独立系投資運用会社のレオス・キャピタルワークスで最高投資責任者(CIO)を務めるファンドマネジャーの藤野英人氏と、京都大学客員准教授として「交渉論」「意思決定論」「起業論」の授業を担当し学生から高い支持を得ている瀧本哲史氏。
対談第2回目は、瀧本氏がコンサルタントとして手がけた日本交通再建の話から、日本の大企業が抱える問題へと発展、そして日本経済再生策へ……
藤野 瀧本さんはもともとマッキンゼーでコンサルタントをされていて、独立後に日本交通の再建を手がけられたんですよね。日本交通は、今ではタクシー業界大手4社の中でも断トツの存在です。
僕はタクシーに乗ると、よく乗務員さんに「お客さんのうち、降りるときに『ありがとう』と言う人はどれくらいの割合ですか?」と聞いてみるのですが、日本交通のタクシーに乗る人は「ありがとう」と言う割合が高い。
これはおそらく、日本交通のサービスのホスピタリティが高いことと、あいさつを大切にする人が日本交通を選んで乗っていることの相乗効果による傾向ではないかと思っています。
これは、すごいことですよ。僕自身、時間があってタクシーを選べる時は、いつも日本交通に乗っているんです。瀧本さんから見て、日本交通が再建によって大きく変化したのはどんな点ですか?
瀧本 いろいろありますが、基本はタクシーを「拾われる」ものから「選ばれる」ものにしたことです。お客さんから日本交通を選んでもらえるようになるには、乗務員に「いいサービスを提供してお客さんから評価してもらおう」という意識を持ってもらう必要があります。
もっとも、タクシーというのはいい意味でも悪い意味でも一期一会ですから、乗務員にとって接客を適当にすませるインセンティブが非常に高いという問題がある。それでも、私たちはタクシーでもブランディングは可能だと考えました。
実は昔、私自身が日本交通のタクシーに乗ったとき、乗務員の人から「到着まで時間がかかります、お声かけしますからお休みになってはどうですか」と言われたことがあったんです。私が「なぜそんなふうに気配りをされるんですか」と尋ねると、その方は「日交だからですよ」と。「日交は業界ナンバーワンの会社で、お客様からも『日本交通なのだから』と言われることが多いんです。ですから、日交にふさわしいサービスを提供しようと思っています」と言うんです。
もちろん日本交通のすべてのスタッフがこうした考えを持っていたわけではありませんが、顧客と一部の従業員の間には“日本交通ブランド”が存在していたんですね。
私は、これをちゃんと広げればかなり強いブランドが作れると思いました。ほかのタクシー会社ではまず考えられない現象でしたから、差別化要因にできると考えたんです。
藤野 つまり、日本交通の過去を観察し、そこに資産が眠っていることを見つけたわけですね。
瀧本 そう、インビジブルアセット、つまり目に見えない資産があったんですよ。しかもそれは、競合する会社、たとえばMKタクシーが殴り込みをかけてきて、いくらお金をかけたとしても作れないものでした。実は、資本投下すればすぐ作れる資産というのはあまり強くないんです。時間がかかるもののほうがいい。日本交通でいえばそれはブランドだし、会社によっては技術かもしれません。いずれにしても、私は「どんなにお金を出しても、短期間では作れないものほど、経済的な価値を生む」と考えています。それは、投資をするかどうか決める要因にもなっています。
藤野 私はベンチャー経営者でありベンチャーキャピタリストでもありますが、ベンチャー企業というのはほとんど何もないところからすべてを作り上げていくものなんですよね。そうやって会社を続けていると、徐々に「何か」が出てくる。資本投下しても作り出せない価値を積み上げることが、「負けない会社」を作るための大事な要因だと思っています。
この点、日本交通の場合、長い時間をかけて作り上げられてきた「他社に負けないブランド」を見出したのが勝因と言えそうです。
しかし過去に築き上げてきたブランドがあると言っても、「ブランドをベースにして突き抜けた存在になる」ということについて、日本交通のスタッフや乗務員はすぐには信じられなかったのではないでしょうか?瀧本さんは、どうやって彼らに未来を信じさせ、行動を促していったのですか?
ですから、創業期に近い古い過去を振り返り、その過去に築き上げたブランドが未来につながるんだと訴え、「圧倒的ナンバーワンブランドを皆さんの力で作りましょう」と伝えていこうとしました。
これは、限りなく政治運動に近いものがあります。そこで、現在の日本交通の代表である川鍋一朗さんが各営業所を回って「こういう会社を作りたいからがんばってほしい」とスタッフや乗務員に直接説明していったんです。川鍋さんは当時は専務でしたが、日本交通ほどの規模の会社では経営層と現場との間に距離があるのが普通ですから、専務がタクシーの営業所に来るということ自体が珍しかったと思います。
藤野 タクシー業界だとそういうものなのですね。
瀧本 そうです。そして、その姿を見て、スタッフや乗務員が「この人は本気だ、コミットしている」と感じ取ったのでしょう。
また、「どういう会社にしたいのか、そのためにどんな人物を採用したいか」、戦略を明確に決めてあらゆる場面で打ち出すようにもしました。すると、乗務員もスタッフも、それまでならタクシー業界に来てくれなかったのではという人も採用できるようになったんです。これも先ほどの話と同様で、タクシーの台数は資本を投下すれば簡単に増やせますが、いいサービスを提供できる乗務員は簡単には増やせません。ですから、人材採用は重要なポイントでした。
藤野 川鍋さんは日本交通の3代目社長ですが、ご自身がタクシー運転手を経験して、その奮闘の様子を本に書いて出版されましたよね(編集部注:『タクシー王子、東京を往く。―日本交通・三代目若社長「新人ドライバー日誌」』)
日本交通のタクシーに乗った時に乗務員の方とお話すると、「社長が自分たちと同じ仕事をしたことがある」という気持ちのつながりは相当なものだと感じます。すごいロイヤリティになっていますよ。川鍋さんの生き方や考え方は、多くの乗務員やお客さんにも伝わっているのではないかと思います。
瀧本 日本交通が100%オーナー会社に近かったというのも大きかったと思います。オーナーシップがはっきりすると、会社のブランドが一貫するんです。中小型株を見るとわかりやすいのですが、オーナーの意思が明確で理念が会社の精神になっていると、それが買われるんですよね。オーナーシップが明確な会社は、変化も起きやすい。
藤野 まさに、僕も同じことを感じています。僕は中小型株投資の専門家ですが、最近は「大企業を見る時も、中小型株と同じ視点で見て間違いない」と思うようになっています。
以前は、多くの人が「経営者のリーダーシップは中小企業のほうが重要で、組織マネジメントが近代化するに従って社長の位置づけは低くなる」と考えていました。しかし、僕がこの5年ほど真剣に大型株の投資をやってみて感じるのは、「大企業こそリーダーシップが大事だし、社長が代われば変化することも多い」ということなんです。
瀧本 私は、非凡なパフォーマンスを生む企業は非凡な変化を起こす会社であり、非凡な変化は非凡なリーダーシップによって生まれると思っています。大型株というのは、普通は平凡なパフォーマンスしか挙げませんよね。それは大企業にリーダーシップないから。「2期4年をつつがなく過ごせればいい」という経営陣のもとで、非凡なパフォーマンスが生まれるはずはありません。
藤野 アベノミクスで株価が上がったからといって日本がよくなるわけじゃないんですよね。安倍総理のやったことは否定しませんし、変化を起こしたことはすばらしいと思います。しかし、今は企業サイドにボールが投げられて、企業がどう打ち返すかという局面に来ているんじゃないかと思います。
そこで問題になるのがリーダーシップなんです。「日本の経済再生」と言うときにリーダーシップの話をする人は非常に少なくて、デフレとか金利とか為替の話ばかり。それらももちろん大事ですが、僕は個別企業のリーダーシップにもっとフォーカスすべきだと思います。
一般的に「オーナー経営=ワンマン経営」とネガティブなイメージがあるようですが、そこにリーダーシップがあれば、オーナー経営のほうが業績も株価も伸びているんですよ。【「サラリーマン社長」の会社は成長が期待できない】という法則は本にも書きました(編集部注:「儲かる会社、つぶれる会社の法則」)。
瀧本 それで言うと、経済全体が伸びることと、既存の大企業が生き残ることは別の話なんですよね。先日、経産省の外郭団体のシンポジウムのようなものがあって、経産官僚の方が外資系企業のトップに「日本企業はこれからどうなると見ているか」と尋ねたんです。
すると外資系企業のトップは「その質問に対してお答えになっているかどうかわかりませんが、RCAという会社を覚えているでしょうか?DECという会社は?」と。
藤野 RCAはテレビを発明した企業で、アメリカのテレビの半分以上を作ってた会社ですね。DECはミニコンピューターの雄でした。どちらも今はなくなっていますが。
瀧本 そうなんです。それで、その彼は「それらの会社と同様に、今後、日本全体でも会社が入れ替わっていくかもしれません。今ある企業が残ったまま繁栄して成長するという考えではダメなのではないでしょうか」と答えたんです。質問した方はフリーズしていましたね(笑)。
しかし、そもそも経済成長は個々の企業が努力して「成功する会社もあれば失敗する会社もある」というメカニズムのなかで起こるものであって、政府が特定の産業に助成するターゲティング政策では経済は伸びないんです。
藤野 そうはいっても、高度経済成長期に経済政策を推進した官僚の姿を描く『官僚たちの夏』のような、「ターゲティング政策で日本経済全体を成長させよう」という志向はまだまだ強いですよね。
瀧本 この点、面白いのは米Dellの非公開化です。DellはPCから非PC端末への乗り換えが遅れて業績が悪化しましたが、創業者らが公開済みの株式を取得して非公開化し、大きな変化を起こそうとしています。
でも、これが日本なら「ヒューレット・パッカードとくっつけて何とかしよう」とか「中国のレノボに助けてもらおう」といった救済劇が起きて、最後は国が出てきて指導するという形になるのではないでしょうか。
しかし、このような手法では大企業は救われないでしょう。私は、企業でもっとリーダーシップが発揮されることや、企業の新陳代謝が進むことのほうが望ましいと思います。
(次回は3月18日更新予定です。)
取材・文/千葉はるか
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