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ジセダイ総研

一人っ子政策はなぜ廃止されたのか?"老いゆく中国"の今

高口康太
2015年10月30日 更新
一人っ子政策はなぜ廃止されたのか?

 2015年10月29日、中国は35年間にわたり続けてきた一人っ子政策の廃止を発表した。一人っ子政策はなぜ導入されたのか、どのような影響をもたらしたのか、今後中国はどう変わるのだろうか。13億人の大国の人口動態は隣国である日本の未来とも深くつながっている。10年後、日本と中国は移民、すなわち第三国の労働力を奪い合う状況を迎えているのかもしれない。

一人っ子政策の歴史

  29日、中国共産党第18期中央委員会第5回全体会議(五中全会)が閉幕し、公報が発表された。第13期五カ年計画(2016年~2020年)の成長目標や新たな改革案、そして共産党高官の人事が注目されていたが、現時点では肩すかしに終わっている。注目を集めたのは以下の一文だ。

 「人口の均衡ある発展を促進し、計画生育という基本的国策を堅持し、人口発展戦略を従前とする。各夫婦が子ども2人を産める政策を全面的に実施し、人口高齢化への積極対応を展開する。」

 この短い文章が一人っ子政策の廃止を意味しているわけだが、そもそも一人っ子政策とはなんなのだろうか? 

 一人っ子政策とは中国語の正式名称は「計画生育」と書く。計画的な出産という意味で中国の基本国策と位置づけられている。その歴史は古く1950年代から出産抑制の啓蒙活動が行われ、1970年代には「晩婚、兄弟の間隔は4年以上、最大2人まで」といった提案がなされている。もっとも毛沢東は出産規制には批判的で、1958年には「人多ければ力大なり」との言葉を残している。

 計画生育が本格化するのは毛沢東が死去し、文化大革命が終わった後となる。1980年に中国全土で一人っ子政策が施行され、違反者に対する不妊手術や罰金といった強制的措置が導入されていく。今や世界に名だたる悪法となった一人っ子政策だが、人口抑制自体は世界的なトレンドとも合致したものだった。人口の増加は人類の破局につながりかねないとの懸念が広がり、国連は1974年を世界人口年とし、世界各国に人口増加の抑制を促した。今やいかにして出生率を向上させるかに各国は四苦八苦しているわけだが、40年前には真逆の取り組みに力を注いでいた。

 人口抑制そのものは世界的なトレンドだったが、強制的な堕胎や不妊手術といった手法で中国は突出している。その背景には「官僚的熱心さ」がある。1981年に国家計画生育委員会が発足したが、その下部組織は中国基層の村々にまで配置され、膨大な職員を擁する巨大官僚組織に成長した。なお国家計画生育委員会は2013年の省庁改革によって衛生部(厚生省に相当)と合併し、国家衛生・計画生育委員会という名称になった。省庁の名前にまで言葉が使われていることからも、計画生育が中国においてどれだけの重みを持った政策かがうかがえる。 

 一人っ子政策違反者の数は自治体トップの政治業績に反映された。かくしてポイントをあげるため、異常な熱心さでの取り締まりが行われることとなった。一部では未婚女性に不妊手術を行うなどの蛮行もあったが、それも不妊手術数という業績を競う官僚的熱心さがゆえと言える。また違反者からは多額の罰金が徴収された。支払わなければ子どもには戸籍が与えられないといった差別的待遇が科される。本来ならばその多額の罰金は国庫に納められる規定だが、自治体の収入として流用されていたことが明らかとなっている。 

 人口抑制という世界的な潮流とともに始まった一人っ子政策だが、世界のトレンドが出産奨励に変わった後も方向転換はできなかった。巨大官僚組織と罰金という既得権益にメスを入れられなかったというのが実情だ。

新華社の五中全会特集サイト

 

なぜ中国は“今”、一人っ子政策を廃止したのか 

 さて五中全会によって一人っ子政策の廃止が決定したわけだが、国家による出生規制そのものが廃止されたわけではない。計画生育、すなわち国家による出産規制という制度自体は残されるが、産める子どもの数は2人に緩和するというのが今回の変更点となる。 

 もともと一人っ子政策には多くの例外規定があり、少数民族や一人っ子同士の結婚では2人目の出産が許可されていたほか、農村戸籍者の場合は1人目が女児だった場合には2人目を産むことが許されていた。また2013年の三中全会では夫婦のうち片方が一人っ子ならば2人目の出産許可と緩和をされている。今回の発表は厳密にいえば出産規制緩和であり、国が出産を管理するという制度や出産管理に関する巨大官僚組織は保持されることになる 

 気になるのはなぜ中国がこのタイミングで出産規制を緩和したかだ。朝日新聞が「中国、一人っ子政策を廃止 2人目容認、経済減速で転換」とのタイトルで伝えたのを筆頭に、日本メディアの多くは中国経済減速との関連で取り上げているようだ。確かに中国の労働人口(15~64歳)は2012年前後をピークに減少に転じたとされ、長期的な経済リスクではある。だが経済面だけで見るのはミスリードだろう。

 一人っ子政策の影響により世界最速ペースで“老いていく”中国では、誰が老人の世話を見るのか、医療・介護をどうするのかといった高齢化問題が深刻化している。中国では「私たちの子どもは幸せだ。私たちが買った不動産、父方の祖父母の不動産、母方の祖父母の不動産を相続するのだから」などと言うが、裏返せば一人の子どもが親と祖父母の6人の面倒を見なければならない。老人ホームや介護保険が未整備の中国では、子ども世代、孫世代の負担は日本以上に大きい。また公務員や国有企業従業員など充実した年金を受け取れる人もいる一方で、年金未加入者や生活できないレベルの年金しかもらえない人も少なくない。

 中国政府はリバースモーゲージローン(住宅担保型老後資金ローン。持ち家を担保に生活費を借りる金融商品)を一部地域で試験的に解禁するなど対策を始めているとはいえ、高齢化のペースに追いついていない。

 また老後の生活は子ども頼みという観念が強い中国で、たった一人の子どもを病気や事故で失った夫婦がどのように老後を暮らすのかも社会問題となっている。2008年の四川大地震では子どもを失った高齢夫婦を対象に、無料で不妊治療を提供するという支援も行われた。子どもという「老後のための投資」を失った人々をいかにケアするかが課題だ。一人っ子政策導入から35年、失独家庭(一人っ子を失った世帯)の数は数百万に達すると推算されている。

児童節商戦の玩具売り場面積

 

一人っ子政策廃止後の未来

 一人っ子政策の廃止はどれほどのインパクトをもたらすのだろうか。出生率はそれほど大きく改善することはないというのが専門家の見方だ。上述した2013年の規制緩和による出生増は50万人以下にとどまったと指摘されている。教育水準があがり育児のコストが上昇した今、2人以上の子どもを欲しがる家庭は限られている。

 中国人口政策の専門家である、米ウィスコンシン大学の易富賢氏はフィナンシャルタイムズ中国語版に寄稿したコラムでインドの出生率減少を例にあげ、もし一人っ子政策を実行しなかったとしても中国の出生率は自然と減少していた。一人っ子政策はまったくのムダで、少子高齢化のペースを速めるデメリットしかなかったと断じている。

 一人っ子政策を廃止したところで、急激な少子高齢化のペースは変わらない。“老いていく”国民をいかに遇するか、中国政府は早急な対応を迫られている。しかし世界一若いとされる退職年齢の引き上げ(原則的に男性は60歳、女性は50歳)も国民の猛反発を前に遅遅として進まないのが現状だ。

 高齢化に対応する特効薬は移民受け入れだ。実際、広東省の工場地帯にはベトナム人など東南アジアの違法移民が流入しているほか、東北部では北朝鮮の労働者受け入れも始まっている。現時点では中国政府は移民受け入れに慎重な姿勢を崩していない。だが、もし一人っ子政策を転換したように移民政策を転換する時がくれば、中国は周辺国から膨大な移民を吸収するブラックホールとなるだろう。その時、同じく高齢化で苦しむ日本は中国と移民を奪い合うことになるのではないか。

 

<いずれも反響あり!>

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ライターの紹介

高口康太

高口康太

翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。

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ジセダイ総研 研究員

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