偉人をエライ人だと思い過ぎなのである。
……と、何を急に言い出したのかと思われるかもしれないが
言いたいのは、
結果的に偉人と言われるようになった人でも
僕らと同じように悩んでいたし、どう生きていけばいいか迷ってもいた、ということ。
特に20代の時期は多くの「偉人」 が
先の見えない中、もがいていた。
ある人は「認めてもらえない」と嘆き、
ある人はブラック企業で不満を持ち、
ある人は最悪の環境の中、なんとか光を見つけようとしていた。
たとえば
22歳のときのモーツアルトはこんな言葉を残している。
「幸福というものは想像の中にだけあるものですから」
22歳にしてニヒルな言葉。
なかなか自分の才能を認めてもらえない現状に不満を持っての発言だ。
しかし、そういうネガティブな時期ほど名作を生み出しているのが面白い。
鬱屈したときほど作品に魂がこもるのかもしれない。
さらにいくつか偉人の20代の言葉をご紹介しよう。
20歳のときの野口英世の言葉
「学院の玄関番、車引き、なんでもするから使ってほしいのです」
これは、なんと謙虚な言葉!
というよりも必死さの伝わってくる言葉だ。
ついつい僕らは「これは自分のやりたいことと違う」とか
「この仕事は自分に合ってない」などと文句を言ってしまいがちだが
野口英世は違った。
さらには23歳のときのベートーヴェンの言葉
「いつの日か、私が偉大な人間になることがありますなら、その成功は先生のおかげです」
この言葉も謙虚な言葉だ。
一方で「偉大な人間になることがありますなら」と言っていることから
相当な自信もうかがわせる。
23歳にして「自信」と「師への感謝」を持ち合わせていた彼。
その後の活躍はご存知の通りだ。
27歳のときの稲盛和夫氏の言葉
「それでは会社を辞めます。今日限り辞めます」
稲盛和夫氏はブラック企業に勤めていた 。
同族企業で上の人がもめていたので現場はめちゃくちゃだったそうだ。
同期の人たちもみんな辞めてしまい、それでも自分なりに頑張っていた。
しかしあるとき上司が変わり、現場をわかっていないのに口出しをしてきた。
さらには進めていたプロジェクトをすべて否定する発言も受ける。
さすがの稲盛もキレた。
それが27歳のとき。その後京セラを設立し大躍進を遂げることになる。
最後に力強い言葉を紹介しよう。
23歳のときのチェ・ゲバラの言葉
「一発も撃たずに革命をする気かね?
きみらは頭がおかしいんじゃないのか!」
「革命をやらねばならない!」「世の中を変えよう!」などと
熱くなっている友人に対して放った言葉がこれだ。
「一発も撃たずに革命をするなんておかしいんじゃねーの? 」と言ったわけである。
23歳だとまだまだ理想を語って悦にひたりたい時期だ。
そのときにゲバラは「現実的」な発言をしていたのだ。
革命を成し遂げるのはこの発言の7年後である。
ツイッターなどで理想を語ったり愚痴をこぼしたりしてしまう僕らを見て
このときのゲバラはきっとこういうだろう。
「口だけじゃ変わらないよ。動きなさい」と。
☆ ☆ ☆
「名言集はたくさんあるけど、いつ言ったのかが重要だよねー」
「あの偉人の名言は何歳のものだったんだろう?」
そんな素朴な疑問から始まった企画が3月に1冊の本になります。
タイトルは
乞うご期待です!
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