「普通選挙を望む民衆の行動」と報じられた雨傘革命、「対中接近路線にノーが突きつけられた」と評価された台湾地方統一選......海外報道の切り口はいつも、実情とはずれている。
中国において「安倍政権の勝利は軍国主義の復活」と報じられるのと、実は同じ現象だ。
それは「自国民にとって理解しやすく、興味のある切り口で報じる」という、報道の主体が経済活動を行っているがゆえに避けられないバイアスによる。
本稿では、上記の例における「偏向」がどのようなものかを検討しながら、海外ニュースとの付き合い方を提案したい。
「日本の総選挙で安倍晋三首相率いる自民党が勝ちましたね。日本人民は軍国主義化を支持しているようですね。」
これはある中国人との会話だ。たいして日本に興味もないだろうに一生懸命話題を探してくれたことはありがたいのだが、ちょっと的外れすぎてどう返答していいかわからない。新聞各社の世論調査をみると有権者の最大の関心事は経済と社会保障。安全保障や対中国という問題は二の次三の次でして、などと説明するのも面倒だ。
まあもっともこの友人を責める気にはならない。というのも中国の新聞、メディアにはこうした論調が多いので見聞きしたことをそのまま発言しただけだろうから。なにかというと「日本の軍国主義化が!」「右傾化が!」と報じる中国の論調には辟易してしまうが、実は程度の差こそあれ、「自国民に興味を持たれる切り口でしか報じない」のは日本だって同じだったりする。
日本人になじみがない切り口から眺めると何がわかるのか? 本稿では台湾の統一地方選挙と香港の雨傘革命を題材に考えてみたい。
10月23日、香港・ネイザンロード。雨傘革命占領区のバリケード。
2014年11月29日、台湾の統一地方選挙が行われた。与党・国民党は空前の敗北を喫し、馬英九総統が党主席辞任にまで追い込まれた。
未来の総統を生み出してきた台北市長選では国民党の大物・連戦主席の息子、連勝文氏が落選。事前の世論調査では不利が伝えられていたとはいえ、国民党が総力あげてのてこ入れも効果をあげられなかった完敗だった。
ちなみに父・連戦氏は民進党に選挙で負け続け、名前をもじって連戦連敗と揶揄されていた。今回の敗戦は勝文氏が父の能力をきっちり受け継いだ証明かもしれない。
閑話休題。さてこの台湾地方選挙だが、今春に中国との貿易協定締結に反対したひまわり学生運動が起きたこともあって「馬英九総統が推し進めてきた、対中国接近路線に台湾市民がNo!」とまとめている日本メディアが少なくない。だがそれは「日本人が知っていることにかこつけてみた」という性格が強い。まあ日本人が知らないこと、興味がないことを報道してもあまり意味がないので、興味を引くような切り口にするのは当然。とはいえ、それだけを信じ切って、台湾の人に「台湾市民は中国にNoを突きつけたのでありますね。感動しました!」とか話しかけると、冒頭のばつが悪い会話の、日本・台湾版ができあがってしまう。
例えば今回の選挙で大きな影響を与えた論点に地溝油(日本語では下水油とも)がある。
廃棄された食用油をリサイクルしたり、家畜の内臓や皮革から抽出した油を使ったり、中には残飯から抽出した油を使ったり……。こうした地溝油問題は中国では有名だが、その一部が台湾に流入し食卓に上っていたことが判明したのだ。
別に馬英九以外の誰が総統であっても未然に防ぐことは難しかったようにも思えるが、与党の株を落とす要因となった。
馬英九総統は2012年にも米国との貿易投資枠組協定(TIFA)交渉で、家畜の赤身を増やす薬剤を使用した牛肉の輸入を解禁。支持率が急落したことがある。食い物の恨みは恐ろしい。日本メディアとしてはあまり積極的に報道するモチベーションがないので扱いは小さいが、選挙に与える影響は中国問題に負けていない。
さて、こうした身の回りの問題の中でも、もっともポピュラーかつ普遍的なものが経済。
日本もそうだが、大概の場合で経済こそが選挙の焦点となる。地方選終了直後に台湾の友人と会ったのだが、彼曰く「私が総統になったら速攻で景気回復します!」をスローガンに当選したのが馬英九だったが、もちろんそんな夢物語は実現しなかった。
まあすぐにはムリだよねとみんな我慢して2期目まで担当させて待ったけど、ついに我慢の限界がきた。景気対策における馬英九の無能っぷりこそが最大の敗因だと断じていた。
現地警察署内から撮影したデモ隊の様子(10月初旬、香港警察関係者提供)
先日、最後の占領区が強制撤去された学生主体の抗議活動、香港雨傘革命。その要求は「我要真普選」(真の普通選挙を要求)だった。
簡単に説明すると、2017年の行政長官選挙で普通選挙が実施されることになったが、中国共産党は立候補の時点で厳しい制限をかけた。実質上、中国のお眼鏡にかなう候補者しか立候補できない仕組みだ。この制限を緩和した「真の普通選挙」を実施して欲しいというのが雨傘革命の本義だったわけだ。
純粋な政治改革の要求に見えるが、やはり生活の問題は切り離せない。まず立候補者を審査する選挙委員会だが、地域別・業界別に選出され、中国の言うことに逆らえない富裕層が多数を占めるように設計されている。いわば格差の問題が焦点だったわけだ。
香港では数年前からネット掲示板を中心に反中国・中国人蔑視の動きが広がっていた。粉ミルクを買い占め産婦人科病院を占拠する中国人はイナゴだとの新聞広告が掲載されるほどの動きだったのだが、雨傘革命の中核にはこうした系譜はほとんど継承されなかった。
雨傘革命を主導した学生団体や市民活動指導者とネット掲示板には一線が画されていたわけだが、運動の膠着が続くにつれネット掲示板系参加者の動きが目立つようになった。
雨傘革命末期には中核的根拠地だったアドミラリティで警官と立ち向かうための装備が作られていたのだが、「見た目はダンボール。ただし中には木の板とクギを仕込んでいる」という、平和的抗議活動からはほど遠い武器も作られていたほか、「子孫まで祟ってやる」と警官を脅すチラシが登場するなどカオスな状況になっていった。
占領区が強制撤去された後も、「鳩嗚団」(購物団のかけ言葉。デモや街道の選挙ではなく、あくまで集団でお買い物に来ただけでなんとなく「真の普通選挙の実施を」とみんなで叫んでみたり、小銭を落としたとの名目で車の通行を妨げてみたり)の活動が続いているが、メディアに取り上げられることも少なく、政治改革促進の実効的成果も乏しい自己満足的活動となっている。
かつてはネット掲示板主導で、繁華街に人を集めて中国人観光客を罵る運動などが行われたが、その系譜を継ぐ運動と言っていいだろう。
犬の警察官。のらくろの国、日本では理解しづらいが、犬畜生と呼ばれるのは最大の侮辱となる。
日本の人々は、なんだかオシャレで理性的な雨傘革命が行われていると思っているかもしれないが、それだけではない。「香港雨傘革命と言ってもなかなか一言ではまとめられないんですよ。参加者にもいろんな人がいるんです」というのは香港の人々にとっては常識だが、日本メディアではあまり紹介されない話である。
さてここまで細かい話をいろいろしてきたが、別に日本メディアをくさしているわけではない。結局はマーケットとニーズの問題なのだ。多くの日本人が興味がある切り口でなければ情報も商品にならないというだけの話である。
ただそれが時には誤解を生んでしまうことも否めない話だ。
例えば今回取り上げたような香港と台湾の話を「香港の民と台湾の民は中国の強権にNoを突きつけた」と解釈するならば……。現実とは随分かけ離れた話となるだろう。上述したとおり、それは対中国関係というよりはきわめて内政的な話なのだ。
日本向けに加工された情報が時にミスリードを招くこともあるとはいえ、がっかりする必要はない。海外事情のみならずあらゆる情報にはフィルターがかかっているのがつきもの。そうした偏向を踏まえた上で、正しく理解していくのがリテラシーであり教養だ。日本人向けに加工されたメディアであっても、よく読めば現地でも重要な情報がこっそり盛り込まれていたりする。
世界のありとあらゆる地域に精通している人などいるわけがない。不十分であっても自分が入手できる情報をもとに、リテラシーを駆使して理解を組み上げていくこと。これが「外国」事情を知る一種の楽しみであり、一番ワクワクする時間ではないだろうか。
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高口康太
翻訳家、フリージャーナリスト 1976年、千葉県生まれ。千葉大学博士課程単位取得退学。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKSNOW」を運営。豊富な中国経験と語学力を生かし、中国の内在的論理を把握した上で展開する中国論で高い評価を得ている。
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