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ジセダイ総研

大気汚染には冷静な中国人 環境「革命」が起きないワケ 

高口康太
2015年12月25日 更新
大気汚染には冷静な中国人 環境「革命」が起きないワケ 

「ドアを開けると“異界”が広がっていました。路地裏の家に泊まっていたのですが、ほんの30メートル先にある大通りがほとんど見えません。車の音は聞こえても姿は見えず。まさに“異界”に迷い込んだ感覚でした。」

 2015年11月30日、中国北部で深刻な大気汚染が観測された。北京市では1立方メートルあたり976マイクログラムという記録的なPM2.5が観測されている。
 大気汚染指数(AQI)の算出式では、PM2.5の濃度が500マイクログラムに到達すると、上限値である500となる。指標上限値を超える大気汚染、中国語でいう「爆表」である。
「爆表」は漫画『ドラゴンボール』の戦闘力測定機「スカウター」が上限値を超えた数値を計測して爆発するシーンから生まれた言葉だが、中国では今や大手新聞の見出しを飾るまでに定着している。
  2015年12月7日には北京市で史上初となる大気汚染赤色警報が発令された。学校の休校、工場の操業規制、乗用車の利用制限、ついでに炭を使う屋台の営 業停止などが指示されている。19日には2度目の赤色警報が発令されるなど、中国の大気汚染をめぐるニュースには事欠かない状況だ。

2015年12月23日、大気汚染オレンジ警報発令下の天津。
乗用車規制により、ナンバープレートの末尾が奇数の車しか利用できないことになっているが、規制された車両も道路を走っていた。
筆者知人撮影。


 

大気汚染に慣れちゃいました

 たまたまこの深刻な大気汚染に遭遇した私は、ある雑誌の編集者に電話でコメントを求められていた。

「北京、天津では霧のような大気汚染はもはや風物詩です。慣れたつもりでしたが、なかなかのインパクトでした。あれほどの霧は日本では1度しかお目にかかったことはありません。昔、鹿島スタジアムにサッカーを見に行った時にあいにくの霧でして。逆サイドが見えないほどの濃霧でびっくりしましたね」

 コメントを続けると、編集者は「え、日本でも似たようなことがあるんですか。あの北京の大気汚染って濃霧とあんまり変わらないんですか……」とがっかり。
 その後も「なにか強烈な出来事はありませんでしたか?」「困ったことはありませんでしたか?」「どんな臭いがするんですか?」「体調が悪くなりませんでしたか?」「日本人には思いつかないような対策はありませんか?」と矢継ぎ早に聞かれたが、「暗くて気が滅入ります」「高速道路が封鎖されると辛いんですが、その日は移動日じゃなかったので助かりました」「鼻が悪いのであれですが、普段と比べて臭いわけではありません」「体調は絶好調でして。近場の屋台で朝食を買ってきてどか食いしちゃいました」「対策ですか。マスクが定番ですね。まあ、自分は面倒なのでつけませんが。男性はつけない人が多いような気がします」と回答。
 あるいは「この霧を吸い込んだら15分で命を落とす」的な、ナウシカの腐海的なエピソードを求められていたのかもしれないが、白い霧に覆われた大都市や昼前になっても夜明け前のような暗い街並みにも慣れてしまうと「あ、今日はすごいな」ぐらいの感想しかなくなるのだった。

 

 

汚染に激怒し決起する人民たち、ただし大気汚染はのぞく

  どうにか編集者の期待に応えようと、「中国在住者あるあるとしてはですね、中国に住んでいると鼻毛の伸びが超加速すると言われているんですよ。人体の防衛反応なんですかね。ワハハ!」と最大限のオモシロ・エピソードを伝えてみたが、電話越しにも編集者のがっかり感が伝わってきた。
 これは私が鈍感すぎるだけ、あるいは私の鼻毛がもさもさで完璧なフィルターになっているから……という話ではない。もちろん大気汚染に関心を持つ中国人もいて、深刻な大気汚染が出現するたびにマスクや空気清浄機がバカ売れするのだが、まったく対策していない人も少なくない。

  ところが、ゴミ焼却場や火力発電所、化学プラントの建設となると話が違う。大々的な抗議デモが行われたり、時には数万人を集める大暴動にまで発展することすらある。最近も広東省汕頭市で装甲車が焼き討ちされるという騒ぎがあったばかりだし、2012年には江蘇省の啓東市で日本資本の製紙工場の排水が流されることに反発して市民が暴徒化。市庁舎に突入しオフィスを打ち壊したばかりか、啓東市のトップを吊し上げるという事件まで起きている。
 ここ10年、環境デモ、環境暴動の数は増える一方だ。「汚染に対する人々の怒りが結集し、最終的には中国共産党政権を打ち倒す革命になるのである」などと打倒中国共産党な夢を語ってくれた中国人もいたほどだ。

焼き討ちされた武装警察の装甲車。2015年11月29日、広東省汕頭市。(出典

 

大気汚染改善には環境“革命”が必要

  ところが、こと大気汚染に関しては、政府の無策無能ぶりを批判する声はあってもそれ以上のアクションにはつながらない。
 大気汚染問題が中国でもっとも盛り上がりを見せたのは2012年春だろう。北京の米国大使館は敷地内で計測したPM2.5濃度をツイッター https://twitter.com/beijingair でつぶやいているのだが、1時間ごとのつぶやきでは「危険」「危険」「危険」「とても有害」「危険」「危険」……とおどろおどろしい言葉を乱打。これに触発された人々が中国各地で独自にPM2.5濃度を計測して公開し、政府に圧力をかけた。圧力が高まるなか、温家宝首相(当時)は主要都市でのPM2.5濃度計測を約束した。

 かくして、2012年秋からPM2.5濃度の公式測定値が発表されるようになり、大気汚染の実態が明らかになった。
「最近、中国の大気汚染がニュースが多い! 急速に環境が悪化しているのであろう!」と思っておられる方もいるだろうが、それは間違いだ。汚染は以前からあったが、PM2.5の数字が出るようになって初めてビッグなニュースになっただけなのである。
 インドの大気汚染は中国よりひどいが、いまいちニュース・バリューが弱いのは詳細な統計がないためだろう。
 汚染の実態は明らかとなったわけだが、政府の対策を求める世論の圧力はあまり高まっていないのが現状だ。世論操作に長けた習近平政権の腕前という側面もあるが、目の前に迫った危険とは感じづらいのが理由ではないか。「ただちに影響はない」のでアクションを起こす動機が弱い。いわゆる「ゆでガエル」である。

 そもそも、大気汚染がもたらす健康被害についてはまだ正確な調査は出ていないようだ。
 目につくのは2013年にマサチューセッツ工科大学、北京大学、精華大学、ヘブライ大学の研究者が発表した論文だ。中国北部では石炭を使った集中暖房システムが採用されている。その南限である淮河の南北に住む住民の平均寿命を比較したところ、石炭による汚染で平均寿命が5.5年縮まったとの結論を導き出している。ただし、この研究は1990年代までを対象としたもので、車の排気ガスなど近年の汚染については対象外だ。
 2000年代に中国の肺がん罹患率が4倍に増加したとの指摘もあるが、中国科学技術省の公式サイトには「平均寿命が伸びて医療システムが整備されたからがんが見つかるようになっただけ」という反論論文が掲載されている。

 大気汚染襲来を伝える中国のニュースサイト。(出典

 

汚染改善の動力は人民の怒り

  車の排ガスや工場排気排水の規制強化から天然ガスや原子力などのクリーンエネルギーの導入、老朽化した火力発電所の淘汰など中国政府も汚染対策を進めている。ドローンや人工衛星による違法排気の観測、工場の排気排水データをインターネット経由でリアルタイムに収集する監視システムなど新技術も次々と採用されている。
 しかし「上に政策あらば下に対策あり」が中国の流儀だ。企業と地元政府の癒着による見逃しから、監視システムに引っかからないよう新たに違法排気専用の煙突を作ってみたなどの対策が登場しいたちごっこが続いている。

 結局のところ、どのような新技術やクリーンエネルギーが出現されようが、コストの負担を受け入れてでも取り組む姿勢がなければ汚染改善は進まない。そのためには人民の突き上げが必要なのだ。
 現状では大気汚染に対する人民の“怒り”は足りていないように見える。
 健康被害が目に見えるレベルにまで悪化しないかぎり、中国を覆う大気汚染の雲が晴れることはないのかもしれない。

 

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ライターの紹介

高口康太

高口康太

翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。

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ジセダイ総研 研究員

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