担当諸氏と頭を捻り、手探りで始めた当企画も今回で3回目。
毎回何かのテーマを自分の中に持って食材を採取してきたのだが、その根底にはどうしても「知識」があったことを否定できない。
つまり「知っている場所」で「得意な手段」を用いて食材を採ってきたということだ。
これはよく考えればフェアじゃない。
全くの初心者で「ヨモギすら摘んだことがない」という人でも再現性がある企画であるためには、筆者自身がアウェーで戦う必要があるのではないか......と、ひとり悩ましく思っていた。
そんな折に平林氏から提案されたのが「どこか適当に選んだポイントで全食材を揃えてみないか」というもの。
食材を追いかけて移動するのではなく、そのポイントにあった食材をどう調理するか、という発想の転換はまさにコペルニクス的で、頭の中にあった悩みを吹き飛ばしてくれるものだった。
もちろん、二つ返事でOKした。この後の苦労も想像せずに......。
そして7月の半ば、真夏の殺人的太陽が照りつける中、我々は江戸川にほど近いローカル駅に集合した。
ここから川に向かっていきながら、食べられるものを拾っていくことにしたのだ。
正直なところ、味のことをあまり考えなければ、食べることができる野草というのはいくらでも存在する。
そのため川に着くまでの間に、植物性食材はサクっと揃ってしまうだろう......くらいに気楽に考えていたのだ。
しかし実際は
どこぞの畑から飛びだしてきたらしい"やせいの"赤ジソ(シソ目シソ科)と
同様に逃げ出してきたと思われるスペアミント(シソ目シソ科)くらいで、あとは食べられそうな大きさの可食植物は見つからなかった。
そうこうしているうちに河川敷に到着。
日光を遮るものが無くなり、熱中症指数は爆上げだ。
あまりの暑さに持参した中華鍋を帽子代わりにするも、既に目玉焼きができるレベルまで熱せられていたために頭皮に重大なダメージを受ける。
思わず泥濁りの江戸川にダイブしそうになった。
そのまましばらく河川敷をさまようが、アカツメクサ以外は食べられそうなものは見つからず、それも大きくなりすぎて筋張っていてとても美味しくはなさそうだ。
周囲に群落を作っていたイネ科雑草を引き抜き、齧ってみると意外に柔らかく、しばらくそれで喉の渇きをごまかす。
時たま思い出したように川辺でガサを行うが、小エビすら入らない。
そう、真夏というのは野食活動が最も厳しくなる時なのだ。
春はあんなに美味しそうだった植物は伸びて固くなり、動物たちも暑さを逃れて深みや目の届かないところに隠れてしまう。
雨が降らなくなるためキノコも生えず、まさに「夏枯れ」の様相を呈するのだ。
しかし「夏はあきらめてスーパーで食材を買いましょうね~」なんて言ったら野食家の名がすたる。
何としてでも食材をゲットして、豪華な御膳を作らないことには気が済まない。
途中、カメラマンのS氏と合流し、4人組のゾンビパーティーとなって徘徊を続ける。
ふらふらと食材を探していると、川面にできた波の陰に黒いものが現れては消えしている。
なんだろうと思いタモ網を入れてみると
オタマジャクシ!
この大きさは間違いなくウシガエル(カエル目アカガエル科)のそれだ。
オタマジャクシは餌となる藻や有機物を泥ごと掬って食べているため強烈に泥臭く、ふつうは食用になりにくい。
しかしウシガエルのオタマジャクシは大きいため内臓を除去することができ、食用に向いているのだ。
今回は魚介以外のタンパク質に特に苦労するだろうと思っていたが、幸先よくキャッチすることができた。
すこしだけテンションが上がる。(なおウシガエルは生体での移動はできないので注意されたし)
さらに少しだけ移動し、小河川の合流地点に作られた水門に到着した。
ありがたいことにここには日影があるし、またヨシ原が茂っていて生物も多そうだ。
多少は食材が集まるかもしれない。
荷物を置いて(恐ろしいことに調理道具をすべて担いだまま探索していた)ここをベースに食材探しを行うことにした。
一息つき、とりあえず釣竿をセットする。
例によって仕掛けはオモリとサルカン、針だけの単純なもの。
餌はその辺を掘っても出てくるミミズを房掛けにして、小河川の流心あたりに軽くぶっ込んでおく。
真夏は川魚も元気がないため苦戦が予想される。何でもいいから何かかかってくれればいいのだが......。
アタリが分かるように鈴をセットして竿を置き、そのまま後ろのコンクリート護岸で食材を探していると、可憐な紫色の花が目に入った。
これは中華食材や薬膳料理として有名なクコ(ナス目ナス科)の花だ。
ナス科の帰化植物であるクコは栄養価も高く有用な食材でありながら、河川敷や線路の脇のようなちょっとした場所でも元気に生育する。
棘に注意しながら、枝先の若い葉だけを集めて持ち帰ることにした。
(注:妊娠中の女性は食べない方が良いとされています)
ヨシ原をかき分け、ノイバラの群生で生傷だらけになりながらも川べりに近づいていくと
シロザ(ナデシコ目アカザ科)を発見。
ホウレンソウと同じアカザ科に属する史前帰化植物で、畑地雑草として駆除対象でありながら野菜として食べている地域も存在する、前回のスベリヒユとよく似た存在の野草だ。
これも大きく成長してしまっているが、先端部分はまだ食べられるだろう。
とここで突然、川べりから声をかけられた。
見ると筆者の野食仲間の友人がいて、手製の桟橋みたいなものの上から手を振っている。
彼はたまたまここにテナガエビ(十脚目テナガエビ科)を釣りに来ていたそうで、袋の中にはとてもいいサイズのテナガエビが大量に入っていた。
これは......やる気が出てきた!!
日ごろからテナガエビ釣りをするという平林氏に仕掛けを一式借りて、餌の赤虫をつけて投入する。
しかし、平林氏の竿も筆者の竿もうんともすんとも言わない。
しばらくするとようやくアタリがあり、エビ特有のビビビッとした引きを手元に感じたが、食いが浅く針掛りはせず。
どうやらテナガエビの時合は終わりかけているようだ。
タイミングを外すと全く釣れないテナガエビ、雲行きが怪しくなってきた。
マズイ、このままだとタンパク質がオタマジャクシだけになってしまう。
平林氏が露骨に困惑の表情を浮かべる(ネタが揃わなかったら後日やり直しという話になっていた)。
酷暑に耐え、ヤブカの襲撃を躱し、生傷だらけになりながらもここまで頑張ったのに......。
やはり夏枯れの時期に野食は難しいのか......。
と、誰もが諦めかけていたその時。
伝達役として釣竿のところに1人派遣されていた石川氏から、なぜかS氏のスマホに電話が入った。
どうやら平林氏の釣竿に、何か生体反応があったらしい。
替わって話を聞くが、普段釣りをしない石川氏の説明はなんとも的を得ず、アタリなのか風なのかいまいち釈然としない。
少し糸を巻くようにお願いすると、今度ははっきりと動きが感じられるという。
エビ竿を放り出し、ノイバラを手で払いながら石川氏の元にダッシュする。
竿を手にとり、糸を巻いてみると、静かだった竿先が突然グイグイと引き込まれる。
冷静に寄せてきて水面に浮かべ、しっかりと針がかかっていることを確認して強引にぶりあげる。
フナだー!!! これはデカい!!
40㎝近くはあるだろうか。
まさかこんなに上等な獲物が手に入るとは......。
夕暮れになって少し涼しくなったのが良かったのだろうか。
そして普通このサイズのフナならとんでもなく引くと思うのだが、なぜ筆者が来るのを静かに待っていてくれたのか。
筆者と平林氏のあまりの切実さに神様がボーナスステージを設置してくれたのか。
いずれにしても、当企画で最大の獲物ともいえるフナ(の一種、コイ目フナ科)をゲットし、取材は無事成立となった。
孤独に耐えて頑張ってくれた石川氏にも感謝の念を送りたい。
その後、エビ釣り場に戻ってしばし続きをするもアタリなく、またブッコミ竿にもアタリは来ず、自然と終了モードに。
友人からテナガエビを少し分けてもらい、平林氏が釣ったマハゼ(スズキ目ハゼ科)とあわせて持ち帰ることにした。(ペンさん本当にありがとうございます)
それにしても、全く初めての場所のごく狭い範囲、しかも酷暑で生命感のない中でも、なんとか野草からタンパク源まで食材を一通り揃えることができた。
やはり川の存在は偉大だ。
四大文明の例を出すまでもなく、川さえ流れていれば誰でもなんとか生きていくことができるだろう。
もし将来、異世界旅行に出ようとして何らかの事故があり、目的地とは異なる未知の異世界に放り出されたうえ自給自足をするような羽目になったら......とりあえず、川を探すことにしよう。
できれば大河川の下流域で潮の影響を受ける位のところがいいな。フナもハゼもエビもいてつぶしが効くし、いろんな種類の植物が生えているから。
荷物をまとめて、いつもよりも多い人数で平林宅に来襲。
大の男4人でキッチンを占拠し、さっそく調理を開始する。
まず、時間のかかる飲み物の仕込から。
鍋に湯を沸かし、洗ったアカジソを全草投入する。
すぐに色が抜けて青くなってくるが気にせずじっくり煮出す。
煮汁に砂糖を入れて溶かし、そこに酢を数滴入れると
突然、鮮やかに赤く発色する!
これをポットに入れて冷やしておく。
続けてオタマジャクシの処理。
手早く内臓を出して水から煮て、丁寧にアクを取りながらしっかり出汁を取る。
火が通ったら中華スープの素で味をつけて、完成。
さて、満を持してメインディッシュ、フナを調理しよう。
が、その前に、まな板に載せて大きさを確認。
全長は38cm、胴回りも驚異の28㎝の超メタボフナで大変美味しそうだ。
ここでうっかりして鰓耙(鰓のびらびらした部分)の数を数え損ねてしまったので正確なフナの種類は分からないのだが、ここまで大きくなり、また体高もあることからギンブナかゲンゴロウブナ、もしくはミックスなのではないかと思われる。
コイ目の魚は鱗が大きくかつはがれやすいので、親指の爪を使って鱗の隙間に指を刺し入れていくと簡単にはがすことができる。
腹を開いて内臓を出し(緑色で大豆大をした臓器・胆嚢を破らないように注意!!)きれいに洗って水気をよく採る。
今回はおまじないとして腹腔に、臭い消しのための香味野菜(調味料枠なので食べない)を詰めておく。
さて、せっかくの巨大フナ、やはり丸ごと使いたい。
そのために今日一日、重い中華鍋とお玉を担いで歩き続けたのだから......!
ということで体表に簡単に切れ目を入れ、塩コショウをして小麦粉をまぶしてなじませる。
その間に酢と塩、ケチャップを水に溶いて、片栗粉でとろみをつけてあんを作る。
中華鍋にはサラダ油を1本丸ごと投入し、香りづけ(と川魚の臭い消し)にごま油を少量加え、十分に熱する。
そして、先ほどのフナを
ダイブ!!
......一度、やってみたかったんだ、でかい中華鍋で魚の丸揚げ作るの......!
中華街の店頭ディスプレイでしか見たことなかった鯉の丸揚げあんかけ、まさか自分で作る日が来るなんて。
ありがとう江戸川よ......!(フナだけど)
もちろん、このサイズだと尾頭が油に浸からない。
そのために
油から出ている部分に、お玉で絶えず揚げ油を回しかけていく。
そうそうこれこれ!これが丸揚げの醍醐味だね!!
と謎のハイテンションのまま他の料理の工程に移る。
食材が揃ったのがよほど嬉しかったのだろうか。
テナガエビは一般的にはから揚げにされるが、今回かなり大きなものが混ざっており揚げただけでは食べづらくなることが想定されたので、ちょっと手を加えることに。
まず、大きい順に数匹、丁寧に殻を剥いて身を取りだす。
剥いた後の殻と小さい個体の水気をよく切り、油でしっかりと揚げる。
それをすり鉢で
じっくりすって粉にする。
......かなり手間がかかるので、石川氏にバトンタッチ。
根気よくすり潰していく。
そうこうしているうちにフナが揚がったようだ。
あんをかけて完成。素晴らしいインパクトだ!
空いた中華鍋に新しい油を入れてなじませ、よく加熱してから
先ほど殻を剥いたテナガエビを投入し、さっと炒めながらエビの香りを油に移す。
そこに
刻んだクコの葉を入れてさっと火を通す。
一度器に上げ、あらかじめ炊いておいたご飯を中華鍋に入れて強火で手早く炒める。
当企画のルール上、鶏卵を使用することができないのでここでもたつくとご飯がぱらぱらになってくれない。
ご飯がしっかりと炒められたら、先ほど上げておいたエビとクコの葉を入れてさっと火を通す。
こちらもこれで良し。
さて、石川氏ががんばってすり潰してくれたテナガエビとマハゼだが、
こちらは小麦粉と塩コショウを混ぜて練り、
カリッと揚げて、東南アジアの屋台でおなじみのえびせんに。
最後に、シロザの若芽はさっと塩茹でにして、塩とごま油で和えてナムルに。
江戸川的亜細亜御膳、完成!!
フナの丸揚げ中華風あんかけ。
フナはじっくり揚げつづけたおかげで小骨まで香ばしく、分厚い身には適度に脂がのりジューシーで、皮のゼラチン質と相まって非常に美味だ。
皮目に多少川の匂いを感じるところもあるが気になるほどではなく、あんのかかっている部位では全く意識しないですむ。
実のところ、味の面ではフナはコイよりも上、川魚のなかでは有数の美味だとされており、アメ横などでもかなり高い値段で売られている。
お店で食べればかなりの高級料理のはずだが、自分で釣れば実に安く済むのだ。
テナガエビとマハゼのえびせん。
つなぎが使えないのもあって少し脆くなってしまったが、味は抜群に良い。
口の中でさくっと崩れた瞬間にエビの香りが爆発的に広がり、これ1枚でビールを1本消費してしまいそうなほど。
テナガエビも手軽な釣りの対象でありながら、料亭でも用いられるほどの食材で、はしりの時期では10,000円/kg近くするような超高級品だったりする。
テナガエビとクコのチャーハン。
普通中華でクコと言えば熟した赤い実を使うが、今回は若葉を利用してみた。
最大サイズのテナガエビでも、剥き身にして加熱するとカップヌードルの具のサイズまで縮んでしまったが、風味は十二分でご飯にもしっかり香りが移っている。
しかしそれにも負けないほどクコの葉の風味が強く、やや青臭い香りではあるものの、それがエキゾチックさを醸し出している。
シロザのナムル。
シロザは野草の中でも癖が少なく食べやすいことが売りだが、ナムルにするとごま油の風味に完全に負けてしまい、風味と歯応えが弱くて少しもさもさするホウレンソウみたいになってしまった。
しかしこの酷暑の中でも柔らかい葉をつけていてくれるのは非常に助かった。
オタマジャクシの中華スープ。
成長過程にあるオタマジャクシは、尾の周辺は魚のような風味が強いのに対し、胴体や生えかけの肢は鶏肉のような歯ごたえや味がしてとてもユニークだ。
生臭みは全くなく、臭み消しの薬味を入れる必要も全くない。
味付けは塩だけでも十分美味しいと思われる。
アカジソジュース。
炭酸水で割り、ミントの葉を浮かべると清涼感たっぷりで真夏にぴったりだ。
脱水気味の体に染みわたる。
おかわりしたかったが、残念ながらひとり一口だけ。
と、いうことで今回も無事に美味しい御膳を作ることができた。
正直、プレッシャーの強さはこれまで一番だったのだが、厳しい環境の中でもしっかりと食材を集めることができたのは大きな自信になった。
次回はおそらく暑さもひと段落し、山も川も海も秋の気配を漂わせ始めるころだろう。
秋は実りの多い季節で野食材も豊富になる。
次回はどんなテーマで臨もうか。
担当諸氏との企画会議が楽しみだ。
【次回は9月末ごろ掲載予定】
サイト更新情報と編集部つぶやきをチェック! |
---|
駆け出し図鑑編集者。川崎在住の30代。2012年にブログ「野食ハンマープライス」を開設。海産物に野草、キノコ、虫など、ありとあらゆる変わった食材を入手して調理して食べてレポートするという、食材へのアグレッシブな探求心が話題を集め、現在では月間50万PVの人気を誇る。胃腸は弱め。
Copyright © Star Seas Company All Rights Reserved.
コメント