早稲田大学で話題の人気講義があると聞いた。講義名は「実験経済学」。
経済学と言えば「データと数式」というイメージだが「実験」をするとはどういうことか?
早速、教鞭をとっている一橋大学の竹内幹先生にお話を伺いに行った。
こんにちは。今日はよろしくお願いします。
竹内 よろしくお願いします。たしか竹村さんは早稲田大学ご出身でしたよね。
はい、政治経済学部で経済専攻でした。
竹内 いま、早稲田にも週1回、教えに行っているんですよ。「実験経済学」という科目です。
そうですよね。昨年の早稲田大学の人気講義ランキングで2位だったとか……。その情報を知って「これはお話を伺いたい!」と思いまして。
竹内 それはうれしいですね。
いつから教えていらっしゃるんですか?
竹内 今年で4年目になります。さすが、政治家をたくさん輩出している学部だけあって、活発に質問する学生さんが多くてすごく楽しいですよ。
実は、講義には、いま4歳になる息子を何度か連れて行ったこともあります。
大学にお子さんを連れて行ったんですか?
竹内 大学のセンセイとして、子どもを持つことの楽しさや父親が育児する意義も伝えたいと思いまして。そのために、育児休業を取得したり、自分の子どもを大学に連れて行ったりしているんです。
なるほど。周囲の反応はいかがですか?
竹内 子どもがきちんと待っていたり、挨拶するのを見ると「かわいい」とか「自分も子どもが欲しい」という声をtwitterなどでいただくことがあります。少 子化対策もいろいろ議論されていますけど、個人としてできることはないか、と考えると、若い学生さんに子どもを持つことをポジティブに捉えてもらえたら、 と思いつきました。実際、子どもは本当に可愛いですし。
子連れで講義する大学の先生って、初めて聞きました!
ところで、先生は、人の視線を研究していらっしゃるとうかがいましたが…。
竹内 人がどこを見て、その後どういう行動をとるか。「人が見るものと意思決定の関係」についての研究ですね。
どのように調べるのでしょう?
竹内 「アイトラッカー」という、人の視線を観察できる機械がありまして、その人がどこを見ているかということと、人の意思決定のリンクについて調べます。
竹内 ほかにも例えば、目の前にいろんな商品がバ~ッと出たときに、やっぱり好きなものってすぐ見ちゃうんです。無意識のうちに、まだ「自分の好きなものがあるな」って認識する前から、もう目が好きなもののほうにいってしまうんです。
この「見ることと意思決定の関係」については、なかなか経済学ではよくわかっていなくて。研究はそのようなことをやっています。
なるほど。それも「経済学」になるのですね。「人がどこを見て、意思決定をしているか」という話って、いわゆる僕がイメージする「経済学」というよりも、「心理学」とか、そっちにも近いようなイメージを受けるのですが……。
竹内 うーん……かなりちかいことをやってると思います。サイエンティフィックに分析対象にアプローチしていきたいんだけど、それでも、分析対象をうまく観察できないことってよくありますよね。
はい。
竹内 ところが、個人の心のなかは、観察不可能。じゃあ、どうしようかと。間接的にでも観察しようとアプローチするのが心理学かもしれません。それに対して、経済学は心のなかを観察することを、なかば、あきらめちゃったという違いがあるかもしれません。
あきらめちゃうんですか?
竹内 あきらめるというか、あえて観察しなくてもいいというスタンスでしょうか。人間の経済行動をうまく説明できれば、わざわざ心のなかまで分析しなくてもいい と。心、なんて「ブラックボックス」のままでいい、そのかわり、その箱になにをいれるとどうなるのかがしっかり理解できれば、それでも学問としては成り立 つわけです。
でも、最近はすこしそれが変わってきたとおもいます。例えば「目線がどこに行っているか」がわかる。あるいは、脳の活動というのがよりクリアに、詳細にわかるようになってきたんですね。
以前は、何が起きているかわかっていなかった。わからないから、ブラックボックスの中で何か起きている、としか言えなかった。
例えば、ブラックボックスの中に「オレンジ」を入れると「オレンジジュース」が出てくる、と。それくらいしかわからなかった。
ブラックボックスはブラックボックスのままだったんですね。
竹内 ただ、最近はブラックボックスの中では、どうやら「皮をむいている」らしいとか、うっすらとですけど、少しずつわかってきたので、そこを詳しく見ているということです。
だから、必ずしも心理学的な要素ということではなくて、より詳細に分析対象を観察しているということです。イメージとしては、心理学に近い印象は、たしかにありますけど、あくまでも分析対象にアプローチして詳しく観察するという、そういうつもりです。
技術の進歩も伴って、ブラックボックスの中で何が起きているかも詳細に分析できるような時代になったのですね。
「人がどこを見ているかで、これを見たら購買行動につながる」とか、そういうのがわかると、マーケティングというか、商売にも活かせますよね。
竹内 実際かなりやっていますね
……この話なんか、面白いんじゃないかな。
好きなものについ目が行ってしまう。あるいは無意識のうちに目が行っちゃう。これはわかりますよね。ところが、長く見せられると、好きになってしまうという逆の因果関係もあるんです。
例えば、AとBの二つのものを画面で見せるんですが、「AとB、交互に映りますので、交互に見てください」って指示を出す。Aを長めに出す → Bをちょっと出す → Aを長めに出す →Bをちょっと出す、ってやると、特にAのことが本当に好きでもないんだけど、Aのことを好きになってくる。長く見せられると好きになっちゃう、というの がわかってきました。
頭の中とか、体の中にメーターがあって、Aのほうが好きなメーターと、Bのほうが好きなメーターとがある。Aを見るとAのメーターがグーーーと上がる。Bを見るとBのメーターがグッと上がる。
本当は、じっくり見比べればBのほうが好きなんだけど、Aばかり見せられて、Bのメーターが上がりきる前に「どっちがいいですか」って聞かれると「あ、Aのほうがいい気がします」っていうふうに選んじゃうわけです。
そういう形で、人の好みや選択を操作できるっていうのは、マーケティングでもおもしろいと思いますね。
大して欲しくない本であっても、電車で吊り広告を見て、本屋さんでその本を見て、新聞広告でまた見たりとかしたら、ちょっと買ってみようかなっていう気になるときは、ありますよね。
竹内 ありますね。人の判断や好みがどのように形作られるかというのは、非常に面白い研究課題です。
先生の研究されている「実験経済学」ですが、これは、簡単に言うとどういうことなのでしょうか?
竹内 現実に存在する人間の意思決定や行動を、実験を通じて観察する。そして、その観察結果から、また経済理論をより新しくする、という感じですね。「実験によってデータを集めて見る経済学」ということです。
経済学って、基本的に「実験」というのはできないわけです。だからこそ統計学とは別の、計量経済学という、独自の学問が発達したくらいです。
例 えば減税という景気対策がありますよね。「減税したら、景気がよくなりました」と。でも、それはたまたま中国とアメリカの景気がよくなったから、その波及 効果を受けて間接的に日本の景気がよくなったのかもしれない。あるいは本当に減税のおかげで景気がよくなって、減税分の税収を上回るぐらいまで税金が入っ てきたのかもしれない。社会は複雑だから、本当に何が原因かはよくわからないんですね。
たしかにそうですね。何が原因かはよくわからない。たまたまかもしれない。
竹内 いちばんいいのは、地球を2個つくる。あるいは日本を2個どこかにつくる。そして、一方では減税する、もう一方ではしない。そのあと、例えば1年後、2年 後の景気を比較する。減税の効果が本当にあるなら、「あ、たしかに違いが出ている」となります。これをたくさんやるわけですね。でも当たり前ですが、こん なことはできないじゃないですか。
だから、計量経済学っていうのは何をするかというと、実験はしないんだけど、本当に違いがあるのか、減税の効果があったのかどうかをデータからあぶり出す。でも、実験経済学っていうのは、もうダイレクトに実験しちゃうわけですね。
ダイレクトに実験? どうやるんですか?
竹内 経済政策ではできないんですけど、例えばさっき申し上げた「1人の人間がどう行動するか」ということに関しては、かなり自在に観察できますよね。
わかりやすいのは、「リスクをどう取るか」っていう問題。これは、すごく古典的な人間の経済的意思決定ですよね。人によってリスクをどう取るかって違いますよね。
リスクの取り方……違いますね。
竹内 例えばちょっとでもリスクがあったら「あ、これはやめとこう」という、石橋も叩いて渡りますという人。一方で、リスクはあるんだけど、当たればデカいからとにかくリスクをガンガン取っていこうという人。いろんな人がいますよね。
それを経済学のモデルだと「人によってリスクに対する許容度が違うから、それをパラメータ(r)で表しましょう」ということになる。ま、それはいいですよ ね。ただ、実際(r)って、0なのか、1なのか、それはよくわからない。そこで、「じゃあ、実際測ってみればいいじゃん」っていう。それを実験というか、 実測します。
たしかに。測ってみればいいですよね。
竹内 そう。で、なんか知らないけど、これ、経済学の分野では、やってこなかったんですよ。ほんとに最初やり始めたのは50~60年代ですけど、盛んになったの は80年代か……。90年代ぐらいになると、かなりみんなやるようになりますけど、ただ80年代ぐらいからのイメージですね。多くの人がちゃんとやるよう になったのは。
かなり新しい分野なんですね。
竹内 そうなんです。経済学って、人間の経済行動をたくさん研究していたはずなのに、意外と実験していなくて……。いまから考えると、よくわからない。
ただ、初めの頃は、実験しても、いわゆる主流の経済学の人たちから、「そんなこと、やって意味があるのか」とか「ノイズが多すぎるから、わざわざそんなこ とやってもしょうがないじゃないか」と言われたわけです。60年代、70年代はそういう否定的な見方が大勢をしめていました。
最近は「行動経済学」というのもよく耳にします。
竹内 「行動経済学」の本も、いろんな本がありますけど、たまに「今までの経済学は間違っていて、合理的な人間なんかいないんだ」みたいに書いてありますが、私は必ずしもそこまでは思っていません。
むしろ、「何をもって合理的というのか」ということをもっと現実の人間行動に照らして定義し直したい、そういう感じですかね。
教育方針として「教養としての経済学」ということを言われていますが、これはどういったことでしょうか?
竹内 今年からゼミを始めるので、そこでいろんなことを教えていきたいし、みんなで成長していってほしいなと思います。まさに「武器としての経済学」というか、「教養としての経済学」をみんなに身につけていってほしいと思っているんですね。
研究者になるんだったら、それこそ、今言ったような「人の目の動きと意思決定」とか、もっと学者らしく「重箱の隅」を追究して欲しい思いはあります。
一方で、学部生が4年で卒業していくのであれば、後半2年のゼミでは「教養」として、「一生役に立つ経済学」みたいなものを学んでいってほしいと考えています。
一生役に立つ経済学、ですか。
竹内 経済学そのものもですが、経済学的な考え方も役立つと思います。
経済学って、社会科学の一翼を担うわけです。社会現象や人間などを分析対象として、サイエンティフィックに、科学的に、いろいろ理解を深めていく。そのなかで、経済学は一つの見方ですよね。社会全体をどういう方向から切っていくか、どういう方向から見ていくかと。
はい。
竹内 経済学というと、マーケットの話とか、景気や失業率、あるいはお金儲けとか、そういうイメージがあります。でも、「人がどういうふうに意思決定するのか」も、じつは経済学ではすごく大事なんですね。
200年くらい前に経済学ができて、「経済活動というのが社会にとってすごく大事らしい」ということを明示的に発見するわけです。そこから、じゃあ、経済 活動って何だって、いろいろ考えていくと……それこそ、国家に必要な経済運営、経済政策みたいなものもだんだんわかってくる。
それをずっとやってきたのですが、ここ50~60年でその一番の根本、あるいは最小単位って、やっぱり「人」だとわかったわけです。社会というのは、人がいっぱい集まって社会になる。
「社会」と言ってみたところでそれは結局「一人の人の集まり」ですからね。
竹内 そうそう。「3人でも社会だ」と言ったりしますが、かといって「1人で社会」とは言えない。とにかく、社会は複数の人間が集まっている。
個々をバラバラにしていったときって、やっぱりそこに「1人の人」が残るわけです。そうすると、その人がどんな意思決定をするんだろうかというのは、やっぱり知っておきたい、と。特に20世紀後半からは、そういう研究関心が強くなったのだと思います。
社会の分析をするためにも、個人の意思決定を研究しなければならない……。
竹内 要するに、社会のあらゆるものを、いろんな形で理解してきたわけです、経済学というのは。いろんな見方があるけど、その一つとして、複雑な社会を「個人の意思決定」に落とし込んでいった。
経 済学で学んでほしいのは、何か問題に直面したとき、いろんな見方があるんだけど、まずいったんバラバラにしてみて、部品を見て、「部品の一個一個はこう なってるんだ。じゃあ、もう一回組み立ててみよう」という一連の流れですね。全体から個にして、それをもう一回組み上げるということを、経済学ではたくさ んやっている。
実生活でも、いろんな社会問題を見たときでも、同様の考え方ができるはずです。そういった意味で、経済学は役に立つと思います。
(後半へ続く)
竹内幹
1974年東京都生まれ。一橋大学大学院経済学研究科准教授。一橋大学を卒業後、ミシガン大学で経済学Ph.D.(博士号)取得。カリフォルニア工科大学研究員を経て、現職。専門は実験経済学。2児の父親であり、共稼ぎ育児5年目。
氏名
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竹内幹
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フリガナ
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タケウチカン
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所属
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一橋大学
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職名
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准教授
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経歴・職歴
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1998年 一橋大学経済学部卒業
2007年 ミシガン大学経済学部よりPh.D.取得 2007年 カリフォルニア工科大学研究員 2008年 一橋大学大学院経済学研究科講師 2011年 一橋大学大学院経済学研究科准教授 |
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