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ジセダイ総研

中国は民主化しない ~良心的中国論と関西のスポーツ新聞との共通点~

安田峰俊
2014年09月25日 更新
中国は民主化しない ~良心的中国論と関西のスポーツ新聞との共通点~

「○○は中国民主化の第一歩」にそろそろ飽きてきた

大学時代から数えると、中国とは14年くらいの付き合いである。

 そんな私はかつて、新聞やテレビで中国が民主化する傾向を知るのを楽しみにしていた。

 

 そもそも大学で中国史を専攻したくらいなので、私は元々かの国が嫌いではない。

 悪いのはあくまでも共産党の独裁政権だ。彼らが倒れ、民主化すれば中国はよくなる。

 日本の教科書もテレビも新聞も言っているように、民主主義とは「よいもの」であり「正しいもの」である。

 よくて正しいことが明らかである以上、いつか中国人だって民主化を選ぶはずだ。

 その兆候を見つけるのは大事なことである。

 ――かつて私は、何となくそう考えていた。

 

 だが、私はいつの間にかこの種の考えを持たなくなった。

 それは、ただでさえカオスな中国を民主化させたらまとまりがつかなくなるとか、いくら民主主義でも韓国のように反日感情をポピュリズム的に使われてはたまらないとか、20世紀初頭の袁世凱に帝政(共和制の否定)を具申した政治家の意見が意外と的を射ている気がするとか、中国側の事情を知るうちにいろいろと思ったからでもある。

 だが、別な理由もある。

 ここ十数年間、「○○は中国の民主化の第一歩」という言説が数多く唱えられてきた。

 だが、私はこれらを眺めるうち、いつしか「○○」に入る言葉があまりに可変的かつ場当たり的過ぎることに気付き、真面目に検討するのがアホらしくなってしまったのである。

 

                    2013年11月の北京、天安門広場にて

中国民主化言説とデイリースポーツの共通点

 「○○は中国民主化の第一歩」の実例と、そのロジックの要約をそれぞれ紹介しよう。

 個々のメディアや発言者への批判は控えるが、「○○ 民主化 中国」と検索するとそれっぽい報道記事や論説が見つかる場合が多いので、ご興味のある方はやってみてほしい(ちなみに下記には、「ネットの普及は中国の民主化の第一歩」みたいに、デビュー当初の私自身が発言していたものも含まれる。ここであらためて自己批判しておきたい)。

 

          <時事モノ>

経済発展は中国民主化の第一歩

経済発展にともない中産階層が増加して民主化する。

中国バブル崩壊は民主化の第一歩

停滞した社会から一党独裁体制への不満が強まり民主化する。

台湾民主化は中国民主化の第一歩

台湾(中華民国)が民主化したので中華人民共和国も民主化する。

香港返還は中国民主化の第一歩

言論の自由がある香港が返還されてその影響から民主化する。

WTO加盟は中国民主化の第一歩

グローバルスタンダードの経済の枠組みを受け入れるにあたって民主化する

北京五輪開催は中国民主化の第一歩

ソウル五輪の開催前に韓国が民主化したように、中国も五輪開催を前に民主化する

反日デモは中国民主化の第一歩

反日デモに参加した民衆が、愛国心の矛先を当局に向けて民主化する

大気汚染は中国民主化の第一歩

空気も吸えない環境をつくった一党独裁体制へ怒りから民衆が民主化を望む。

薄熙来の重慶モデルは民主化の第一歩

弱者救済政策をとった薄熙来(元重慶市トップ)の政策は格差にあえぐ庶民の心を打ち、民主化への第一歩になる。

習近平の権力闘争は中国民主化の第一歩

習近平は実は開明的な人物で、権力闘争で膿を出し切った後に民主化政策をはじめるので中国は民主化する

 

 

          <文化モノ>

日本アニメの流行は中国民主化の第一歩

日本のアニメを見た若者が民主主義社会の素晴らしさを知って民主化する。

ネットの普及は中国民主化の第一歩

自由な言論を駆使するネットユーザー(網民)が増えて民主化する。

ツイッターは中国民主化の第一歩

自由にリアルタイムで思いをつぶやけるツイッターで民主化する。

微博は中国民主化の第一歩

ツイッターは当局に接続規制されたが、かわりに台頭した微博(中国版ツイッター)で民主化する。

ネット統制は中国民主化の第一歩

微博も統制されてしまった! だが、当局のネット統制で自由を奪われたネットユーザーの不満が爆発して中国は民主化する。

SNH48の総選挙は中国民主化の第一歩

AKB48の関連団体のSNH48(上海48)の総選挙で投票の意味を知ったことで民主化(以下略)。

 

 

 中国、どれだけ民主化への第一歩を踏み出し続けているのか。

 もちろん上記には、一部の中国人も主張している「習近平の民主化」のように多少は根拠があるものから、「アニメで民主化」のようにツッコミどころしかないものまで様々だ。

 だが、これらが過去十数年を通じてすべて大ハズレに終わったことも確かである。

 

 私がこれらを見て連想するのは、1990年代の関西のスポーツ新聞だ。毎年、春になると「○○で今年の阪神は優勝や!」とファンを煽る、例のアレである。

 こちらの「○○」にも、亀山とか新庄とかグリーンウェルとか野村の教えとか、その時ごとの流行りものの名詞が入っていた。

 しかし、暗黒時代の阪神はそもそも根本的に戦力が不足しており、当事者である監督も選手もフロントも誰一人として本気で優勝を考えていなかった。ゆえに、阪神は「○○」ごときの理由では絶対に優勝しなかったし、Aクラス入りすらおぼつかなかったのである。

 

「○○は中国の民主化の第一歩」と、「○○で今年の阪神は優勝」は何が違うのか。

 これは私が中国に失望したとかそういう話ではない。

 私はどれだけ考えても、中国民主化言説とデイリースポーツの見出しとの違いがわからなかったので、「民主化の第一歩」とやらにワクワクするのをやめたのである。

 

2014年9月、広東省開平市内で見かけた怪しい生き物。

いつか「パクリのミッ●ーの登場は中国民主化への第一歩」と主張する人が出てきたらどうしよう。

 

25年前の事件は「消えない記憶」なのか

 上記と同様にお馴染みなのが、毎年6月に「天安門事件から○年 消えない記憶 民主化への足音」みたいな題名で発表される、新聞の社説やドキュメンタリー番組だ。

 だが、私はこちらの内容についても懐疑的である。

 

 現代の中国と天安門事件については、今年6月18日の『読売新聞』に掲載された「『天安門』知らぬ職員」というコラムが興味深い。

 同月4日、某国の北京大使館が天安門事件を追悼する1分間の黙祷を実施したところ、なんと館内で勤務する若い中国人職員たちが多数参加していた。驚いて本人たちに理由を尋ねたところ、誰も事件のことをちゃんと知らず、周囲に合わせて意味もわからず祈っていただけだった――。という話である。

 大使館に勤務するエリート職員ですら、若い中国人は天安門事件を知らないのだ。

 

 この理由には、もちろん「共産党の徹底的な情報統制」もある。中国では天安門事件について、ネットでの検索ひとつ満足にできないからだ。

 しかし、それ以前に常識的な目で人間の社会を解釈した方が妥当な部分もある。

 

 そもそも言論統制の有無にかかわらず、25年も前の出来事を「消えない記憶」だと考える人間は本当にそんなに大勢いるのだろうか?

 例えば1990年代後半の日本で、25年前の70年安保闘争や東アジア反日武装戦線の爆弾テロを「消えない記憶」として持つ人間がどれだけいたかを思い出してみてほしい。ほぼ間違いなく、当事者と被害者とその家族ぐらいしかいなかったのではないだろうか。

 ちなみに、これらの事件の要因である日米安保体制の矛盾や日本の戦争責任問題は、90年代後半どころか現在になっても本質的には解決されていない。だが、その「矛盾」を解消するために当時と同じ怒りをもって行動するような人はめったにいないのだ。

 加えて言えば、70年代にまだ生まれていなかった世代の人間(=私自身もそうだ)にとって、これらの事件は「消えない記憶」どころか、最初からまったく肌感覚がない過去の出来事でしかない。

 

 私は天安門事件について、その悲惨さや人権弾圧を黙認しろと言うわけでは決してない。

 ただ、事件がいかにショッキングで、重要な意義を持っていても、大多数の人間は日常のなかで過去を忘れていく(実際、中国人と話していても、事件に当事者として参加した人を含めて「もういちどやってやる」という声はめったに聞かない)。

 残酷な話だが、人間の営みとはそういうものなのだ。

 

 皮肉な表現をすれば、現在においてもなお天安門事件を「消えない記憶」として持ち続けているのは、事件の評価に病的に過敏になっている中国共産党の偉い人たちと、日本をはじめとした国外メディアの人たちしかいないと言ってもいい。

 

願望から出た固定観念が思考停止をもたらす

 はっきり言おう。

 現実に照らして言う限り、ここ25年間の中国の民主化はまったく進展しておらず、民衆は天安門事件を忘れている。そもそも中国は、そんな民主化ロボットみたいな人たちが暮らしているような国ではない。

 だが、どうやら日本人の視点はこの現実とは無関係に存在しているようだ。

 日本人が中国を語る際には、とにかく中国で発生したことは何でも必ず「民主化の第一歩」の図式に当てはめ、25年も前の天安門事件をいまだに「消えない記憶」として――たとえ現実と相違していても――語らなくてはならないという、不思議な不文律が存在する。

 これは、現地の民衆を(ややお節介気味に)思いやって中国の民主化を本気で望んでいる「良心派」の人たちから、心の中では現地社会が混乱すればいい気味だとばかりに民主化をダシにしている「反中派」の人たちまで、共通して見られる傾向だ。

 

 もちろん、多数の学生や市民が残酷に殺された天安門事件は風化しない方がいいし、中国の社会も(たぶん)民主化した方がいい。少なくとも、民主主義を「よくて正しい」ものだと考える私をふくめた日本人の価値観に照らせばそうだろう。

 だが「だったらいいな」と現実は別だ。

 残念ながら現在の中国の社会においては、政府関係者か民衆かを問わず、現在の社会と政治体制を根本的に変革する――自分の日常生活を破壊する――コストを支払ってまで選択するほどには、民主主義は「よくて正しい」ものとはみなされていない

 理想や願望にもとづいて現実を切り取る行為を何十年も繰り返すと、日本人が一方的に想像している「ヴァーチャル中国」と、本物の「リアル中国」とのギャップは修復不可能なほど広がっていく。

 両者のギャップが広がるほど、「リアル中国」はどんどん私たちの目からは見えないものになり、中国はどんどん意味不明で理解不能な国になっていくのである。

 

 昨年三月に習近平政権が成立してから、中国の社会は明らかに保守化した。日中首脳会談への動きも出ているとはいえ、尖閣問題をはじめとした日中間の政治的な摩擦は拡大し続けている。

 あまりにも存在感がありすぎる隣人を前に、「民主化」や「天安門」というフィルターを十年一日のように持ち出して中国の政治や社会を眺め続ける思考停止は、すでに危険な行為になりつつあるとすら言えるだろう。

 

 現実から目を逸らして、論者と受け手の双方が気持ちいいだけの「ウソの視点」にぬくぬくと包まり続ける行為が許されるのは、関西のスポーツ新聞と古参の阪神ファンだけでもう十分なはずなのだ。

 

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ノンフィクション作家。 1982年滋賀県生まれ。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。当時の専攻は中国近現代史。一般企業勤務を経た後、運営していた中国関連のブログが注目され、見出されて文筆の道に。 著書に『中国人の本音』(講談社)、『独裁者の教養』(星海社新書)、『境界の民』(KADOKAWA)、『和僑』(角川書店)など。週刊誌・月刊誌への寄稿を続けつつ、多摩大学経営情報学部で講師も務めるなど幅広く活躍中。

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