震災後のエネルギーの議論をきっかけに再び脚光を浴びるようになったバイオマス研究。「木」をマテリアルやエネルギーにする、とはいったいどういうことなのでしょうか。「木は切ったほうがいい?」「日本の森林率は北欧なみ?」などなど、意外な話も飛び出して、地球とヒトを深く考えるインタビューになりました。東京大学農学部の五十嵐圭日子准教授の登場です。
取材・構成:竹村俊介(星海社) 撮影:尾鷲陽介
先生の研究は「木を物質(マテリアル)やエネルギーに変換すること」と伺ったのですが、これはどういうことなんでしょう?
五十嵐 簡単に言うと、いま地球上で使われている有機物、炭素を含んでいるような化合物ですね。それを全部、木に置き換えていくっていう話なんです。よく「石油代替」って言葉を使ってますけど。実際にはいま私達のまわりで作られているものの原料を石油から木にどんどん置き換えていくという、そういうイメージですね。
石油はもう枯渇するかもしれないと言われて久しいですが……。
五十嵐 そうですね。いま言われている温暖化などの何が問題かって、地下深くから掘って出してきたもので自分たちの生活をまかなっているというところなんです。石油に限らず原発に使われるウランなども同じで、それらを掘り出して使用している限り必ずいつかは枯渇するわけで。そうではなくて地球の表面、人間が生きているところだけでなんとか収支を合わせていきたい、それが、私の考えていることなんです。
たとえば石油から作ったプラスチックってなかなか自然に帰りませんし、そんなことばっかりやってていいのかな、って。
なるほど。地中から掘り出したものを人工的な物質に変換して,そこでサイクルを止めてしまう。そもそも、この地球の元素が循環することでうまく生態系も成り立ってるんですよね。それがたとえばプラスチックにして、ゴミ処理場に埋めてサイクルが止まってしまう、と。
五十嵐 そうですね。そんなことをしているとやっぱり歪みが出てきますよね。そこで「木」なんです。何十年もかけて育つ木を、また何十年間かけて使っていく、っていうのがすごく重要なんですね。ほんと言うと木が生きてた時間よりももっと長い時間使えるようになると、それはもっと良いことなんですけど。
「木を使って」って言うと、木をがんがん切って燃やしてエネルギーにするとか、そんな短絡的なイメージを持たれがちな気がします。
五十嵐 じつは森林って、若いうちはすごく二酸化炭素を吸うんだけど、歳をとった木っていうのは呼吸の量と自分の体を作るための炭素を固定する量というのは、ほとんど同じになっちゃうんですよ。なので、なるべく古い木っていうのは切ったほうがいいんですね。その時に重要なのは植えることなんですよ。今まで自分たちが切った分以上に植えて、管理すること。
切ったほうがいいんですね。意外です……。そして植えることが必要だ、と。
五十嵐 そう。でも十分に木は植えられていないのが現状ですね。まず土地がない。あと、切らないと植えられないじゃないですか。いまちょうど1970年代ぐらいに植えた木っていうのが、みんなもう伐採時期を迎えてるんですね。だからこんなに花粉が世の中にいっぱい出ちゃってるんですけど。
木は切っちゃいけないってイメージが、一般の人、さらには役人のなかにもあるのかもしれないですね。
五十嵐 日本って森林率が70%ぐらいあるんです。それって北欧の森林国といわれているスウェーデンとほとんど同じなんですよ。だったら日本でできないはずないでしょうって。けど、都会に住んでたらこんなこと考えなくなっちゃうんですよね。
いやあ、それは意外ですね。
木などをエネルギーにすることをバイオマスエネルギーと言うそうですが……「バイオマス」っていうのは……?
五十嵐 簡単に言えば、太陽の光を使って作られるもの、基本的には生物資源すべてのことをいうんです。だけどその定義からいくと、石油とか石炭も実はバイオマスに入っちゃう。石炭は何億年も前の植物だし、石油はもともと生物の死骸だと言われてるし。なので今は定義としては、生物資源から石油とか石炭など地下から掘ってくるものを除くってことになってます。
食べ物もバイオマスに入るって言いますよね。……木を原料にしてエネルギーにしたり有機物を作ったりっていう技術は、今どこまで来てるんですか?
五十嵐 実はもういろんなものを作るだけのプロセスっていうのはそこそこできあがってるんです。
ただ、価格……経済性がね。あまり知られていないけど、オイルショックのあと1980年代はこのバイオマスの研究って、すごく盛んだったんですよ。日本も世界でトップクラスの研究をしていたんです。だけど1990年頃から石油が安くなって、日本ではほとんど研究をやめちゃったんです。一方で、ヨーロッパは研究を続けた。それで1990年代の10年間の間でものすごい差が開いてしまったんです。
じゃあ研究の最先端は、北欧というかヨーロッパ?
五十嵐 そうですね。アメリカ、ヨーロッパ、やっぱり欧米が。これは、ヨーロッパはもともと資源があんまりないからっていうスタンスで進めていて、アメリカの場合というのは、湾岸情勢とかが自分たちの経済に影響するからっていう、国防的なことに加えて、環境の影響もあって淡々と進めてたんですよね。日本だって同じことができたはずなんですけど
じゃあ、研究が進んでる、進んでないというよりも、価格の問題だったり経済性の問題のほうが大きい。
五十嵐 そうです。まあまだ完全にできるとは言えないんですけど、いちばんボトルネックなのは値段ですね。ただ石油の価格が上がれば、その分バイオマスを利用するためのハードルは低くなるので、それがどこでひっくり返るかなっていうのをみんなが様子を見ている状態です。
五十嵐 2010年の石油の使い道を見ると、もちろん自動車用のガソリンとして使われているのが多いんですね。今はそこをバイオディーゼルだとか、バイオエタノールで置き換えようっていう話をしているんです。
だけど、実はガソリンとけっこう変わらない量を使っているのが「ナフサ」なんですね。ナフサって、みんなあんまり聞いたことないかもしれないけど、薬やプラスチックの原材料なんです。
ナフサ、ですか。
五十嵐 このナフサから作っているものってガソリンと違って、電気で置き換えることができないんですよ、化学用原料なので。例えばいちばん高いものだと医薬品ですよね。他にもプラスチックとか、ああいうのは基本的に全部ナフサから作られてるんです。
そうか。いま石油から作っているものを全部木とか新しいものに置き換えるのは、ナフサも木とかで補わないといけない。
五十嵐 原油の供給が止まってしまったときに、じゃあガスは何で補おうか、ガソリンとかナフサは何で補おうか、灯油ってどうしようか、軽油どうしようか、アスファルトどうしようかってなりますね。そうすると、かなりの比率がバイオマスで出てこないといけなくなるんです。アスファルトなんかも、どんどん値段が上がっていくと思うんですよね、これから。そしたら道路どうするんだっていう話になってきちゃいますよね。
そうですね……。
五十嵐 湾岸情勢を考えるとできれば日本の国内で、せめてアジア圏ぐらいで助け合いながら使えるような原料を持っとかないといけない。実はアジア圏の光合成力ってすごく強いんですよ。モンスーン地帯で水が多くて太陽光も強いので。そうすると、もっとね、自然の力というものを活かしていく方法っていうのがあるんじゃないのかなって思うんです。
いいことづくめじゃないですか。あとはもう問題は経済性だけですか?
五十嵐 いま僕たちが闘っている相手って150年の石油化学の歴史なんですよ。だから今すぐバイオマスが石油に価格で勝てっこないんですね。150年間バイオマス使ってみて、そのときに初めて、今の石油化学と同じぐらいのレベルになるんじゃないんですかね。けど、そう言ってる間も石油はどんどん減っていく。そうなると、どこかではターニングポイントっていうのが来るんじゃないかなと。これは僕の生きている間に来るとは思うんです。だから僕の子どもの世代なんていうのは、もう普通に1対1ぐらいとか、まあ、せめて4分の1ぐらいはバイオマスでまかないたいですよね。
意外と近い未来ですね。
五十嵐 そう。でも100%置き換えるなんていうのは、今の状態では無理。たとえばね、今のエネルギーの話って、震災前の原発のようになんか1個いいものがあるって分かったら、それでみんなワーっていくじゃないですか。でもそうじゃなくて、少しずつ前線を動かしていくのが大事だと思うんです。バイオマスはここまで行ったし、原子力もここまで安全になった、石油はここまで省エネルギーになって、使用量をこれだけ減らせるようになったとか。
だから僕は、何はダメとか、バイオマスは他より優れてるとか、そんなことはあんまり言いたくないんですよね。他も同じぐらい重要だし、バイオマスもやんなきゃダメだし。そういうすごく俯瞰できるような政策とか、そういうものを打ち出していかないといけないんじゃないかなという気がします。
なんだか生物だけじゃなくて、社会の問題ですね。広い視野を持つ。
五十嵐 僕は農学ってそういうもんだと思っています。あと、「選べる」っていうのは重要なんじゃないかって思うんです。たぶん私たちも、研究者もそうだし、国もそうだけど,できることとできないことを、ちゃんと伝えないといけないと思うんです。「バイオマス使うと、こんないいことがあります」とか「一方で、こんなにみんなが負担しなきゃいけなくなってしまいます」とか。情報を並べた上で、みんなが「じゃあ、自分たちはこのリスクを取ってでもこっちをやる」っていう風に選ぶべきなんです。本来そうしないといけないはずなのに、一気に突っ込んでいくっていうのが、今の日本にありがちですよね。
人間って自然とうまく共生していけるんですかね。自然のエネルギーをうまく循環することができるんであれば、人間も地球にとって邪魔ではなくなるんでしょうか。どうしても自然にとって悪い存在みたいになってしまうのはやっぱり悲しい。
五十嵐 同感です。人間が自然にとって悪い存在にならないならないために自分の時間というものを注ぎこみたいですね。やっぱり人間が生きるっていう活動自体は、自然にはどうしても悪影響があるかもしれないんですけど、そうならないように一人一人ができることを探してやっていくっていう気持ちが、重要なんじゃないかな、と。
五十嵐圭日子
1971年山口県生まれ。生まれて半年で東京へ引っ越し、幼稚園の年少から石川、小学校4年生から大阪、中学校1年生から東京と、父の転勤に合わせて日本中を転々としたので、各地の方言が混ざる。子供の頃に住んでいたのがどこも田舎だったので、今も都会には住めず高尾山麓に居を構える。キノコやカビの酵素パワーを信じて研究すること20年。
1994年 東京大学農学部林産学科 卒業
1994年から1996年 東京大学大学院農学系研究科林産学専攻 修士課程
1996年から1999年 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 博士課程
その間米国ジョージア大学生化学分子生物学科 派遣研究員
1998年から1999年 日本学術振興会特別研究員(DC)
1999年から2002年 日本学術振興会特別研究員(PD)
その間スウェーデン国ウプサラ大学バイオメディカルセンター 博士研究員
2002年から2007年 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 助手
2007年から2009年 身分変更により同上助教
2009年から現職
氏名
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五十嵐 圭日子
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フリガナ
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イガラシ キヨヒコ
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所属
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東京大学大学院農学生命科学研究科
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職名
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生物材料科学専攻 准教授 博士(農学)
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研究分野・キーワード
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酵素工学 ・生化学
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