3月31日、中国文化部は未成年に違法行為・暴力行為・ポルノ・テロを推奨している、社会道徳を損なうとの理由で、『進撃の巨人』『寄生獣』『ソード・アート・オンライン2』など人気日本アニメ数十作品をブラックリスト入りした。これを受け中国の動画配信サイトでは公式配信の停止などの対策に踏み切っている。
海賊版時代を経てようやく正規ルートでの中国市場復帰を果たした日本アニメだが、政府の通達一発でビジネス環境が激変するチャイナリスクにさらされている。興味深いのは、こうした中国当局の取り締まりが反日戦略や社会浄化を目指す国家方針に基づくもの……ではないという点だ。この日本アニメの危機は省庁間の縄張り争いや中国共産党の家父長主義的性格がビジネスの邪魔になるという、チャイナリスクの典型例と言えよう。
まず簡単に中国市場における日本アニメの歴史を振り返ろう。
文化大革命終結後、中国は外国コンテンツの輸入を再開する。娯楽コンテンツが不足した時代に輸入された作品は当時の中国人の心に大きな爪痕を残した。昨年、俳優の高倉健さんが死去したが、中国でも多くの人が悼んだことが報じられた。驚いた人もいるかもしれないが、一定世代以上の中国人にとって健さんはレジェンド的存在だった。
というのも、主演映画『君よ憤怒の河を渉れ』は文化大革命後に上映された初の外国映画、当時の中国で熱狂的なブームを引き起こしたためだ。結婚したい理想の男性は健さんと女性は熱狂、髪型や服装を真似た男性が大挙出現するほどの盛り上がりぶりだった。アニメでも『鉄腕アトム』や『一休さん』は中国人の心をわしづかみにしている。今の40代以上ならば誰もが知っている作品となった。
輸入コンテンツの量が増えるにつれて、文革終了当時の飢餓感は解消されていく。海外のコンテンツが次々と輸入されるなかでも子どもたちに圧倒的なインパクトを残したのが日本アニメだ。『北斗の拳』『聖闘士星矢』『スラムダンク』などの作品は子どもたちの一般常識となるほどの人気となった。
風向きが変わったのが2005年の海外アニメ規制。中国国産アニメを推奨するという名目で輸入と放送を規制し、中国のテレビから新作日本アニメは一掃された。ビデオCD、P2Pダウンロードソフト、動画配信サイトと新たな技術による海賊版流通が盛んになったが、テレビ放送時代ほどの広がりはなく、日本アニメは一部のマニアが楽しむ大海賊版時代へと突入した。
ところが2011年ごろから再び状況が変わり始める。海賊版動画が横行する無法地帯だった中国の動画配信サイトに正規版権を獲得する動きが広がりだした。日本のテレビ東京がいち早く参入したこともあり、この流れは拡大していく。日本で放送された数時間後には中国語字幕付きの最新話が公式配信される新たな状況が生まれた。
楽視網の新作アニメページですが、アルスラーン戦記など新作も配信されている
http://list.letv.com/listn/c5_t-1_a50041_y-1_vt-1_f-1_s1_lg-1_st-1_md_o17_d1_p.html
中国人アニメオタクを取り上げた著書『オタ中国人の憂鬱』の筆者・百元籠羊氏はブログで定期的に日本アニメの正規配信状況をまとめているが、数十本もの新作アニメが公式配信されているという。「好きな時間に無料でアニメが見られるなんて……。地方じゃ見られない作品も入ってるし! 日本人よりよっぽど恵まれている!!!」と鳥取出身の筆者を驚愕させる時代が到来した。
テレビ時代に中国で黄金期を築いた日本アニメ。規制により冬の時代を迎えていたが、インターネット産業の発展に伴い、再びチャンスを手にした……。
ここで終わればいい話だったのだが、ネット公式配信にも規制の手が迫っている。
先日、話題となったのが中国文化部による「第23回違法規定違反ネット文化取り締まりリスト」の発表だ。未成年に違法行為・暴力行為・ポルノ・テロを推奨している、社会道徳を損なう作品をブラックリスト入りするもので、『進撃の巨人』『寄生獣』『ソード・アート・オンライン2』『デスノート』など人気日本アニメ数十作品が一気にブラックリスト入りした。発表を受け、中国動画配信サイトも公式配信を取り止める事態となった。
この件を伝えるACG(アニメ・コミック・ゲーム)系ニュースサイト『Gamelook』のページ
http://www.gamelook.com.cn/2015/04/209918
これ以上のリスクとみられているのが2014年9月に中国国家新聞出版広電総局が発表した通達だ。海外の映画・ドラマを配信するサイトを対象としたもので、「情報ネットワーク伝播視聴番組許可証」取得が必要なこと、また配信する作品ごとに許可を取らなければならないとの方針を明確にした。
上述したとおり、中国のネット配信サイトでは日本アニメの最新話をほぼリアルタイムで配信している。アニメ以外にも米国や韓国のドラマもそうだ。このリアルタイム放送だが、中国のテレビ局には許されない芸当である。というのもテレビ放送前には広電総局の検閲を受けて許可証をもらう必要があるが、作品が完結してからではないと審査をしてもらえないためだ。これまでネット配信は事前検閲を受けずに自由にやってきたのだが、この通達によって4月1日以降はテレビ同様の事前検閲が必要となった。
スマートテレビの画面に表示されているのは「広電総局の規制により、プレインストールされていた動画視聴アプリが使用できなくなった」というメッセージ。広電総局の認可を受けた別アプリで視聴することに。(提供:山谷剛史)
実際、米国・韓国のドラマなどのリアルタイム配信は消滅してしまっている。この通達はアニメにも適用されるのではないかと業界、そして中国人アニメファンは戦々恐々としていたのだが、今のところは「アニメは映画でもドラマでもない」という微妙なロジックによってリアルタイム配信を続けている。とはいえ、広電総局が許可が必要との見解を示せば終了してしまう危うい状況にあることは間違いない。
日本アニメがテレビから放逐されてはや10年、ようやくつかんだ巻き返しの糸口も気まぐれな政府通達の前にもはや風前の灯火である。
スマートテレビの日韓アニメの視聴選択ページ。なんと3584シリーズのアニメが見放題。名探偵コナンは775話までの全作品が見放題。新作アニメの『Fate/stay night』、『アルスラーン戦記』もリアルタイム配信されている。(提供:山谷剛史)
最後に、なぜこのような規制が導入されたのかを考えてみたい。
中国政府は国産産業を育成するため外国製コンテンツを追い出そうとしている、一党独裁体制を堅持するべく海外の思想が流入するのを防ごうとしている……。
と、こんなふうにすべては中国共産党の陰謀だと言い切ってしまうと楽でいいのだが、そんなわかりやすい話ばかりではない。
例えば、広電総局の通達に関しては、「ネット動画という縄張りを奪い合う省庁間の争い」という側面が強い。中国国家新聞出版広電総局は書籍、雑誌、新聞、テレビ、映画、ラジオの検閲を担当しているが、ネット動画の検閲についてはグレーゾーン。ネットを主管する中国工業情報化部としてはネット動画管轄の権力を掌握したい、テレビよりも規制を緩和してネット動画を盛り上げたいという狙いがある。
世界中でテレビからネットへの移行が進んでいるが、中国ではテレビが強力な検閲でがんじがらめになっていることもあってその傾向がさらに強かった。もはやネットを野放しにしてはおけぬ、と広電総局は昨年来巻き返しに出ている。第一段はスマートテレビの規制だ。
スマートテレビのネット動画配信選択ページ。『騰訊』、『歓網』など複数の配信サイトに対応している。(提供:山谷剛史)
今や中国のテレビは、大半がアンドロイドを搭載していて動画配信サイトの視聴が可能。広電総局はここにいちゃもんをつけ、テレビで放映する以上は広電総局の規制に従え、広電総局が許可したアプリ以外のインストールは禁止するという規制を打ち出した。これに続くのが動画配信サイト自体の規制強化というわけだ。テレビ同様の事前検閲を義務づけることで、ネット動画も完全に縄張りに取り込もうとしている。
新技術をめぐる縄張り争いとしては、2009年にも広電総局のからむ例がある。人気ネットゲーム『ワールド・オブ・ウォークラフト』の拡張パックの検閲権をめぐり、広電総局と文化部が公の場で互いに批判し合う展開となったのだ。
もう一つ、中国共産党と中国政府の体質を考えるうえで見過ごせないのがその家父長制的性格だ。中国共産党の独裁にとっての危険思想を取り締まるだけではなく、優しくも厳しい父として国民の道徳レベルを管理しなければならないと考えている。
かくして、お見合い番組で「金持ちと結婚したい」と言い放つ女性タレントが出現すれば風紀を乱すとお小言を言い、『ハリーポッター』が流行れば「迷信邪教を広めかねない」と危惧し、中国人観光客によるマナー違反が海外で注目されると「各自治体はマナー違反の旅行者に関する記録を収集し各人に説教せよ。さぼったら処罰」という若手官僚のサービス残業が増えそうな奇天烈な法律を作る……といったおせっかいお父さんぶりを発揮している。
習近平体制の改革トレンドの一つに政府の職責明確化、許認可権減少がある。従来はいたるところでお父さんぶりを発揮してきた政府だが、今後は明文化された法律、規定に基づき粛々と審査、違法行為は取り締まるが、それ以外は自由にやってよしと態度を改める方針だ。経済に関してはこの改革は進展しているが、こと国民生活や道徳に関してはお父さんぶりはむしろ強化されるといういびつな状態にある。
中国政府の強権だけではなく、省庁の縄張り争いや家父長制的おせっかいもまたビジネス環境を激変させるチャイナリスクである。「こんな市場じゃ商売はできん」とざっくり見切りをつけられるのはお大尽だけ。必死の思いで成長ポイントを探している大多数の日本企業にとっては、どうにか闘い続けるしかすべはない。
そのためには個々の政策に一喜一憂するのではなく、中国の歴史と文化を踏まえての長期的視野が必要だ。言い換えるのならば、中国に関する知識、教養を持つことでしか、チャイナリスクに対応できないということだろう。
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高口康太
翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。
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