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続・江戸しぐさの正体

第6回:最古の「江戸しぐさ」を探る 帝国海軍の亡霊

2015年04月09日 更新
第6回:最古の「江戸しぐさ」を探る 帝国海軍の亡霊

 百万都市・江戸の人々は、「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」といったしぐさを身につけることにより、平和で豊かな生活を送っていた。しかし、幕末に薩長新政府軍によって江戸市民は虐殺され、800とも8000とも言われる「江戸しぐさ」は断絶の危機に瀕した……。

 このような来歴を持つ「江戸しぐさ」は、現在では文部科学省作成の道徳教材にまで取り入れられるようになった。しかし、伝承譚の怪しさからも分かるように、「江戸しぐさ」は、全く歴史的根拠のないものなのである。

 実際には、1980年代に芝三光という反骨の知識人によって「発明」されたものであり、越川禮子・桐山勝という二人の優秀な伝道者を得た偶然によって、「江戸しぐさ」は急激に拡大していく……。

 この連載は、上記の事実を明らかにした「江戸しぐさ」の批判的検証本『江戸しぐさの正体』の続編であり、刊行後も継続されている検証作業を、可能な限りリアルタイムに近い形でお伝えせんとするものである。

「江戸しぐさ」草創期における呼称の試行錯誤

「江戸しぐさ」が社会に浸透した理由の一つに簡潔で覚えやすいネーミングがあることは否定できない。

「肩ひき」「傘かしげ」「こぶし腰浮かせ」をはじめとして、どのしぐさの名も一度聞けば覚えられるだけのインパクトがある。そのネーミングセンスの主こそ、事実上の創始者である芝三光その人であった。

 もっとも、芝の作った名詞には、「江戸しぐさ」の発展の過程で忘れられ実態さえ見失われたものや、幾度も名を替えながらようやく現在の形に定着したものもあったようだ。

『東京新聞』昭和49年(1974)6月7日付掲載の岩淵いせ(現・和城伊勢氏)インタビュー記事はそのもっとも初期の段階を示すと思われる資料である。

 その記事には、岩淵氏が社内研修会の講師だった人物から「江戸のしつけ」について教えられ、『江戸のよさを見直す会』の主宰を始めたことが記されている。そこから「江戸のしつけ」なるものの具体的な内容に関する段落を引用しよう。

 

徳川六代将軍家宣のころから江戸には二百五十戒、五百律の“しつけとマナー”の教えがあった―
「江戸っ子というのはその戒律に厳しい人のことだったんです」
混んだ道を通る時の“カニ歩き”、かさをさしてすれ違うときの“カサ落とし”など現代にも通用するマナーは数多い。
「それを見直せば、生活環境はよくなり、戸惑いも消えていくと思うんです」
自然の風味を生かし健康促進に役立てた“らんたんとう(卵淡湯)”や“でーご(醍醐)わん”などの料理、銭湯での裸の付き合いや人の心を大切にした人間関係―
「江戸のよさは数えあげたらきりがありません」

 

 引用文中、括弧内は岩淵氏の談話である。「二百五十戒・五百律」はかつて「江戸の良さを見なおす会」HPで廃仏毀釈の際に焼かれた「江戸しぐさ」テキストとして言及されていたが、現在の同会HPではその記事は削除されている。

「らんたんとう」と「でーごわん」は和城氏の著書も含め、現在の「江戸しぐさ」本には出てこない幻の料理である。

「カサ落とし」は現在の「江戸しぐさ」でいう「傘かしげ」のことであろう。「江戸しぐさ」という言葉の初出である『読売新聞』の「編集手帳」(1981年8月28日付)では、このしぐさは「カサかたげ」の名で呼ばれており、現在の呼称が定着するまでに紆余曲折があったことがうかがえる。

 さて、ここに名指しで挙げられた「江戸のよさ」「江戸のしつけ」の中で現在の「江戸しぐさ」においても同じ呼称で残っているのは(表記のぶれこそあれ)「カニ歩き」(「蟹歩き」だけである。

 

戦前の小学校では「カニ歩き」の授業が行われた

 そして、「カニ歩き」は「江戸しぐさ」の中でも特異な伝承を持つしぐさでもある。

 というのも、それは「江戸しぐさ」が弾圧された、あるいは忘れさられたとされる時代においても学校で堂々と教えられていたとされるものだからである。

 

江戸教育の良さを知っていた先生がいた戦前の小学校では、体育館でこの歩き方を練習したという。(越川禮子『江戸の繁盛しぐさ』「蟹歩き」より。単行本・1992年・165頁、文庫版・2006年・169頁)

 

聞くところ、まだ、江戸教育のよさを知っていた先生が残っていた戦前の小学校では、雨の日、体育館で児童たちに「蟹歩き」の練習をさせていたそうだ。(越川禮子『商人道「江戸しぐさ」の知恵袋』「蟹歩き」より。2001年・98頁)

 

戦前は、雨の日には雨天体操場で小学生たちに「蟹歩き」の実習をしたそうです。(越川禮子『身につけよう!江戸しぐさ』「狭い道ではお互いさまと『蟹歩き』」より。単行本・2004年・91頁、新書版・2006年・98頁)

 

戦後、少したったころまでは、子どもにカニ歩きの練習をさせたものでした。遊びながらマナーを体に覚えさせ、往来で自然にできるように、くせにしていったのです。時代が変わった今でも、子ども向けのテレビ番組でカニ歩きをしていたりします。(和城伊勢『絵解き江戸しぐさ』「カニ歩き」より。2007年・24頁)

 

昔の東京の小学校などでは雨の日など雨天体操場(体育館をそう呼んだそうです)などで蟹歩きの練習や競争をさせたそうです。そういう江戸教育の良さを知っていらした偉い先生がたが戦争のために一人二人と学校を去っていかれるようになると蟹歩きも東京から消えていったそうです。(江戸のよさを見なおす会『江戸しぐさ講 浦島太郎からのおくりもの』2009年所収、芝三光生前の談話「講座『江戸しぐさ』第1章」「かにあるき」より。26頁)

 

 

 芝の談話にある「戦争のために」云々という説明は、後の「江戸しぐさ」断絶譚における、戦時下の国家総動員で江戸講が解散させられたという話の原型だろう。こうしてみると越川氏の「蟹歩き」解説は生前の芝の説明内容を祖述していることがうかがえる。それに対し、和城氏の説明には何らかの記憶の混乱が認められる。

「カニ歩き(蟹歩き)」は後に「江戸しぐさ」として整理されるものの中でも最古層に属するだけでなく、その現代までの伝来に関する説明もしていた。そのため、越川氏も後にできた「江戸っ子狩り」などの設定と矛盾するにも関わらず、その説明を踏襲したと思われるのである。

 

最古の「江戸しぐさ」は、大日本帝国海軍式行動だった

 さて、「カニ歩き(蟹歩き)」の原型と思われる「横歩」という訓練が海軍教本『各個教練歩哨及斥候勤務教授法』(海軍砲術訓練所・1906年)にあることは拙著『江戸しぐさの正体』で指摘した通りである。

 

『各個教練歩哨及斥候勤務教授法』より、「横歩」の解説部分

(国立国会図書館、近代デジタルライブラリーより)


 芝は横浜育ちだが、軍港・横須賀に近い戦前の横浜において、海軍式の作法や訓練が教育に導入されていたこともありうるだろう。

「カニ歩き(蟹歩き)」が戦前の小学校で教えられていたという話は、芝自身の体験に基づくものと思われる。そして、その海軍式の教育をほどこした教師(或いは、海軍から派遣されてきた士官)こそ、芝がいうところの「江戸教育の良さを知っていらした偉い先生がた」なのである。

「江戸しぐさ」では「時泥棒は十両の罪」など時間厳守の精神が重視される。これは精密な機械時計がない江戸時代の話とすればナンセンスだが、これもまた芝が受けた教育がベースになっているものと考えられる。そして、戦前の日本でもっとも時間にうるさかった機関は海軍だった。

 海上で切り離された空間である艦艇を束ねて運用するには規律正しい時間管理と効率的な空間管理が要求される。『江戸しぐさの正体』でも指摘したが「江戸しぐさ」に「肩引き」「カニ歩き(蟹歩き)」など狭い通路で同時に歩いてすれ違うしぐさが重視されるのは艦艇内での作業を思わせる。

 また、NPO法人江戸しぐさHPのコラムにある「時泥棒」解説は「定刻より5分前を合言葉にしたい」で締めくくられている。これは奇しくも大日本帝国海軍の伝統とされる「5分前精神」に通じるものである。

『江戸しぐさの正体』では「江戸しぐさ」の起源として英米式マナーとの関係に注目した。しかし、そのさらに基層には芝が子供の頃から馴染んでいた海軍式の教育があったというわけである。

「江戸しぐさ」は帝国海軍の亡霊が英米の紳士の皮をまとったような代物だった。そこには現実の江戸の文化から引き継がれたような要素はまったく見出すことができないのである。

 

 

「江戸しぐさ」検証の概要は、こちらにまとめてあります。

トンデモな「江戸しぐさ」を検証。(エディターズダイアリー/築地教介) 

 

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著者:原田実

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原田実

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歴史研究家。1961年生まれ、広島市出身。龍谷大学卒。八幡書店勤務、昭和薬科大学助手を経て帰郷、執筆活動に入る。元市民の古代研究会代表。と学会会員。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)メンバー。日本でも数少ない偽史・偽書の専門家であり、古代史に関しても造詣が深い。近年は旺盛な執筆活動を行っており、20冊を超える著書がある。主著に『幻想の超古代史』(批評社)、『トンデモ偽史の世界』(楽工社)、『もののけの正体』(新潮新書)、『オカルト「超」入門』(星海社新書)など。本連載は、刊行後たちまち各種書評に取り上げられ、大きな問題提起となった『江戸しぐさの正体教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)の続編である。

ブログ:http://www8.ocn.ne.jp/~douji/

続・江戸しぐさの正体

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