当企画の担当編集・平林氏と著者の共通の趣味は釣りであり、当企画が生まれたきっかけも、氏が「野食ハンマープライス」の釣り関連記事を見かけて読んでくれたことにある。
「釣竿片手に何でも作る!」がモットーの氏をリスペクトすべく、第2回は「釣り」という手段にフィーチャーして野食活動を行うことにした。
難しい知識や技法を必要とせず、安価な道具で誰でもできるものに絞って紹介していきたい。
釣りはメジャーな趣味でありながら、やったことがない人間にとっては敷居が高いものになっているようだ。
確かに釣竿やリールなど数万円するのは普通だし、潮風や直射日光にさらされながら無心に海を見つめ続ける釣り人の姿は一種の求道者のようで、心理的ハードルが高くなるのもやむを得ない。
でも実際のところは、2000円程度の竿とリールのセットに100円ショップの金具と針、そしてその辺を掘って採れるミミズでもデカい魚は釣れるし、小難しいテクニックを労せずとも可能な釣法はたいへん多い。
今回まずやってきたのが、某巨大テーマパークからほど近い千葉県浦安市の埋め立て地。
前回のヒキで予告した通り、ここでとある変わった釣りをしようと思う。
だがその前に......今回ヤンチャするイカれたメンバーを紹介するぜ!
茸本朗(著者)
初心者向け野食記事で亀を調理したことについて、各方面から熱いツッコミを受けています。
チッ、うっせーな、反省してま~す。
平林緑萌(担当編集)
前回はどんなことをやらされるのかと不安そうな表情だったが、
今回はむしろ彼のホームグラウンドなので少し明るい表情をしている。
今回、石川氏は途中で参加の予定とのことだが......
さて、本日使うのはこんな仕掛けだ。
「ギャング天秤」と呼ばれるこの仕掛けは、二又あるいは三又に分かれた針金の先に、イカリの形をした釣り針がついている。
実はこの仕掛け、魚を餌でおびき寄せて掛けるのではなく、仕掛けを引きずりながら海底にいる生物たちを引っ掛ける仕組みになっている。
浦安地域や外房・茨城方面では釣具屋さんで見かけることができるが、その他の地域の釣具屋さんではあまり見ない。
なぜか。
釣りというのは、漁業関連のルールの上では「餌および疑似餌に魚が能動的にアタックすること」を必要としており、こちらの意志で無理やり引っ掛けるようなものは釣りではなく漁になる可能性がある。
そのためこの釣りは、漁業権のある地域ではルール違反となってしまうおそれがあるのだ。
ではなぜ浦安ではこの釣りができるのかと言うと、この地域ではかつて埋立地を造成する際に、地元の漁師たちが漁業権を放棄しているのだ。
また、埋立地は港湾施設として利用されているわけではないので、ギャング仕掛けを振り回すことについてもあまり問題が起きない。
そして、遠浅の砂浜が広がる浦安埋立地では、ギャング釣りこそもっともたくさんの種類の獲物を手に入れられる釣りだと言える。
やること自体は極めて単純なうえ、何が釣れてくるのか全く予想ができないという点も当企画「野食のススメ」にふさわしいと言えるかもしれない。
そんなこんなで浦安埋立地に着いてみると、
すごい大荒れ。
こんな時だと底生魚は怖がって餌を食べないのだが、ギャング釣りなら食欲に関係なく、そこにいさえすれば釣り上げることができるので、こんな時こそ活躍する釣りなのだ。
......が、釣れてくるのは貝ばかり。
一番多かったのはこのつるっとした巻貝。
これはツメタガイ(高腹足亜目タマガイ科)という種で、アサリなどの二枚貝を食害することで漁業に大きな被害を与えることで知られている。
海底にはコイツがいっぱいいるようで、時に2つの針に1つずつ掛かって上がってきたりもした。
他にも二枚貝であるホンビノスガイ(マルスダレガイ目マルスダレガイ科)やサルボウガイ(フネガイ目フネガイ科)も釣れ上がってきたり、この仕掛けの威力を思い知らされる釣果が続く。
それでも魚は釣れずじまい。あまりの時化に、沖合に逃げてしまったのかもしれない。
やべえな釣れねーな......と思いながらふと平林氏を見ると、足元に出っ張るテトラに苦労しながらも、その隙間からイソギンポ(スズキ目イソギンポ科)や小さなハゼを釣り上げていた。
イソギンポって小魚だけど割と美味しいらしい。
今日はちょっと持ち帰ってみよう。
そのまま3時間ほどギャング釣りをしたが、結局釣れたのは貝とこの謎の生き物だけ。
調べてみるとウミサボテン(ウミエラ目ウミサボテン科)というらしく、食材になるかどうかすら不明だったので持ち帰って自分のブログ(http://www.outdoorfoodgathering.jp/)のネタにすることにした。
しかし、著者と平林氏とどちらも獲物の確保が忙しく、撮影係担当の石川氏がいないのは地味にキツイ。
また彼には「撮れ高が足りない時に体を張る」という重要なミッションもあるので、早く来てほしいのだが......。
結局、ギャング釣りでは魚を得ることができなかった。
そこで急遽、確実に釣れてかつ美味しい魚、マハゼ(スズキ目ハゼ科)を釣りに行くことにした。
向かった先は広大な埋立地の合間にある小さな漁港。
漁港といっても船だまりとT字形の堤防があるだけの小さな港で、水深はとても浅い。
しかし外が大荒れの時には、このような浅い船溜まりの中にたくさんのハゼが入り込んでいる。
針と糸、オモリだけの簡単な仕掛けに餌のゴカイをつけて下に落とすと、すぐにプルプルと小気味良いアタリが来る。
岸壁そばや障害物のある所を狙うと、形は似ているが真っ黒でやや寸詰まりの「どんこ」と呼ばれるハゼ、ヌマチチブ(スズキ目ハゼ科)が釣れてくる。
これは通常通常ハゼ釣りの場合は外道として扱われるが、味は悪くないので一緒に持ち帰ることにした
本当に簡単で誰にでも釣れ、先ほどの貧果で荒んだ心が癒されていく。しかし、ギャング釣りで粘りすぎたために時間が足りない。
ちくしょう、石川氏、早く来てくれ......!
次のポイントに向かうが、その前に植物性の獲物を確保しておこう。
都心部の港湾岸壁の隙間や、埋立地のようなまったく自然がなさそうなところでも、コンクリートの隙間にはたくさんの食べられる植物が生えている。
まずはツルナ(ナデシコ目ハマミズナ科)。
スーパーでも売られるアイスプラントと同じ仲間の野草で、海岸であればどこにでも生えている。
英名ではニュージーランドスピナッチとも言われ、ほうれん草のように利用できる山菜として人気が高い。
それからスベリヒユ(ナデシコ目スベリヒユ科)。
これは非常に強力な畑の雑草として嫌われているが、その一方で野菜として扱われることがあり、ギリシャ・地中海地域や、日本でも山形あたりでは栽培されているようだ。
この2種は栄養価が高く、野菜要員はこれで十分といえそうだ。というか、時間が無くてこれしか採れない。
石川氏がいれば......。
夜になり、肉の確保にちょうどいい時間となった。今回はメインディッシュ用に、食材としてもよく知られるウシガエル(カエル目アカガエル科)を捕まえることにする。
彼らは東京の都心にも大量に生息しており、他の生き物が全然進んでいないようなちょっとしたため池や水路でも繁殖することができる。
夜になると低く大きい声で「ボオッボオッ」と鳴くので、どこにいるのかすぐわかる。
ウシガエルを採りに向かったのは、都内のとある親水公園。
ここには湿原的なヨシ原が残されており、ウシガエルやその餌となるアメリカザリガニがたくさん生息している。
今回は当然、ウシガエルも釣りで確保する。
釣り方はとても簡単で、糸の先にギャング釣りでも使ったイカリ針を付け、その上に明るい色のリボンをつける。
これを水面でふわふわさせると、餌と間違えて食いついてくるのだ。
夜もとっぷりと更け、急ぎ釣りを開始しようとしたところで後ろから気配が。
振り返ってみると......、
おお、石川氏!
......のドヤ顔がはられたボールが転がり出てきた!!
えっ? ......えっ!?
なに、星海社って人をナメてる系出版社?
まあいい、今は時間がないのだ。
ちょっと石川氏、ウシガエルを探してきてください。
というわけで、釣り針に引っ掛けてオラァとぶん投げたところ
............あっ。
石川ァァァァァッ!
網で救出したが、残念ながら彼はすでに......。
ありがとう石川氏。
その雄姿、心に刻み込まれたぜ......
そんな具合にふざけながらも2匹のウシガエルの確保に成功。
なお、ウシガエルは特定外来生物なので、現地で締めておく必要がある。背骨をはさみで切り落とし、生体反応がなくなるのを確認。
これをミスると100万円以下の罰金などの実刑が科せられるので気をつけたい!
これで今日の狩りを切り上げることにする。
今回も平林氏のご自宅に上がり込み、調理開始。
ハゼ類は内臓と鰓を取り、塩を振ってヌメリを洗い流す。
塩コショウをして片栗粉をはたき、低温でじっくり骨まで揚げる。
ワインビネガーとオリーブオイル、塩コショウでマリネ液を作り、揚がったハゼを漬け込んでいく。洋風の南蛮漬けのイメージだ。
ツルナとスベリヒユはさっと塩茹でにして水にさらし、水気をよく切ってからオリーブオイルとワインビネガーがベースのドレッシングを絡める。
どちらも茹でるとヌメリが出るので、ドレッシングは濃いめに作るのがオススメだ。
続いてメインディッシュを作る。
まず、フライパンに油を多めに入れて加熱しておく。
ウシガエルは、締める時にできた首の切れ目から指を入れ、頭を後肢の方に引っ張ると、靴下を脱がすように全身の皮を剥くことができる。
筋肉の発達した後脚を関節から切り出し 、塩コショウをしてさらに小麦粉をまぶす。
これを先ほどのフライパンで加熱する。
筋肉が収縮しすぐに肢がピンと伸びるが、蓋をしてそのまま弱火でじっくりと火を通す。寄生虫の心配もあるので、中までしっかり火を通すことを心がけたい。
火が通ったら一度フライパンの油を捨て、新たにバターを多目に溶かし、適当な薬味(今回はドライパセリ)とニンニクを入れる。
そこに、先ほど揚げ焼きにしたウシガエルの後肢を入れてよく絡める。
これでOK。
貝類はさっと茹でて身を取り出し、ゆで汁の中でよく洗って砂を落とす。
ウシガエルの前肢と貝類を油で炒めてある程度火を通しておく。
次にその具材を取り出し、生の米を半透明になるまでじっくりと炒める。
そこに適量の水と酒、コンソメの顆粒とバターひとかけらを落とし、さらに先ほど炒めた具材を乗せて、蓋をしてじっくりと蒸し上げる。
ウシガエルの頭をさっと湯通しして、臭みの元になる表皮をこすり取り、水から煮て出汁を取る。
コンソメを入れて、残しておいたツルナの葉を浮かべ、洋風スープに。
ここに、前回採取したクワの実をブランデーとラムに漬けて作った果実酒を添えて......、
「釣り人風 野食フルコース」完成!
ウシガエルのフレンチ風バターソテー。
想定通りの味の良さで、こんな食材がご近所で簡単に採れていいのだろうかとすら思う。
カエル肉はよく鶏肉に例えられるが、どちらかと言うと貝柱のような繊維感のある肉で歯ごたえがいい。
フレンチではあるが、手づかみで豪快に食べたいところ。
ツルナとスベリヒユの温野菜サラダ。
ツルナはとてもシャキシャキし、後味にわずかなえぐみがあるもののとても食べやすく、もし野菜だと言われてもまったく違和感がない。
スベリヒユもわずかなヌメリとシャキシャキ感があり、オリーブオイルとの相性は抜群だ。
ハゼの洋風南蛮漬け。
頭ごとカリカリと食べられ、香ばしくかつハゼ特有の皮目の風味が感じられて美味しい。
ヌマチチブは頭の骨が固いので、マハゼより長めにあげるようにするとよいだろう。イソギンポは身が締まっていてハゼ類とは違った美味しさがあった。
ウシガエルと貝のパエリア。
カエルと貝の双方からいい出汁が出ていて、米が本当においしい。蒸しあげたカエルはしこしことしながら身離れが良く、歯ごたえもすばらしい。
ウシガエルとツルナのスープ。
カエルの出汁が実に素直で、コンソメとの一体感が素晴らしい。
見た目よりははるかに飲みやすい一品だ。
2種類のマルベリー酒。ブランデーに漬けたものは上品な香りが、ホワイトラムに漬けたものは美しい色合いが特徴的だ。
クワの果実酒は色合い・甘さ・酸味が絶妙なバランスで、ロックでちびちび飲むとものすごく美味しくてハマった。
来年はぜひ大量生産したい。
今回も大満足の出来だったが、前回よりかなり狭い範囲ですべての食材をそろえたにもかかわらず、けっこう疲れてしまった。
多忙なサラリーマンが貴重な休日を使ってトライするには、少しヘビーと言わざるを得ない。
となると次回はもっと狭い範囲......たとえば、特定の地点から半径数百メートル程度の円内で食材をかき集める、というのもテーマとして面白いかもしれない。
ただし、獲物が豊富なポイントの選定と、食えるものは何でも採ってやるという強い意志が必要になるだろう。
さて、どうなるか。
次回も楽しみにお待ちいただければ幸いである。
【次回は8月中旬更新予定です】
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駆け出し図鑑編集者。川崎在住の30代。2012年にブログ「野食ハンマープライス」を開設。海産物に野草、キノコ、虫など、ありとあらゆる変わった食材を入手して調理して食べてレポートするという、食材へのアグレッシブな探求心が話題を集め、現在では月間50万PVの人気を誇る。胃腸は弱め。
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