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ジセダイ総研

岩田聡を「過去」にしないために、任天堂の「今後」を考える

さやわか
2015年08月11日 更新
岩田聡を「過去」にしないために、任天堂の「今後」を考える

 任天堂の社長・岩田聡が亡くなった。彼の業績は言うまでもないが、それが語られることによって任天堂の全体が総括されてしまうことは残念である。任天堂は今後どのように進まねばならないか。任天堂のハードウェア戦略はスマホによってライトユーザー層が奪われたことで困難を迎えている。ならば新ハードも本来ならスマホであるのが最適ではないか。岩田が開発を進めていたという新ハード「NX」が任天堂の発展を助けゲームの未来を作るものになるか、その登場を注目して待ちたい。

任天堂という特別な会社

 任天堂というのは、言うまでもなく日本のエンタテインメント産業の中でも特別な地位にある会社だ。人々にとっては特にファミコンを生み出した企業として知られており、またハード/ソフト両面において「日本的」なものを生み出す企業として、しばしばある種の誇りと共に語られるような存在でもある。たとえ昨今の任天堂のあり方を疑問視するような者であっても、そうした語られ方については見知っているだろう。

 先日、その任天堂の社長であった岩田聡が亡くなった。55歳の若さだった。彼はもともとHAL研究所という会社で働き、「バルーンファイト」など傑作と言われる任天堂のゲームソフトの開発にかかわった人物である。そのプログラミングの腕前はまさに天才的とされた。その後、彼は任天堂の前社長であり、カリスマとして知られた山内溥の薫陶を受け、HAL研究所の社長となって経営者を経験した後、2000年には任天堂に入社して取締役経営企画室長となる。しかも同族経営的な体質で知られた同社であったにもかかわらず、彼は2002年に弱冠42歳で社長に就任した。そして、90年代後半以降にゲーム業界内で苦境を迎えていた同社で「ニンテンドーDS」や「Wii」など従来のゲームの価値観を覆す画期的な商品をヒットさせることに成功した。

 

任天堂が開発、発売した携帯型ゲーム機「ニンテンドー3DS」

  

 上記のようなエピソードは、枚挙に暇がない。いわば岩田聡は「レジェンド」と言っていいような人物だった。だから彼の死に際して、こうした逸話を知る者は口々に彼の功績を讃え、伝説を語ることになった。おそらく、いまネットを検索すれば上記のようなことをまとめたページが山ほど見つかることだろう。むろんそれらは貴重な話だし、岩田の成したことが讃えるべきものであることも間違いない。ただ、そうして「かつての伝説」として語られることが何を意味するのかということについても、ここで考えておくべきであろう。

 

任天堂の「過去」ではなく、「この先」とは

 岩田は生前、自分が社長として、任天堂の「顔」として、積極的にユーザーの前に出ることに決めたと語っている。このユーザーフレンドリーな姿勢のかいあってこそ、任天堂はいまのようにファンから愛される企業となり、だから岩田の死も多くの人が悲しむことになったろう。しかし、それゆえに岩田の死とともに、任天堂の全体をひとまとめにして、ひとつ大きく総括されて語られてしまうとしたら、そこにはやはり一抹のさみしさがある。つまり岩田を失って、任天堂はこの先どうなるのだろうということも語られなければならないのだが、そういう話は、懐古的な論調ほどには注目されていないのだ。

 任天堂がゲーム業界の中で独自の立ち位置にあることは言うまでもないが、少なくとも業績において先頭にあるとはなかなか言うことができなくなっている。昨今の連結業績推移は二〇〇九年の三月期がピークで、二〇一一年以降にはニンテンドー3DS、WiiUという新機種の立ち上げもスムーズには行えなかった。世情とは厳しいもので、優れた社長として注目されていた岩田も一転して批判にさらされるようになっていた。つまり岩田が社長として全面的にその経営を評価され、また任天堂も復活したと太鼓判を押されていたのは、意外にもニンテンドーDSの発売された2004年から2009年までの、短い期間だった。

 さらに、ここ5年ほどは国内でスマホ用のゲームが圧倒的な人気を得るようになったが、当初は粗悪なタイトルが多かったし、またそもそも自社開発のゲーム機にこだわりがあったせいもあって、任天堂は長く参入しなかった。任天堂が子供でも安心して遊べるゲーム作りを目指しているのは明らかで、今どき当たり前になったゲーム購入後のダウンロードコンテンツ販売にも慎重な姿勢を見せていた。そういう経緯もあって、任天堂は現状、国内のゲームファンをスマホに奪われた格好になったと言える。

 

新体制の任天堂はどう変わるのか

 岩田の死後、今後の新体制としては宮本茂と竹田玄洋が代表取締役を続けると発表されてはいる。二人ともファミコン以前から任天堂を支えてきた、やはり伝説的な人物ではあるが、岩田と同路線と言えなくもないが、どちらも経営者よりは純粋なクリエイターとしての気質の強さを感じさせる。またHAL研究所から招聘された若き才能という、彼の社長就任時に人々が受けた新鮮な印象とは異なると言っていいだろう。それは悪いことではないが、ならば今後の任天堂はイメージとしてまず長い歴史と伝説の域にまであるクリエイター気質の重みが前面に出る企業になるかもしれない。任天堂が老舗でありながらなお先進的でフレッシュな姿を目指したいとしたら、そうしたイメージは足かせになるかも知れない。

 ただ、岩田は晩年に「NX」と呼ばれる新ハードウェアの開発を進めていた。まだ詳細は明らかになっていないが、これは2015年3月にDeNAとの業務・資本提携発表会でアナウンスされたものだ。DeNAというネット系の企業との共同プロジェクトならば、それ相応の新味にあふれたものになるのは間違いないだろう。それが、任天堂をゲーム業界のトップランナーとして、あるいは他社とは違う先進的なゲームを作る企業としてあらしめるために岩田が残す置き土産になるのは間違いないはずだ。だから岩田を失ってもなお、ファンはもうしばらく彼の息吹きを感じ続けることができるかもしれない。過去に遺されたものから新しさを感じるというのも奇妙なことだが、ファンは、あるいは任天堂自身は、それに賭けることができるのかもしれない。

 ただし任天堂が今後に発売するハードウェアについては、なかなかの困難が伴うのも疑いがない。そもそもWiiUの段階で大成功したとは言いがたく、それは前述のように国内市場において、本来DSやWiiで任天堂が開拓を続けていたライトユーザーのシェアを、スマホ用ゲームが大きく奪ったせいでもある。ニンテンドーDS以降、任天堂はライトユーザーに期待していたからこそ、ソニーやマイクロソフトとは別路線であると主張し、独立独歩のように振る舞うことができた。しかしライトユーザー層も取れなくなってしまうならば、任天堂はあぶはち取らずの一人負けになってしまう。

 

任天堂の陥ったジレンマとは

 ハードウェアの形態についても不安な面はある。任天堂はファミコンで据え置き型、ゲームボーイで携帯型のハードウェア市場を席巻し、そこにこだわりを持っているが、まずPS4などの現状を見てもわかるように据え置き型の市場は海外ではそれなりに拡大しているものの、国内においては今ひとつゲーム文化の中心となっていない。しかも任天堂の据え置き機はそもそもライトユーザーへと積極的に売りたいものとして作られてもいるので、どちらかといえばコアなゲーマーから据え置き機が求められている海外市場においてもさほど歓迎されないというジレンマに陥っている。

 

据え置き機も携帯機も時代とマッチしているか

 また一方、携帯型はそもそも海外においては相対的に需要が少ない。国内では支持されているものの、前述のようにスマホにシェアを奪われており、ここにもやはりジレンマがある。冒頭に書いたが、任天堂はいわば日本的な製品を送り出す企業で、だからむろん日本のライトユーザーに遊んでほしいと思っているはずだ。しかし日本人たちはいまスマホでゲームをやっていて、それでも任天堂は据え置き機や携帯機という、今の国内市場とそぐわない製品を出し続けるという結果になってしまっている。それでも自社製品にこだわるのは、もちろん任天堂のもの作りへのこだわりだろう。しかしまさに日本が誇る企業としての屋台骨が揺らぐならば、何か別のことをやり始めるべきだろう。昨今、任天堂が及び腰ながらスマホなどに目を向け始めているのは、そういう変化の現れに違いない。

 

ライバルはテレビからスマホへ

 ただ個人的に数年前から夢想してあちこちで語っているのは、任天堂が本当に新しいゲーム機を作るなら、それはスマホと一体型であるのが一番なのではないかということだ。それはつまり、まずスマホゲームが席巻している今の国内市場を見据えたものということになるが、日本人の発想を貫きつつグローバルに受け入れられるという、これまでの任天堂の路線を考えるなら、それがいいのではないか。そして任天堂がハード屋としてのプライドを満たしつつ、今のゲーム業界に生き残るならば、そうするのがいいのではないか。岩田聡はWiiをリリースした時に「据え置き型ゲーム機を復権させるためには、ライバルはテレビである」と主張して、ハードにテレビリモコン機能を付けるなど、リビングの主役であるテレビとの共存を図った。コントローラーがリモコン型であったのも、同じような意識に基づいているのは言うまでもない。これは戦略としては非常に面白いものだったが、そもそもテレビがあまり見られなくなったとすら言われる昨今においては、少し当を得ていたとは言いがたいのではないか。そして、今や据え置き型であろうが携帯型であろうが、ゲームというジャンル自体のライバルが、言うまでもなくスマホなのである。

 岩田聡が最後に残したハードウェアが、そういうものであったらいいなと個人的には思う。だがネット上の噂レベルでは、「NX」は据え置き型ハードだという話もある。そうだとしたら、単に自分の予想が外れるという意味を越えて少し心配なことではある。だがそれでも、ここまでに書いたようなゲームの現状を十分に理解してリリースされる新製品であることは間違いないだろう。岩田聡がゲームの未来に残す置き土産を、楽しみに待ちたいものだ。

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ライター、物語評論家。1974年、北海道生まれ。大学卒業後、会社勤務を経て文畢業に入る。関心領域は音楽、ゲーム、アニメ、小説、マンガ、演劇など幅広く、ジャンル横断的に批評活動を行う。著者に『僕たちのゲーム史』、『AKB商法とはなんだったのか?』、『一〇年代文化論』などがある。

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ジセダイ総研 研究員

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