気がつけば「中国専用物書き」として、かれこれ十数年もキャリアを積んできてしまった。政治・経済はもちろん、社会問題や文化まで、面白い話題にはなんでも首を突っ込み、調査と取材を続けてきた。
中国の検索サイト最大手「百度」でエゴサーチをかけると、私が日本語メディアで発表した記事がばらばらと出てくるが、そのテーマは日中関係、反日デモ、AKB、福原愛、大学受験、中国農村の戸籍問題……と、もう何をやっている人だからわからない状態である。
「今、中国で一番面白い問題を追いかける」をモットーに悪食を続けてきたが、ここ数年は中国経済を主なテーマとしている。
昔から関心を持っていたのだが、世界経済に占める中国の重要性が高まったこと、重要かつユニークな中国企業が増えてきたこと、中国企業の日本進出が加速するという新たな局面に差しかかったことなど、「日本人にとって知るべき価値がある情報であり、かつ書いていても楽しいテーマ」となったためだ。
さて、「中国専用物書き」として、一つ困った問題がある。中国本がさっぱり売れないのだ。私の本だけが売れないならば、才能がないのだから仕方がないとあきらめもつく。だが、ジャンル全体として売れていないのが実情だ。この10年というもの、国際社会における中国の存在感は飛躍的に高まったにもかかわらず、だ。
「いやいやいや、反中本というジャンルがあるじゃないですか。」
そうお考えになる方もいるかもしれない。確かに尖閣問題や反日デモを背景として、反中本は一定の市場を得た。読者に届けるためのフックとして、反中本的なタイトルや体裁を取るが中身はしっかりした中国事情紹介という本もある(私はこれを羊頭狗肉ならぬ「狗頭羊肉」と呼んでいる)。
そうはいっても嫌韓本と比べれば売れ行きは低い上に、ここ数年は日中関係が低め安定を続けている影響で、ついに反中本の売れ行きまでが下がってしまったのだとか。「反中本があまりに売れなくなったので、あの**先生が最近は嫌韓ネタを書くようになりました......」とは先日、ある編集者から聞いた話だ。
まあ、反中本という私には縁遠いジャンルはともかくとして、中国本全体の需要が低いのは不思議である。これだけ中国の存在感が高まっている時代に、お金を払って中国の情報が欲しいというニーズが高まっていないのだ。
中国の存在感が高まっているのに知ろうとはしない。ひょっとしたら見たくない現実から目をそらしているだけなのかもしれないが、これは危険な兆候ではないだろうか。
逆に中国はというと、貪欲に日本の情報を吸収している。アマゾン中国で「日本」をキーワードに検索すると、日本関係の本がごっそりヒットする。新刊も多いし、翻訳本も多い。そして「反日本」的な変な煽り方をしている本もない。
政府の検閲もあるが、そもそもお金を出して本を買う層は素直に日本について学びたいと考えているためだ。
日本に関する書籍でも、旅行から歴史、サブカル、小説などさまざまなものがあるが、人気ジャンルの一つにビジネス本がある。稲盛和夫や松下幸之助の伝記が翻訳され、中国では相当の人気を誇っているのだ。中国では企業家の伝記は「励志書籍」と呼ばれ、次世代の成功者を目指す人々が買い求める人気ジャンルだ。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」とは『孫子』の言葉だ。中国人だけが日本の経営者の伝記を読んで、日本人は中国については何も知らないというのでは話にならない。日本でも中国の経営者の伝記は出版されているとはいえ、翻訳本ばかりで前提知識がないとなかなか読み通せない。ならば、平易に読める中国人経営者の伝記集を出せないものか。そう考えて執筆したのが『現代中国経営者列伝』である。取り上げた経営者は次の8人だ。
レノボ(PC)の柳傳志
ハイアール(家電)の張瑞敏
ワハハ(飲料)の宗慶後
ファーウェイ(通信機器)の任正非
ワンダ(不動産、小売、映画、スポーツ)の王健林
アリババ(EC)のジャック・マー
ヨーク(動画配信)の古永鏘
シャオミ(スマートフォン)の雷軍
この他に、新世代の起業家として数人を紹介した。
取り上げた経営者はいずれも強い個性を持つユニークな人物ばかりであり、筆者としても彼らの人生を追いかけるだけで楽しかった。雇われ経営者とは異なり、創業者社長は強い個性を持つ人ばかりだ。これは中国も日本も変わらない。そしてその個性は企業のカラーに決定的な影響を与える。
たとえば、今をときめく通信機器メーカーのファーウェイを見てみよう。日本でもシムフリー・スマートフォンの定番機種を作るメーカーとして、一般消費者にもなじみのある企業となったが、同社は中国の中でもきわめて異質な存在である。
手間暇かかる研究開発よりも手っ取り早い不動産投資を優先、一気に投資を注ぎ込みシェアを獲得する電撃戦が中国企業の十八番だが、ファーウェイは「最低でも売り上げの10%を研究開発費に注ぎ込む」という技術志向な企業だ。
この企業イメージは創業者の任正非のキャラクターとかぶってみえる。同氏は父が元国民党関係者。若き日は苦難の連続だったが、学問こそが人生を変えると勉学にいそしんだ。文化大革命では父が吊し上げにあったと聞き慌てて故郷に戻ったところ、父親は「すぐに大学に戻れ」と一喝したという。父に叩き込まれた信念が異質のイノベーション企業を支えている。
こうした経営者のエピソードと企業の成長の歩みを本書は描いているが、たんに個々の企業の理解を深めるだけではない。年代順に並べた伝記を頭から読んでいくと、改革開放以来の中国経済の変化が透けてみえる作りとなっている。技術も金もなく、気合いと根性と愛国精神が炸裂する時代から次第次第に変化していく様子がわかる。中国経済の今がどのような時代なのか、そしてどのような経路をたどってたどり着いたのかが分かる一冊になったと自負している。
中国経済の歩みを伝えるとともに、もう一つ本書には目的がある。それは日本人が忘れつつある「成長の楽しさ」だ。いわゆる「失われた20年」が続く中で経済成長とはなんなのか、日本人は実感を忘れているように思う。
中国はというと成長鈍化が伝えられているが、まだまだ無数の成長分野が残されている。国家統計局によると、2017年1~3月期の小売売り上げ総額は前年比10%の伸びを記録した。ECに限ると20%という高成長だ。つまり平均点の成績しか挙げられない平々凡々とした企業でも、成長分野にいれば20%もの成長を遂げることができるのだ。社員の給料も上がるし、生活も豊かになる。もちろん中国には格差や公害、人権侵害などさまざまな社会問題が山積みだが、それでも「より良い未来が待っている」と確信している人が大多数を占めている。
人口構成など条件が違う日本が中国のような高成長を再現することは難しいが、成長がいかに楽しく重要かを再認識することは、日本社会の未来を考える上でもきわめて重要だ。熱気あふれる隣国を参照軸とする時代が来ている。
星海社新書『現代中国経営者列伝』、発売中!
著者:高口康太
定価:900円(税別)
ISBN:978-4-06-138613-6
サイズ:新書判
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高口康太
翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。
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