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ジセダイ総研

突然誕生した中国の「戦後」、空虚な器をめぐる日中の論争

高口康太
2015年08月12日 更新
突然誕生した中国の「戦後」、空虚な器をめぐる日中の論争

書き換え自由な入れ物としての「戦後」 

 戦後70周年を迎える今年、テレビや新聞、雑誌などどこを見ても特別企画が目白押しだ。しかし「戦後」とはいったいなんだろうか? 字義通りに解釈すると「戦争(特に、第二次世界大戦)が終わったのち」(明鏡国語辞典)となるわけだが、政治、経済、社会、国際情勢、すべてが激変したこの70年間を、一つの時代として区切ることにあまり意味があるとも思えない。

 安倍首相のフレーズである「戦後レジームからの脱却」にしてもそうだ。「憲法を頂点とした行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることは、もはや明らか」(安倍晋三公式サイト)というが、これらすべての分野に共通する「戦後レジーム」が存在するはずもない。結局のところ、「戦後」とはそれぞれの文脈において便利に中身が入れ替えられてしまう言葉でしかない。 


中国に「戦後」はなかった

「戦後」という言葉が便利に使われてきたという点では中国もよく似ている。そもそも中国にとって「戦後」、すなわち1945年から現在という時期区分は大きな意味を持っていなかった。日中戦争終結の翌年には国共内戦という戦争が始まっており、1945年は分岐点ではない。日中戦争に関していえば、「日本に勝利し、中華民族の屈辱の近代史を終わらせたこと」が重要だ。

 そして、中国と台湾は今もなお、どちらが屈辱の近代史を終わらせた英雄なのかを競っている。戦史をかんがみれば旧日本軍と戦った主力が国民党であることは明らかだが、中国共産党は自分たちの活躍ばかりを誇張してきた。だが、ここにきて中国共産党に変化が見られる。国民党軍が果たした役割も評価するように変わりつつあるのだ。昨年、中国では日中戦争の英雄が表彰されたが、その中には国民党の将校も含まれている。「国民党もがんばってましたね」という態度変更は大人の余裕にも見えるが、それでも中国共産党の功績を過大に見積もっている点では変わりはない。

 台湾は今年、日中戦争終戦70周年の行事を大々的に展開しているが、英雄の座を競う争いの一環だ。興味深いのは日本メディアにも取り上げられた「撃墜マーク」の事件である。現行の戦闘機に日中戦争で国民党を支援し、活躍した米航空義勇隊フライング・タイガースの塗装を施した際に撃墜数を示す日章旗まで描かれるというものだ。実は中国は9月3日の軍事パレードにフライング・タイガースの元隊員を招待する予定である。英雄の座に加え、米義勇隊の盟友の座をも奪う争いが繰り広げられているわけだ。

 

中国と盟友が築いた「戦後」の平和

 中国共産党にとっては英雄の座、すなわち戦争の勝利こそが重要であり、「戦後」は大きな意味を持たなかった。この状況が変わるのは2013年末以降だ。安倍晋三首相の靖国参拝を受け、中国は大々的な外交宣伝攻勢を展開、世界各国の大使に現地に寄稿し日本を批判させた。

「人気小説『ハリー・ポッター』の悪役ヴァルデモート卿はその魂を7つのホークラックス(分霊箱)に封じ込めていたが、靖国神社はいわば日本軍国主義のホークラックスである。日本国の暗黒を象徴しているのだ。」

 これは2014年1月1日に英紙デイリーテレグラフに掲載された劉暁明・駐英中国大使の寄稿文だ。ここまでひねったものは少ないにしても、各国の状況にあわせた批判文が寄稿された。

 この宣伝攻勢で浮上したのが「戦後」だった。かつて中国は米国をはじめとする西側諸国と肩を並べて世界ファシズム戦争を戦った。「戦後」国際秩序はその成果である。今、復活を遂げようとしている日本軍国主義は私たちの勝利の成果を踏みにじろうとしているのだ、と。

 その後もこの論理は踏襲されている。今夏、中国で公開された抗日戦争ドラマに『東方戦場』がある。故・萩原流行氏の出演作としてご存知の方もいるかもしれない。通常の抗日戦争ドラマは共産党の軍やゲリラ部隊、少年兵が日本軍と戦うという内容だが、『東方戦場』では世界反ファシズム戦争全体の流れも描かれるというのが新機軸だ。日中戦争は世界大戦における一つの戦場に過ぎなかった、アメリカも英国もソ連も盟友だったと強調する意図が込められている。

 今年9月3日の軍事パレードも抗日戦争勝利70周年記念に加え、世界反ファシズム戦争勝利70周年記念として行われることとなった。中国、そして盟友が「戦後」の平和を築いたという主張だ。

 

日本がとるべき道は他にある

 「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍首相だが、2015年4月29日の米議会演説では次のように語っている。

 

「米国が自らの市場を開け放ち、世界経済に自由を求めて育てた戦後経済システムによって、最も早くから、最大の便益を得たのは、日本です。」
「戦後世界の平和と安全は、アメリカのリーダーシップなくして、ありえませんでした。省みて私が心から良かったと思うのは、かつての日本が、明確な道を選んだことです。その道こそは、冒頭、祖父の言葉にあったとおり、米国と組み、西側世界の一員となる選択にほかなりませんでした。日本は、米国、そして志を共にする民主主義諸国とともに、最後には冷戦に勝利しました。この道が、日本を成長させ、繁栄させました。そして今も、この道しかありません。」


 中国が「戦後」の平和を築いた功績者として自らを誇る一方で、日本は西側社会の一員として「戦後」を築いた功績を誇っている。冒頭に述べたように「戦後」という言葉は中身が入れ替え可能な空虚な器に過ぎない。

 しかし、前提として「戦後」、そしてそれをもたらした第二次世界大戦は肯定されるべきという暗黙のルールがある。このルールに従って日中は今、「戦後」の功労者の座を奪い合っているというわけだ。

 しかし、「戦後」平和の体現者として中国と競い合うよりも、もっと有効な道が日本にはあるはずだ。

 その道とは、普遍的人権の普及だ。第二次世界大戦後に世界の人権状況が不十分とはいえ向上したことは間違いないし、日本もそれに少なからず貢献している。「戦後」が築き上げたものとは平和だけではなく、人権も重要な要素だと積極的に主張するべきだろう。

日本に亡命している風刺漫画家「辣椒」(王立銘)の中国共産党による人権侵害を告発する漫画。ウイグル人の抵抗を暴力で押さえつける中国共産党。

 

日本に亡命している風刺漫画家「辣椒」(王立銘)の中国共産党による人権侵害を告発する漫画。ダライ・ラマ崇拝をやめないチベットの寺院に対し、「歴代中国政治領袖のポスター」を飾るよう強要した問題について。

 

 そのためには、世界の人権侵害により深くコミットしなければならない。今年7月から中国では人権派弁護士の大量拘束、逮捕が始まった。「暗黒の金曜日事件」と言われる、この重大な人権侵害に対し、欧米と比べると日本政府の批判は弱いようだ。中国政府を批判したからといってすぐに問題が解決するわけではないが、少なくとも現地の人々、世界の国々に日本の姿勢を示すことができるだろう。そして人権重視の態度を通じて、「戦後」の体現者をめぐる中国との争いにもリードすることができる。

 「戦後」という器は空虚なもの。だからこそその中に何を入れるべきかの戦略が問われている。

 

*新刊情報*

高口康太氏が辣椒を取材した新書『なぜ、習近平は激怒したのか―亡命漫画家が祖国を捨てた理由』(祥伝社)は9月初頭の発売です。ご期待ください。

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ライターの紹介

高口康太

高口康太

翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。

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ジセダイ総研 研究員

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