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続・江戸しぐさの正体

第3回:失われた「江戸しぐさ」 ──「八度の契り」とは何か

2015年02月24日 更新
第3回:失われた「江戸しぐさ」 ──「八度の契り」とは何か

 百万都市・江戸の人々は、「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」といったしぐさを身につけることにより、平和で豊かな生活を送っていた。しかし、幕末に薩長新政府軍によって江戸市民は虐殺され、800とも8000とも言われる「江戸しぐさ」は断絶の危機に瀕した……。

 このような来歴を持つ「江戸しぐさ」は、現在では文部科学省作成の道徳教材にまで取り入れられるようになった。しかし、伝承譚の怪しさからも分かるように、「江戸しぐさ」は、全く歴史的根拠のないものなのである。

 実際には、1980年代に芝三光という反骨の知識人によって「発明」されたものであり、越川禮子・桐山勝という二人の優秀な伝道者を得た偶然によって、「江戸しぐさ」は急激に拡大していく……。

 この連載は、上記の事実を明らかにした「江戸しぐさ」の批判的検証本『江戸しぐさの正体』の続編であり、刊行後も継続されている検証作業を、可能な限りリアルタイムに近い形でお伝えせんとするものである。

 

本名を隠していた芝三光

 生前の芝三光に注目していた人物に、経営コンサルタントの牛場靖彦氏がいる。

 その牛場氏が日経電子版に公表している文章「“江戸っ子”リスクマネージャーの「車座清談」第一回 リスクマネジメントは頭で覚えず腹に落とし込め!」(2005年7月1日)には、牛場氏が芝と知り合ったきっかけが次のように記されている。

 この世の中には実に風変わりな人がいる。
 今回のストーリーの主人公、浦島太郎さんも、私が68年近くの人生でお付き合いをしてきた多くの人たちの中でも一段と異彩を放っている人物だ。惜しくも数年前に鬼籍に入られたが、浦島さんから受けた薫陶は今も私の血肉になっている。
 以前私がNHKのラジオ番組「ラジオ夕刊」に出ていたとき、彼と知り合った。彼は私が出演する「危機管理の10分間講座」の前に、「江戸しぐさ」について語る役割で出演した。
(中略)
 
 このような理想の江戸っ子像を伝えてきたのは、子供たちに対しては寺子屋のお師匠さん、大人たちに対しては「江戸講」の講師だ。浦島太郎さんは、江戸講の伝統を継いだ最後の講師だったのである。
 番組が終了して、司会役のY氏と、浦島さん、私の3人で会食しながら懇談した。聞けば、浦島太郎とはもとより芸名で、本名は芝三光(しば・みつあきら)さんとのこと。それも愉快な話で、東京は芝の生まれ、芝で育ったそうで、芝は白金三光町(しろがね・さんこうちょう)が住まいだったことから、三光(みつあきら)と命名された由。

 

 白金三光町というのは1911年から1969年にかけて存在した町名で、現在の東京都港区白金1~6丁目にあたり、白金5丁目の高輪警察署白金三光町交番にその名残をとどめている。

 この牛場氏の証言で注目すべきは、生前の芝と親交があったはずの牛場氏が芝の没後数年を経てもなお「芝三光」の名を本名だと思っていたということである。

 今でこそ私たちは芝の本名が「小林和雄」であることを知っており、両国回向院の無縁塚にもその名で葬られているが、生前は知人の間でも「芝三光」を本名として通していたようである。

 

芝は両国回向院に眠っている。 


 実際、越川禮子氏が芝に入門する以前における唯一の「江戸しぐさ」関連書籍『今こそ江戸しぐさ第一歩』(1986)にも、越川氏が芝の生前に著した唯一の「江戸しぐさ」書籍『江戸の繁盛しぐさ』(1992)にも、芝の本名に関する記述はない。

 

失われた「江戸しぐさ」

 実は、芝が生前「江戸しぐさ」として発表したものの中には簡単に他人に本名を明かさないというものも含まれていた。

 町衆の付き合いには、見ず知らずの人に対しても「仏の化身」と思って親しく礼儀正しく接する「銭湯付合(せんとうづきあい)」がある反面、一目ぼれした者にも、八回の困難な約束を見事に果たして初めて本名を名乗り合う「八度契(やたびのちぎり)」を心得ていれば、前者の場合、路上の浮浪者を死傷させるような事件の発生を防ぎ、後者の場合、結婚詐欺や○○商事に金をだまし取られるような憂き目にあわずに済むでしょう。江戸の住み安さと治安の良さのかげに、このような江戸しぐさがあったことを見直そうというのが私の主張です。
 

 以上は、芝が「「江戸の良さを見なおす会」主宰」の肩書で昭和61年(1986)3月15日付夕刊・文化面に寄稿した「江戸しぐさ考―マナー欠く現代のために」からの引用である。

 「八度の契り」について越川禮子氏の著書では『江戸の繁盛しぐさ』において一応触れられてはいる。

 たとえひと目惚れした相手でも、八回の困難な約束を果たした後で、初めて本名を名乗り合う。人と人との関係はたいへんはかないものだから慎重に付き合ったほうが良い。名前にしてもそんなに安易に名乗ったらあとで災難が及びかねないという戒め。現代でいえば、やたらに名刺を配るのはいかがなものか(単行本『江戸の繁盛しぐさ』138頁)
 

 しかし、その後の越川氏の著書では「八度の契り」について触れられることはない。

 越川氏が名誉会長を務めるNPO法人江戸しぐさ系の所伝では、「八度の契り」はいわば忘れられた「江戸しぐさ」となっているわけである。

 また、よく読むとこの引用においても「八度の契り」の内容を「現代でいえば」として名刺を配る作法にすりかえているわけで、越川氏には本名を教えること自体を避けるという発想がなかったことがうかがえる。

 

現実の自分を受け入れられないからこその「八度の契り」

 ちなみに、和城伊勢氏が主宰する「江戸の良さを見なおす会」系の所伝、いわゆる「和城流江戸しぐさ」では今も「八度のちぎり」が含まれている。

八度のちぎり 人づきあいは慎重にしましょう
「ちぎり」とは約束のこと。「八度のちぎり」とは、そのまま「八回の約束」ということになりますが、どんな相手であっても、はじめから自分のことをぺらぺらと教えたりせず、最低でも八度くらいは約束をはたしなさいということです。それくらいつきあってから、ようやく本名を教えるほど、慎重な人づきあいを心がけたのです。名前はその人自身ともいえる大切なもの。それを安易に教えないことは、自分の身を守りすべでもありましたし、また、本名を知るまでの過程を、相手を見極めるための情報収集の時間と考えていたのです。現代の個人情報は、江戸時代よりさらに気をつけてあつかわなければならないものですね。ネット詐欺や悪徳商法から身を守るためにも、本名はもとより、住所や肩書きをかんたんに教えたり、軽い気持ちで公表したりせず、八度のちぎりの精神で気をつけるとよいですね。
(和城伊勢『絵解き江戸しぐさ』2007年、132~133頁)
 

 芝には自らを韜晦する傾向が強かったようである。「八度契」という「江戸しぐさ」にはその傾向が端的に反映されているようだ。牛場氏が芝の本名を知らなかったのは単に芝から教えられなかったためだろう。

 しかし、企業経営の場では、本名を秘したままでは必要な契約さえできない場合もままある。「江戸しぐさ」を現代の起業家のための生活哲学として宣伝する越川氏およびNPO法人江戸しぐさの立場では、本名の秘匿を勧める説をそのまま残すわけにいかない。

 そのため、越川氏は『江戸の繁盛しぐさ』の時点では、名刺云々という本来の主張と異なる内容に置き換え、その後は「八度の契り」そのものを隠蔽する方向に向かったと思われる。

 芝が自分の年齢を偽っていたことや華族の庶子を自称していたことも、この自己韜晦の傾向と無関係ではないだろう。

『ビッグコミックONE』2008年4月3日号掲載、みやわき心太郎「江戸しぐさ残すべし」より

 

 芝は現実の自分を受け入れたくないからこそ、架空の「江戸」にアイデンティティを求めざるをえなかったと思われる。

 

*これまでの更新回はこちらから

第1回:謎の「東都茶人会」 ──芝三光の「江戸しぐさ」以前

第2回:「江戸食事仕様」とは何だったのか

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ライターの紹介

原田実

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歴史研究家。1961年生まれ、広島市出身。龍谷大学卒。八幡書店勤務、昭和薬科大学助手を経て帰郷、執筆活動に入る。元市民の古代研究会代表。と学会会員。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)メンバー。日本でも数少ない偽史・偽書の専門家であり、古代史に関しても造詣が深い。近年は旺盛な執筆活動を行っており、20冊を超える著書がある。主著に『幻想の超古代史』(批評社)、『トンデモ偽史の世界』(楽工社)、『もののけの正体』(新潮新書)、『オカルト「超」入門』(星海社新書)など。本連載は、刊行後たちまち各種書評に取り上げられ、大きな問題提起となった『江戸しぐさの正体教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)の続編である。

ブログ:http://www8.ocn.ne.jp/~douji/

続・江戸しぐさの正体

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