百万都市・江戸の人々は、「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」といったしぐさを身につけることにより、平和で豊かな生活を送っていた。しかし、幕末に薩長新政府軍によって江戸市民は虐殺され、800とも8000とも言われる「江戸しぐさ」は断絶の危機に瀕した……。
このような来歴を持つ「江戸しぐさ」は、現在では文部科学省作成の道徳教材にまで取り入れられるようになった。しかし、伝承譚の怪しさからも分かるように、「江戸しぐさ」は、全く歴史的根拠のないものなのである。
実際には、1980年代に芝三光という反骨の知識人によって「発明」されたものであり、越川禮子・桐山勝という二人の優秀な伝道者を得た偶然によって、「江戸しぐさ」は急激に拡大していく……。
この連載は、上記の事実を明らかにした「江戸しぐさ」の批判的検証本『江戸しぐさの正体』の続編であり、刊行後も継続されている検証作業を、可能な限りリアルタイムに近い形でお伝えせんとするものである。
かつて読売新聞論説委員の重鎮だった村尾清一氏は、1981年度日本記者クラブ賞の受賞者でもある。「江戸しぐさ」という言葉が、村尾氏の筆によってはじめて世に問われたのと同じ年である。
ただし、村尾氏の名誉のために言い添えておくと、この時期にはまだ「江戸しぐさ」が江戸講でひそかに伝承されてきた、あるいは「江戸しぐさ」を恐れた官軍が江戸っ子狩りを行なったなどという荒唐無稽な設定は成立していなかった。
「江戸町民のしぐさ」を文献に当たったり、古老から聞き出したりして掘り起こす。それらを八ミリに撮る。もう百本に近いという。 (読売新聞朝刊「編集手帳」1983年2月23日付)
「ギスギスした昨今と違い、江戸時代は人情味が豊かだった。日常的な町民のしぐさが潤滑油になっていたからではないのか」。芝さんはそう考えて、十五年ほど前から、文献にあたったり古老に尋ねたりして「江戸しぐさ」を収集、現在までに約二百ものパターンが頭の中に。(「「江戸しぐさ」に学ぼう ギスギス社会返上へ高校生ら自演ビデオ 中野」読売新聞朝刊都民版1983年5月31日付)
つまり当時の芝三光(および江戸の良さを見なおす会)は「江戸しぐさ」について文献や古老の証言から復元したものだと主張していたのである。これなら村尾氏が真に受けたとしてもおかしくはない(もっともその文献や古老の証言の具体例が公表されたことはないのだが)。
さて、1983年2月3日付け「編集手帳」では、掘り起こされた「江戸しぐさ」が8ミリの映像に記録されているとある。
また、同年5月31日付の記事の内容は、芝が、当時中野区にあった私塾・志学会東海学院高等部で志願した10名ほどの生徒に「江戸しぐさ」を指導し、それを教師がビデオにとって記録しているというものである。
1981年8月8日付『読売新聞』朝刊「編集手帳」。確認できる「江戸しぐさ」最古の用例
これらの記述を信じるなら、80年代には芝の手元に「江戸しぐさ」の映像資料がまとまった量でストックされていたはずである。
「江戸しぐさ」の映像化という発想がでてきたのは、「江戸しぐさ」という命名自体によって「しぐさ」という方向性が与えられたからだろう。「二百五十戒五百律」という名称のままならこの展開は出てこなかったと思われる。
さて、これらの記事に出てくる「江戸しぐさ」映像がその後どうなったかは公表されていない。
越川禮子氏は芝から膨大な資料をFAXで送られたことや、電話を録音して30個ほどのマイクロテープに収めたことを述べている(『「江戸しぐさ」完全理解』158~159頁)。
しかし、この映像資料の行方について越川氏はひとことも述べていない。また、芝の遺品を手元に置いているはずの和城伊勢氏も「単なる包装紙1枚、手書きのメモ1片に江戸しぐさのヒントがあると生前から教えていただいており、どれも簡単に処分なぞできません」と述べていたにも関わらず、映像資料については言及していない。
さらに、前記の読売新聞記事の3年後に出た書籍『今こそ江戸しぐさ 第一歩』本文にも、8ミリの記録や志学会東海学院でのビデオについては書かれていないのである。
書籍『今こそ江戸しぐさ第一歩』書影
それどころか、芝の手になる文章で、これから「江戸しぐさ」を新たに映像化したいという抱負が述べられる始末である。
私たちは、江戸しぐさの練習をしながら、記事・イラスト・写真などの面やビデオ作りに協力できる“という方の参加をお待ちしています。(江戸の良さを見なおす会『今こそ江戸しぐさ第一歩』235頁)
さらに前記の通り、ビデオにも撮りたいのです。実は外国の大学などからも、テープを分けて欲しいと数年前から要望されていますが、まだ約束を果たせません。私たちの会員は江戸しぐさを学ぶ目的で集まった人が多いので、お芝居は苦手なのです。それで考えた手は、演技のできる人をスカウトすることです。 (『今こそ江戸しぐさ第一歩』238頁)
さて、同じ書籍の芝による「あとがき」にはつぎのようにある。
野乃みどりさんの出現で、講演会の域を出なかった『江戸の良さを見なおす会』にも、江戸しぐさのロールプレイを始めようという気運が出て来ました。頭でなく、体で覚えなくては意味がないと主張し、体験学習会を開くのが宿願だった私には嬉しいことでした。 (『今こそ江戸しぐさ第一歩』232頁)
連載第4回でも触れたとおり、野乃氏は家族ぐるみのボーイスカウト運動に熱心な人であり「江戸しぐさ」をボーイスカウト・カブスカウトの訓練に取り入れたいという抱負を持った人物だった。
同書189~191ページには、日本大学櫻丘高等学校の生徒の協力で「江戸しぐさ」を演技するビデオを学園祭用に撮影したり、演技しているところの写真を撮ったりしたことが報告されている。このレポートも野乃氏の筆によるものと思われる。しかし、掲載されている写真は生徒が教室で整然と起立着席している場面だけであり、学園祭でのビデオ上映の結果がどのようなものだったのかも記されていない。
第4回でも述べた通り『今こそ江戸しぐさ第一歩』を出した後、野乃氏は「江戸の良さを見なおす会」から離れていったようである。
『今こそ江戸しぐさ第一歩』を出した直後に書かれたと思われる芝の文章が残っている。
江戸しぐさを理解していただくためには、初歩的な傘かしげや腰浮かせをお見せするのが一番と考えたわけです。 それでNHKテレビでも(映像取材部からのお勧めもあって)ああいうパフォーマンスで、お目をけがしたわけです。 NHKのカメラマンも、「この放送を手始めに、二歩三歩と進まれたらいいのではありませんか」と言われたように、肩引きやカニ歩きを第一歩に、浩大深遠な江戸の知恵に迫り、それを究めて、私たちの暮らしに役立てたいと考えました。 そういう折も折、岩見さんをはじめ多くの方々から、「なぜボーイスカウト予備軍?のカブ隊の隊長のような人に書かせたのですか?」というお電話やお便りをいただきました。 いずれ第二歩・第三歩が出れば詳しく触れるつもりですが、「言葉九ツ」といわれるとおり、あの年齢の人たちは感受性も強く、のみこみも早いので、(第一歩の本の書き手としては)その人たちに年中接している野乃さんが最適と考えました。 (江戸の良さを見なおす会『江戸しぐさ講』文芸社版、85~86頁)
どうやら『今こそ江戸しぐさ第一歩』を出すことにより、NHKなど外部からの取材で映像資料が残せるようになったことと、「江戸しぐさ」よりもボーイスカウト活動に熱心に見えた野乃氏への批判が出た(したがって野々氏によるロールプレイの展開にも支障が出るようになった)ため、「江戸の良さを見なおす会」独自での映像化はまたも頓挫したようである。
もっとも、この失敗は必然だったのかも知れない。櫻丘高校の「江戸しぐさ」活動に関するレポートには芝の主張として次のような言葉も見られる。
生きた人間関係を学ぶにはテレビやビデオではムリなのです。目や顔の表情、言葉の受け答え、物腰、しぐさなどが死んでしまうからです。江戸しぐさのロールプレイをすることによって、社会の複雑な人間関係を体で覚えることができるのです。 (『今こそ江戸しぐさ第一歩』187~188頁)
芝がこのような考え方であった以上、たとえ芝自身の希望によって「江戸の良さを見なおす会」が「江戸しぐさ」を映像化したとしても、できあがったものが芝の気にいることはなかっただろう。
芝の生前に作られたはずの「江戸しぐさ」映像のその後が不明になっているのもそのせいなのかも知れない。
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歴史研究家。1961年生まれ、広島市出身。龍谷大学卒。八幡書店勤務、昭和薬科大学助手を経て帰郷、執筆活動に入る。元市民の古代研究会代表。と学会会員。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)メンバー。日本でも数少ない偽史・偽書の専門家であり、古代史に関しても造詣が深い。近年は旺盛な執筆活動を行っており、20冊を超える著書がある。主著に『幻想の超古代史』(批評社)、『トンデモ偽史の世界』(楽工社)、『もののけの正体』(新潮新書)、『オカルト「超」入門』(星海社新書)など。本連載は、刊行後たちまち各種書評に取り上げられ、大きな問題提起となった『江戸しぐさの正体教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)の続編である。
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