2013年末に安倍首相は靖国神社を参拝したが、中国は世界各地で異常とも言える大反論キャンペーンを展開した。
なぜ中国はこれほど靖国神社問題を重視するのか。
そこには、日本軍国主義と一般の日本国民を切り離すという中国共産党の日中友好のロジック(建前)、そして日本に対する弱腰姿勢は政争にとってマイナスになるという中国政治のロジック(本音)が存在する。
本稿ではそうした中国のロジックを分析した上で、忘れられた民間の声についても考えてみたい。
8月15日の終戦記念日に安倍晋三首相や日本の閣僚が靖国を参拝するのではないか──。
中国官制メディアは早くも牽制する論陣を張っている。
現在の日中関係の悪化は2012年の日本政府による尖閣諸島買収がきっかけではあるが、緊張も一段落かと思われた2013年末、安倍首相の靖国参拝によって再び対立は激化した。
なぜ中国政府は靖国神社問題にこれほど神経を尖らせているのか。表向きの建て前と裏側の実情、2つの側面から考えてみたい。
中国の中央公文書館(公的文書を保管する機関)では、7月3日から日本軍人が中国で犯した罪を告白した供述書が公開されている。
全部で45人。毎日1人ずつのペースで掲載されており、終戦記念日翌日に全員分が公開される予定だ。安倍首相やほとんどの閣僚は終戦記念日には参拝しないと予想されているが、それでも中国側は警戒を強めている。
中央公文書館のウェブサイト。日本人軍人45人の供述書が公開されている。
http://61.135.203.68/rbzf/index.htm
もし安倍首相が参拝したならば、中国側が激烈な反応を示すのは間違いない。その最新の事例となったのが2013年末の安倍首相参拝に対する反発だ。
2014年1月1日、英紙デイリーテレグラフは劉暁明・駐英中国大使の寄稿文を掲載した。「人気小説『ハリー・ポッター』の悪役ヴァルデモート卿はその魂を7つのホークラックス(分霊箱)に封じ込めていたが、靖国神社はいわば日本軍国主義のホークラックスである。日本国の暗黒を象徴しているのだ」との記述が話題となった。
このコラムを皮切りに、世界各国の中国大使は駐在地の新聞に靖国批判を寄稿している。ワールドワイドに靖国参拝批判の論陣を張った。
なぜ中国はこれほどまでに靖国神社参拝に反発するのだろうか?
極東国際軍事裁判(東京裁判)で戦争指導者として有罪判決を受けたのがA級戦犯。
靖国神社は1978年にA級戦犯14人を合祀した。その後も歴代首相による参拝が続くも問題とはならなかったが、中曽根康弘首相(当時)1985年に「公式参拝」を表明したことを契機に中国、韓国が反発し国際問題化した。
1972年の日中国交正常化にあたり、中国が用意したロジックは「憎むべきは日本軍国主義であり、日本人民もまた軍国主義の被害者だった」というもの。
このロジックは今なお踏襲されている。
中国が認定するところの“右翼首相、右翼政治家”が登場した際でも、反中国的な行動や発言はあくまで一部の右翼勢力であり、多くの日本人民は中国の味方か欺かれているかのどちらかとして解釈される(もっとも安倍首相の高支持率を背景に、日本国民全体の右傾化を指摘する論も出始めている)。
中国にとって、A級戦犯は日本軍国主義のシンボルだ。
首相の公式参拝は国家による顕彰を意味するものであり、許しがたい行為とみなされた。
中曽根首相の参拝後、日本首相による靖国参拝は1996年の橋本龍太郎首相(当時)まで時間が開くが、この間に公式参拝という論点は抜け落ち、公的、私的を問わずに首相の参拝は国家の顕彰と同義だとして批判されるようになった。
靖国参拝はA級戦犯の顕彰、ひいては日本軍国主義を認めることにつながる──。
この中国のロジックは、しかしあくまで建て前、表向きのポーズに過ぎない。中国ではすべてが政治だと言われるが、日本批判、靖国参拝批判もその例外ではない。
1990年代前半、中国では愛国主義教育の大キャンペーンが展開された。
天安門事件の反省から愛国心を通じて国民の凝集力を高めることが目的だったが、同時に江沢民総書記(当時)の権威確立の狙いに利用されることになる。
鄧小平というカリスマによってトップの座に据えられた江沢民の権力基盤は脆弱だった。文化大革命しかり、政治運動への動員で権力基盤を強化するのは中国共産党の常套手段だ。ここでもその歴史が繰り返された。今に続く激しい反日感情の基盤、靖国参拝に過敏に反応する土壌は愛国主義教育のキャンペーンで形成された。
反日や靖国参拝批判を政治的リソースとして積極的に活用するケースもあれば、逆に受け身として、政治的立場を守るために発動するケースもある。
昨年末の安倍首相参拝に対する反発がその典型だ。
選挙という明確な決着手段を持たない中国では、政治は政敵の失点探し、腹の探り合いで決まっていく。反汚職キャンペーンで政敵潰しを続けていた習近平総書記の権威はまだ盤石なものではなく、弱腰との批判は絶対に避けなければならなかった。
政敵に弱みを見せないためには、自らが率先して強硬派とならざるを得ない。かくして異常な規模の日本批判が国内外で展開されることとなった。
先日、前中国共産党中央政治局常務委員である周永康の失脚が公式にアナウンスされたが、これで中国共産党内の政治闘争が一段落すれば、強硬一辺倒の対日姿勢が変化するとも期待されている。
ここまで中国政府の建て前と裏側の事情を見てきた。
前述したとおり中国は政治の国だ。多くの要因は政治を見ていれば説明がついてしまう。ただしそれだけがすべてではない。
中国では反日は政治の論理で動かされてきた。
人々はたきつけられることもあれば、一方で沈黙を強いられることもある。戦争を実際に体験したこともなければ、肉親から話を聞いたこともない人が反日や靖国批判に動員されることもあれば、戦争の被害を受けた人が声をあげることを許されないケースもある。
印象に残っているエピソードがある。
中国の作家・崔衛平さんが語っていた話だ。
実際に日中戦争で戦った父親は、中国政府が日中友好をアピールする時代にあっても日本への憎しみを捨てきれなかった。忠実な共産党員である父親だが、こと日本に関しては党の方針に従いきれなかった、と。
崔さんの父のように心中の怒りを消化できずにいる人は少なくない。
今後、中国で民主化が進み表現の自由が認められるようになれば、今まで押さえつけられてきた民間の怒りが表出する可能性もある。
日本はこれまで中国政府にばかり向き合ってきたが、民間の声、一般市民の被害に向き合ってこなかったのではないか。これが崔さんの指摘だ。
共産党が支配する中国では、ながらく閉鎖的な社会が築かれてきた。
そこに分け入って民間の被害者と対話することなどできるはずもなかったし、そもそも政府と国民の関係は中国側の事情であって、その点に日本の責任を問うのは話が違うのではないかとも思う。
とはいえ、国家権力が強力な中国にあって政治の動きばかりが目につくが、その背後には戦後70年近くが過ぎた今も残る民間の怒りが隠されている。
終戦から長い年月が過ぎた今、この問題にどう手を付ければいいのか、簡単な答えはない。
ただ中国政府となんらかの和解が成立したとしても、それが解決ではないことを知っておくべきだろう。
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高口康太
翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。
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