今年の夏もついに水に入ることがなかった。
もともと水泳はあまり得意ではなく、ことに30歳を超えてからというもの、水泳スポットに行く機会が皆無になり、水着すらほぼ着なくなっている。
筆者にとって、水辺というのは釣り糸を垂れたりタモを振るったり、あるいは砂をほじくりかえしたりする場所になって久しい。
しかし、秋だからと言って水に入れないということはない。
そう、これがあればね!
釣りでは「ウェーダー」と呼ばれることも多いが、伝統的には「バカ長」(あるいは「胴長」)と呼ばれるものだ。
長靴の上に撥水素材でできたズボン、ないしはサロペット状のものが繋がっており、これを用いれば、寒い時期でも水に浸かって作業をすることが可能になる。
今回は、このバカ長を装備し、ガサを行って獲物をゲットすることにした。
※注意①:タモ網でのガサは、多くの場所で誰でも行うことができますが、時期や場所によっては入漁料が必要になる場合があります。また、特定の魚類の遡上期や放流日など、禁漁時期が指定される河川・水域もあります。あらかじめ入ろうとする水域の漁協HP、自治体HP等でご確認いただくのがいいかと思います。
ガサとは、川や海、池などの岸に沿ってタモ網を動かし、そこに棲息する生き物をゲットする行為のことである。
タモ網でガサガサするからガサ、ということでいかにも簡単そうに思えるが、実際はどうかというと......実に簡単である。
とくにバカ長など履こうものなら簡単の極みだ。これまでで一番難易度が低いのは間違いない。
しかし、1食作るために十分な量の食材を確保しようとすると、それなりにコツが必要だ。
まず大事なのはポイントの選定。
首都圏近郊の都市河川は大河が多く、かなり上流に行っても川幅が広いところがある。
そういうところでむやみにタモ網を振り回しても、魚が入ってくれることはまずない。
どんなに熟達したところで人間やタモ網より魚の方がずっと速く動くし、また小回りも効くからだ。
また、本流の流心などでは、流れにタモ網を取られてうまく動かせなかったり、さらには自分自身が流されてしまう危険すらある。
ガサでたくさん採るためには、タモ網と岸もしくは自分の足を使って挟み撃ちにし、タモ網の中に魚を逃げ込ませるようなイメージを持つのが大切になる。
そのためには、できるだけ川幅の狭いところや、
両岸が深く抉れ気味になっているところ、
分流となって流れが瀞んでいるようなところを選ぶのがオススメだ。
あとは難しいことを考えず川に入り、タモ網を動かすだけ。
意外なほど簡単に獲物を確保することができる。
最初に筆者のタモ網に入ったのは、可愛らしいハヤの子(コイ目)。
ここまで小さいと種類を特定するのは難しい。水域的にはオイカワ、カワムツ、アブラハヤのどれかのような気がするが......。
続いて平林氏のタモ網には、
スジエビ(十脚目テナガエビ科)がたくさん入った。
小さなエビだが味がよく、まとまった量が採れるため嬉しいターゲットだ。琵琶湖周辺では豆と一緒に煮られ、高級珍味となっている。
泥混じりの川底を、砂を掘り起こすようにして網でこすると、
カワヨシノボリ(スズキ目ハゼ科)らしき小ハゼとシマドジョウの一種(コイ目ドジョウ科)がたくさん入った。
カワヨシノボリは淡水域の様々なところにいるハゼで「取るに足らない魚」と思われがちだが、琵琶湖周辺や高知県では「ごり」と呼ばれて比較的高値で取引されている。
シマドジョウは普通のドジョウと比べるとやや小さいが、きれいな水域にすむため、こちらも地域によっては高値が付く。
ちょっと場所を変え、砂利底のポイントに移動する。
足の裏で砂利を蹴りながら、前に構えたタモ網に魚を追い込むようにして進んでいると、
立派なカジカ(スズキ目カジカ科)が入った。
こちらも先述のカワヨシノボリ同様「ごり」と呼ばれているが、より広い範囲で美味な食材として知られている。
一見するとハゼの仲間のようにも見えるが、裏返してみると、
ハゼ類の特徴である吸盤状の胸鰭がないのですぐにわかる。
カジカとは「肉が鹿の様に美味しい」ことから名づけられたという説があり、川魚の中でも最も高級なもののひとつだ。
しかし、きれいな水域にしかすめない魚でもあり、とくに首都圏周辺では乱獲は控えたい。
さて、タモ網の操作や魚の追い込みに慣れてきたら、より上級者向けのポイントにも挑戦してみたいところだ。
まずは、こういった堰の下。
こういうところには、堰を登ろうとタイミングをはかる魚たちや、堰から落ちてしまった魚たちがたむろしていることが多く、ひと網で多くの魚が入ることがある。
それから、一見すると生物の少なそうなコンクリート護岸の場所でも、川底に砂や砂利が堆積しているようなところはいいポイントになる。
この場合大切なのが、上流・下流ともに自然のままの岸になっていて、かつ流れが緩やかであること。
こういうところでは、コンクリート護岸の部分の流速が早くなり、自然の岸との境目部分で一気に流れが緩むため、たくさんの魚がそこにたむろするのだ。
今回のポイントは魚道(堰などがある場所で、魚たちが遡上・下降できるために造られた水路)のすぐ下にあり、とくに魚影が濃く、カマツカ(コイ目コイ科)やシマドジョウ類がたくさんタモ網に入った。
※注意②:魚道そのものは流速が早く危険なため、立ち入り禁止となっている場所が多いので注意して下さい。
堰の下のポイントでタモ網を入れるポイントを探していると、平林氏の歓声が聞こえてきた。
なんだなんだと氏のところに向かうと、タモ網の中で何かが暴れている。
こ、これはデカいカマツカだ......!
18㎝ほどもある、この種の中では相当な大物だった。
カマツカはその見た目や淡泊な身質から「川のキス」という異名を持ち、知る人ぞ知る美味な魚として珍重される。
カジカ、カマツカと連続して素晴らしい獲物がとれたので、このポイントはこれで終了とした。
道すがら、川の中州に生えていたセリを採取。
春の七草のひとつであるセリだが、冬の枯れる時期以外はだいたい利用することができる。
川辺でハンティングをする際にはとてもありがたい存在だ。
さらに、駐車場に沢山落ちていたギンナンを採取する。
外種皮(黄色い果肉みたいな部分)が付いたままのギンナンはご存じのとおり強い悪臭を発するが、平林氏の好物ということで、嬉々として採取させていた。
もちろん、石川氏に。
「あ、石川くんそれじかに触るとかぶれるから、気を付けてね」
「あ、はい......」
うん、頼りがいのある若者がいて助かるな。
その後、迫る日の入りにおびえながら、思い切って下流域に移動した。
潮の満ち引きの影響を受ける最下流域では、当然ながら上流域とは全く異なる獲物が狙える。
その中でも今回最も採りたかったものが、
モクズガニ。
河川で採れるカニの中では最大のもののひとつで、産卵にあたり海に下っていくため、とくに下流域で容易に姿を見ることができる。
昼は障害物の陰にひそんでいるが、暗くなってくると餌を探して歩き回るのでタモ網で捕まえるのも容易だ。
このモクズガニ、実は泣く子も黙る中華の最高級食材「上海ガニ」とごく近縁のカニで、我が国でも各地で海のカニに負けない値段で売られている。
大きいため食べ出があり、とくにミソが美味なことで有名だ。
モクズガニを探しながら護岸の隙間を除いていると、大きな影がそっと目の前を横切った。
静かに覗き込んでみると、やたらと頭でっかちなハゼ独特のシルエットが見えた。
もしや、これは......?
隙間に追い込むようにタモ網をかぶせていくと、全くやる気のない様子でごろんと入ってきた。
出た! これはカワアナゴ(スズキ目カワアナゴ科)だ!
カワアナゴは肉食の底生淡水魚で、潮の影響を受ける下流域に棲息している。
20㎝を大きく超えるサイズで、本日一番の獲物だ。
もともとおとなしくあまり泳ぎ回らない魚のようで、見つけると捕獲は容易である。
これで満足し、タモ網をたたんで本日は終了とした。
※注意③:夜の河川でタモ網を用いて魚介類を採ることは禁止されている場合があり、また危険性も高まるので、完全に日が沈んだ後のガサは避けたほうが無難です。
タモ網ひとつで獲物と対峙するガサは、釣りよりもはるかに原始的で「子供っぽい趣味」だが、たくさんの高級魚や美味な獲物を捕まえることができる。
いい大人が本気を出して行うに値する趣味だと思うのだ。
夜もとっぷりと更け、調理場兼スタジオでおなじみの平林邸に到着。
雨足の強まる中、ようやく建物内に入れたことにほっとする3人であったが、ここで石川氏に非情な通告が。
「あ、石川くん悪いけど、ちょっと外でギンナン洗ってきて。うちの中が臭くなると困るし」
「あ、はい......」
すまんな、世の中っていうのはそういう風にできてるんや......。
さて、石川氏が戻ってくるまでに魚の下ごしらえを終えてしまおう。
※注意④:寄生虫による感染症を防ぐため、川魚や甲殻類を調理した後は、必ず調理器具を熱湯などで殺菌して下さい。
今回採れた動物性ターゲットの集合写真を撮る。
はーい動かないでねー!
動くなって言ってんだろうがー!!
海の魚と違い、川の魚たちは生命力が非常に強く、とくにドジョウやハゼ、カマツカのような底生魚は少量の水だけで生かしたまま持ち帰ってくることができる。
一方で死ぬと急激に鮮度が落ち、味が悪化してしまうので、美味しく食べるのならばできるだけ生かしたまま持ち帰るようにしたい。
写真も撮ったし、いよいよ調理を始めよう。
カワアナゴはとても立派なサイズなので、
鱗を取って背開きにしてみた。
なぜこの魚にカワアナゴという名前が付けられたのかは、はっきりしていないようだ。
しかしせっかくなので、海のアナゴと同じくあの料理にしてみようと思う。
大きいカマツカは鱗をとり、腹を開いて内臓を出す。
カジカは鱗がないが強いヌメリがあるので、塩を振りかけてよく洗いヌメリを落とす。
残りのカマツカと小ハヤも鱗、内臓を取っておく。
シマドジョウはこの期に及んでも元気に蠢いているので、ヌメリ取りも兼ねて大量の塩をバサッと振りかける。
一瞬爆発的に暴れた後、すぐにくたっとした。
シマドジョウは泥抜きの必要がないので、塩とヌメリを洗い流せば下ごしらえは終了。
ハゼ類も同様に塩でヌメリを落とすだけでOK。
スジエビはさっと水洗いし、
セリも水洗いして細かく刻んでおく。
とここでびしょ濡れの石川氏が帰宅。
ギンナンは......、
素晴らしい! さっそく調理していこう。
ということで取りだしたるは、
紙の封筒。
これに外種皮を剥いたギンナンを入れ、電子レンジで加熱すると、中が加熱されて内種皮(殻状の部分)が破裂し取りだせるようになる。
外種皮さえ取ってしまえば調理は実に簡単だ。
さて、それでは魚を調理していこう。
カワアナゴは白焼きにしたあと、
たれをつけて焼いていく。
大きいカマツカとカジカは、素材の味を楽しむべく塩を振って焼くだけに。
小さいカジカは軽く焦げる位まで焼いて、熱燗にドボンと漬ける。
小さなカマツカと小ハヤは、今世紀最高の"迷"柄米「からだめあて」とともに炊飯器へ。
炊き上がったらおにぎりにして味噌だれ、醤油だれを塗り、アルミホイルを敷いたトースターで焦げ目がつくまで焼く。
シマドジョウは軽く衣をつけてカリッと揚げ、スジエビは刻んだセリとあわせてかき揚げに。
モクズガニは本来、泥抜きが必要となるが、今日はその時間がないので砂袋を取り去る必要がある。
ふんどしを剥き取り、甲羅を外して、
甲羅側の口のあたり(黄色いミソの奥)にある砂袋を引っ張って外す。
同時に鰓も取り去り、さっと水洗いして泥を洗い流してあげるとより良いだろう。
これを半分に切り、水から煮て出汁を取り、味噌を溶かす。
川の高級食材をこれでもかと使った御膳、完成!!
カワアナゴの蒲焼きはアナゴの蒲焼きと比べると脂がなく淡泊だが、ふわふわとしてクセのない白身は似ていると言えなくもない。
身の味がしっかりしていて、たれの味に負けていないのがグッド。
カマツカの塩焼きは、目をつぶって食べたらシロギスと間違えるのでは......というくらい似ている。
シロギスの皮にある独特の鄙びたような風味が、カマツカにも感じられて面白い。
カジカは他の魚と比べると明らかに脂がのっており、身の味が濃厚で、素直に「あ、これは高級魚ですわ」と感じさせる味わい。
だから、それを酒に入れようものならどうなるか、酒飲みならきっと想像していただけるだろう。
舌の上に張り付くような濃厚なうま味が酒に溶けだし、えも言われぬ味わいだ。
スジエビとセリはどちらも風味が強い食材だが、かき揚げにすることで衣が互いの個性を仲立ちし、調和をもたらしている。
スジエビはこれだけ小さくても、加熱するとしっかり赤くなり、見た目にも美味しそうだ。
シマドジョウも本家ドジョウに負けず劣らず強い旨味がある。
骨や内臓は全く気にならず、軽くさっくりと揚がっていてビールのつまみに最強だ。
今回拾ったギンナンは、市販のものに引けを取らないほど大きく食べ出があった。
ねっとりとした食感と旨味を、後味のさわやかな苦みが一粒ごとにリセットする感じで食べ始めると止まらなくなる。
しかし食べすぎると体に悪いので、適当なところで止めなくてはならずちょっと残念だ。
高知県の名物と言われる、川の小魚の炊き込みご飯で作った焼きおにぎり。
魚の量が少なかったのか、やや風味が弱いものの、絶品と名高いカマツカの出汁を堪能することができた。
こちらも、期待していたほど出汁は出てくれなかった。痩せている個体だったのだろうか......。
しかしカニの風味は十分に感じられ、さらに、
ハサミや、
脚に至るまで綺麗に肉が採れ、味わうことができた。
「タモ網ひとつで食材を採る! って、やっぱりワクワクしますよね! 原始的な楽しみというんでしょうか」
「そうですね、やっぱりいいですよね......まあそれはそれとして、青物釣りたいんですがいつ取材行きます?」
......ったく、平林氏はいつも釣りのことばっかりだな......脳ミソにコマセ詰まってるんじゃねぇかこの人......。
ということで次回、満を持して秋の青物をゲットしに行くぞ!
......と、言いたいところですが。
肉体を駆使して動物性ターゲットを追い回すのも楽しいけれど、たまにはのんびり木の実でも摘んでアフタヌーンティーというのはいかがでしょう。
というわけで次回はちょっと趣向を変えてみたいと思います。乞うご期待!
【次回は10月下旬更新予定】
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駆け出し図鑑編集者。川崎在住の30代。2012年にブログ「野食ハンマープライス」を開設。海産物に野草、キノコ、虫など、ありとあらゆる変わった食材を入手して調理して食べてレポートするという、食材へのアグレッシブな探求心が話題を集め、現在では月間50万PVの人気を誇る。胃腸は弱め。
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