この道12年のアジア専門ITライター・山谷剛史が、思い出とともにアジアの変化を語る本連載。
今回は、深センのケータイ市場が舞台。
取材中に軟禁されてしまった山谷青年の、脱出のための秘策とは!?
「みっしみし! みっしみし!」
この謎ワードを叫んでいるのは私だ。誓って言うが、正気である。
しかし、状況は尋常ではない。
−−2008年、中国・深セン。
華強北路と深南大道が交わる角にある、ビルの一室。
そこで私は、複数の中国人に囲まれていた。完全に包囲されていて、逃げ出すことはできそうにない。
そう、所謂「軟禁」というやつである。
私は現在、「アジアITライター」を生業としている。
数年前までは「中国ITライター」だったのだが、東南アジアやインドも範囲にすべく「アジアITライター」へとジョブチェンジをはかり、そう自称し始めた。
なお、私がジョブチェンジしたことには、おそらく私しか気づいていない。
さて、アジアITライターを自称するからには、アジアが守備範囲でなくてはならない。
同様に、中国ITライターを自称するからには、中国全土が守備範囲でなくてはならない。
ライターをはじめたころ、私は雲南省昆明市に居を構えていたが、昆明の事情だけを紹介したのでは「昆明ライター」しか名乗れない。そこで、私はまず、中国全土をカバーする「中国ライター」を目指した。
昆明に住み始めたころ、昆明と雲南省を紹介するサイトを作り、それを名刺代わりに旅行ガイドブックの編集部に売り込んだ。「現地に詳しくて、現地発で調査するので経費節約できますよ」というアピールがきいたのか、毎年中国全土を経費で行脚することができ、中国ライターと言えるようになる。
この軟禁事件は、私が「中国ライター」にジョブチェンジする過程で起きた、不幸な事件である。
電脳街。昔は店員ファッションも古ければ、店員の情報収集もまた手書きでアナログだった(2004年深セン)
私は中国の街でも、特に深センがお気に入りだ。
深センは、香港に隣接する新しい都市で、著しい経済発展を遂げている。そのせいか、住民はほぼ全てといっていいほど深セン以外の人間である。
しかし、中国トップクラスの平均所得を稼ぎながら、何故かサービスが地方都市レベルでもある。
深セン南側の「深南大道」を走れば高層ビルが取り囲み「中国恐るべし!」と感じるが、深センの北側に行けば地方都市レベルのショボイお化け屋敷などの施設が「歓迎降臨」し、二面的でハリボテ的な超現代都市に「中国恐るべし!」と二度感じるのである。
実に闇鍋的な都市で、だから私の肌に合った。
道端の海賊版売りのおばちゃんたち。とにかく当時の深センはディープだった
今や、中国の大都市はどこに行っても金太郎飴のように同じ雰囲気である。
買い物に行く先も、デパートからショッピングセンターへ、そしてショッピングモールへと変わった。街中の個人経営の商店は寂れている。
人々は悪化した空気から逃げるようにショッピングモールに入り、スマホを片手に定番のブランドのチェーン店で買い物をするようになった。
電化製品は、どこに行っても同じモノが並ぶという状況となっている。これは、アパレルなど他のジャンルにおいても同様だ。定番ブランドがあり、どこへ行ってもそれらが並んでいる。
当たり前だが私のような種類の人間にとっては、定番ブランドが並ぶ光景よりも、屋台に謎ブランドが氾濫しているほうがずっと面白い。
そんな状況において、深センの華強北という地域のマーケットは、今や希少な面白いごった煮の場所である。
あらゆる携帯電話の部品が深センでは昔から売られていた
昔も今も胡散臭すぎる深センのスマホ市場(2014年撮影)
華強北では、ケータイビジネスが元気である。
低価格帯のものが特に強く、怪しいブランドロゴやキャラクターで彩られた商品がゴマンと並ぶ。
昨今のiPhone人気から、iPhoneのニセモノはそっくりさんから全然似てないものまで、メーカーもアップルではなく「オレンジ」や「スイカ」など数知れず。
ニセiPhoneだけでなく、NOKIAもといNOKLAや、SAMSUNGもといSUMSANGなどの謎メーカーの製品も並ぶ。
近年iPhoneからもゴールドモデルが出たが、その前から華強北ではキンキラで、しかも本体に電飾が付いて赤青緑に輝く製品がよくあった。
ハローキティやミニカーやタバコケースを模したケータイもあった。
しかもケータイの部品まで売られていて、一室では数人が分業してケータイ組み立てている光景が見られるのだから面白い。
実に安っぽく、著作権的問題も兼ね揃えた光景だ。
これらは主に、中国の農村部やアジア・アフリカなどの国々に送られるもので、都市部のユーザ向けではない。
ガードマンは撮影の難敵だ。ゲームで遊ぶところを撮る(2004年深セン)
私はこの光景を記事にすべく、写真撮影を開始した──のだが、あえなくガードマンに捕まり、詰所に連行されてしまったのである。
そして、冒頭に戻る。
背中を押して詰所に入れたガードマンが2人。他にもう1人。
「コイツ写真ずっと撮ってましたぜ」と背中を押した人間の一人が言う。
ここで逃げられたらそれこそボコボコになるだろう。この手の中国ニュースは飽きるほど見た。
ガードマンはたいてい外地からやってきた労働者で賢くはなく、シンプル&バイオレンスだ。
例にもれずガードマン3人も純粋で無知そうだ。シンプルに説明しないと余計ややこしくなる。
焦っていた。「来い」と言われて背中を押されつつも足を自ら進めたのだ。「中国語がわかると気づかれてしまったか......」
当時を思い出すに詰所にはブラウン管テレビが一台と椅子。暇つぶし用にあるのだろう(今のガードマンは低所得だろうがスマホを持っていて暇をつぶせるのだから、いい時代になったものだ)。
「お前は、ここで何を売っているのか知っているのか」
と、私を取り囲んだ男の一人が言う。
別に麻薬や武器の取引現場ではない。なんでこんな事を言われなきゃならんのか。
けれど、軟禁されてしまったものは仕方がない。ここからなんとか解放される必要がある。
たしかに人間不信の中国では、同業者のリサーチを恐れ、ほぼ全ての店で写真撮影が禁止されている。中国人から見れば日本人は外国人に見えないため、なおさら同業者に見られ、写真撮影がバレると面倒を起こす。最悪現地在住の友人の力を借りて無罪を証明しなくてはならない。
最近はスマホの普及で、商品の写真を撮ってタグについているQRコードを読み、ネットで詳細情報が読めるという状況にはなってきて改善しつつあるのだから中国の変化は激しい。
しかし、たまに注意をされる事はあっても、街中での写真撮影だけで連行・軟禁されるなんて、著作権意識皆無なくせにどういうことなのか。
ひとまず、中国潜入ジャーナリストのセオリー通り、「ワタシ、ニポンジン、ヨクワカリマセン」とニコニコしながら首を振る。
男たちは不審そうである。
(じゃあ、一体どうしたらいいんだ......)
困った私の口を、とっさについて出たのがこの謎ワードだった。
「みっしみし! みっしみし!」
これは、中国の抗日ドラマ・映画における鬼畜日本兵の定番の台詞だ。
本当か嘘か知らないが、「飯! 飯!」と叫んでいたのが訛るかなにかして「みっしみし! みっしみし!」になったのだという。
バカバカしいと思われる向きもあろうが、なんとこの言葉が、ガードマンたちにはちゃんと通じたのである。
「おぅ、コイツ日本人か! 観光客か?」
ガードマンたちは相談をはじめた。
そして、パースポートを見せるとそれがだめ押しになったのか、晴れて私は解放されたのである。
詰所をあとにする私の背中に、ガードマンの声が投げかけられた。
「撮っちゃだめだぞ。みっしみし、みっしみし!」
果たしてあの場でパスポートを出してよかったのかどうかは分からない。しかし、ともあれ私は脱出に成功した。
──これからどうするか?
自問自答する。
写真も撮りづらいし、深センの取材を一旦切り上げる事にした。
ただ、取材そのものをここで切り上げるのは抵抗があった。
なぜなら、深センの市場では、農村向けの怪しい製品群を目の当たりにした。
だったら、それらが必要とされている農村の奥地まで行ってみたい。それらが流通し、使われているところをこの目で確認したい。
また、都市部だけでなく農村部を巡ってこそ中国ライターだし、日本人の書き手がほとんど行かないこそ、農村ネタの記事の評価は高いのだ。
そんな興味と打算が入り交じった気持ちで、私は農村部を目指したのだった──。
次回、山谷青年は中国農村地帯に突入──。
更新は9月下旬予定。
サイト更新情報と編集部つぶやきをチェック! |
---|
Copyright © Star Seas Company All Rights Reserved.
コメント