2016年10月19日、一人のライトノベル作家が、Twitter上で政治への主体的なコミットを志していることを表明した。
そのライトノベル作家は、『だから僕はHができない。』というアニメ化もされたヒット作を持ち、一線で活動を続ける橘ぱん。
東京都知事の小池百合子が開講する政治塾に、既に応募を行ったという。
なぜ彼はそのような意思を持つに至ったのか、緊急インタビューを行った。
取材・構成・写真=平林緑萌(星海社)
──今日はお忙しいところ、突然のオファーをお受け頂きありがとうございます。まずは、橘さんのことをよく知らない読者のためにも、経歴からお聞きできればと思うのですが。
橘 いまは主にライトノベルを書いているんですが、実はいろんな縁でこうなっている......という感じで、経歴がややこしいんですよ(笑)
──確か、もともとは会社勤めをされていたんですよね?
橘 そうです。大学卒業後はSEとして、大規模金融システムの運用にかかわっていました。とはいえ、もともとオタク的なものが好きな若者ではあったので、会社勤めをしながらメールゲームのゲームマスター(郵便やEmailを使った大規模アナログゲーム、ゲームマスターはシナリオを考え、ゲームを運営していく)なんかもやっていました。その後、メールゲームの運営元の、上司にあたる人物が独立をしてシナリオ会社を作るということで、私も誘ってもらったんです。それで、私も出資して、一緒に会社を作りました。そうすると、会社は辞めないといけなくなりますよね。
──そこでエンターテインメント業界に本格的に入られた、ということですね。
橘 そうなりますね。さらに、シナリオ会社の先輩の縁で、18禁美少女ゲームのシナリオの仕事をいただいて、アダルトゲームの世界にもかかわるようになり、またこれも人の縁でライトノベルのお仕事もいただくことになった......という流れですね。
──もともと、いつかは作家になりたいというような気持ちはお持ちだったんでしょうか?
橘 もちろんありましたが、実はそんなに主体的に動いていたわけでもなかったんです。当時、メールゲームのマスターさんが、美少女ゲームのシナリオライターや、さらにライトノベルの世界に進出するという例が増えてきていたので、漠然と「いつかやれたらいいな......」と思っていただけで、自分の場合は完全に人の縁ですね。
──新人賞に応募されたりは......。
橘 実は一度もないんです。ゲーム会社のシナリオライター募集に応募したこともないです。
──それはすごいですね。当時、ご両親としては、最初に入った会社を辞められることについてはどういうご意見だったんでしょうか?
橘 福利厚生もしっかりした会社でしたし、もったいないとは思ったでしょうね。ただ、そもそも、大学進学の時点で親の反対を押し切って史学科に進んでいるんですよ。両親、特に父親としては家業を継いで欲しいという気持ちが強かったと思います。ただ、会社を辞める頃には、呆れるというか、もう半ば諦めていたんじゃないでしょうか。
──お父様が亡くなられた頃は、主に美少女ゲームのお仕事をされていた時期でしょうか。
橘 そうですね。当時は、自分も一緒に作った最初の会社を辞めて、専属に近い形で美少女ゲームの会社に入っていました。ちょうど、ライトノベルのお話をいただいた頃で、「どんなものを書きましょうか」と相談しつつ、準備を始めていました。今から8年前ですね。
──本当に突然のことだったとうかがったことがありますが......。
橘 いや、そうなんですよ。風呂上がりにビールを飲もうとして、そのまま倒れていたんです。私は会社にいて、家にはいなかったんですが、母親から「救急搬送された」という連絡をうけて、病院に駆けつけたらもう死亡が確認されていました。
──それから、お母様と二人暮らしになられたわけですか。
橘 そうです。私は一人っ子なので、それまでも親子三人だったんですが、まさか60代の父親が、突然死ぬなんて思ってなかったですからね。それで、ようやく父親の死後のいろんな手続きも終わって、ライトノベルの仕事が軌道に乗ってきたと思ったら、今度は母親が認知症を発症しました。
──僕が橘さんと面識を得た後のことなので、相当おつらかったのも存じていますし、それを何度もお聞きするのは心苦しいのですが......。
橘 いや、構いませんよ。明確に「おかしいな」と思ったのは3年ほど前......2013年の年末頃のことです。最初は、夕食の買い物に2回行って同じものを買ってきたり、といった症状だったんです。母親もまだ60代半ばでしたから、こちらも思いもよらないことでした。
──その後、かなり急速に症状が進行された。
橘 ええ、そうです。いくら在宅でできる仕事とはいえ、打ち合わせで外出することもありますし、症状の進行とともに、すぐに限界を迎えてしまいました。預かってくれるところを探すのもずいぶん骨が折れましたし、本人は嫌がって施設を飛び出して、お金も持っていないのにタクシーに乗ったりするので、そのたびに探しに行ったりもしました。結局、今年の3月に亡くなりました。
──実質2年と少しの期間だったかと思うのですが、近いところから見ていて、ものすごく大変だなと感じました。
橘 思い返すと、父親が突然死した頃から兆候があったようにも思えるんです。ただ、症状に波もありますし、私が気づかない間に水面下で進行してしまった面もあると思います。
──仕事と並行しての介護は、ものすごく辛そうでした。
橘 身近で介護の問題が発生したことって、これまでの人生でなかったんですよ。それがいきなり襲いかかってきたものだから、どうしたらいいかわからないんですよ。公的なサポートの受け方とか、嫌がる本人を病院に連れて行く方法とか、何もわからない。
──そういった経験が、政治に主体的に関わろうというきっかけになっていくわけですね。
──もともと、政治は身近なものだったのでしょうか。経歴だけ見ると、「あれ?」と思う人もいるかと思うのですが。
橘 実は、小さい頃は政治が身近なものだったんです。父方の親族に政治家がいたりもしましたし、選挙があると親戚が忙しそうにしているのも見ていましたから。
──そうすると、政治に対するネガティブなイメージはなかった、ということでしょうか。
橘 そうですね、それはまったくなかったです。むしろ、政治は「ないと困るもの」だと思っていました。もちろん、政治にもいろいろな面があると思いますし、普段はあまり意識することもないんですが、それは空気と同じなんじゃないかと思います。たとえばですが、空気中に二酸化炭素が含まれていることを、普段生活しても意識しませんよね。でも、二酸化炭素がなくなると実際は困ります。政治って、そういうものじゃないかなと思ってきました。
──とはいえ、そこまで主体的に関わろうという気持ちは、これまであまりなかったわけですよね。
橘 もちろん、選挙があると必ず投票には行きましたよ。母親の介護でどうにもならなかった一回を除いては、棄権したことはありません。ただ、父親の突然死以降のさまざまな困難のなかで、「投票だけではいけないんじゃないか」という気持ちが芽生えてきたというのはあります。
──お母様の介護をされるなかで、どういった問題に直面されたのでしょう。
橘 公的なサービスは、実は結構充実しているんです。でも、それを受けるためにはハードルがあります。まず、要介護度の認定を受けるところまでいくのが大変なんですよ。要介護度の認定が出ると、どんなサービスを受けることができるか、自治体の側から教えてくれます。大変なのはそれ以前ですね。
──そうなんですか?
橘 うちの母親もそうでしたが、認知症患者は病院に行くのを嫌がることも多いんです。そこが一番大変でした。実は、嫌がって暴れる患者を騙して......というと言い方が悪いですが、「認知症ではなく別の検診」の形をとって診てくれる病院もあるんです。ただ、そういうものがあって、どこの病院ならしてくれる......というのが、わかりにくいんです。だから、区民検診に認知症検査を紛れ込ませたりしてくれるといいんですが。うちで起きたわけですから、日本中の家庭で起きうる問題だと思っています。なので、もしもそういうことが起こった時に、自分の時よりはあらゆる負担が軽くすむといいなと思います。
──いっぽう、橘さんはクリエイターでもあります。業界をめぐる問題としては、表現規制が代表的なものかなと思うのですが。
橘 クリエイターとしては赤松健先生、政治家としては山田太郎先生が代表選手として頑張っていらっしゃいますよね。もちろん「表現の自由」をめぐる問題についても関心はあります。
──ただ、日本のエンタメ業界は、業界団体が政治的な勢力として活動することに、否定的な考え方を持っているように思えます。総意をとりまとめて陳情する、というようなことを......。
橘 忌避する面が強いですよね。どちらかというと、政治を監視したり批判することを重視する傾向がありますよね。もちろんそれも見識ではあると思うんですが、私はちょっと違う意見を持っている、ということですね。それから、今回の応募にあたって、同じ業界で働く同世代の友人たちに相談してみたんですよ。そうすると、みんな好意的だったんですよね。少なくとも、私より若い世代に関しては、「政治とは距離を置くべきだ」という考え方が主流というわけではないのではないか、とも思いました。そのことにも、背中を押してもらった気はしています。
──小池都知事の政治塾に応募されるに至った経緯はわかりました。では、具体的に、政治塾に対してどのような展望を持っていらっしゃるんでしょうか。
橘 申し込みはすませましたが、まだ結果は出ていませんから、落ちるかもしれない(笑) それに、受講できたからといって、簡単に政治家や議員になれるとも思っていません。なので、首尾よく受講することができたら、「まずは、政治の世界がどうなっているのか、具体的に見る」というつもりでいます。身近にはありましたが、政治の世界を内側から見たわけではないですからね。
──その上で、何ができるか考える、ということでしょうか。
橘 実は何もできないかもしれない(笑) ただ、一度は主体的に関わってみないと、何かできることがあるのか、実はまったくないのかすらわからないですからね。それに、政治家にならなくても、政治の世界にコミットするいい方法が見つかるかも知れません。
──既成政党の党員になる、という方法もなくはないかな......と思うのですが。
橘 確かにそういう方法もありますよね。ただ、今回は政治の側が、広く門戸を開いてくれているように見えます。こういう機会はそうそうないと思ったんですよ。
──ここからは仮定の質問ですが、首尾よく政治の世界に入ったとして、どういう未来があり得るでしょうか?
橘 やっぱり、きっかけが介護ですし、地元に密着した活動をしたいですね。私と同じくらいか、少し下の世代にとって、親の介護というのはいずれかなりの高確率で直面する問題だと思いますから。それから、地元を「東京」ととらえた場合、出版社などの企業は東京に集中していますから、表現の自由に関する問題も、地元の問題と考えることもできると思います。たとえば地元の杉並区で活動するとして、都議会に上がっていく情報に、正確性を持たせるようなことはできるかもしれない。そういうことができれば、投票活動よりも、大きな声にはなるんじゃないかと思います。
──もし議員になったら、創作活動は......。
橘 もちろん続けますよ。いつまでもクリエイターとして現役でいたいですね。そうそう、ライトノベルだけでなく、18禁のお仕事も続けていきたいです。
(2016年10月20日、荻窪にて)
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