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ジセダイ総研

自宅の下階が売春宿になっていた あてにならないバングラデシュの警察事情

田中秀喜
2016年05月23日 更新
自宅の下階が売春宿になっていた あてにならないバングラデシュの警察事情

外国人は一軒家に住まない

 私は、2階建ての1軒家の2階部分だけを間借りしている。

 かつてバングラデシュで外国人が借りる家といえば、一軒家で門番、庭師、家政婦、運転手と何人も使用人を抱えるのが常だったが、最近では住宅事情が変わり、マンションを借りるのが普通となった。

 なぜマンションを選ぶかと言えば、一軒家は維持が大変だからだ。バングラデシュでは、電気、ガス、水道など生活に関わるライフラインの供給が止まったり、よく壊れたりする。そのたびに関連する公社に苦情を言ったり、壊れた機材を修理するために修理屋を呼んだりしなければならない。 マンションの場合はその業務を管理人がすべてやってくれる。私の場合は、日常の維持のために家政婦のほかに運転手と会社の従業員をしばしばガスや電気の支払いにお使いにいかせている。それなりの大所帯だ。

 修理屋も、いい人をストックできてないと、修理代をぼったくられる。あまつさえ、修理したところがまたすぐ壊れる。なによりも、不具合が発生するたびに自分の仕事の手を止めて生活を維持するために時間が取られてしまう。これは結構なロスになる。

 私が一軒家を借りた理由は空港へ歩いて30分という立地もさることながら、家賃の割に部屋が広く、子供たちを部屋の中で遊ばせるのにちょうどいいと思ったから。ダッカでは外で遊ぶのが必ずしも安全ではないため、いきおい、部屋にこもりがちになる。その部屋の中で体を使って遊ぶ事ができるような広さが欲しかった。実際、多少天井はちょっとひっかかるもののバドミントンぐらいはできる。

気づいたら一階が売春宿に

 1階の住人が引っ越したのは、今から1年ほど前のことだ。そこから半年程空き部屋になっていた。借り手がいなかったわけではない。 以前1階に住んでいた住人は、ケチで金払いが悪く、部屋の使い方も汚かったせいで大家からは嫌われていた。

 大家は、我々日本人が2階に住んでいることを気にして、事務所利用、店舗利用などの引き合いを全て断っていて、しかも以前よりもいい使い方をしてくれそうな家族連れの住人のみに貸すことにしていたからだ。

 事務所利用などにすると、不特定多数の人間が出入りすることになり、防犯上の懸念が生じることを大家は気にしていたのだ。

 そんな空き家に入居者が入ったと聞いたのは、私が日本に出張している頃だった。留守番をしていた妻が、新しい入居者と顔合わせした話を電話で聞いた。

 新しく来た人達について尋ねると、妻は「大家からは家族連れと聞いていたのに、子供はいなさそうで、物音ひとつしない」という。顔を合わせるのは若い男二人ほどで、それほど愛想がよくないとも言う。

 それに変なのが、隣家の住人が、夜間、我々の家の庭先に向けて明かりをつけるようになったという。さらに、いつも敷地の門に施錠をするようになり、いままでは昼間は施錠せず自由に出入りできたのが、いちいち鍵を持ち歩かないと出入りできなくなって不便をしているとも言う。

 この時点で、何が起きているのかよくわからないながらも、あまりたちのよい住人ではなさそうだということは薄々感じていた。

 帰国後、空港に迎えに来た運転手が開口一番苦笑交じりにこう言った。

「ボス、家が大変なことになっています!」

 いつもは無口で、「給料ください」ぐらいしか自分から話しかけることのない運転手である。で、何が大変なんだと聞くと、

「新しく来た一階の住人、商売してます!」

 と言う。何の商売しているのか聞くと、

「女! 女売ってます!」

 これは大変な事態になった。

売春宿の実態調査

 帰宅して、すぐに大家に電話連絡を取る。

 大家はすでに情報を掴んでおり、それだけでなく近所にも知れ渡っていることもわかった。つまり、知らないのは我が家族のみだったのだ。

 大家曰く、契約の際には中年女が現れて、家族で利用する予定だと言っていたから貸したそうだ。ところが蓋を開けてみればこの状態である。大家からしても頭が痛い。

 ひとまず、従業員Fを呼んで話を聞いた。彼は隣近所にある茶店で、すでにうわさ話を収集していた。常に常駐している女は2人。その他にもぽん引きと思しき男が数人、出入りがあるらしい。

「よしオマエ、こうなったらマーケティングだ! 下に行って、値段を聞いてこい!」

「勘弁して下さいよ、ボス!」

 この従業員のFは、自作の詩集などを作るような内気な奴なので、当然、行ってこいと言ってもふたつ返事で従うような奴ではない。

「ところで、こんな商売って相場はいくらぐらいなの?」

 そう聞くと、Fは意外にも情報を持っていた。

「高級住宅街だと2500−3000タカ(3500−4200円)です。お泊りの場合はもっと高くなります。ちょっと下ったところに行くと、150−500タカ(210−700円)くらいでしょうか」

「それで、うちとこの売春宿はどれぐらいの相場だと思う?」

「さあ。500tkってわけにはいかないんじゃないですか? あ、そういえば先日、私の故郷のタンガイルって場所にあった赤線地帯で、政府が突然建物を全部ぶっ壊してしまったんですが、最近また復活しまして、前より建物がキレイになりました。それで料金も上がって、前は150tkとかだったのが、500tkになったそうです」

「なにそれ? 国に解体費用負担してもらって新装開店かあ。ひどいなぁ......」

 バングラデシュにおける売春宿の経営は、基本的に違法と聞いている。しかし、人間社会のあるところ、その商売の需要がなくなるわけでは決してない。そのため、売春宿はなくならないし、その背後には、地域の有力な政治家を味方につけたマフィアがいることを意味する。

頼りにならない警察

 普通の日本人であれば、こういう場合真っ先に思い浮かべるのは、警察および大使館へ相談といったところだろう。しかし、この選択肢はこの場合は取るべきではないと判断した。

 警察なら、すでに営業が始まった直後に下の階を訪問している。これは、警察がすでに買収されたことを意味する。

 家に戻ってから数日の間にも、夜な夜な警察が訪れ、「商売のほうはどうだ?」なんて会話を玄関口でしているのが筒抜けだった。あまつさえ、時には客を連れてきていた。バングラデシュのような途上国では、警察とヤクザは大して変わらない......とよく言われる。また、売春宿を経営するマフィアたちは、警察と政治家への上納金を支払いながらビジネスを行っているとも言われる。実態はさておき、そういった言葉を想起させる場面を幾度も見た。

治安維持警備に当たる警察官たち

 大使館の場合、アクションを起こすルートがあるとすれば、それは政府ルートである。政府機関で治安の維持を担当しているのは警察である。結局、話は警察に行く。

 その警察が相手の味方をするかもしれない状況の中で、ヘタをすると私がヤクザに対して商売の邪魔をしようとしている、つまり、敵対する意思があるとみなされてしまうだけで状況は全く改善されない可能性がごく高い。もしくは、もっと具体的なアクションがあるとすればそれはもっと大事が起きてからだ。役人は事後にしか対応できない。

地域コミュニティの良心が頼り

 結局、こういった場合に頼るべきは、隣近所の地域コミュニティの良心しかない。

 大都市ダッカでも、地域コミュニティの連帯は存在する。 大家の話では、いち早く売春宿の経営を察知したのは他ならぬ地域の人々だったし、彼らは売春宿の営業に強く反対していた。

 大家は近隣住人の報告を受け、次の月からの契約をしないことを下の階の住人に告げて、了承をもらったという。大家も余計なトラブルを避けるため、ハッキリと「売春宿をやっているから出ていってほしい」とは言わなかったという。

 幸いにして、地域住民から、売春宿の背後にいるマフィアグループおよび政治家に働きかけがあったおかげで、彼らは退去に同意した。

 この一連の出来事は、本来は法治国家であるはずの国が、様々な理由で機能しないことがあって、それを埋めるのが結局人々の良心となっている......つまり、人治国家である事を示している。発展途上国ではしばしば起きる現象だ。

 結論として、彼らが退去する次の月まで、我々は待つことになった。その間、可能なかぎり接触がないように努めつつ、接触があった際にはそれなりに友好的に会釈ぐらいはするように務めた。また、夕方以降の外出は避け、玄関の鍵も閉めるようにした。

テロなどの重大犯罪対策の任務に当たる特殊部隊RAB(Rapid Action Battalion)。アメリカのSWATのような組織



退去までのトラブル

 ヤクザが後ろにいる売春宿といっても、彼らがやりたいのはビジネスであって、そのためには近隣住民と不必要に摩擦を起こすのは得策ではない。よって、こちらが商売の邪魔をしないという意思を見せつつ、なおかつ、つけいるスキを見せなければ害を及ぼさない。

 実際、ぽん引きの兄ちゃんなどは、それなりにガラは悪そうだが、根は普通のベンガル人と同じ、純朴そうな感じで暴力的なタイプではなかった。家の前に明らかにそれとわかるような看板が出たりはしなかったし、下の階でその行為が行われているのかどうか、分かるような物音はまったくしなかった。

 それでも多少の事件は起こる。ある日、ぽん引き達が敷地の門を飛び越えて家の中に駆け込んできたことがあった。その後に数人の男達が追いかけてきて、外から大声で怒鳴っている。

 その時は彼らが敵か味方か、事態が全くわからなかったが、大家に連絡を取ってみると、売春宿の経営をけしからんと思っている、地域の青年たちだということだった。事の真相はどうだかわからないが、こちらは下手に巻き込まれないようにするしかない。

 また、ある日は警察が我々の階にやってきた。これはちょっと冷や汗モノだった。

 私もバングラデシュ暮らしが長く、結果として政府にもコネクションができた。そのうちの幾人かに一連の事件を相談したところ、「それはけしからん」という話になり、「ちょっと警察系のトップに話しておく」みたいなことを言い出した。その時は、「くれぐれも私たちが彼らと敵対関係にならないように対処するように」と念を押したが、その直後に警察官が家を訪ねてきたのである。

 警察官は、4、5人でやってきて、「なにかお困りですか?」と聞いてくるので、5歳の娘が怖がって泣き出す。あわててあやす警察官。私はあわてて奥の部屋にいき、その知人と携帯で連絡をとる。

「いま、ポリスが訪ねてきてんだけど、どうなってるの? お困りですかって言ってるけど?」

 知人曰く、

「ああそう、副警視総監に話をしたのが動きになったのかな。その人達には何もしゃべらなくていいですよ」

 要するに、善意があだになったわけだ。

「わかった。私は下の階で起きていることは何も知らないし、なんでポリスがここに来ることになったのかも知らない。それでいいね」

 というわけで、一芝居することになった。こういう時、妻がすぐに状況を察して芝居に合わせてくれるのでありがたい。警察官は無線で上司に報告していたが、そのしぐさもどこか芝居じみていた。そして、彼らは引き上げて行った。

 それが、月が変わる5日ほど前だった。

 果たして次の月が来ると、思ったよりもあっけなく彼らは出て行った。庭先のゴミ置き場に使用済みの避妊具が落ちていたのに辟易したくらいだった。

 従業員Fから、その後の売春宿一味について報告があった。

「街で偶然、ぽん引きの兄ちゃんに会いました。大通りの向こう側のエリアで営業をしています。遊びに来てくださいと誘われました」

 やはり、この手の商売はなくならないのだ。

 大家からは、「もうベンガル人には貸さない。日本人に貸したいので、誰かいい人いたら紹介してください」と言われているが、こんな曰く付きの家、入ってくれる人はいるだろうか。

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ライターの紹介

田中秀喜

田中秀喜

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1975年福岡県生まれ。メーカー勤務、青年海外協力隊、JICA専門家を経てバングラデシュでコンサル業を起業。チャイナプラスワンとして注目されながらも、その情報の少なさから敬遠されがちなバングラデシュの情報源となるべく奮闘中。現在、ダッカ在住。

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ジセダイ総研 研究員

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