書体の味わい方が分かれば、本の読み方も変わる。
昨年12月24日に発売され、好評を博している『本を読む人のための書体入門』の発売記念イベント「-新春!書体初め-『本を読む人のための書体入門』」が、ジュンク堂池袋本店で行われました。
今回のイベントには、本書の著者で、ウェブサイト「文字の食卓」の主宰者である正木香子さん(文筆家)に加え、
星海社新書をはじめ、型破りなデザインを数多く手がける、ブックデザイナーの吉岡秀典さん、
そして、同じく星海社新書のフォントディレクションを務める紺野慎一さんが登壇。
3人の「文字通」と一緒にどっぷりと書体の世界に浸かる、ディープな時間が繰り広げられました。
ブックデザイン、そして書体の魅力とは……一体どんなものなのでしょうか……?
「あけましておめでとうございます」
雅やかな書体で書かれた、新年の挨拶から始まった今回のイベント。
第一部は『本を読む人のための書体入門』のブックデザインを手がけた紺野さん、吉岡さんの2人が、正木さんと「ブックデザインと書体」についてトークします。
最初に紺野さんが「『本を読む人のための書体入門』のタイトル、カバーをよく見てもらうとわかるんですが、漢字とかなのフォントが実は違うんですよね」と、いきなり装幀に仕込まれた秘密(?)を暴露。
紺野:最初に吉岡さんから上がってきたデザインデータを見た時に、あれっ、これはオペレーションミスなんじゃないか? と思って聞いたら「いや、これはあえてです」と。
正木:カバーはそうなってるんですが、背のタイトルは統一なんですよね。最初にカバー見本が出来た時に(ああ、背はタイプバンクゴシックなんだなー)と思ってふとカバーをみたら、あれっ?!と。どうしてそうなったんでしょうか?
吉岡:これは『書体入門』に限った話じゃないんですけど、この星海社新書のシリーズを始めた時、“今なぜ新書なのか”を、編集長の柿内さん(※1)が熱く語っていて。
正木:へぇ。
吉岡:“新書=おじさんが読むもの”という古くさいイメージを覆したいんだと。
正木:なるほど、他社の新書レーベルは40代~50代のミドル層に向けたものが多い中で、星海社新書は10代、20代がターゲットですもんね。柿内さんのアツい思いが込められているわけですね。
吉岡:そう。若い人に向けたものを作りたいんだ、ということだったので、現代的な雰囲気を作るために、古風な骨格がありつつも洗練されているという雰囲気を出せれば良いなと。
紺野:そう、そうやって決めたんだったね。しかし、これに限らずだけど、吉岡さんはいつも“そのまま”ってことをしないよね、必ず何かやるよね(笑)。
吉岡:ついつい「これ、何か変だな」という要素を入れたくなってしまうんです。本としてのたたずまいとか、そういう部分で、興味を持って読んでもらえたらうれしいなと思って。
正木:書体は“その本が、どんなふうに読まれたがっているのか”を伝えるために存在するので、吉岡さんのカバーのフォントの工夫は、必然だなと思います。
吉岡:そう。なので、本に使うフォントも、そのことを強く意識しているんです。星海社新書を創刊する時も、明朝なのかゴシックなのか、縦書きか横書きかを検討して、結局、縦書きゴシックに落ち着きました。
正木:よく考えたら、新書のタイトルで縦書きゴシックって珍しいですよね!
吉岡:講談社の現代新書もゴシックなんですよ。あっちは横書きですけど。
紺野:星海社新書は、表紙やカバーはシンプルなデザインなのに対して、毎回デザインを変える、インパクトの強い帯が面白いと思うんですが、正木さんにはどう映っていましたか?
正木:初めて書店で見た時には、“変わってるなぁ~”と。
紺野:それを見て、変わってるなぁと思っちゃうところが変わってる(笑)。そういうところが正木さんなんだなと思います。
『本を読む人のための書体入門』では、正木さんの溢れる書体愛を反映すべく、本文の各所で書体を変える、マンガのコマやポスターをふんだんに引用するなど、読者が書体の魅力を視覚的に味わいながら読み進められる仕掛けになっています。これまで書体やデザインに興味を持った事のない読者でも「文字食」(※2)を体感できる仕組みです。
紺野:本の中身に関しても、本文で言及している書体を実際に見せるために、そこだけ違う書体を入れたりと、工夫がちりばめられているじゃない? 正木さんとは最初、そのアイデアをメールだけでやりとりしていて、デザインが出てきたときに、すごくびっくりしたというか、喜んでいましたよね。
正木:本書では、新書ではありえないくらいたくさんの写植書体、つまり、デジタルではあんまり使わない書体を使っているのですが、本の原稿を書いていた時には、まだ妄想で書いていて……。最後の最後までその(写植書体を使った)部分は入っていないままだったので、ばしっと入った時にはとても嬉しかったし、面白かったですね。
紺野:最初「全ページ書体を変える」ってアイデアが出てたよね。
吉岡:それは柿内さんのアイデアで、せっかく書体の本を作るんだから、ページによって書体が違えば、すごく面白いよね、と(笑)。
正木:サンプル作ってもらったんですけど、それを見て、私が柿内さんに、これ読めないです、って(笑)。
吉岡:ほかの書体にまぎれてこそ、それぞれの書体の個性が際立つわけだから、全ページの書体が変わったら、かえって、伝えたい事が伝わらなくなっちゃったんですよね。ポイントポイントで書体を変える方が、ストレートに正木さんの言いたい事が伝わるんだなとわかりました。
紺野:1年前くらいに、初めて正木さんに出会って、ぼくが、星海社新書で書かないかと話を持って行ったんだよね。書体について語りたくなる本があればいいのに、と思って。
正木:私はもともと「文字の食卓」(http://mojisyoku.jp/)というウェブサイトを開設してそこで書体の魅力について語っていて、その内容は昨年、同名で本の雑誌社から書籍化されたんですけれど、サイトの書籍化が決まる前に、実はこの新書の方の企画が立ち上がっていて、準備をしていたんです。去年は「文字の食卓」と、こちらの本を同時に進めていたことが、自分にとっては良い影響を与え合っていたなと思います。
第2部は、来場者参加型のイベント「新春書体初め」!来場者がその場で書いた“今年の抱負”にぴったりの書体を正木さんと吉岡さんが選ぶ「書体大喜利」です。手書きで書かれた参加者の抱負を、書体によってさらに味わい深く、意志の伝わるものにしよう、という趣向。
本好き、書体好きが集まっているだけあり、自然と会場の熱気が高まります。
参加者には30のフォントの見本が配られました。
正木「この中から、私と吉岡さんが、みなさんの“今年の抱負”にぴったりの書体を選びます」
イメージがつくのを防ぐため、あえて書体の名前は書いていないとのこと。
希望者を募ると、たちまち手が挙がります。
2人はどんなフォントを選ぶのか?!
最初の抱負は……「のみすぎない。」
会場から笑いが。
紺野「さっそく、文字食ライブと行きましょう!」
スクリーンに、紺野さんが即座にレイアウトした文字が映し出されます。
しばしの沈黙のあと、「ととのいました!」と、謎かけのような声をあげる正木さん。
正木さんが選んだのは……5番!
正木「これはちょっと、浮世離れした雰囲気のある書体なんですよね。なので、地に足をつけてないというか、道楽にかまけている雰囲気、仙人っぽい雰囲気を残す方がいいかなと。でもこれ、のまないといいつつ確実にのみますよね(笑)」
続いて吉岡さんが選んだのは……26番!
「のみすぎないという時点で、ちょっと甘い感じが……アルコール残ってるよ、みたいな。ちょっとゆるい感じ。吞んだ次の日の二日酔いの頭でいいそうな感じですよね」
二人とも「のみすぎないといいつつ……のむよねこの人は!」と。会場爆笑。
終わりには、出題者本人に、どちらの書体がよいか、選んでもらいます。この方が選んだのは正木さんのほうでした。
正木「吉岡さんとかぶるかなと思ったんですけど……やっぱり人によって、イメージって違いますね!」
お次は、『醤油手帖』(※3)という本の作者の方です。
抱負は……「醤油手帖やその他関わる本をたくさん売りたい」
醤油についての本、いろんな醤油について、一冊ごとにテーマを決めて書いている本だとのこと。
これも早速、紺野さんが高速で組版します。
ここで、会場のお客さんから「たくさん売りたい」を大きくしなくていいのか?!と、組版へのクレームが。
プロの方でしょうか?! お客さんも真剣です。
二人のアイデアが出た後、最終的に選ばれたのは、正木さん発案の、こちら。
正木「一行目を10番、二行目を18番に。本もかわいいし、醤油の丁寧に作られている感を出したくて。でも10番だと商売っけがでないなと悩んでいたところに、二行目を変えたいと言う意見が出たので、じゃあ“大入り袋”的な18番を……」
それにしても、「ぴったり!」な書体がお二人から出たときの、参加者全員の「おお~!」という一体感。「これこれ! これだわ!」という、腑に落ちる感覚が会場全体に広がります。
正木さんは『本を読む人のための書体入門』の中で、文字とは「記憶を読む装置」であり、書体は読者の共感覚を刺激するものだと述べていますが、書体を選ぶという行為は、多くの人々が潜在意識の中に共通して持ち合わせている過去の感覚や体験、あるいは文化をさぐり、顕在化させてゆく作業なのかも。
お次は、さんざん食べて寝てゴロゴロした正月休み明けのこの時期ならではの抱負。
「ザ・ダイエット。マイナス10kg痩せる!(笑)」
正木さんは27番。
「強い意志があるんだけど、“(笑)”が付いているから、実現するかな……?という、柔軟な感じを込めて」
吉岡さんは3番。
「発案者のしゃべり口調を聞いて、すんなり決まりました」
なるほど、内容だけでなく、発案者の人柄も考慮しているんですね。
ゲストさんも「私も3番でした!」と。この勝負は吉岡さんに軍配が上がりました。
吉岡「不思議なのは、ダイエットと聞くと、細い書体を選びたくなるんですよね。ふとっちょの人よりも、スリムなモデルさんの写真を壁に貼る感じで」
最後は、「心に刺さる本とたくさん出逢う」
「“刺さる”という言葉を選んだ、そこを汲みたいですよね」と正木さん。
吉岡さんが選んだのは30番。
正木さんが選んだのは1番。
1番と30番は対をなすようにも見える形の書体です。
「まず、丸みがある書体ではないというのが分かったんですけど、刺さった結果、深く心に残る、その“ずしっと感”を出したかった」と正木さん。
「比べると、正木さんのほうが、隙間があって、重みが無いので刺さる感がある気がする」と吉岡さん。
出題者からは「1番は、業務上ネタを見つけるために買いましょうという形式的な雰囲気。30番のほうが、未来的なものを感じる」という意見が。
最終的には、30番が選ばれました!
最後に、正木さんから来場者にスペシャルプレゼントが!!
「30種類のフォントで書いた、一口おみくじを作ったんですよ。帰りにもらっていってください」と正木さん。
おおー!!と会場が一気に湧きます。
ちなみに筆者は小吉でした。「葉っぱの裏に手紙を書いて、太陽に透かしてみよう」……うーん、ファンシー。正木さんの乙女ちっくな趣味が細部で爆発しているおみくじです。神は細部に宿る。
最後、吉岡さんから、こんな裏話が。
吉岡「実は、堀江貴文さんの『ゼロ』(ダイヤモンド社)を柿内さんが担当していて、ふとした打ち合わせで正木さんが『ゼロ』の帯のデザインを見せてくれたんですよ。そしたら正木さんが、『あっ、ここ、写植書体ですね!!』と。本当に細かい部分のみで、デザイナーさんが写植を使ってくれていることに、柿内さんも気づいてなかったそうなんです。そのデザイナーさんは、気づいた人がいて喜んでいたと」
正木さん、おそるべし。
吉岡「正木さんと仕事をして、ここまで文字に感性を持った方がいるんだなと驚きました。ありそうでなさそうな本ができたな、と。類書がないじゃないですか。正木さんと本を作れて、よかったなぁと思います」
正木さん「そう言って頂けて嬉しいです。みなさん、書体に興味のなさそうな人におすすめして、ネコ帯(下記画像参照)もみせびらかしてください(笑)」
大盛況の中、イベントは幕を閉じました。
読んだ後、街を歩く時、書店を回る時に少しだけ楽しくなる。
普段気にせず打ち込む文書のフォントや、誰かに渡す手書きの文字に少しだけこだわりたくなる、
『本を読む人のための書体入門』は、すべてのデザインに関わる人、本を愛する人必読の一冊です!!
こちらで試し読みができますので、未読の方はぜひ!
(※1)柿内芳文……星海社新書初代編集長。『本を読む人のための書体入門』の担当編集。現在出版エージェント『コルク』メンバー。
(※2)文字食……①『文字の食卓』の略称でもあり、著者である正木香子さんの通称 ②正木さんと同じ気持ちで「文字を味わう」行為のこと
(※3)『醤油手帖』(河出書房新社)……お醤油をこよなく愛する料理漫画研究家の杉村啓さんによるお醤油ガイド。全国の醤油に関する豆知識と裏話のつまった一冊(詳しくはこちら)
会場で扱い切れなかった分も、後日正木さんが「書体初め」をしてくださいました。
下記にて、紹介させて頂きます。
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