前回の取材終了後、反省会と称する打ち上げを行いながら、次のネタをどうするかについて考えていた。
冬の間は野食材の種類があまり豊富ではなく、適当に採取に行くとこれまで同様撃沈してしまう可能性がある。
そのため「○○を作るから××を手に入れよう」といった形で、ある程度計画的に動くことが大事になる。
そのためには、メニューについてあらかじめしっかり決めておかなくてはならないのだ。
ここまでおせち、ラーメンと続けてきて、なにか「国民食」的なものを作らないといけないのではないかという思いが我々の脳裏には存在した。
カレーとかどうだろう?
......いや、何を使っても同じ味になっちゃうし、あまりネタとして面白くないな。
とここで、ゲストとして取材に協力してくれたNOBELさんから
「ハンバーガーはどうでしょう?」
とのご提案が。
うーむ、面白いけどハンバーガーはちょっと、難しいんじゃないかなぁ......
一応、炭水化物(主食)は使用OKというルールだが、小麦粉ならまだしもさすがに市販のパンを使うのは、ちょっと気が引けるし説得力を欠く。
「野食パン」があればいいのだが......。
......あ! そうだ! アレ使えばいいじゃん!
マテバシイ粉でパンを焼こう
アレとは、前回・前々回の取材時に、材料として大活躍したマテバシイ(ブナ目ブナ科)のどんぐり。
これがまだ若干残っていたのを思い出したのだ。
これを粉にして利用すれば、「野食パン」と名乗ってもいいのではないだろうか。
ということで「野食パン」を作るべく、取材日の前夜に仕込みを行うことにした。
マテバシイは粉にして、
倍量の強力粉と混ぜ、
後はネットで調べた「パンの焼き方」を参考にしつつ、バター、調味料、イーストを混ぜて生地を作る。
卵(市販のタンパク質)はルール上使用できないので、水分をやや多めに。
一次発酵を行うと、予想以上にしっかりと膨らんでくれたが、冷めるとみるみるうちにしぼんでしまった。
通常のパンのレシピのうち、薄力粉をどんぐり粉に置き換えた形になるのだが、強力粉のグルテンをもってしても生地に粘りが足りていないようだ。
速やかに切り分け、ハンバーガーのバンズ状に成型する。
二次発酵を経て、180度に温めたオーブンで20分焼くと
予想より二回りほど小さくなってしまったものの、パンと呼べそうなものが焼き上がった。 手に持ってみるとずしりと重く、まるでライ麦パンのようだが、美味しく食べられるだろうか......
心配を押し殺しながら、おもむろに竿を取り出して夜の海に向かった。
ハンバーガーに最低限必要なのは挟むもの(バンズ)と、挟まれるもの(パティ)。
パティにはやはりタンパク質を使いたい。
しかし猟期外のいま、肉系タンパクを野外で得ることは難しい。
であればどうするか。
答えは簡単、「フィレオフィッシュバーガー」を作ればいいのだ。
フィレオフィッシュといえばその原料はタラ、もしくはナマズ。
ナマズといえば......? そう、ゴンズイ(ナマズ目ゴンズイ科)ですね!(強引)
ゴンズイは日本では唯一の海産ナマズで、幼魚は「ゴンズイ玉」と呼ばれる集団を作ることで知られている。
鰭に毒棘を持つために「危険な魚」としても有名な一方、冬でも簡単に数が釣れ(夜釣りなので寒いけど)味も良いためごく一部のマニアックな釣り人は専門的に狙って釣っている。
低水温と汚染に弱く、東京湾奥にはほとんど生息していないが、三浦半島先端部や相模湾まで出ればどこも魚影は濃い。
今回はその中でもゴンズイの魚影が濃いことで知られる、相模湾某港に向かった。
ゴンズイを狙うための専門的な仕掛けは市販されておらず、また存在もしない。 ごくシンプルにいえば釣り針に錘をつけてそこに餌(オキアミがおすすめ)をつければ仕掛けとしては問題なく、極論を言えば竿もなくてもいい。
ただ、僕は竿の先に鈴をつけた状態で放置しておき、のんびり待つ釣り方が好きなのでいつもそうしている。
自販機で温かいお茶を買い、星空を眺めつつのんびり待っていると、にわかに鳴り響く鈴の音。
そっと竿を持ち上げると、ぐにょんぐにょんという表現しがたい手ごたえとともに海面に現れるナマズのシルエット。
これぞ風流。
着いてそうそうに1匹目が釣れ、さすがの「野食のススメの呪い」もゴンズイには効かないのだ、と胸をなでおろしたのだが......
......
その後の2時間、全く何も起こらず、時間だけが無為に過ぎた。
やっぱりこうなるのかという絶望感が胸に去来する。
そもそも風が強く、鈴が始終鳴り響いていて風流も何もあったもんじゃない。
アタリもわからず、仕掛けをあげてみるとオキアミの頭だけがかじられているような状態が続いた。
それでも何とか残り時間でもう1匹釣り上げることに成功し、20㎝程度の中型を2匹クーラーにしまい、終電めがけてダッシュした。
さて、このあたりで「あれ、今回、平林氏はどうしたんだろう」という質問が出てくるだろうかと思う。
(出てきていなかったらかわいそうすぎるので、どうか出てきているということにしてあげてほしい)
彼はなんと今回はサボり......ではなく、筆者とはまた別の困難なミッションを抱えて夜の庭にいた。
ハンバーガーセットを作るとなれば、欠かせないのは清涼飲料水。
秋であれば、ジュースの材料にできそうな果実が何かしら見つかるのだが、真冬~春にかけてはそう簡単にはいかない。
悩む我々の頭にふと浮かんだのが、「甘葛(あまずら)」であった。
甘葛とは日本古来の甘味料で、おもにツタ(ブドウ目ブドウ科)の樹液を採って煮詰めた甘い液体のことだ。
『枕草子』にも登場し、古代~上代日本ではとても珍重されたと思われる。
これに使うツタはできるだけ太いものがふさわしく、また真冬で葉を落とし、幹の中に養分をためている状態のものを切ってすぐに処理しないといけないので、なかなか難易度が高い。
それでも、野食をするものとして一度は挑戦しなくてはならないと思い、長らくその機会をうかがっていたのだ。
とはいえ切っていい立派なツタなどそう簡単には見つからず、手にした情報をもとに探しても、見た目の似たキヅタ(セリ目ウコギ科)ばかりで難儀した。
最終的に、平林氏の知人宅に生えていたツタを切る許可を頂き、取材直前の夜に氏が現場へと向かったのだった。
最新鮮なツタは切るとすぐに貴重な樹液を滴らせてしまうので、切断面をラップでくるんで保護しておく。
最片方の切断面から空気を吹き込むと、反対側から樹液が染み出てくるという寸法なのだが、切ったツタを直接口にくわえるとかぶれやただれを起こしてしまうことがあり危険だ。
そのため、自転車の空気入れを使って空気を送り込む。
ラップで切断面周辺を包み、空気入れの口をセットして、空気を送り込むと......
樹液が出た!
でも、ほんの数滴......。
切ってきたツタすべてを使っても、瓶の底を少しばかり満たす程度。
これを煮詰めると
ほんのわずかになってしまう。
なんとか1杯のドリンクを作れるだけの量の樹液を、文字通り絞りだして持ってきてもらった。
翌朝、各々がなんとか手配した食材を持ち寄り、会場のレンタルキッチンに集合した。
お互い表情に疲れが見えるが、果たして美味しいハンバーガーセットを作ることができるのか。
まずはゴンズイを捌くところから、調理をスタートした。
普通は危険を防ぐために、ゴンズイが釣れるとすぐに毒棘を切ってしまうのだが、今回は撮影のためにそのままにしておいた。
毒棘は両側の胸鰭と背鰭の計3か所にあり、長さ1㎝、太さ1㎜ほどののこぎり状になっている。
切れ味は非常に鋭く、ちょっと触れただけでも容易に皮膚を切り裂き、毒を注入する。
刺されると、まるで患部を絶え間なく金槌で叩かれ続けるような強い痛みに襲われ、数時間にわたり苦しむことになってしまう。
刺されないようにするためには、釣れたら素手ではなくメゴチばさみ(魚をつかむためのギザギザしたトングで、数百円で購入できる)でしっかりとつかみ、そのまま強いハサミで毒棘を切ってしまうのがよい。
切った棘にも毒性が残るので、放置せずに速やかに海中に投棄するのがよいとされる。
万が一刺されてしまったら、すぐに「なんとか浸けていられる程度(50℃くらい)」の湯を用意し、患部を浸漬すると痛みは治まる。
野外であれば、自動販売機で熱い緑茶を買って患部に掛けてもよい。
棘さえ切ってしまえばもう危険な部位はない。
ぬめりをしっかりとよく洗い落とし(酢をかけるとぬめりが凝固して取り去りやすくなる)頭を切り落として、背開きにする。
1匹はそのまま衣をつけてカリッとフライに。
もう1匹は包丁で細かくたたいてミンチに。
こちらはハンバーガーらしく、ハンバーグ的な具材にしてみよう。
ということで登場したのは、野食おせちでも活躍したハマダイコン(アブラナ目アブラナ科)の花芽と葉。
今の時期、河川敷に行くと大量に生育しており、簡単に採取することができる。
これをさっと塩茹でにして、刻んで水分をよく絞る
これに薄力粉と、先ほどのゴンズイのミンチを混ぜてハンバーグ状にして、
多めの脂でソテーして
醤油と砂糖で作ったたれにくぐらせる。
これで挟むものは完成......
......といいたいけど、やはり何か葉物がないと健康バランスが取れない。
そこでこちら。
近所の空き地に生えていた、ミチタネツケバナ(アブラナ目アブラナ科)。
ピリッとした辛みとさわやかな苦みがあり、生のままでも美味しく食べることができる貴重な野草だ。(地上性のため、生で食べるにはよく洗う必要があるが)
マスタードとレタスの両方の役割を担ってくれるだろう。
バンズは半分に切り、オーブントースターで焼いたのちにフライパンで断面を焼き、クリスピー感をつける。
食べる直前にゴンズイフライ、照り焼きゴンズイパティ、ミチタネツケバナを挟めば、
無事、ハンバーガー的なものが出来上がった。
甘葛はグラスに注ぎ、炭酸水を注いでよく撹拌するだけ。 できるだけナチュラルな味わいを楽しみたいので、ごくシンプルに。
さて、賢明な読者諸兄なら、必要なはずのものがここまで全く言及されていないことに気づかれているだろう。
我々はハンバーガーを注文するとき、必要にせよ不要にせよ、「ご一緒にポテトはいかがですか?」の一言を期待してしまう生き物だ。
いみじくもハンバーガー"セット"を名乗ろうとするなら、ポテトを忘れるわけにはいかない。
その事実に筆者が気付いたのは、なんと取材前日だった。
なんとか野生のイモがないかと考えを巡らせたが、自然薯堀名人ならともかく、今日の明日で素人が手に入れられるような「野食イモ」はない。
どうしよう......
そんな時、突然「イモがないならどんぐりでやればいいじゃない」という天啓が頭の中に鳴り響いた。
幸い、粉にしたどんぐりがまだ多少残っていた。
これに湯を注ぎながら火にかけて練り上げ、
冷ましたものを細長く切り、油でからりとあげる。
見た目的にもポテトの代用として十分やってくれそうなものができた。
すべてをきれいに盛り付けたら......
野食ハンバーガーセット、無事完成!!
まずはハンバーガーの、懸念となっていたバンズの部分を食べてみる。
......あ、甘い!!
マテバシイのどんぐりは確かに甘みが強いものもあるが、今回のものはまるでシバグリのようだ。
殻を割って子葉を取り出す際に、身が膨らんでて状態の良さそうなもののみをセレクトしていたのだがそれがよかったのだろうか。
膨らみ方についてはやや物足りなさがあったものの、ライ麦パンのようにずっしりとした重量感と食べごたえは実に「野食パン!」という感じで好ましい。
ゴンズイのフィレオフィッシュバーガーには、はじめはただのマヨネーズを乗せようと考えていた。
しかし、今回はせっかくハマダイコン葉があるので、細かく刻んでマヨネーズと混ぜてタルタルソース風にして乗せてみた。
結果としてはこれが正解で、茹でても残るハマダイコンの花茎の食感がソースのアクセントとなり、またミチタネツケバナのクレソンやカイワレに似た辛味が、ゴンズイフライの油っぽさを打ち消してくれた。
白身でほくほくした身に、ゼラチン質たっぷりの皮が絡んで、ムニムチフワッと気持ちいい食感がある。
油との相性が抜群に良く、またクセはないのにねっとりとした味わいが個性的で、どんぐりパンに全く負けていない。
照り焼きバーガーのほうは、油で下揚げすることでダイコンの辛味は飛んでしまったが、やはり食感がアクセントとなっている。
照り焼きソースとゴンズイの相性が予想以上に良いが、考えてみればゴンズイに限らずナマズ類はかば焼きで食べられることが多い。
甘いたれとのコンビネーションについては伝統があるのだ。
ドングリポテトは期待以上にカリッとクリスピーに揚がっており、塩がどんぐりの甘みを引き立てていて文句なしに美味しい。
普通のフライドポテトよりもずっと美味しいし、また健康にも良いと思うが、きっと原価も比べ物にならないくらい高くなるだろう......
甘葛のスパークリングジュースは、さすがに炭酸水が多すぎたか甘みは弱くなってしまっていたが、砂糖水とは異なる野生的な風味を感じることができた。 ブドウ科だけあって、ブドウの果汁にも共通する香りがあって面白い。
というわけで無事、今回も一食分の野食を揃えることができた。
獲物の少ない時期は夜に狩りに行くことも、野食のコツのひとつとなる。
特に、冬の海は夜のほうが大きく潮が動き、生き物たちが活発に活動するので釣りやすくなることが多いのだ。
(河川などは、夜の生物採集が禁止されているところも少なくないのでご注意ください)
それでもようやく長く厳しい冬を終え、春がやってきた。
これからのシーズンは逆に「どの獲物を採ればいいか」で悩む可能性もあるが、基本的にはその時期に一番"使いやすい"ものを紹介していきたいと考えている。
次回は4月中旬ごろ更新予定
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駆け出し図鑑編集者。川崎在住の30代。2012年にブログ「野食ハンマープライス」を開設。海産物に野草、キノコ、虫など、ありとあらゆる変わった食材を入手して調理して食べてレポートするという、食材へのアグレッシブな探求心が話題を集め、現在では月間50万PVの人気を誇る。胃腸は弱め。
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