2020年の東京オリンピック・パラリンピックへの道は、内紛で舗装されている。とくに小池百合子都知事と森喜朗組織委員会会長の角逐は、もはや知らぬひととていない。果てしなく続く揉めごとに、うんざりしているひとも多いだろう。
とはいえ、オリンピックをめぐる内紛は、日本の「お家芸」でもある。事実、1940年の「幻の東京オリンピック」に関しても、また1964年の東京オリンピックに関しても、こうした内輪もめは絶えなかった。
「一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」かはともかく、内紛は繰り返す。三度目に突入しつつあるいま、最初のそれを振り返ってみるのも無駄ではあるまい。
「幻の東京オリンピック」で建設される予定だった「紀元二千六百年記念塔」。
(『第十二回オリンピック東京大会 東京市報告書』より)
1940年の東京オリンピック開催は、1936年7月31日に決定した。
この日、国際オリンピック委員会(IOC)の総会がベルリンのホテル・アドロンで開かれ、第12回オリンピック大会の開催地に東京を選んだのである。この報はたちまち早朝の日本に伝えられ、各所でアジア初の大会を歓迎する声があがった。
翌8月1日にはじまったベルリンオリンピックは、そのムードをいっそう盛り上げた。いまでは「ヒトラーのオリンピック」としてとかく評判が悪いベルリン大会だが、当時はそうでなかった。日本選手団は健闘し、金メダル6個、銀メダル4個、銅メダル8個を獲得した。女子200メートル平泳ぎでは、「前畑ガンバレ!」の好ましいエピソードも生まれた。
ドイツの金33個、銀26個、銅30個には比べるべくもないにせよ、日本のスポーツ界は1940年に向けて、まずは順調な滑り出しをしたかに見えた。
さて、ベルリン大会が終われば、つぎは東京大会である。オリンピックを開催するにあたっては、唯一最高の責任機関としてオリンピック組織委員会を設置しなければならない。組織委員会は、IOCの業務委託を受けた国内オリンピック委員会(NOC)によって設置される。
ところが、日本のNOCにあたる大日本体育協会(日本体育協会の前身。体協)にスキャンダルが直撃した。ベルリンに派遣された日本選手団が、ベルリンや帰路の船上で、非常識な振る舞いをして周囲の顰蹙を買っていたと、10月21日以降、相次いで暴露されたのである。
いわく、日本選手団の役員は、ベルリンで、在独邦人が好意で通訳を買ってでたのに、感謝しないばかりか召使のようにこき使った。いわく、日本の選手団は、帰路の船上で、連日連夜泥酔して大声で騒ぎ、同乗のイギリス人を呆れさせた――。一部をあげればこんなところだ。
選手団長の平沼亮三は、体協の副会長でもあった。体協は1933年10月以降、会長が空席だったので、平沼は事実上のトップだった。そのため、選手団に対する批判の矛先は、体協の監督不行き届きにも向けられた。
平沼は、はじめこそ針小棒大に書き立てていると反論したが、10月26日、批判に耐えかねて辞表を提出した。にもかかわらず、28日に緊急理事会で慰留されて、辞表を撤回した。これだけでも見苦しい顛末だ。それなのに、11月5日、今度は平沼を除く体協の役員全員が混乱の責任をとって総辞職してしまった。
こうした体協の混乱ぶりは、さきゆきに不安を投げかけた。
その一方で、体協はさらなる混乱の種を撒いた。
体協は組織委員会を設置するため、その事前の組織として準備委員会を設置しようとしたのだが、これまでオリンピック招致に尽力してきた東京市に一切相談しないで、その人選を行ったのである。
その構成は、体協26名、文部省1名、東京市1名。体協が中心になるという強い意志が現れていた。
これに対し、東京市の牛塚虎太郎市長は憤慨した。体協からは10月27日、同市秘書課長の草間時光を準備委員として求めてきたが、醜聞で混乱のさなかにある体協中心の組織にひとはやれぬと、これをすげなく断った。
すると、体協は東京市抜きで準備委員会の設置を強行してしまった。怒りが収まらない牛塚市長は、10月29日付の「読売新聞」朝刊でこう不満をぶちまけた。
「体協で市が拒絶したまゝ準備委員会をつくるといふことは実は僕が教へてやつたのだ。現在のやうな態度で出られる体協であつたら私の方では断じて協力は出来ん。草間個人の意見はどうとも公吏として絶対に私が許さん。だからあなたの方だけで勝手にやつて下さいとね。また体協が別のどんな方法で準備委員会に参加を勧誘して来ても今の体協が主である以上はお膳立ての如何に拘らず絶対に参加はしない。今の体協が別のものに――或は改組などが行はれた後での勧誘なら、その時は又その時で別に考へねばなるまい。兎に角、勝手にやるならドンドン勝手にやるがいゝでせう」
同紙面を見ると、「断じて協力せぬ」「嫌なら助力は求めぬ」の見出しが踊り、まるで子どもの喧嘩である。こうして東京オリンピックは、開催が決定してからわずか4ヶ月弱にして、体協と東京市の全面対決という未曾有の事態に陥ったのだった。
スポーツを所管する文部省はこの内紛を当初静観していたが、さすがに見かねて両者の調停に乗り出した。11月12日、IOC委員の嘉納治五郎が帰国すると、新しい動きが起こった。
平生釟三郎文部大臣は14日に嘉納委員と、16日に牛塚市長とそれぞれ会見し、オリンピックが国家的な事業であると確認。体協や東京市だけではなく、関係各省も集めた「オリンピック懇談会」を開催することを決めた。
平生文相はいう。「みんな自分の立場々々のみを守り勝手な事を言つてゐるのではいつまでたつても満足にゆくわけはない。オリンピック東京大会は国を挙げての大事業であるから、関係者が集つて腹蔵なく意見を述べ其の大綱をきめて各々のもち場もち場から協力援助を与ふべきであらうと思ふ」と(11月17日付「読売新聞」朝刊)。
こうして挙国的な組織委員会が結成されるかに見えた。ところが、もうひとりのIOC委員の副島道正(副島種臣の三男、伯爵)が27日に帰国すると、この方針に反対した。オリンピックは、あくまで純粋なスポーツの祭典であるべきだというのである。
「東京オリンピックの準備に当る組織委員会は出来るだけ早く結成しなければならぬがオリンピック委員会の議定書に基き体協が中心となつて結成しなければならない。これはあくまでも留意すべきオリンピックの原則である」(11月28日付「読売新聞」夕刊)
かくて今度は嘉納・副島両IOC委員委員の対立が勃発した。
ただ、副島は分が悪かった。原理原則としてはもっともだが、体協が機能不全に陥っていることは誰の目にも明らかだったからだ。
1940年のオリンピックは、神武天皇即位2600年にあたることから、もともと国威発揚に利用しようという政官界の動きもあった。結局、嘉納の意見がとおり、オリンピックは国家的な事業として実施されることになった。
12月7日、平生文相の斡旋で「オリンピック懇談会」が開かれた。IOCからは徳川家達(徳川宗家16代、公爵)、嘉納、副島の各委員、体協からは平沼と大島又彦、東京市からは牛塚市長、文部省からは河原春作次官と岩原体育課長、陸軍省からは梅津美治郎次官が出席した。
この席上で「広く海外に対し我国の真実相を認識せしむる」「挙国一致の事業たらしむ」「団体精神の強化を図り、一般青少年の心身訓練に資せしむる」ことが確認された。東京オリンピックは、国威発揚のイベントとして明確に位置づけられた。
「オリンピック懇談会」は10、14、19、24日にも開かれ、その最終日にようやく組織委員会が発足した。翌1937年1月13日に正式に定められたその構成は次のとおりである。
国際オリンピック委員3名、東京市長、体協会長、外務、内務、大蔵、陸軍、海軍、文部、逓信、鉄道各次官、東京市会議長、東京市助役1名、東京商工会議所会頭、体協副会長2名。
会長には、徳川家達が就任した。その後、組織委員は必要に応じて追加されていった。
体協のメンバーは大幅に減らされ、東京市の存在も薄く、国家主導の組織となった。こうした寄り合い所帯は、リーダーシップに欠け、動きが鈍い。そのため、このあともメインスタジアムの設置場所をめぐって(まるで2020年大会のように)延々と混乱が続くのであるが、今回は割愛する。
いずれにせよ、東京オリンピックは、日中戦争の勃発と長期化によって返上され、幻の存在となった。
オリンピックは、国家事業ではないし、国威発揚のためのイベントでもない。少なくともオリンピック憲章にはそう記されている。その一方で、近代オリンピックはその規模ゆえ、どうしても国家や公的な機関がかかわらざるをえない。ここに混乱の火種がある。
とりわけ日本の場合、利害を調整する強力なリーダーシップが阻害されやすい。その結果、利権を求めて魑魅魍魎が群がり、不毛な権限争いや縄張り争いが発生してしまう。この根本的な構造は、こんにちでもあまり変わっていない。
国民の間に「オリンピックはこうあるべき」という合意があればまだよいのだが、そもそも招致の段階で無関心が蔓延していた以上、それも求めにくい。残念ながら、うんざりする内紛は今後も続くだろう。
ちなみに1964年大会のときには組織委員会長と事務局長が途中で交代している。2020年大会についても予断を許さない。三度目の内紛劇はまだはじまったばかりである。
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