あけましておめでとうございます。
本年も『野食のススメ』をどうぞよろしくお願いします。
昨年の春にスタートした当企画もついに8回目。
「当日採った食材+炭水化物と調味料のみで1食分のメニューを調理し、食べる」という厳しいルールのなかで実施されてきたが、その甲斐あってかなり実践的なレポートになっているのではないかと自負している。
しかし今回は新年1発目ということで、このルールのうち「当日採ったもの」という縛りを緩めて、その代わりこれまでにないほど豪華なメニューを作ってみたいと思う。
テーマはずばり「野食おせち&雑煮」だ。
現在のような保存技術や栽培・養殖技術がなかったころ、冬の食卓の主役は乾物や塩蔵品などのような貯蔵性食品だった。
そして年末になると、これらの食材を、より保存性が高くなるように濃い味に調理し、おせち料理とした。
昔の人の知恵を借りることで、野食材でも美味しいおせちが作れるはずだ。
実は今回の「野食おせち」について、夏ごろから筆者と担当編集・平林氏の間で実施することがほぼ内定していた。
そのため、連載の各回の取材時や、個人的なアウトドア活動の際に採取したものを貯蓄しておいた。
また、いくつかの日持ちのするメニューについては事前に調理を済ませておき、当日は盛り付けだけで済むようにしておいた。
おせちの品数をより多く、豪華なものにするためだ。
そして取材当日は、正月に欠かせないあの食材を作るのに専念することにした。
おせちや雑煮に欠かせないものといえばそう、かまぼこ。
魚から作られるという程度のことは知られているが、実際にどのようにしてあのむちむちした物体が作られるのか、疑問に思っている人も少なくないのではないだろうか。
ということで、今回は原料となる魚を手に入れるところから、実際にかまぼこ作りにトライしてみることにした。
そして今回は、かまぼこ作りを手伝っていただき、完成したおせちを品評してもらうための特別ゲストをお招きすることにした。
お越しいただいたのは、現在「週刊イブニング」で一風変わったメシ漫画『めしにしましょう』を連載中の小林銅蟲先生である。
小林先生は以前からご自身のブログ「パル」にて"やりすぎ"料理のレポートを公開しており、変なものを食べさせてリアクションをいただくのには最適(!?)な方である。
先日初単行本を上梓されたばかりで現在でも各種イベントにひっぱりだこの上、同じくイブニングにて連載中の『累』のチーフアシスタントとしても活躍中の先生。
取材当日(12月29日)は年末進行中で「ニャオス(先生の仕事場にて「進捗がヤバい」という意味をあらわす隠語)」真っただ中だったのだが、朝の4時に仕事場を直撃して拉致し、遠く西湘まで連れて行くという非道を働いてしまった。
暖冬とはいえ、日の出頃の気温は2℃。
寒くなりますよ、全力で暖かくして来てください! とお伝えしていたのだが......
和装の防寒具を羽織り、頭に布団カバーを巻き付けたその姿はまさしく武蔵坊弁慶そのもの。
さすが、売れっ子漫画家はやることがユニークだ......。
さて、一般的にかまぼこに利用されるのは白身魚だ。
とくに「いしもち(シログチ)」や「えそ(オキエソ、マエソ等)」といった魚で作られるものは弾力に富み、高級品とされている。
しかし、これらの魚は船釣りでないとなかなか狙って釣ることができない。
ほかの白身魚でも、すり身にして蒸せばかまぼこにすることはできるだろうと考え、用意したのは第7回でも活躍したサビキ仕掛け。
この仕掛けはアジやサバなどの青物に限らず、オキアミを食べる魚なら何でも狙うことができるとても万能なものだ。
より集魚効果を高めるために針にオキアミ餌を付け、海中に沈めてみるとすぐに釣れてきたのが
クロホシイシモチ。
この魚は魚体のわりに口が大きく、貪欲なうえ大きな群れを成して行動するため、釣り人には「エサ取り外道」として大変嫌われている。
しかし、四国などでは骨ごとすり身にして揚げた「じゃこ天」の原料とされている、知る人ぞ知る美味な魚だ。
当然、かまぼこの材料にもなりうるだろう。
なかなか幸先いいスタートだ。
このまま小林先生に竿を託し、じゃんじゃん釣り上げていただこうと思ったのだが......。
10匹ほど釣ったところで急に全く食いつかなくなってしまった。
足元に大群を作っているにもかかわらず、仕掛けを入れてもすぐに針を見破ってしまい、全く釣れてきてくれない。
当日は前日までの強い北風で水温が下がってしまい、また水がきれいに澄んでしまっており、さすがのクロホシイシモチといえども食欲がなかったのかもしれない。
どうしたものかと困惑しつつ、周囲の釣り人を見渡すが、面白いほどにさっぱり何も釣れていない。
いつもの取材は平林氏となので笑い話にもできるが、今回は多忙な漫画家を連れてきており、全く笑えない。
このままだと取材失敗、はるばるご足労いただいたのが全くの無駄に終わってしまう......。
......もうこうなったら、ギャンブルするしかない。
というわけで、道具入れに入っていたマグロ用の釣り針と針金のように太い釣り糸を結んで、せっかく釣ったクロホシイシモチを餌に付けて投入。
待つこと2時間、突然竿先が大きく引き込まれた。
弁慶、もとい小林先生になぎなたならぬ釣竿を託し、堤防上にぶり揚げられたのは......
ウツボ(ウナギ目ウツボ科)だ!
相模湾以南に生息する獰猛な肉食魚で、小魚やイカを餌にするとよく掛かってくる。
知る人ぞ知る美味な魚だが、魚体が大きく蛇のように獰猛なこと、また鋭い歯を持ち噛まれると大怪我をすることなどから、一般的な食材とはなりえていない。
それでも個人的には大好きな魚で、刺身にするとまるでフグをほうふつとさせる弾力がある。
これならかまぼこにしてもいい弾力を生み出してくれるのではないだろうか。
あまりいいサイズではないが、それでも90㎝近くあり、肉量も十分だろう。
ほっと胸をなでおろす。
その後も追釣を狙うが、アタリはあるものの針掛かりまでには至らず、クロホシイシモチをすべて使い果たしたところで終了となった。
無事ギャンブルに勝ったのでよかったものの、これでウツボも釣れず、クロホシイシモチも使いつくしてしまっていたら間違いなく取材不成立となるところだった。
筆者だけ、あるいは筆者と平林氏なら間違いなくそうなっていた(釣り運的に)と思うので、小林先生をお連れしていて本当によかった。
今回の調理場兼試食会場であるオフィスDのシェア仕事場に到着。
ここで小林先生にはしばしお休みいただき、平林氏と二人でかまぼこを仕込んでいくことに。
まず、ウツボに大量の酢をかけ、体表のぬめりを凝固させて包丁でこそぎ落とす。
ぬめりがあると捌きづらいだけでなく、料理に臭みが移ってしまうので丁寧に取り去る。
頭を切り落とし、肛門のところで2つに切って、背開きにする。
皮が非常に硬いので、よく研いだ包丁を用意し、背鰭に沿って丁寧に切れ目を入れていくようにするのがコツだ。
内臓を取り去って、ウツボの中骨を切り出すようにして取り去り、基部の骨ごと背びれを切り落とす。
皮の端を持ち、引っ張るとメリメリとはがれていく。
筋肉の構造に沿ってパーツごとに分けていく。
これも、包丁を用いず手で引っ張るのが一番楽で、また小骨の位置がわかりやすい。
ウツボの小骨は、ウナギやアナゴのそれをより太く硬く凶悪にしたような感じで、どんな調理を施しても食べることは困難だ。
そのため、小骨の入り方を指で探りつつ、骨を含んでいない部分を切り出していく。
そうやって切り出した筋肉を細かく刻み、
氷水にさらす。
こうすることで余分な脂や血、臭みが抜け、より滑らかなすり身を作ることができる。
これをフードプロセッサーですり身にし、
途中で2%の食塩、それよりやや少ない片栗粉とみりんを入れ、さらに練り合わせる。
その状態で1時間ほど寝かせ、構造を安定化させる。
この工程を省くと、冷めたときにまるで伊達巻のようなスポンジ食感となってしまう。
かまぼこ板に乗せてスプーンで"かまぼこ型"に整形し、
20分ほど蒸しあげれば
かまぼこの完成!!
市販のものと比べるとどうしても不格好だが、断面は綺麗で「す」も入っていない。
小林先生に試食していただこう。
「......うん、これは、かまぼこですね」
YATTA! 成功だ!
我々も続けて試食してみる。
「うん、かまぼこだ」(平林)
「確かに市販のものと比べると多少弾力が弱いけど、粘りがあってむちむちとしていて、美味しいんでは」(茸本)
というわけで、ウツボからでも無事かまぼこができることが証明された。
ほかの具材と一緒に盛り付けて行きましょう。
まずは一の重。
取材日の2週間ほど前に、同じく西湘でサビキ釣りを行い釣れたウミタナゴ(スズキ目ウミタナゴ科)とアカメバル(カサゴ目メバル科)を、塩焼きにして睨み鯛の代わりに。
たも網で掬ったオニヤドカリ(ケスジヤドカリ、十脚目ヤドカリ科)を茹で、海老の代わりに。
ウツボのかまぼこもここに盛り付けよう。
それから、第6回の記事で活躍したマテバシイ(ブナ目ブナ科)を粉にして
甘く煮付けて練り、甘く煮たマテバシイを乗せた「どんぐりきんとん」もここに。
クチナシが見つかれば、黄色く染めたかったのだけどやむを得ない。
そして二の重。
夏のうちに釣っておいたマダコ(タコ目マダコ科)を茹でてから干しあげておいたものと
同じく夏、平林氏とプライベートで釣りに行ったシロギスを開き干しにしたもの。
これらを戻してからゆっくりと煮上げて甘露煮に。
タコの色素により真っ黒になってしまったがやむを得ない。
その隣は、春のうちに採取し干しておいたゼンマイ(シダ綱ゼンマイ科)を戻してぜんまいの炒め煮にしたもの。
第4回で採取されたマツバガイ(カサガイ目ヨメガカサ科)やその他磯の貝は採取後に干しておき、戻して煮貝とした。
同じく磯で先月採取したタンバノリ(イソノハナ目ムカデノリ科)をくるくると巻き、ホンダワラ(ヒバマタ目ホンダワラ科)の茎で結んでさっと煮て、昆布巻きの代わりに
さらに、前回第7回の取材時に釣れたサッパ・小アジも干しておき、炒めてみりん・醤油を絡め田作りに。
中心には、近所でとれたハマダイコン(アブラナ目アブラナ科)の柔らかい部分を剥きとり、
細切りにして塩漬けに、さらに塩抜きしてから甘酢につけたなますを盛り付けて白一点に。
さて、正月料理なら雑煮も必要だ。
出汁は、第4回で釣れたサビハゼ(スズキ目ハゼ科)の内臓を取って干しておいたもの。
これを一晩水に浸けておき、
弱火でじっくり煮たてて出汁を取る。
味付けは醤油とみりん、塩のみ。
餅はマテバシイの粉を湯で練り、冷やして固めたどんぐり餅を
フライパンで焼いて入れてみた。
彩りはウツボかまぼこと、ハマダイコンの葉を茹でたもの。
ハマダイコンは真冬に利用できる貴重な山菜だ。
以上、野食おせち、無事完成!
あまりの豪華さに明鏡止水の小林先生。(後で確認したら「眠かった」とのこと)
さっそくみんなで食べていきましょう。
(丸カッコ内はコメント主、敬称略)
まずは一の重から。
「塩焼きは普通に美味しい」(全員)
「ヤドカリはホヤ臭くていい」(小林、茸本)
「僕はちょっと苦手かな......」(平林)
「かまぼこは文句なし」(全員)
「どんぐりきんとん野生味があって良い、一番好きかも」(小林)
「もうちょっと甘くしても良かったかな」(茸本)
「僕はちょっと苦手かな......」(平林)
続いて二の重。
「甘露煮硬すぎる、もうちょっとちゃんと戻さないとしんどい」(茸本)
「これは硬すぎて食べられない」(平林)
「煮貝美味しい、旨味がある」(小林、茸本)
「ちょっと歯ごたえありすぎて噛むのがキツい」(平林)
「ぜんまいは普通に美味しい」(全員)
「なますは辛みがあって良い」(小林)
「ハマダイコンらしさが出ている」(平林)
「サッパは平べったいので田作りに向いてる」(茸本)
「ちょーっとカタいかなー」(平林)
野食雑煮も試食してみる。
「出汁の独特な香りと、どんぐり餅のエグみが美味いこと組み合っていてクセになる味」(小林)
「サビハゼの出汁、ちょっと甘い香りがして不思議」(茸本)
「これは美味しい」(平林)
平林氏が軟弱コメントを連発している件については後で叱責するとして、全体的には「野性味があふれつつも美味しく豪華なおせち」という評価だった。
とくに手のかかった「ウツボかまぼこ」、「どんぐりきんとん」と「野食雑煮」については小林先生も絶賛して下さり、安心することができた。
冬の間は採れる獲物が減り、野食は少し難しくなるが、「貯蔵・保存」を念頭に置いておくことでこの時期ならではの野食御膳を作ることが可能になるだろう。
本年はそういったアプローチも取り入れていきながら、これまでよりさらに一段階上の野食レシピを提示していきたいと考えている。
読者の皆様にはどうか、引き続きのご愛顧を賜りたく、心よりお願い申し上げる次第だ。
【次回は「あの国民的料理」に挑戦? 第9回は2月初旬公開予定です】
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駆け出し図鑑編集者。川崎在住の30代。2012年にブログ「野食ハンマープライス」を開設。海産物に野草、キノコ、虫など、ありとあらゆる変わった食材を入手して調理して食べてレポートするという、食材へのアグレッシブな探求心が話題を集め、現在では月間50万PVの人気を誇る。胃腸は弱め。
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