『ジセダイ』読者の皆様はじめまして。茸本朗(たけもとあきら)と申します。
川崎在住で都内に通勤する30代のサラリーマン編集者です。
4年ほど前から「野食ハンマープライス」というブログをやっていて、様々な形で手に入れた変わった食材を調理して食べてレポートしています。
これまでの実績としては多毛類の食用法についての考察、深海魚のワックス成分による社会生活への影響分析、人体のウツボ歯に対する耐久性の確認などが挙げられますが、基本的には「低収入サラリーマンがいかにしてエンゲル係数を下げて安上がりに暮らすか」というテーマのもと、身近にある新たな有用食材を発見、食べてみて検証する生活を送っています。
土浦港で釣ったアメリカナマズと筆者。2013年、茸本家にて。
最近ではより対象の範囲を広げ、面白そうな食材があればちょっと遠くにも顔を出すような生活を続けてきたのですが、一方でブログを更新しながら「より実践的な野食をやりたい」という思いを強くしていました。
野食材による「真の自給自足」と言い換えても結構です。
現代のアウトドア活動はともかくお金がかかることで敷居が高くなっており、野食材の獲得でも油断すると交通費やら道具代やら出費がかさんでしまいます。
5000円の食材を得るために10000円かけてしまうなら、購入したほうがいいわけで、それは真の自給自足とは言えないんじゃないか......? と考えるようになっていたのです。
そんななか星海社より「都心での自給自足をテーマに連載をしてみないか」というお話をいただき、ウシガエルのごとき素早さで食いつきました。
打ち合わせの末、決まったルールは以下の通りです。
1.都心から電車・バス・自転車・徒歩のみを利用し、日帰りで行ける範囲だけで無理なく食材を集める。
2.米と調味料以外はすべて野食材で賄う。
3.味、見た目、栄養バランスを意識し、偏りなく飽きのこないメニューにする。
お分かりの通り「サバイバルだー!」と意気込むようなものではなく、都会で無理なく楽しく続けられる自給自足を目指し、読んでくださった皆様に「これなら自分でもやってみたいなぁ」と思ってもらえるレポートにしたいと思っております。
世界一の大都市である東京は、その人口密度の割に街中の自然が多いことで知られている。
「いやそんなことはない、会社の周りも家の周りもコンクリートだらけだ」とおっしゃる御仁はミクロの視点が足りない。
会社の目の前に広がる道の植え込み、それは紛れもなく自然の一部である。
植えられた木は人工物かもしれないが、その下に生える雑草はいつでもあなたのビタミン源になる。
仕事を終えて帰宅する時、乗っている電車は何本の川を越えるだろうか。
東京の川の水質は最悪の時期を経て徐々に回復し、今では神田川ですらアユの棲息をみるようになった。
そこに形成された食物連鎖の頂点に、あなたはいつでも立つことができる。
あなたがその気になれば、の話だが。
去る6月6日、「野食のススメ」記念すべき第1回の取材が行われた。
今回は「野食ってこんなに楽しいんですよぉぉお」ということをお伝えする最初の回なので、メニューについてはちょっと奮発してみたい。
そのためには、普通に暮らしていたらまず食べることのない、美味しい食材が必要だ。
というわけで、まずやってきたのは、東京湾に流れ込む河川の河口に広がる干潟。
干潟でやることと言えば、そう、潮干狩り。
今の時期、大潮や中潮の干潮時は大きな干潟が露出し、砂地に潜って生活する生物たちを容易に採取することができる。
漁業権が設定されていない場所でやることや、採取基準を下回るサイズのものは採らない(ex.アサリは殻幅2㎝)などのちょっとした注意事項はあるが、基本的には誰でも楽しくできる初心者向けの野食活動と言える。
でもただの潮干狩りで「自給自足ドヤァ」って顔をしてもシラケるだけなので、今回はちょっと変わったものを採ることにした。
っと、その前に......今回の取材に参加した、イカれたメンバーを紹介するぜ!!
茸本朗(著者)
都心の食物連鎖の頂点に立つ男だが、ウツボの捕食対象でもある。
生まれ変わったら瀬戸内のイカナゴになりたい。
平林緑萌(担当編集)
当企画における諸悪の根源。
快くキッチンを貸してくれるフリをして美人の奥様を自慢してくる。
石川詩悠(担当編集)
巻き込まれ系男子。
ハプニングを義務付けられ、対応すべく上下ジャージで登場した元体育会系の男。
この干潟で採るのは、瀬戸内では高級食材として扱われるアナジャコ(エビ目アナジャコ科)である。
シャコとは別種の甲殻類で、干潟に深い穴を掘って暮らしている。
それをどうやって捕まえるかというと......
まずシャベルで干潟の表面を掘り、
巣穴を露出させ、
習字用の筆を差し込む。
すると、巣穴に侵入してきた異物を排除しようとしたアナジャコが、入り口近くまで登ってくる。
筆でコチョコチョしながら入り口までおびき寄せ、
待ち構えていた左手で逃げないように押さえつけ、右手で掘り取る。
一丁上がり!
慣れるまでは入口のところで逃がしてしまうことが多いが、コツさえつかめば容易だ。
やる気のあるアナジャコなら、巣穴からズボっと引き抜いて採ることも可能である。
なお、片方のハサミを掴んで引っ張ると自切して逃げてしまうので、無理は禁物だ。
さくっと人数分のアナジャコを捕獲し、一息つく。
とそこに、平林氏からSOSが。
「ハマグリ全然採れないっす......」
そう、この干潟には数こそ少ないものの、泣く子も黙る国産ハマグリ(マルスダレガイ目マルスダレガイ科)(一部シナハマグリ混じり)が生息しており、今回のメニューに組み込む予定なのだ。
しかし今年は稚貝の湧きがよろしくなかったようで、例年に輪をかけて数が少ない。
もうひとりのハマグリ担当こと石川氏のようすを見ると、撮影用の一眼レフが心配なせいかひどいへっぴり腰で干潟にひっかき傷をつけていた。
これだから都心の一等地に住むシティーボーイは......と思いながら貸していた熊手を没収し、
おもむろに1m四方ほど掘り返すと
今日一番のドヤ顔。
石川氏はとりいぞぎ、泥に埋もれてハマグリの気持ちを理解するといい。
その他、おそらくこの干潟で一番デカいホンビノスガイ(マルスダレガイ目マルスダレガイ科)や、赤貝の代用として有名なサルボウガイ(フネガイ目フネガイ科)、美味しくないことで知られるオキシジミ(マルスダレガイ目マルスダレガイ科)、そしてエンドレスで獲れ続けるシジミ(マルスダレガイ目シジミ科)を確保し、意気揚々と干潟を引き上げた。
大都市の河川でこれだけいろいろな獲物が採れること、意外とみんな知らないのではないだろうか。
続いて本日のビタミン源を取りに、横浜市某所へと足を運ぶ。
都心から30分ほどの典型的なベッドタウンであり、かつ里山の自然が残されているこのポイントでは、様々な植物性食材を確保することができる。
この地をホームグラウンドにしている野食仲間の友人に案内を頼み、目当てのものを押さえていく。
まずは、野菜としても名高いミツバ(セリ目セリ科)。
日陰となる林床でごくふつうに見られ、お馴染みの形と茎を折ったときの香りで区別も容易、それでいて薬味にも食材にもフル回転してくれるありがたい存在だ。
意外と身近な場所にも生えており、先日は秋葉原の昭和通りの植え込みでも見かけたほど。
それから、山菜として人気の高いウドやタラの芽の仲間であるウコギ(セリ目ウコギ科)も見つかった。
林床を這う低木で、枝の先の柔らかい葉を摘み取るとウコギ科特有の爽やかな香りがする。
隣に生えていたヤマグワ(バラ目クワ科)の実がいいカンジに熟していたのでこちらも確保。
採取の際に果汁が服につくと落ちないので気を付けたい。
飲み物ももちろん自給自足。
今回はクマザサ(イネ目イネ科)の若葉を摘んでお茶にすることにした。
最後にホタルの湧く沢沿いで、盛りつけ用にナンテン(キンポウゲ目メギ科)とホオノキ(モクレン目モクレン科)の葉(朴葉)を採取した。
友人に礼を言って別れ、メインディッシュの確保に向かう。
都会で自給自足をすると考えたとき、「タンパク源どうすんねん」というツッコミが入るのは容易に想定できる。
この問題を解決しないで、サスティナブルな野食生活を実現することはできない。
魚介タンパクは簡単に手に入るが、それだけを食べ続けていればいかな魚好きであっても必ず飽きがくる。
ではどうするか。
答えは簡単、「哺乳類・鳥類がダメなら爬虫類と両生類を食べればいいじゃない」ということだ。
特殊例を除き採取に免許は必要ないし、味がよくて実際に食用にされているものも多く、何より都心近くでもごく簡単に採取することができる。
都市河川の中流部で、中州や上陸しやすい川岸が残されているようなところであれば、彼らは生息している。
特に多いのが、ミドリガメことミシシッピアカミミガメ(カメ目ヌマガメ科)だ。
かつては縁日の「カメ掬い」で景品にされるなどペットとしての需要が高かった同種だが、初心者が家庭で飼うにはやや大きくなりすぎるため、河川などに密放流されて生息域を広げた。
その旺盛な繁殖力から「世界の侵略的外来種ワースト100」に選定され、日本でも2020年をめどに生体の販売・移動・放流が禁止される「特定外来生物」に指定される運びとなった。
ペットとしての需要がなくなるのを前に、いくつかの自治体では増えすぎたミシシッピアカミミガメを食材として活用する方法を模索し始めているという。
カメに罪はないが、我々野食ニストも利用させていただくことにしよう。
ミシシッピアカミミガメは警戒心が強く、タモ網で捕まえるのは骨が折れるため、今回は釣針で採ることにする。
餌に対しては貪欲で、釣り糸も気にしないようで、仕掛けにこだわる必要はない。
強い糸に強い針(コイが釣れるものならOK)があれば竿がなくてもいいし、餌はその辺の植え込みの落ち葉を浚って出てくるミミズでよい。
これを針に掛けて、川の深みに投げ込み、少し待つ。
......反応なし。
マズイな......ちょっと石川氏、その辺にカメいないか見てきてもらっていいですか?
あ、意外と深かったわ。
まあ大丈夫だよね、ジャージだし。
とか何とかしているうちに、投げ込んでおいた仕掛けの糸が動いたような。
引っ張ってみると......
釣れた!
甲羅長25㎝ほど、まずますのサイズのミシシッピアカミミガメだ。
情が移る前にさくっと締めて、アナジャコのひしめくクーラーボックスにしまう。
これで今日作るメニューの材料は全部そろった。
調理場兼試食会場の平林氏のご自宅にお邪魔すると、奥様が迎えてくれた。
おもむろにカメを捌くための道具(のこぎり、マイナスドライバー、金槌、出刃包丁)を取りだすと少し怪訝そうな顔をしたが、状況説明は旦那様にお任せしてさっそく解体を開始する。
腹皮の甲羅をのこぎりで切り、開いて内臓を取り出し、さらに背側の甲羅の裏に包丁を入れて筋肉を切りだす。
詳しい捌き方についてはブログの記事を参考にしてもらえると嬉しい。
慣れれば20分ほどで捌くことができる。
編集部注:閲覧注意につき、捌かれたカメの画像はクリックすると表示される形でお届けします
今回は、卵巣と卵、心臓、四肢と尾を利用することにした。
アナジャコは泥の中に棲んでいるので、関節の隙間や表面の毛の間に大量の泥を噛んでいる。
流水だけでは落としきれないので、ボウルに水道水を溜め、その中でバシャバシャと洗い、水が濁らなくなるまでこれを繰り返す。
貝類は流水でざっと洗い、
持ち帰ってきた現地の海水の中に入れて砂抜きをする。
覆いをしておくと砂の抜けがよくなり、また貝が噴き出した水で周りがびしょびしょになることも防げる。
山菜はさっと洗えばOK。
下処理が終わった食材を、どんどん調理していく。
まず、大きいミツバとウコギを天ぷらに。
葉物山菜を揚げる時には、衣は葉の片面に薄くつけ、高温でカリッと揚げるのがコツ。
その間に残りのミツバをさっと茹でておひたしに。
クマザサはハサミで刻み、
レンジでチンして水分を飛ばし、鍋で煮出す。
クワの実は蒸留酒につけて簡易的な果実酒に。
ハマグリとホンビノスは酒蒸しに。
シジミは水から煮て味噌を溶き、味噌汁に。
残りの貝は茹でて身を取り出し、研いだ米の上に乗せて茹で汁、醤油、みりんで炊き上げる。
続けてメイン2種の調理。
まず、ミシシッピアカミミガメの卵の殻にハサミで穴を開け、絞り出すようにして黄身だけを取り出す。
卵巣の未成熟な卵黄も、ハサミで切って絞り出す。
ここに醤油とおろしにんにく、砂糖、塩、小麦粉を入れて唐揚げの衣を作る。
アナジャコに衣をまぶしつけ、中温で揚げる。
その間にカメの四肢と尻尾の皮を引っ張って剥き、爪先を切って一口サイズにしておく。
こちらも衣をまぶして、まず低温の油でじっくり火を通す。
最後に高温でカラッと仕上げて、朴葉とナンテンを敷いた皿に盛りつける。(油温はママで)
完成!!
......ちょっと豪華にやりすぎたかも?
一品ずつ見ればそれほど手が込んでいるわけではないのだが、食材が多すぎてちょっとした懐石料理のコースみたいになった。
冷めないうちに食べよう!
ミツバ、ウコギはどちらも香りが高く、天ぷらにしてもしっかり感じられる。
塩だけで抜群に美味しい。
ミツバのお浸しは、八百屋で売られているものより数段強い香りがあり「これぞ野食!」という味わいが楽しめる。
カメの卵の黄身は、味が濃厚だがちょっとの加熱では固まらず、また粉っぽくなってしまうために利用方法が限られてきたのだが、から揚げの衣にするというのは1つの正解を見た感じがする。
アナジャコのミソはホヤのようなすこし独特な香りがするのだが、主張の強い衣とぶつかり合いながら、味の高みを目指している。
さながら個性派作家と敏腕編集者の名コンビのようだ。
ミシシッピアカミミガメは意外なほどに素直な肉だが、筋肉の繊維や腱がジャキジャキしていて歯ごたえが強烈だ。
これもカメ卵の衣と良く合う。
揚げ物を作るにあたり、平林氏に担当してもらったのだが、彼の驚異的な揚げ物の上手さに驚いた。
薄いミツバも複葉のウコギも適切な衣量でカリッとサクサクに仕上がっているし、唐揚げはアナジャコやカメなど食材にあわせて衣の固さや揚げ油の温度を微調整して、食材の魅力を最大限に引き出してくれた。
貝の酒蒸し、シジミ汁はいまさら言うまでもない美味しさ。
臭みもなく美味しく食べることができた。
貝の炊き込みご飯は、出汁がご飯の一粒一粒に染み込んでおり、潮の香りが心地よい。
薬味にミツバを散らすと完璧。
イソシジミは普通に食べると味が薄くてしょっぱいことが多いのだが、炊き込みご飯では美味しく食べることができた。
今回は品数が多かったが、やろうと思えばもっと豪華に大量のメニューを食卓に並べることだって可能だ。
都市周辺でもまだまだたくさんの魅力的な食材があるのだから。
そして今回は......そう、魚がない!
「釣竿片手に何でもやる」がモットーの平林氏からのハイプレッシャーを感じるので、次回はぜひ釣りで、東京湾の美味しい食材を確保したいと思う。
普通の釣りをするとは言ってないけどね......?
次回は7月中旬ごろ更新予定
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駆け出し図鑑編集者。川崎在住の30代。2012年にブログ「野食ハンマープライス」を開設。海産物に野草、キノコ、虫など、ありとあらゆる変わった食材を入手して調理して食べてレポートするという、食材へのアグレッシブな探求心が話題を集め、現在では月間50万PVの人気を誇る。胃腸は弱め。
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