厳しい財政状況を反映し、官公庁の事業もコストカットが叫ばれるようになって久しいが、防衛装備品の研究開発・調達事業も例外ではない。昨年10月には、防衛装備品の研究開発・調達の効率化を目的として、防衛装備庁が発足するなど、高額化する防衛装備品をいかに効率的に、俗に言えば安上がりに調達するかは大きな課題となっている。
この効率化に関連して、近年「デュアルユース」という言葉が、防衛省・防衛装備庁(前身の防衛省技術研究本部を含む)周辺でたびたび出てくるようになった。デュアルユースとは、大雑把に言えば「軍事用・民生用双方にも用いることの出来る技術」を指す。例えば、軍事用に開発された衛星測位システムのGPSは、今や我々が使っているカーナビやスマートフォンに欠かせない技術となっている。逆に民生品として開発された電子・機械部品が、兵器のパーツとして使われる事は今では珍しいことではない。
軍事技術が民生に用いられることをスピンオフ、民生技術が軍事に用いられることはスピンオンと呼ばれており、軍事技術開発に膨大な資金が投入されている米国ではスピンオフの事例が多く、逆に軍事技術開発が民生技術開発と比べて小規模な日本ではスピンオンに強いという。
防衛装備庁は、何故デュアルユースに着目しているのか。根本的な動機としてコストカットにあると思われるが、背景には軍事技術と民生技術の境が曖昧化している現状がある。特に電子・情報技術は、両者の境を侵犯している。現代のあらゆる兵器は、電子・情報技術によりその性能を高めているが、電子・情報技術はドッグイヤーと呼ばれるように、民生での技術進歩が顕著な分野だからだ。
また、近年は防衛装備品へのCOTS(Commercial-off-the-Shelf)化が進展している。COTSとは、簡潔に言えば防衛装備品に民生品(の部品)を用いたり、民生規格を採用することである。商用に大量生産されている民生品を使うことでコスト削減を図るとともに、進歩の早い民生技術を迅速に取り込めるメリットがある。このように防衛装備品にとり、民生技術は欠かせないものとなっている。
しかし、日本の民間セクターにおける技術研究の先行きは明るいものではない。企業は製品化に繋がらない基礎研究を縮小しているし、交付金削減により大学での研究もままならない。そこで防衛装備庁では、産官学の敷居を無くし、相互の連携により、効率的な技術研究開発を目指すデュアルユース政策を打ち出している。早い話が、これまで官や防衛産業を中心に行われてきた軍事技術研究の裾野を広げ、防衛装備品にも使えそうなデュアルユース研究の萌芽を民間から探しだし、研究費の出資や共同研究に繋げることで、研究効率をアップさせようという狙いだ。
安全保障技術研究推進制度の概要(防衛装備庁資料より)
具体的な施策として、民間企業や研究機関が手を出しにくい高リスクの研究に対しても、防衛装備庁が研究資金を出資する安全保障技術研究推進制度が整備された。「安全保障技術」といった名称は入っているものの、研究の応用分野は指定されず、その成果も公開を原則としている。平成27年度の募集では、109の大学、研究機関、企業から応募があり、うち9件が採択されている。軍学連携だとして、この施策に批判的な向きもあるが、大学を含めた民間からも需要があるのは間違いないようだ。
このように近年注目されているデュアルユースであるが、デュアルユースそのものは防衛装備庁が狙う先端技術に限ったものではない。例えば、第一次世界大戦で登場した戦車は、農業用トラクターの無限軌道(履帯、いわゆる「キャタピラー」)技術の応用であった。技術そのものには、思想性も無ければセクショナリズムも無い。誰かが応用の可能性を見い出せば、軍事・民生問わずに使われてきた歴史がある。ひとつの技術が破壊をもたらす事もあれば、恩恵をもたらす両面性を持っていることは、原子力技術を見ても分かるだろう。
ところが、技術が持つ両面性が、最近は悪い方で目立っている。その最たるものが、国際テロ組織や武装集団によるテロ、地域紛争での利用だ。
化学肥料は農業に不可欠であるが、強力な爆薬の原材料にもなるデュアルユース性を持っている。爆薬が流通するのは警察力によって阻止も可能だが、農村地帯で肥料が流通するのは防ぎようがない。実際にシリア国境に近いトルコの街から、内戦中のシリアへと大量の肥料と鉄パイプが輸送されているとニュースサイトのデイリービーストが報じたが、これらが素直に本来の用途に利用されていると考えるのはお人好しが過ぎるだろう。
デュアルユースの負の側面は、日本も無関係ではない。アルカイダやISを始めとしたテロ集団がトヨタ製のピックアップトラックを愛用している事は周知の事実であり、自爆志願者が運転する日本車に自家製爆弾を載せるだけで、何百人を殺傷出来る兵器と化す。爆弾の遠隔起爆に使われる携帯電話の通信インフラは、世界的に無線伝送装置で高いシェアを持つNECが支えている。
また、アメリカ本土を射程に収めると報じられる北朝鮮のKN-08大陸間弾道ミサイルは即応性の高い固体燃料型と言われているが、この固体燃料製造に欠かせないジェットミル(超微粉砕機)や混合機は、1994年に日本から不正輸出されている。このジェットミルはイランにも不正輸出されており、日本の技術が世界の安全保障に脅威を与える形になっている。
このように先端技術からありふれた技術までデュアルユースに満ちているが、現実的な問題としてはどうだろうか。幸いな事に、未だ技術的障壁の大きい大量破壊兵器によるテロはまだ少ない。その反面、“ありふれた”デュアルユースは、世界各地で流血を引き起こしている。
従来、デュアルユース規制は大量破壊兵器に繋がる技術や先端技術を主眼としていた。共産圏に対する技術・物資流出を防ぐために設立されたココムは冷戦終結後に解散したが、その後に特定の国家・集団に限定せず、技術拡散を防ぐ目的でワッセナー・アレンジメントが41カ国間で締結されている。ワッセナー・アレンジメントでは多岐にわたる技術・製品が規制対象となっているが、その中には多くの自作爆薬の原料や、テロリストが乗り回しているピックアップトラックは含まれていない。汎用性が高すぎて、国際どころか国内の規制も難しいからだが、現状で多くの犠牲者を出しているのはそのような技術・製品だ。
記憶に新しい今年3月のブリュッセルの連続爆破テロでは、過酸化アセトン(TATP)と呼ばれる自作爆薬が使用されている。TATPの主原料は薬局でも入手可能な薬剤だ。前述の肥料爆薬は製造が簡単だが、鈍感で爆発に強力な起爆薬が必要なのに対し、TATPは製造にやや手間がかかる反面、簡単に爆発させる事が出来る。
TATPの結晶
これらありふれたデュアルユースの規制が緩くても、従来はその製造や利用に関する知識源は限られていたので、脅威として顕在化しなかったのかもしれない。インターネット普及以前、過激派やテロリストは爆弾製造法などの闘争手段を地下出版の冊子にまとめたが、その情報へのアクセスは自ずと限定的なものだった。それが今では、ネット上でテキストや動画として簡単にアクセスが可能になっている。実際に2013年のボストンマラソン爆弾テロでは、容疑者兄弟はテロ組織と直接の繋がりを持たなかったものの、インターネットで爆弾情報を収集してテロに臨んだ事が明らかになっている。
規制が効果的でないデュアルユースの悪用に対して、決定的な対策は見つかっておらず、今後も様々な議論と試行錯誤を重ね、実効性のある対策に近づけていく他ない。しかし、日本でデュアルユースについての議論を見ると、最近は特に大学や研究機関でも軍事研究を行う事の是非を巡るものばかりと言って良い。だが、既に我々が普段から使っている技術や作り出している製品は、今もどこかで多くの血を流し続けているものかもしれないという意識くらいは、心の隅に留めてもいいのではないだろうか。
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