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HOME > 連載 > 7つの明るい未来技術 2030年のゲーム・チェンジャー > 第1回 人工冬眠──冬眠技術で、未来に。

7つの明るい未来技術 2030年のゲーム・チェンジャー

第1回 人工冬眠──冬眠技術で、未来に。

渡辺浩弐
2023年02月27日 更新
第1回 人工冬眠──冬眠技術で、未来に。

未来の姿をシミュレートする掌篇SF〈ゲーム・キッズ〉シリーズを手がける小説家・渡辺浩弐が、「2030年」を創造するテクノロジーの現場を取材! 最新技術が実装される先にある未来の姿とは?(全7回)

この連載が書籍化されます!

──────────────────
著者:渡辺浩弐
定価:1250円(税別)
ISBN:978-4-06-531618-4
発売日:2023年4月18日
レーベル:星海社新書
──────────────────

あなたは死にたくない。
人間はいつか必ず死にます。そう言われても、あなたが納得することはない。自分だけは生きたい。永遠に生き続けたい。そう思っている。
あなたは不老不死になりたいのだ。
けれどその技術は、少なくともあと100年くらいは完成しない。
だったら、もうだめなのか。あなたは死ぬしかないのか。
いや一つだけ希望がある。
「不老不死の技術が完成する未来まで眠る」
という方法だ。
「不老不死」は無理でも、「未来まで眠る」技術は、もしかしたらあなたが元気なうちに完成するかもしれない。

僕も、ちょっと1000年くらい人工冬眠してみようかと思ったことがある。それを実行するために渡米した。20世紀末の話だ。
訪れたのはアメリカの中央部、アリゾナ州フェニックス「アルコア延命財団」だった。人工冬眠サービスを行っていて、当時すでに数十人の身体を冷凍保存していた(その時のエピソードは『死ぬのがこわくなくなる話』(星海社)という本にも書いた)。
「アルコア延命財団」の人体冷凍保存用カプセル
「アルコア延命財団」処置室を取材する筆者

そこで人工冬眠に入ることを寸前で踏みとどまった理由は、技術的な不安だった。
アルコアでは、契約者が死んでから、その全身ないし頭部を凍らせる方法をとっていた。マイナス186℃の液体窒素を満たしたカプセルの中で保管する。そこから蘇生させることができるとはどうしても思えなかった。
アルコア会長(当時)のステファン・ブリッジ氏に、この点を聞いた。
「本当に生き返ることができるんでしょうか」
「ノープロブレム。未来にはその技術があります。あるいは、その技術がある未来まで眠れば良いのです」
「それはかなり先のことになりませんか」
「それもノープロブレム。人工冬眠している間、あなたに時間は存在しません。あなたは眠りについた次の瞬間には目覚めるんですから」
確かにそれはそうだ。しかし、蘇生の方法はともかく、蘇生を前提に入眠させるのなら、それなりの措置は必要ではないか。
特に「記憶」の維持が不安だった。脳細胞を不可逆的に破壊されたとしたらどんなに未来のどんなにすごい技術でも、それを元通りにすることは不可能ではないか。
眠りにつくにはまだ、ほんの少し、早い。僕はそう考えた。
それから約20年、ずるずると生きながらえながら、ずっと見守っていたのがこの技術領域だった。
待ち続けた。人間を安全に冬眠させる。そして再生させる。そんな技術が開発されたら、それで不老不死を得ることができるのだ。

そして2021年。日本の科学者により、ブレイクスルーと言うべき発見があった。
理化学研究所・生命機能科学研究センターの砂川玄志郎氏と筑波大学の櫻井武教授を中心とする共同研究グループが、冬眠しないマウスを冬眠させることに成功したのだ。それは、脳の一部に存在する神経細胞群を興奮させるという方法だった。
冬眠しないはずの哺乳類に、冬眠のスイッチが存在したのだ。
ならば人間にだって「冬眠スイッチ」があるはずだ。それはもしかしたらとても近い将来に発見されるかもしれない。そんな期待をしても良いだろう。
僕の寿命は、死の瞬間は、もうすぐそこまで迫っている。急がなくてはならない。さっそく砂川氏に取材を依頼した。(取材・2022年5月12日)

スイッチを押して冬眠に


──砂川先生は著書『人類冬眠計画』(岩波書店)で、ここまでの研究をまとめられています。マウスの「冬眠スイッチ」といえる神経の発見に至るまでのプロセスはもちろんですが、その発端、研究の動機となった経験の話なども、とても興味深く読ませていただきました(小児科医師として臨床に携わっていた時、生命の危機に瀕した子どもたちを救いたいという思いからこの研究に入られたということ)。人工冬眠というテーマはとてもSF的なのですが、地に足がついた研究を続けられての快挙と思います。

砂川 ありがとうございます。
『人類冬眠計画』(岩波書店)
インタビューはオンラインで行われた。

──人間の冬眠スイッチが発見される。そして人間を冬眠させることが可能になる日が手の届くところに来ていると期待しています。現段階ではどのような研究をなさっていますか。

砂川 マウスで我々が確認したその神経回路、Q神経と名付けたのですが、それは他の多くの哺乳類にも存在すると思われます。人間にも存在するか、その神経をどう刺激すれば冬眠に入るのか、それが現在のテーマです。マウスの場合は遺伝子操作技術でいろいろな個体を作り、実験を繰り返してきましたが、人間の場合はおいそれと遺伝子をいじるわけにはいきませんので、次の段階としてはこの神経に作用する薬品の研究を行っている状況です。

──人工冬眠が実現したら、どんなことができるんでしょうか。

砂川 まず医療において大きなメリットがあります。冬眠状態では、基礎代謝が大きく落ちます。身体が活発に動いている時には病気もどんどん広がりますが、冬眠してそれを止めることで、余裕をもって処置ができるようになるわけです。たとえばがん細胞はものすごい速さで増殖しますから、対処が間に合わないことも多いんです。身体全体を冬眠状態にすることでがん細胞も止めて、その間にしっかり治す。SF映画で、時間を操るヒーローが敵の動きをスローにしてその間に倒してしまう、みたいなシーンがありますけど、そんな治療が可能になります。あるいは人間ドックなどは、冬眠している間に身体をくまなく調べて悪いところを全部治すというような形にできるかもしれません。ただしそこまでは麻酔の延長です。私が理想としているのは、いつでも好きなタイミングで冬眠できるようになることです。

──人任せではなく、自分自身でスイッチを入れると?

砂川 はい、本人の意志で冬眠に入る、それを"念ずれば冬眠"能力と呼んでいます。心筋梗塞の胸の痛みを感じたとか、交通事故にあって大量な出血が始まったとか、乗っている船が沈み始めたとか、これはやばい、と思った瞬間、すぐに冬眠状態に入るんです。それで救命率は劇的に上がるはずです。

──たとえば薬を持ち歩いていて、いざという時に急いで飲むような方法でしょうか。

砂川 意志によって冬眠スイッチをオンにする装置も開発可能だと思います。イーロン・マスクが設立したベンチャーが脳に埋め込むチップのプロトタイプを発表して話題になりましたね。これに限らず、脳波で機械を操作するシステムはすでに多く提示されていて、たとえば脳波で動かすハイテク義手・義足は実用化直前です。人間と機械を直接的につないでいく『攻殻機動隊』の世界はかなり現実化しているわけです。そういう技術を活用して、意志で冬眠に入るようにするということです。お腹が空いた時にものを食べるとか、眠くなった時に寝るとか、そういう行動と同じように。

──冬眠が個人の判断でできるようになったら、深刻な場面だけでなく、カジュアルに冬眠してしまうということも始まるかもしれませんね。暇をもてあましてるから今週は冬眠しておこうとか、仕事がないからコロナ禍がおさまるまで2年ぐらい冬眠するかとか、付き合ってる子との年齢差が大きいから10年ぐらい冬眠して待とう、とか。ただ、そんなふうに誰もが自在に冬眠できるようになった時のことを考えると、いろいろな問題も出てきそうですね。

その日が来る前に


砂川 そうですね。たとえば月単位で眠るということが現実化してくるといろいろな問題が出てくると思います。冬眠に入ると、その人はいったん社会的にいなくなる状況になります。ところが死と違い、いつかまた戻ってくる前提なんですね。いなくなった人がまた復活するっていう、人類が今まで経験したことのない事例が出てくるということになります。その間の、生きているわけでも死んでいるわけでもない状態をちゃんと定義しないといけない。倫理面だけでなく、法律で定義する必要があるかもしれません。現行法上で処理するとしたら、いったん死亡したことにして、目覚めた時にまた出生したことにすることになるかもしれませんが、やはりそれは乱暴です。

──たとえば冬眠中の資産はその人のものとして維持されるのか。それが通るなら、死にかけた人がずっと冬眠し続けて、相続税をまぬがれるということもあるかもしれません。

砂川 また、冬眠中に記憶が消えたり、人格が変貌してしまう可能性もないわけではありません。目が覚めて別の人になったとしたら、その人が冬眠前に思い描いていた幸せと、目が覚めてからの幸せとは違うかもしれない。

──なんでオレのことを冬眠させたんだ、といって怒る人がいるかもしれません。

砂川 個人の人格の定義をどうするか、というところまで考えておかなくてはならないんです。そういうふうに、安全に冬眠させる技術だけをひたすら研究していればいいというわけではなくて、それが可能になった時にいきなり出てくる倫理問題を並行して考えることが必要です。

──みんなが冬眠したり目覚めたりするようになったら、時間の概念とか年齢の概念とか、個人の社会的な位置づけとか、あらゆることが一気に変化します。SF作家としてはこれはネタの宝庫なんです、すみません不謹慎な発言ですが。

砂川 いえ、渡辺さんのような立場の人が小説などの形で、こんなことが起きるかも、といろいろ提示してくださることで、社会全体で向き合う空気ができると思います。

──真面目な話、SFにはその責任があると強く思っています。先生のような最先端の研究者の方々が、10年後や5年後、もしかしたら明日にでも実現してしまうことで、世の中が大きく変わるかもしれない。そういうことについては、期待だけでなく警告を、しっかりSFが先取りしておかないといけないですよね。

砂川 はい、現実の科学がある一線を越える時、たとえば"人間とは何か"といった根源的な命題は避けて通れません。そういうテーマで考察や議論が進んでいるとありがたいです。ただしSFって、科学ではできないようなことまでをリアルに見せてくれるものですよね。そういう意味では人工冬眠は、もはやSFではない。現実のテーマになっています。だから、SF作家さんというよりはもうちょっとリアルな立ち位置の人たちのお仕事になるかもしれませんね。

──まさにそういうことを今考えているところでした。SF、サイエンス・フィクションというジャンルは、サイエンスといいつつ、たとえばタイムマシンとかテレポーテーションのように、非科学的なものを包含しています。そこで今は、サイエンス・フィクションではなくシム・フィクションというジャンルが重要なんじゃないかと。最先端の科学者が取り組んでおられることを勉強して、それについて研究者とは別のスタンスから考察を行う。その成果を物語という形で提示する。それは科学への期待を加速すると同時に、警告としても機能するものだと思います。

砂川 シム・フィクションですか。そういう言葉もあるんですね。

──いや、僕が作った言葉なんですけどね(笑)。


人間を変えること


──後天的に"念ずれば冬眠"能力を身に付けさせるのとは別の方法になりますが、遺伝子操作で、冬眠できる人間を作るということは可能だと思いますか。

砂川 はい、そういうこともフィクションではなくなると思います。

──氷河期の到来や、致死性ウィルスのパンデミックなど、地球規模の危機が来た時に、人類みんなで1万年くらい眠ってやりすごすという手はアリですよね。そのために何世代かかけて人類を進化させておく、という方法は悪くないと思うんですが。

砂川 ええ、私も遺伝子操作に対しては否定的ではないです。進化を少し加速させるようなことだと思っています。冬眠ができるように人間を変えていくというのはありえる話だと思います。

──それから著書の中で、生まれつき冬眠能力を持ってる人が一定数いるかもしれないと書かれていましたね。

砂川 冬眠能力を遺伝的に持ってる人がいるという説もあります。冬季性うつと言って、冬になると心身の活動が停滞してしまう人がいます。特に北欧には多いそうです。これは冬眠の、つまり寒くなってきたら活動のレベルを下げ食べ物があまり得られなくても生き延びられるような仕組みの、名残りかもしれないと言われています。

──DNAを検査して、能力を持っている人たちを洗い出しておくことは可能でしょうか。特に処置をしなくても環境の温度を下げさえすれば冬眠に入れる人間だということがわかったら、その人に対する医療の方法は変わると思います。

砂川 冬眠能力の遺伝子が特定されていませんので、遺伝子検査でそういう人を洗い出すことは現段階ではまだ不可能です。ただし、iPS細胞を増殖させて、低温、低酸素といった過酷な環境をくぐらせて生き延びるかどうかを調べることで、その人が冬眠資質を持っているかどうか確認するという方法があります。これには莫大なコストがかかるので、広く多くの人に検査を行うということは難しいのですが。地球が本当にまた氷河期に戻ってしまい、冬眠できないと死ぬ状況になった時にはわかりますね。生き残った人はそういう能力を持っているってことです(笑)。というのは冗談ですが、かつて人類の祖先を含むすべての哺乳類は、その経験をしているはずなんです。氷河期は、冬眠能力を持った個体に有利だったはずですから。

──その能力が今の人類の一部にでも受け継がれているとしたら、種としては氷河期リスクへの備えができているということになりますよね。人類の99%が死に絶えるかもしれませんが、1%でも残れば、1万年ぐらい耐えて氷河期が終わったらそこから復活するということが可能ですから。自然の摂理としてはもしかしたら人類はただ増え続けるのではなく、定期的に激減しまた復活する、という形が正しいのかもしれません。ただ、人類の一人というより自分一人として言いますと、どうしても死にたくないです(笑)。氷河期が来てもパンデミックが来ても、できればみんなで生き残りたい。自然の摂理に反していたとしても、科学に期待したいです。

ならば宇宙へ


砂川 冬眠中も生命維持のコストはゼロにはならない一方で生産的な活動はまったくしないわけですから、それをみんなが自由に行うようになったら、人類全体としてはマイナスになるという意見をもらったこともあります。この技術は人類の首を絞めることになりはしないか、という。それは確かにそうかもしれません。

──うーん、困った。一理あります。一時停止状態の個体の割合が増えるとしたら、限られた資源ということを考えるとそれは大きなリスクとなります。

砂川 そういうことを考えると、地球って人類には狭すぎる気がするんです。冬眠の技術は、多少の時間稼ぎに使うことはできると思いますが、そこだけに固執せずさっさと宇宙に出ていった方がいい、と常日頃思っています。

──定期的に絶滅寸前になるなどの摂理に従うことを拒否するのなら、地球から家出する、宇宙に向かって独り立ちすることを考える必要があるということですね。

砂川 ええ。宇宙は結構広そうなので、なんとかなるかなと思います(笑)。私はサステナビリティー(持続可能性)の考え方には大反対なんです。人類、今までそんなことを考えて発展してきてないじゃないですか。これまでの発展をさらに続けるとなると、答えはもうひとつしかないと。

──確かに、サステナビリティーを考えるなら人類なんか滅亡した方がいいってことになりかねないですよね。そこで宇宙に! となるのは、飛躍しているようですが、よく考えると実に正攻法です。そこでまた冬眠の話になるんですが、SF映画にあるような、すごく長い宇宙旅行の間ずっと冬眠し続けるということも可能になっていくのでしょうか。

砂川 現在研究しているのは人間を凍らせてしまう方法ではなく、あくまでも本来動物として持っていた冬眠能力を使うだけですから、それで何百年何千年持たせるというのは無理だと思います。現在の研究の延長で太陽系の内側くらいまではなんとかなるとは思いますが、その先まで行くとしたら次のブレイクスルーが必要です。

──やはり地球の、自然の摂理を超える必要がある、と。

砂川 そうですね。たとえばですが人間の意識を機械に移すという方法が考えられます。意識を機械上へ転移する作業にとても興味があって、実は冬眠の研究に一息ついたらそっちの研究も手掛けてみたいと思っています。

記憶のアップロード


──それはぜひともお願いしたいです。人工冬眠と、意識や記憶の関係もすごく興味深いです。以前、契約者が(法的に)死ぬのを待ってから凍らせて保存する方法で人工冬眠をうたっている施設を見学したこともあるのですが、未来にどんなにすごい技術が実現しても、いったん死んで、意識がリセットされた人間が元通りになるということが、どうしても納得できませんでした。人体を冷凍保存する方法が可能になったとしても、それと同時に記憶維持のサポートは不可欠だと思うんです。もし記憶を外部にセーブできるとしたら、肉体は冷凍するのではなくDNAだけとっておいて、クローン再生して、そこに記憶をダウンロードするというのでも良いと思います。

砂川 DNAからその人と遺伝子的に同じクローン個体を作ることは可能だと思います。ただしそれはせいぜい一卵性双生児と同じもので、本当にその人の復活かというと難しいですよね。セーブしておいた記憶を渡して、これをあなたの脳にダウンロードして本来の自分に戻ってくださいと言われても、納得できるものではないでしょう。

──確かにそうですね。クローンで復活させたり、もしかしたら冷凍後に再生した人間でも、この問題は起きてしまうかもしれません。

砂川 私が考えているのは、記憶を外のメモリーにコピーしていくのではなく、脳細胞をその状態ごと、人工物と置き換えていくやり方です。脳だって分子レベルで考えたらハードウェアなので、それをレプリケートすることは理論上は可能です。たとえばマウスの脳細胞を少しずつチップに置き換えていき、最後は全部マシンの、不死のマウスにしてしまう。そういうことができるのではないかと。ここで命とは、自我とは何かという問題を考える必要が出てくるんですけどね。脳をそっくり入れ替えても同じ個体と言えるのか、と。脳細胞は一生を通じてほとんど入れ替わっていないように見えますが、その中の分子は大量に入れ替わっている。物質的には、10年前の自分と今の自分は別の存在といえるわけです。けれど僕らは小さい頃から今に至るまで、自分は自分で変化していないと思っている。同じように、ミクロなレベルでの段階的な入れ替え作業を人工的に行うことができれば、最終的に機械に変わっても自分は自分だと思えるはずなんですよ。そういう方法、機械化して何百年も持つ身体にした方が、凍らせる方法よりも現実的なのではないかと思います。『攻殻機動隊』の"義体化"ですね。

──先生のそういう思考の展開がとても面白いです。地に足のついたところから研究を進められ、大きな成果を得てさらに次の一歩を進められた時、そもそも生命って何だろう、自分って何だろう、意識って何だろう、というような哲学的なところに踏み込まれていることが。その場所は、SF と科学の接点ですよね。

砂川 もちろん現実の研究よりSFの方が先を行っていると思います(笑)。

──そうであるべきですが(笑)、現実に追い越されてるジャンルがあることも僕は面白いと思います。



 人類は人工冬眠というテクノロジーを起点として、その先、不老不死となって宇宙進出を指向する......話を伺いながら僕はあの『2001年宇宙の旅』を思い出していた。
 宇宙探査船ディスカバリー号のボーマン船長がHAL9000コンピュータとの戦いの後に接触する「スターチャイルド」。それは人類よりさらにずっと進化した存在だということが暗示された。
 生物は進化の果てに、身体を機械と置き換えることにより死を克服する。さらに、その機械を空間に置き換えることにより、永遠を獲得する。その存在がスターチャイルドなのだ、と。
 多分ご本人は気づいていないと思うが、砂川先生の言う「脳細胞の置き換え」は、アーサー・C・クラーク(とスタンリー・キューブリック)によるこの思考実験と呼応するのである。

 自分の命あるいは自我を空間に置き換えるという発想はいまだサイエンスではなくフィクションの域のものだが、分子レベルではそれを置き換え可能なDNAパターンとしてみることは、すでにごく自然にできると思う。
「人工冬眠している間、あなたには時間は存在しません。あなたは眠りについた次の瞬間には目覚めるんです」
 その通り。何万年でも無限でも、自分にとっては一瞬なのである。
 無限でいいのなら、その期限が永遠の未来なら、遺伝子レベル、さらには分子レベルで自分と全く同じ組み合わせの存在がこの宇宙で再び作り出される可能性は0ではない。
 ならば、わざわざ冬眠しなくても、普通に死んで、灰になっても、そんなに気にすることはない。その一瞬後には、僕は目覚めることができるのだから。
 この宇宙に遺伝子というものが滅亡せずに続いている状況、つまり生命が滅亡していない状況ならば、個体にとって「死」と「冬眠」はそんなに変わらない。
 僕たちは「念ずれば冬眠」の能力はまだ持たないが、その代わりに、いつでも死ぬことはできる。種の維持のためには、それが良い方法である状況も、ありえるだろう。

*当連載をまとめた書籍『7つの明るい未来技術 2030年のゲーム・チェンジャー』(星海社新書)を4/18(火)発売予定です。ご予約をよろしくお願いいたします。
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ライターの紹介

渡辺浩弐

渡辺浩弐

1962年、福岡県生まれ。小説家、ライター。『週刊ファミ通』での連載を経て1994 年に刊行された『1999 年のゲーム・キッズ』で、本格的に作家活動を開始。以後も、デジタルテクノロジーを題材に未来の姿をシミュレートするSF 掌編小説集として〈ゲーム・キッズ〉シリーズを手がけ続けている。当連載での取材をもとにした〈ゲーム・キッズ〉最新作も執筆予定。著書に〈ゲーム・キッズ〉シリーズ『2020年のゲーム・キッズ →その先の未来』、『世にも醜いクラスメートの話 渡辺浩弐ホラーストーリーズ』(ともに星海社FICTIONS)など。

7つの明るい未来技術 2030年のゲーム・チェンジャー

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