「実りの秋」という言葉のせいか、一年で一番野食に向いているのは秋! という誤解がある。
もし「食材をちょっと賄う」程度の野食なら、秋の実りを採取すればいいので楽と言えば楽だ。
しかし「1食すべてを賄う」となると、ビタミン源となる野草が少なくなる秋は、意外と野食難易度が高い。
その一方、この連載は回が進むごとに食材セレクトのハードルが上がって行っており(そもそものっけからミドリガメ食べてハードルをガン上げしているけど)、最近では毎回の取材ごとに「次の食材とメニュー、どうしましょうか......」というため息交じりの打ち合わせが繰り広げられている。
食欲の秋に野食デビュー! と意気込む皆さんにピッタリのメニューを考えようと、編集ともども頭を悩ませる日々だ。
そんな中「食事じゃなくて、デザートだけの回とかどうでしょうかね?」という平林氏からのアイディアは、ある意味で目からウロコだった。
確かに、僕らは朝昼晩の3食だけに生きるに非ず、日々の活力のためにはおやつも必要だ。
そして「ビタミン源を考えなくて良い」ならば、やはり一番野食がはかどるのは秋だと思う。
というわけで今回は番外編として、身近な環境で採れる秋の実りで、ちょっと豪華な野食菓子&茶を作ってみることにした。
ルールはいつも通り、採取したものと調味料、そして今回は米の代わりに「少量の小麦粉」のみを使用可能とする。
さあ、どうなるだろうか。
ということでやってきたのは、都心から電車で40分ほどの、千葉県郊外の田園地区。
高低差数10m程度のこんもりとした丘と、その間に湿地や田んぼが広がっているような場所は「谷戸」ないしは「谷津」と呼ばれており、東日本を中心に各地に散在している。
森林・草原・湿地といったジャンルに富んだ自然環境には人の手が適度に加わっており、生物相がとても豊富なのが特徴だ。
湿地沿いの道を歩いていくと、最初に見つかったのは
ジュズダマ(イネ目イネ科)。
かつてその名の通り数珠にしたり、おままごとに使ったりしたことがある人も多いのではないだろうか。
実はジュズダマはハトムギの原種であり、完熟した実を同様に用いることができるのだ。
黒く熟しているものだけを採取する。
ついでに、すぐ横に生えていたヨモギも、葉先の柔らかい部分のみ確保する。
それから、沼地と林縁の境目に生えていたのは
真っ赤な実が目立つガマズミ(マツムシソウ目レンプクソウ科)だ。
街路樹として街中でよく見られるが、山地の林縁でも比較的簡単に見つけることができる。
果実は初秋から熟し始めるが、初めのうちは酸っぱく、晩秋になると完熟して甘くなる。
今の時期はまだまだ酸味が強いが、彩りには十分だ。
田んぼのあぜ道を進んでいくと、足元にいっぱい落ちているドングリは
マテバシイ(ブナ目ブナ科)だ。
大きくて細長いこの種のドングリは、独特の大きく長い葉と一緒に落ちているので、すぐにわかる。(この葉が馬刀葉椎という名前の由来でもある)
海岸沿いの暖地に多く、街路樹としても人気で、都心でもよく見かける。
一般的にブナ科の堅果類(いわゆるドングリ)には強い渋みがあるが、マテバシイのドングリはそれが無く、簡単な調理で食べることができる。
にもかかわらず、地面に落下しても虫が入ることが少ないのはとても不思議だ。
隣の私有地と分けるフェンスに沿って歩いていると、そのフェンスに巻きつくつる植物の中に、ブドウ科独特の掌状の葉を見つけた。
これはもしかして......
やっぱり!
これはエビヅル(クロウメモドキ目ブドウ科)という「山ぶどう」の一種で、その中ではもっとも人里近くに生えるとされている。
栽培種のブドウや、深山に生えるヤマブドウと比べると葉、果実ともにかなり小型だが、酸味と甘みのバランスがよくとても美味しい。
里山で採れる果物の中では最上級の味かもしれない。
他にもないかと目を皿にして探していると、
おなじみヤマノイモ(ヤマノイモ目ヤマノイモ科)のムカゴがたくさん実っていたので、こちらも回収。
日当たりの良いところに生えるものは、ムカゴも大きくて美味しそうだ。
あぜ道の角に、ひときわ高い樹が2本生えている。
下を見るとイガグリが大量に落ちていた。
野生のヤマグリにしては大きいので、普通のクリ(ブナ目ブナ科)との雑種かもしれない。
先行者がいたようでほとんどのイガは空だったが、辛うじて残っていたものを拾い集めて持ち帰ることにした。
田んぼの畔には湿地を好むマメ科の雑草がよく生え、その中にはとても有益なものがいくつも雑じる。
ここで見つけたのは、ヤブツルアズキ(マメ目マメ科)。
アズキの原種であるが、葉からつる、鞘、種子に至るまでアズキのミニチュアサイズで、とてもそっくりなので間違えようがない。
良く熟し黒くなった鞘はさわると簡単にはじけてしまうので、手のひらや袋で包み込むようにして採取すると良いだろう。
味はとてもよく、野生の豆の中では一番美味いと言っても過言ではないと個人的には思う。
用水路沿いの道に進路を変え、小灌木の中を歩いていると、アケビ(キンポウゲ目アケビ科)のつるが見えた。
スプーンのような5枚葉の複葉は街中でもよく見つかるが、栽培している庭先などを除けば、果実が実っていることはあまりない。
どうも、アケビは受精・結実しづらいタイプの花のようで、一カ所に沢山の株が生育している場所でないと果実を見かけることが無いようなのだ。
そういったわけで今回も「どうせつるだけでしょ?」と思って鼻にもかけずにいたのだが、不意に石川氏が「あの丸いのなんですかね?」と宣った。
焦って振り向くと
実に立派な果実が生っている!!
完熟して裂開した、食べごろのものもちゃんとあった。
......中途半端に野食慣れすると、こういうナメた態度をとって、せっかくの獲物を見逃してしまうのだ。悔い改めなくては......。
だがしかし、平林氏に見つけられたのならまあ納得もいくが、野食分野ではペーペーの石川氏に見つけられるとは......不覚。
反省し、たいへん不本意ながらも石川氏を称えることにする。
でもやっぱり悔しいから、適当なひっつき虫でも付けていってやるか。
平林氏「石川くんほら、この草めっちゃくっつくでしょ!」(と言いながらイノコヅチの穂をぶつける)
筆者「石川さん、ほら、この草の実、粘着質でどんな服にもくっつくんですよ! 面白いでしょ!」(と言いながらヌスビトハギをぺたぺた張りつける)
石川氏「......」
よし、すっきりしたし、帰って調理しよう。
っと、その前に。
平林邸の近所の空き地で、ねこじゃらしことエノコログサ(イネ目イネ科)の種子を確保していこう。
黒い粒が見えている穂が完熟しているものなので、ビニール袋などに穂先を入れてバサバサと振れば、かんたんに種子のみ採取することができる。
これでOK!
改めて帰路に就いた。
平林邸に到着し、さっそく調理を始める。
まず、マテバシイをさっと洗い
水に漬けて、浮いてくる虫食いや未熟なものを取り分ける。
これをフライパンで乾煎りし、
殻が裂けたら火から上げて冷ます。
殻を剥くと、美味しそうな可食部(子葉)が顔を出した。
1つ食べてみると......うん、渋くない!
ドングリの仲間にはタンニンやサポニンなどの渋み成分を含む種類が多く、たいていの場合は調理にあたりアク抜きの必要がある。
しかし、スダジイやマテバシイに関しては渋みがほとんどなく、アク抜きの必要がない。
一方でマテバシイは実こそ大きいものの、スダジイと比べると甘さに欠け、そのまま食べてもそこまで美味しいものではない。
そのため今回は、生地のベースになってもらうことにした。
包丁で細かく刻み、
熱湯を加えながらすり鉢でつぶし、
そこにつなぎとして少量の小麦粉、バターと砂糖、ベーキングパウダーを入れて良く練る。
2つに分け、片方には茹でこぼしたヨモギを、もう片方には
さっと茹でてからつぶしたムカゴを入れて、良く練り合わせる。
カップケーキの型に入れて、上に飾り付け用のガマズミ、エビヅル、つぶしていないマテバシイを乗せる。
これを180℃に熱したオーブンで20分ほど焼けばOK。
残ったムカゴペーストは薄く延ばして、油で揚げ焼きにした。
続いて、クリとヤブツルアズキに進む。
クリは鬼皮(外皮)、渋皮(内皮)ともにきれいに剥いて、下ゆでしておく。
ヤブツルアズキはドングリ同様水に漬けて、浮き上がってくる虫食い、未熟なものなどを取り除く。
これをたっぷりの水でアクをとりながらよーく茹でていると、
やがて小豆や黒豆を煮ているときと同じような美味しそうな香りが漂ってくる。
柔らかくなってきたところで砂糖を入れてさらに煮ると、やがて豆に照りが出て美味しそうな見た目になってくる。
ここで水分を足し、クリを投入。
割れてしまわないように注意しながら、とろ火でじっくりと火を入れていき、適当なところで火を止めて器に盛る。
......ふう。これでなんとか堅果類が片付いたぞ......。
さて、アケビ、どうしようかな。
アケビって、透き通った甘味があって、そのままでもデザートとして完成されてると思うんだよな......。
もう、このままで、いいよね......?
平林氏「ダメです(憤怒)」
やっぱダメか......じゃあどうしようかな。
とりあえず、種が厄介なので、果肉だけを何とかして取りださなきゃいけない。
というわけで、果肉を種ごと採り出して、ぬるま湯で揉んでみるが、意外と果肉が固くてうまくいかない。
そこで、沸騰させないようにとろ火で加熱してみると、果肉が溶けて、無事に種だけを取りだすことができた。
アケビの果肉はゼラチン様のものでできているのかもしれない。
これに少量の砂糖を追加し、寒天を入れて溶かし、型に入れて、残りのガマズミとエビヅルを散らして、冷蔵庫で冷やす。
これでOK。
あとは......あ、アフタヌーンティーなんだからお茶も作らなきゃ!
ジュズダマとエノコログサをそれぞれ乾煎りし、ぱちぱちとはじけて香ばしい麦の香りがして来たら
ポットに入れて熱湯を注ぐ。
よし。
首都圏郊外で採れた秋の実りのおやつフルコース、完成!!
前述の通り、マテバシイは渋み、甘みともに少ないのだが、そのおかげで「いかにもデンプン質!」という風味、食感がある。
生地のベースとしてのポテンシャルはかなり高いようだ。
ケーキの生地になっても、ドングリらしさを感じさせる素朴な風味が残っている。
トチの実よりはもう少し野趣があり、一方で食べにくさはなくとても美味しい。
市販品だと言われても違和感はない。
ヨモギを練り込んだものは後口にわずかに青臭い風味が残る。
不味いわけではないが、ヨモギは不要だったなという結論に。
一方で予想以上に美味しかったのがムカゴを練り込んだバージョン。
生地がよりもちもちとして柔らかく、また膨らみも良いようだ。
考えてみれば、鹿児島名物のかるかんをはじめ、山芋類を入れてふわふわ感を出すお菓子というのはいくつもある。
ムカゴは山芋と同じように粘りがあり、また加熱するとホクホク感が生まれるので、調理に使えば同様の効果をもたらすということは容易に想像できる。
飾りとして乗せたガマズミ、エビヅルは心地よい酸味を与えてくれたが、中の種子が意外と大きくて口の中に残ったのはちょっと残念だった。
アーモンドのつもりで乗せたマテバシイは適度な硬さで美味しかったが、時間があればマロングラッセみたいに砂糖煮にしてから使えばもっと生地と合ったかもしれない。
一方で、しょっぱい味付けも合うのがムカゴのいいところ。
揚げ焼きにすることで粘りがむちむち感に変わり、外がサクッと中はもちもちの美味しい煎餅になった。
ヤブツルアズキの美味しさは皮にあると思う。
筆者はかつて豆の皮の匂いが苦手で、ながらく粒あんを食べられない時期があった。
それで現在でもこしあん派なのであるが、このヤブツルアズキは大好きでバクバク食べたくなる。
皮にそのような独特の風味が無く、むしろ旨味を感じるうえに、小さいので中まで味がよく染みており、欠点が見当たらない。
貯蔵も効くし、群生地が見つかったら種子だけ採取して保存しておくのも良いかもしれない。
クリは......まあ、クリです。大変美味しゅうございます。
見た目に涼しいアケビ寒天であるが、味も透き通ったさっぱり感がある。
アケビの甘味は繊細なので、加熱で飛んでしまうのではないかと危惧していたが、杞憂に終わってくれた。
彩りとして散らしたガマズミ・エビヅルの酸味がアクセントになる。
完全に麦茶の味。
水辺を好むジュズダマは、水田やため池、河川敷など限られたところにしか生えないが、エノコログサはそれこそどこにだって生えている。
それがこんな上等なお茶になるとは......知ってはいても毎回驚かされてしまう。
今回はいつもと比べると採取自体は非常に楽だったが、調理はちょっと時間がかかった。
それでも、ちょっと手を加えれば、野食材だけでここまで完成度の高いアフタヌーンティーセットが作れるのだという事実に、我ながら感動してしまった。
とくにマテバシイの、生地素材としてのポテンシャルの高さは予想以上だった。
殻が硬いからか虫食いも少なく、一方で軽く炒るだけで可食部を取りだすことができ、軽くて煮てあげればつぶすもこねるもお手の物。
今の時期、街路樹の下や公園などでいくらでも拾えるので、炒って中身だけにしておけば、食事にデザートに、様々な場面で役に立つだろう。
さて、次回は満を持して「秋の青物」特集!
......の予定だけど、真田信繁(幸村)の自筆書状発見の件で星海社はてんやわんやになっていると聞く。
果たして取材は無事実施されるのか......そして、東京湾奥まで入ってきている気まぐれなサバは、取材当日まで残っていてくれるのか......。
読者の皆様、よろしければぜひ一緒に祈っておいてください。
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駆け出し図鑑編集者。川崎在住の30代。2012年にブログ「野食ハンマープライス」を開設。海産物に野草、キノコ、虫など、ありとあらゆる変わった食材を入手して調理して食べてレポートするという、食材へのアグレッシブな探求心が話題を集め、現在では月間50万PVの人気を誇る。胃腸は弱め。
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