(実力を表に見せない、低姿勢の外交を貫け)に従っていたが、2008年頃を境に変化した。
リーマンショックを境に、黄巾の乱のスローガンよろしく「欧米すでに死す、中国まさに立つべし」と自意識が変化したというのが一般的な解釈だ。
2014年7月7日、盧溝橋事件77周年記念式典で演説する習近平主席。
http://www.scopsr.gov.cn/tppd/201407/t20140708_263493.html
「友好か、敵対か」と迫る中国の「踏み絵外交」によって、アジアの外交は新たな局面に突入した。 問題は中国の動きだけではない。
新聞やテレビでは一つ一つの動きしか伝えられない外交だが、それらの動きは、まるで玉突きのように連鎖している。
本稿では、中国がオーストラリアに対して振り上げた拳がどのような連鎖を生んだのか、韓国に対して与えた恩恵がどのような波紋を呼んだのかなど、中国を核とする玉突き外交ゲームを、具体的に見ていく。
その上で、中国の「踏み絵外交」にどのように日本が対応していくか、考えてみたい。
「今、オーストラリアは自らを日本の戦車にくくりつけようとしている。中国を敵とみなそうとしているわけだ。そうなると中国は現行の対豪関係を変えざるを得なくなる。オーストラリアが中国を友好国とみなさないのであれば、中国もオーストラリアを友好国とみなす必要はない。オーストラリアに対する経済政策、軍事政策を再考する必要があるだろう」
2014年7月14日、中国紙『環球時報』にこの脅迫じみたコラムが掲載された。
著者は王洪光退役少将。元南京軍区副司令官という、中国人民解放軍の要職にあった人物だ。
いったい、オーストラリアの何がこれほど中国の神経をさかなでにしたのか? その原因は、日本の安倍晋三首相を迎えた、アボット首相の発言にあった。
「(旧日本軍の)なしたことには賛同できないが、彼らの腕前と使命達成を誇りとする精神を我々は認めている。心境が変われば、激しく戦った敵が最良の友人に変わるということを私たちは理解したのだろう」
もっとも、本当の意味で中国に不快感をもたらしたのはこの“失言”ではない。
アボット首相が日本の集団的自衛権行使容認に賛意を見せたことで、「親中国」陣営を捨てて「親日」陣営に走ったのではないかとの疑念の眼を向けたのだ。
中国メディアの対応に、オーストラリア国内からも「リップサービスが過ぎたのでは」と懸念する声が上がっている。
今回の件で中国が公式な経済制裁を行うことはないだろうが、中国では政治的な不快感は経済関係に直結してしまう。
中国の不快をその象徴がダライ・ラマ効果だろう。2010年にドイツの研究者が発表した論文は、政府高官がダライ・ラマと公式に会見した国は、それから2年間、対中輸出が平均8.1%減少することを明らかにしている。
中国にすごまれたオーストラリアに代わって、一転圧力から解放された国もある。それがベトナムだ。
南シナ海パラセル諸島(中国名は西沙諸島)近海に、5月初頭の石油採掘プラットフォーム設置以来、中越両国の巡視船や漁船がにらみあいが続いてきた。時に船同士の衝突が起きるほど激しいつばぜりあいが起きている。
中国艦艇に接触したベトナム漁船。中国側は、ベトナムによる妨害行為を盛んに宣伝した。
http://www.mfa.gov.cn/mfa_chn/zyxw_602251/t1165600.shtml
ちょっとした小話だが、最前線には両国の漁船も駆り出されている。
政府の船同士でやり合えばエスカレートしかねない、という事態抑制のための智慧なのだが、その一方で木造の小型船が多いベトナムはこのままでは不利だとして、鉄製の大型漁船を増やすための資金援助計画まで発表した。
さて、その火種となった石油採掘プラットフォームだが、7月15日に突然撤退した。8月中旬まで調査を続けると発表されていただけにサプライズとなった。
10日に米上院で中国批判決議が採択されるなど、中国の強硬姿勢に対する反発が強まったこともあるが、豪州との緊迫も一つの要因だろう。
中国というと、あちらこちらの周辺国に喧嘩を売っているように見えるが、実は同時に複数の相手と戦わないよう配慮している。
いわばモグラたたき方式だ。一度に叩ける相手は一つでしかない。ただし2012年の尖閣諸島国有化以来、中国のハンマーは二刀流になったようで、片方のハンマーは日本モグラの上に固定されている。
中国の矛先の変化が外交的玉突きを生むこともあれば、その逆で中国の与える恩恵が玉突きを生むこともある。その最新事例が韓国と台湾だ。
7月3日と4日、中国の習近平主席は韓国を公式訪問した。
公式訪問となると正式な晩餐会を開いたり、盛大な感激式典を開いたりと格式が細かに決まっている。時間がかかるのでそうそうやるものではないのだが、その手間をかけても中韓の蜜月をアピールしたかったのだろう。
習近平主席の韓国訪問を伝える中国メディア。韓国の朴大統領は、中国語で挨拶するという配慮を見せた。
http://www.gov.cn/xinwen/2014-07/03/content_2711850.htm
中国シフトを示す韓国に与えられた最大のプレゼントは、中韓自由貿易協定FTAの年内妥結合意だ。農業分野の保護をめぐり交渉が停滞していたが、習近平訪問で一気に前進することとなった。米韓FTAに続き中韓FTAも成立すれば、韓国は世界1位、2位の経済体に低関税で輸出することが可能となる。
この知らせに「いてもたってもいられない」と焦りを口にしたのが台湾の馬英九総統。韓国は多くの産業分野で台湾と競合するだけに、中韓FTAの成立によって中国市場を奪われかねないと率直に懸念を表明した。
馬英九総統も中国本土との貿易協定を推進してきたが、現在その歩みはストップしている。
問題となったのが、今春の学生による立法院(議会)占拠だ。政府が民主的な手続きを無視して中国本土との経済関係強化を推し進めている、との学生の主張に支持が集まったが、一方で、台湾経済のためには中国市場は不可欠だと考えている人も少なくない。
中韓のFTA成立は、馬英九総統の施策に説得力を与える材料となるだろう。
習近平訪韓にショックを受けたのは台湾だけではない。
北朝鮮にとっても大きな衝撃だった。近年、中国との不和はとみに伝えられるところだが、習近平が北朝鮮よりも先に韓国を訪問したことは関係悪化に拍車をかけた。
その北朝鮮が孤立状況の打開として期待をかけているのが日本だ。
拉致被害者の調査と制裁一部解除をバーターとした協議が進んでいるが、中国との関係悪化は対日外交の重要性をさらに高めるものとなるだろう。
玉突きの結果、韓国は北朝鮮と日本の協議に神経を尖らせている。
朴槿惠大統領は、北朝鮮とはきわめて実務的な関係を築く外交戦略で、北朝鮮が具体的な譲歩を示さなければ韓国も譲歩しない方針を示してきた。
しかし、日本と北朝鮮との関係改善が実現すれば、北朝鮮問題に対する主導権を失いかねないとの懸念を抱いているようで、北朝鮮との対話進展に踏み切る動きを見せている。
ここまで中国のアクションによって玉突きのようにアジア外交が動いてる様子を紹介してきた。中国の圧力に直接さらされている日本はどのように対応するべきかが問われている。
安倍首相の外交戦略についてよく言われるのが、中国包囲網だ。同じイデオロギーを持つ国、「親日」の国との関係を深めていき、中国に対抗する勢力を築こうという発想だ。だが日本が「親日か否か」を迫って中国包囲網を形成しようとしても到底太刀打ちは出来ないだろう。
というのも、中国は世界第2位の経済体の上になお成長を続けている。しかも日本とは少々関係を悪くしたとしても市場から追い出されることはないが、中国相手では非友好的とみなされればたちまちハンマーが飛んでくる。「親日か親中国か」と問われれば、中国に与したほうが明らかに得だ。
もっとも、日本としては同じことをする必要はないし、安倍首相も(少なくとも表向きには)中国包囲網を作ろうとはしていない。中国の「踏み絵外交」に抗して、日本が推し進めているのは「法の支配外交」だ。
安倍首相はシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で、法の支配と対話の重要性を訴えた。
中国とも良好な関係を保ちつつも、矛先が向けられた時には脅しに屈しない。あくまで国際法と対話に基づく平和的な解決を追求していく。これが可能となる枠組だけ用意されていれば十分なのだ。
新たな時代を迎えて活発な動きを見せるアジアの外交。
その対立軸は、親中陣営か親日陣営かではない。友好国か否かを迫る「踏み絵外交」か、対話の枠組を求める「法の支配外交」かが問われているのだ。
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高口康太
翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。
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