独立系投資運用会社のレオス・キャピタルワークスで最高投資責任者(CIO)を務めるファンドマネジャーの藤野英人氏と、京都大学客員准教授として「交渉論」「意思決定論」「起業論」の授業を担当し学生から高い支持を得ている瀧本哲史氏。対談最終回は「投資」の本質についてです。
藤野 日本は大企業の一部で資本主義があまり機能していないと思っています。それは、株式の持ち合いがあって結果的に市場の規律が働かないからです。
株主による経営のチェック機能が働かないと、業績が良かろうが悪かろうが、経営陣は「2期4年をまっとうできればよい」と考えるようになるものです。こうなると、倒産でもしない限り変化は起きません。私は、これが非常に大きな問題だと思っています。
もっとも、こうした問題があるのは上場企業のうち3割程度の“大手有名企業”で、残る7割ほどの企業では、市場の規律がきちんと働いています。業績が悪ければ株は売り込まれますし、オーナーシップも発揮されているんです。
ですから、日本は「資本主義社会が7割、非資本主義社会が3割くらい」というイメージが現実に近い。
日本を良くするにはこの3割を資本主義化する必要があるわけですが、ではどうすればいいのか?あえて大胆な案を言うと、持ち合い分については議決権をゼロにすればいいと思うんです。すると、持ち合いをやめるか、もしくは浮動株の保有者に対して業績を説明しなくてはならなくなりますから、経営が劇的に変わると思います。
瀧本 確かに、経営において市場の規律が働かない状態はよくありません。この点、商品市場では誰もが「買う」「買わない」を判断してフェアに動くものですが、人材に関してはフェアに動いているとは言えないと思います。大企業には入社すれば既得権益として自動的に給料が上がるという幻想が残っており、規律が働いていないと感じます。一方、「7割の資本主義社会」では、ヒト、モノ、カネの3つでちゃんと市場の規律が機能している。この違いは大きい。
藤野 僕も瀧本さんも大学で学生に向けて「世の中がどのように変化しているか」を伝えているわけですが、私はこうした動きがまだまだ足りないと感じています。大学は民間との交流をもっと進めるべきでしょう。
瀧本 私は2012年の秋に東大でもゼミを持つようになったのですが、これは学生が自主的にゼミを企画し、教授会の許可を取ったことで実現したものでした。企画した学生は、「自主ゼミとして伝統を持ち、看板になっているのは、人権ゼミという「保守的な」ゼミ。資本主義的なゼミがないのはアンバランスだから、競争を愛する我々は違うゼミを作って競争しなければならない。ついては、瀧本さんに来てほしい」と言ったんです。
自主ゼミが既得権益化して、いつも同じような顔ぶれになっているのはフェアじゃない、そこに競争を生み出したいから逆のポジショニングのゼミを作ろう、というわけです。これにはびっくりしましたね。
藤野 それは面白い。学生側が変化していますね。
瀧本 大学を変えるドライビングフォース(推進力)になりうるのは何かと考えると、文科省や大学内部のスタッフなどもありえますが、それでは変化の速度が遅い。大学に変化を起こすのはコンシューマー(消費者)、この場合は学生でしょう。
学生は、授業の善し悪しを割とシビアに見ているものです。法学部や法科大学院の人気がなくなっているのは、学生が去ってしまったからですよね。マーケットに一番近い存在であり、大学に変化を促すのは、やはり学生なんです。自主ゼミを企画した東大の学生の話で言えば、東大の教養課程のスタッフが同じような発想で企画を立てられるかというと、それは考えにくいと思います。
今の大学生は、コンシューマーでありながら、お金は親に出してもらっているという、いわば中途半端な存在です。これが、自分で借金して学費を負担するとなれば、授業の質や自分の将来に与えるパフォーマンスなどに対して感度がぐっと上がるでしょう。
それに、この制度は少子化対策にもなります。「子どもを産んでも、金銭的に大学まで行かせるのが難しい」と不安を抱いている人は少なくないでしょう。
もし「親は高校まで行かせればよく、大学からは本人が自分の意思で進路を選べる」となれば、負担感がずっと軽くなります。実はアメリカでは、国家の保証こそありませんが、奨学金制度や銀行ローン制度が充実しているので実質的に親の負担が軽減されているんです。
日本は、親が子どものためにお金を出しすぎなのではないでしょうか。結果的に親が疲弊してしまい、少子化にも悪影響を及ぼしますから、これは改善すべきだと思います。
瀧本 確かに、方法はさておき、大学生へのファイナンスというのはありうると思いますね。
日本人は子ども手当などのように直接給付を行う“バラマキ”を嫌がる傾向がありますが、私はバラマキを素晴らしいと思っているんです。なぜならば、バラマキは選択と責任を与えるから。つまり、ちゃんと市場原理が働くのです。
たとえば子育て世帯への支援で言うと、国が幼稚園や保育園に助成して「国が決めたところに行ってください」というのは、国民に選択権を与えず、国への依存を高める政策です。
もしも「国がコメを作ってあげるからそれを食べなさい、良いコメか悪いコメかの選択の余地はありません」となったら、暴動が発生するでしょう。それなのに、幼稚園や保育園、大学を国が支援することに疑問を持たないのは、おかしな話です。
今は大学が多すぎることが問題になっていますが、なぜ大学がこんなに多いのかといえば、大学に対して補助金が降りるからですよ。本当は、コンシューマーである学生に直接お金をばらまいて、良い大学を選ばせたほうがいい。そうすれば、「学生が減って経営が苦しいけれど、補助金で何とか成り立っている」といった大学は淘汰されるでしょう。
藤野 私立大学も国からお金が出ていて、いわば「半国立」なんですよね。その結果、カリキュラムや教授の選択に文科省の影響力が及ぶことになっていて、市場の規律が働かなくなっている。
瀧本 コンシューマーにお金をばらまけば、みんなお金を無駄にしたくないから自分でよく考えて選択するようになります。「そうは言っても、判断能力がない人もいる。失敗しないように国に決めてもらったほうがいい」という意見もあるでしょうが、判断する機会を与えられなければ人は学ぶことが出来ず、永久に判断能力がないままです。
だから、「失敗してひどい思いをしてください、そこから学んでください」というのが望ましい。私は、お金を特定産業のプレイヤーにばらまく政策より、コンシューマーにばらまくほうがずっといいと思います。
藤野 僕はファンドマネジャーを務めベンチャーキャピタルも手がける投資家であり、明治大学で講師をしています。瀧本さんも、京大や東大で講義を行うかたわら、エンジェル(個人)投資家としても知られていますよね。一般に「投資」と「学生の指導」というのは世間ではまったく別なものと考えられていると思うのですが、実は僕は、教育活動も一つの投資だと考えているんです。
瀧本さんが京大や東大の学生を指導しても金銭的な見返りはそう大きくないかもしれませんが、瀧本さんの指導を受けた学生たちは、きっと学んだことを活かして社会を良くしていってくれるでしょう。
そんなふうに、「エネルギーを投入して未来からのお返しをいただくこと」は、すべて投資活動なのだと僕は思います。ところが、日本人の多くは「投資=お金でお金を儲けること」というイメージを持ち、投資を汚いものであるかのようにとらえてしまっていますよね。新刊『投資家が「お金」よりも大切にしていること』や『儲かる会社、つぶれる会社の法則』で私が強く訴えたかったことの一つは、「投資とは本来、非常に意義深いものであり、人生を豊かにしてくれる素晴らしいものだ」ということなんです。
瀧本 その観点で言えば、私は企業のスタートアップに対して投資することが多いのですが、実はお金を入れることよりも経営へのアドバイスのほうが価値があるもの。ですから、私が主に投資しているのは、お金ではなく時間なんです。
藤野 瀧本さんがエンジェル投資家として投じているエネルギーは、ノウハウやご自身の経験なんですね。
瀧本 私はアメリカで大成功した日本人ベンチャー投資家の方をベンチマークにしているのですが、彼に成功の理由を聞いた時、「僕はギブ&ギブ&ギブ&ギブしたからだ」と言われたことを心に留めています。
その方は、アメリカに渡った当時は英語がまったくできず、「聞けない、話せない、読めない、書けない」状態だったそうなんです。「アメリカ人は『ギブ&テイク』で動くけれど、僕は英語ができなくて誰も相手にしてくれないから、とにかく『ギブ&ギブ』に徹した」と言います。すると、彼がサポートした人たちのネットワークが大きくなり、ネットワーク内のお金や情報の流通量がふえて、ハブであるその投資家の方に何かしらリターンが発生するようになったのだそうです。これは「他者に何かを与えればお返しがあるものだ」という、いわゆる「返報性」の話とは違います。何かを与えた相手からの見返りを期待するのではなく、他者に何かを与え続けることで大きなネットワークを培うことに本質があるんです。
藤野 投資とは結局のところ、「自らの行動によって、世の中を良くすることに加わる」ことだと思います。その投資家の方は、素敵だと思うことにコミットしているうちにネットワークが大きくなっていったということなんでしょうね。確かに、知識や情報や人間関係は、いくら他者に分け与えても減ることがない。それどころか、ノウハウや人との繋がりは、どんどん広げるほど自分のネットワークが育っていくものですから。
瀧本 私が昨年上梓した『武器としての交渉思考』は、実は交渉論をまとった「仲間論」なんです。世の中を動かすことは、自分一人の力ではできません。共に戦う「仲間」を探し出し、連携して、大きな流れを生み出していかなければならない。そこで「仲間」を作るために必要となるのが、他者と自分の利害を分析し調整することで合意を目指す「交渉」の考え方です。さらに言えば、時には自分にメリットがなくても「ギブの精神」で他者をサポートし、未来の仲間をつくっていくことが重要なのだと思います。
取材・文/千葉はるか
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本 書は、私がいま、京都大学で二十歳前後の学生に教えている「交渉の授業」を一冊に凝縮したものです。いくら自分の力で決断できるようになっても、いくら高 い能力や志を持っていても、世の中を動かすためには自分一人の力ではとても足りません。共に戦う「仲間」を探し出し、連携して、大きな流れを生み出してい かなければならない。そこで必要となるのが、相手と自分、お互いの利害を分析し、調整することで合意を目指す交渉の考え方です。交渉とは、単なるビジネス スキルではありません。ときには敵対する相手とも手を組み、共通の目的のために具体的なアクションを起こしていく―そのための思考法なのです。さあ、「交 渉思考」を手に、この閉塞した日本の状況を一緒に変えていきましょう。
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