ミリオンセラー新人賞 第7回座談会

選考が遅れて、まことに申し訳ございません……。それでも、基準は下げずにやりました。

今井 大変ご無沙汰してしまいました。久しぶりの、ミリオンセラー新人賞です。よろしくお願い致します。

平林 よろしくお願いします。それにしてもなんでこんなに空いちゃったの?

今井 今年の2月にぼくが編集長を辞任したのですが、現編集長に「くれぐれも漏れのないように」と言われていたにも関わらず引き継ぎ残しをしてしまいまして。全面的に私の不注意によるものです。〆切から1年以上も放置してしまい、応募者のみなさまには大変申し訳なく思っております。ずいぶん遅れてしまいましたが、あらためて編集部で全作品を読み、今日こうして座談会を開催させていただいております。審査の方はいつも通り遠慮せずいきますので何とぞよろしくお願い致します。

調査対象に仮説を

今井 1作目です。石田幸太郎『もし日本史が必須化されたならば』。歴史が得意な平林さん、いかがでしょうか?

平林 これは、正直言って企画になっていないですね。何度か投稿してくださっている方ですが、いずれも書籍化できる内容ではないという印象です。また、目次案のところを見るとわかるのですが、「次世代にインタビューをしてアンケートをとり〜」とか「著名人の意見を〜」とかって書いてあるんですね。これがよくない。

岡村 まあ、なんとでも書けますからね。

平林 そもそも企画として小さすぎるとは思うんだよね。本来、Webの記事一本分ぐらいのサイズ感だと思うんだけど、それでも敢えて企画化するなら、「著名人」じゃダメだと思うんですよ。歴史学者に訊くのか教育学者に訊くのかはわからないけど、バイネームであがってこないと。仮説でいいんです。「○○さんが過去にこういうことを言っているから、こういう意見がもらえるだろう」って感じで。

今井 主張がないんですよね。この方が何を課題に思っていて、それをどうしたいと思っているのかが見えてこないんです。基本的に新書って、ひとつ、その著者が世に問いたいこと、人に伝えたいことがあって、その説得や説明に1冊費やすものだと思うですけど、この企画をはじめ、まずそこがしっかりしていない応募作は非常に多いですね。

平林 仮説がないから検証のしようなないんだよね。どうなるといいと思っているのか、なぜこの本が必要なのかがわからない。だから、企画になってないんだと思います。

「グローバル化」はもう古い? ネタは鮮度が第一

今井 続きまして、三村眞知子『わたしらにとっての国際化ってなんですのん。ー脱国際化幻想ー』。岡村さん、いかがでしたか?

岡村 はっきり言ってしまうと、この企画はこの人の「国際化」「グローバル化」に対する感想文以上のものではないですね。この人がどういう問題意識を持っているかは伝わってくるんですけど、それが読者に何の関係があるのかがよくわからない。

平林 部分的に正しいところはあると思うんだよね。ただ、「脱国際化」っていう大風呂敷を広げた本の内容として、言語の問題だけに絞るのはちょっと浅すぎると思うんだよ。それだったら、「日本の英語教育」とかに問題を絞った方がまだありなんじゃないかな。

岡村 「国際化・グローバル化」っていう大きいテーマそれ自体は、15年くらい前にかなり熱心に語られたものであって、どうして今、このテーマなのかは疑問です。

平林 先進国では一旦語り尽くされた印象だよね。途上国はまだこれからかもしれないけど、日本をはじめ西側諸国が経験したそれとはまた違ったかたちで来ているし。たとえば、インターネットに接続する端末も、PC→スマホっていう過程を経ずに、いきなりスマホで、いつどこでも世界中につながるようになってるんだよね。慣らし期間なしでいきなり未来が来ちゃったけどどうすんの? みたいな状況で。あとさ致命的なところを一つ見つけてしまって

今井 どこですか?

平林 「英語だけが取り柄」っておっしゃってるんだけど、目次を見ると「プロローグ」と「エピローグ」が逆なんだよね

今井

岡村 本当だ

平林 これはダメだよ。英語ができるかも、疑わしく思えてしまう。

小説は星海社FICTIONS新人賞へ

今井 阿佐めぐみ『あしたはぼくが晴れにする』これはですね、小説なんですよ。カテゴリーに「エンタテインメント」っていうのがあるからもしかしたら勘違いされたのかもしれませんが。もちろん、小説で新書的なテーマを語るってのはなしじゃないんですよ。例えば『星の王子さま』や『アルケミスト』、『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』みたいなすばらしい事例もありますし。ただ、そうはなってないんですよね。

平林 うちにも、『キヨミズ准教授の法学入門』があるよね。ただ、基本的なこととしてさ、ノンフィクションの新しい書き手を発掘する賞なんだから、フィクションを送ってこられても困るっていうのはあるよね。小説仕立てにするなら、せめてその理由を書いて欲しい。

今井 そうですね。小説としての審査をご希望なら、完成させて、星海社FICTIONS新人賞の方にご応募いただきたいです。

「誰に役に立つのか?」を自問する

今井 続いて、流水円『教育手段としての武道』ですね。

平林 これも、すごく狭い。このテーマで、新書1冊の分量が書けるとはちょっと思えないかなあと、この人は武道の専門家であって、そういう意味で「実践者」ではあるけど、「教育者」ではないんだよね。

今井 誰かを教える立場にはないってことですか?

平林 道場では教えてるかもしれないけど、学校で教えてるわけじゃないんだよね。だから、このテーマを語るのに適した人かっていうと必ずしもそうとは限らないと思う。

今井 「武道」は語れるけど「教育」を語れるのかうーん、確かに。

平林 「極真空手二段」ていうのもちょっと微妙なところがあるよね。その段位にいる人、日本にたくさんいると思うんだよ。この人が選手としてすごく有名だとか、空手のブログを書いていて大人気とかであれば別だけど。

岡村 武道を教育に取り入れたらどういいかっていうのが、読んでもよくわからないんですよね

平林 学校で、ちゃんとした武道家が教えないと意味ないって話をされてるんだと思うよ。ちょっと回りくどいところはあるけど。

岡村 なるほど。それを読みたい人がどれだけいるかですよね。新書って、もちろん人それぞれなんですけど、基本的には何か「役に立つ」と思って買う人がほとんどだと思うんですよ。そういう意味で、これは誰にどう役立つのか、ちょっとわからなかった。

今井 新書のテーマ設定には2つのアプローチがあると思うんです。多くの人が抱えている疑問・課題に対して解決策を示すか、自分の持っている疑問・課題を万人の興味をひくようにプレゼンしてその解決まで導くか。ダイエット本とかお金の本とかは前者で、後者はうちでいうところの『江戸しぐさの正体』です。この方がやりたかったのは、後者のアプローチなんだろうなとは思いました。

平林 『江戸しぐさの正体』みたいなことがやりたいんだろうなとは、ぼくも思った。「実はこんな大きな問題があるんだ!」という話だと思うんだけど、そこがうまく伝わってこないんだよね。ただ、このテーマ設定は、この人の立場上、けっこう難しいチャレンジでもある。「学校教育の武道には問題がある」と言いつつ、「でも、(自分のやっている)武道そのものはいいものだ」って言わないといけないから。

自分の経歴とテーマは合っているか!?

今井 次は、おにぎり『若者と政治~若手政治家は何を考えているのか~』

岡村 これは応募者の経歴と内容のテーマ設定が釣り合っていないパターン。「若手政治家解体新書ここにあり!」ってすごく大きな風呂敷を広げてるけど、著者自身はボランティアをしていただけで、実際に若手政治家をやってるわけでもないし、政治プランナーでも政治学者でも政治記者でもないんですよね。プロフィール&投稿内容と扱っているテーマを比較すると、あまりにテーマが大きすぎると思いました。

平林 問題意識は悪くないと思うんだけどその通りだね。

岡村 あともう一つ大きな問題があって、誰に向けた本なのかわからない。『政治家になるには?』とかならまだわかるけど

平林 それは需要あると思う。地方の小さい市とかでも、議員になれば年収500〜600万はもらえるんだよね。で、そういう人が何票集めてるかっていうと、2000票と少しだったりする。地元に友だちの多い人が、Uターン・Iターンするときの手段として検討してもいいぐらいのラインなんだよ。そのへんを詳しく書いた『地方自治体議員選挙攻略本』みたいなものがあれば、おもしろそう。

今回最も書籍化に近い企画

今井 続いて、坂上新『女性社員が子供の看護休暇をとった時に内心イラッとしてしまうあなたへの処方箋』。「男女平等について今の世の中うるさすぎませんか?」というようなテーマ設定で、どこかの役所の総務部人事にお勤めの方が書くという内容です。このテーマ設定は、経歴とのバランスも含めて悪くないと思いました。このタイトルにあるようなことを思っている人は実際にいそうだし、現場で実際に色んな事例を目の当たりにしている人がまとめれば、説得力も出るはずです。ただ

岡村 ただ?

今井 目次と1章の内容からは、1冊をおもしろく書き上げるだけの力を感じることができませんでした。これもまた、新人賞によくある「テーマはいいのに」というパターンです。

平林 テーマとしては、これが今回いちばんよかったよね。ただ、データがなさそうなんだよね。

今井 そうですそうです、それも問題です。あと、物語形式になっていて、主人公に色々教えてくれる立場の先輩が出てくるのですが、この人がどれぐらいすごい人なのか全然わからないんですよね

平林 情景描写がないから、規模感が全然わからないんだよね。舞台となっている会社の大きさとかさ。

今井 あと、Aくん、Bさんといった名前でキャラが出てくるのに、さらに「モブ子さん」て人が出てきて

岡村 そこはC子でよくない?

今井 そうなんですよ。そのへんのルール設定も甘くて。ただ、何度も言うようにテーマ設定も悪くないし、書くに足る経験をお持ちである可能性も十分あると思うので、よかったら「会いに行ける編集長」に持ち込んでいただきたいなとは思います。

コミュ障を克服するための場数、どこで踏む?

今井 次、だいもん『全コミュ障に告ぐ、美容室活用のススメ』

平林 これも小さいよねー。

今井 そうなんですよ。Webの記事1発でいいんじゃないかってとこはあって。内容としてはですね、コミュ障克服には訓練が必要で、訓練に適した環境として3つの条件を満たすことが必要だと書かれているんですね。①ある程度の時間同じ人とコミュニケーションがとれること②初対面の相手であること③沈黙が許されること。この3つの条件を満たす場が「美容院である」という話なのですが

平林 タクシーでもいいじゃん。

今井 他にも代替できるものいくつかありそうですよね。マッサージとか、女性限定ですけどネイルとか。別に間違ったことは書いてないんです。この方自身は美容院で克服したということなので、ある意味書く資格もあると思うのですが、いかんせん、美容院である理由、美容院がベストな手段である理由が書かれていないんですよね。美容院行く機会って、多くて月イチぐらいしかないだろうし。

平林 ただ、この4章の内容はいいね。「人材データベース化 量は質を凌駕する」。ぼく、タクシーに乗ると必ず運転手さんに話しかけるんだよね。少し話すと、その人が話し好きかどうかはわかるじゃない? 「いやーなかなか拾えなかったので助かりました」と言ったときの返しが、「どうも」なのか「いやー、今日は雨ですからね!」なのか。ずっとこれを続けてると、パターンがわかってくるんだよね。話しかける前にわかるようになって。それが、取材なんかで役立っているところがある。

岡村 星海社新書『じじいリテラシー』はまさにそんな本ですね。日本にいる「じじい」をパターン化した本ですから。ベンチャーでもない限り、会社や組織の偉い人達は高年齢の「じじい」ですので、そういう人たちとうまく付き合うにはどうすればいいか、読めばよくわかる本です。

「新書になる企画」とはどんなものか

今井 以上です。今回は残念ながら受賞作になりそうなものはありませんでしたね。何度か、「これは本にならない」という話が出ましたが、本になるかどうかを判断する基準て、どこに置けばいいと思われますか?

平林 うちの新書は、だいたい200ページ前後に収めることが多いんだけど、字数にすると7万字〜8万字ぐらいなんだよね。その7万〜8万字を5章立てにしたとして、各章約1万5千字。各章が10見出しずつあるとすると1見出し1500字。この、1500字×10見出し×5章で書く見通しが立つかどうかが、新書になるかどうかの境目だと思う。「小さい」と意見した人は、この考え方でいうと数見出し分にしかならないんだよ。Webの記事ならそれでいいけど。

今井 そうですね。

平林 なので、ちょっと考えたアイデアに飛びつかないで、ちょっと立ち止まって考えてみて欲しい。類書がないかとか、逆から考えるとどうだろうとか、敢えて自分で突っ込んでみるとどうだろうとか。そうやってもう少し企画を手元で育てた上で応募して欲しいですね。

岡村 僕からはプロフィールの話をしたいですね。本って「誰が」「何を」「どういうふうに」書くかをしっかり考えなければいけないんですけど、新書の場合は「誰が」がすごく重要なんですよね。小説やマンガといったフィクションならそこは全然いいんですよ。その人がどんな経歴なのかなんて関係なく、作品がおもしろければオールOK。けど新書は「この人にそれを語る価値があるかどうか」が、強く問われる。だから応募前に、自分の作品テーマとプロフィールを突き合わせて、読者の気持ちになって考えてみて欲しい。このテーマを、この経歴の人が書いて、「私は読むだろうか?」って。そこが適切でないと、徒労に終わってしまうので。

今井 他にもありますか?

岡村 あと、どの作品も冒頭部分がイマイチでした。筆者の書きたいことはわかるんですけど、読者が興味を持つもの、読みたいものになっていない。うちの新書は102冊全部、冒頭部分無料試し読み公開中なので、全部読んで研究していただけると幸いです。

平林 本当にみんながおもしろいと思うテーマかどうかを、自問自答して欲しいよね。たとえば、最近僕が担当したさやわかさんの『文学の読み方』は冒頭の見出しが「『火花』は文学ではない? 」で、書き出しが「この本は『文学とは何か』ということについて書いたものです。 そんな硬そうなテーマの本、あまりおもしろそうじゃないですよね。一体なぜ、そんな本が必要なのでしょうか? だいたい今どき、文学のことなんて、気 にしなくても生きていけるのに」なんだよ。

今井 すごい! 3行で引き込まれますね。さすがさやわかさん。読者の気持ちを予測して、うまくガイドされている。

平林 こうやって「ですよね〜」と寄り添った上で、「でもね」と文学について考えることがいかに有用か述べていくんだよ。

岡村 立ち読みでそこまで読んだら、もうレジ持っていっちゃいますよね。応募者のみなさんは家にある新書をもう1回手にとって、なぜそれを買ったか思い出して欲しい。多分立ち読みしてるし、著者がだれか、とかオビや作品紹介文とかを見て買っていると思うんですよね。自分が「欲しい」と思ったポイントを、自分の応募作でも作れているかどうか考えてみるといいんじゃないでしょうか。

ミリオンセラー新人賞、リニューアル!

今井 座談会はここまでなんですが、今日は告知があります!

平林 次回より、ミリオンセラー新人賞がリニューアルします! 大きな改訂としては毎回受賞作を選びます!

岡村 太っ腹! 新しい応募要項は、以下からご確認ください。
応募要項

今井 新生ミリオンセラー新人賞の〆切は、2017年6月30日です。みなさん、ふるってご応募ください!