• ジセダイとは
  • サイトマップ
ジセダイとつながろう!

ようこそジセダイへ!混沌と変革に満ちたこの時代、あなたは、何と闘いますか?ジセダイとは?

  • Home
  • スペシャル
  • 連載
  • イベント
  • 新人賞
  • 星海社新書
  • ジセダイ編集部
  • twitter
  • Facebook
  • RSS
  • youtube
  • Ustream
  • SlideShare

HOME > ジセダイ編集部 > エディターズダイアリー > ニコ生「集団的自衛権をめぐる喧噪の中で、憲法について一人で静かに考えてみる番組」書き起こし②

エディターズダイアリー

ニコ生「集団的自衛権をめぐる喧噪の中で、憲法について一人で静かに考えてみる番組」書き起こし②

林佑実子
2015年07月11日 更新

さて、憲法の根本は憲法の前文の中で規定されています。その憲法前文を肯定するにしろ批判するにしろ、じっくりと読んだことがありますか。

Q3「あなたは憲法前文をじっくりと(「じっくり」の定義は各自に委ねるとして)読んだことがあるか」

1.ある

2.ない

もしかして、護憲派も改憲派も読まずに何か言っていないだろうか。正直に答えてみてください。読んだって人が9割くらいいるといいですよね。でも正直に言えばすごく少ないんじゃないかな、と思います。

 

ぼく自身がそうです。憲法についての本をある時期から書き始めるんですけれども、そのときまでぼくは社会科の授業の中で聞いたことはあっても、一字一句きちんと読んだこともなければ、憲法そのものを最初から最後まで通して読んだこともありませんでした。そういう憲法を前にして、ぼくたちは守ろうとか変えようとか言っている。わかりやすい、たった数行の憲法9条だけを議論の対象にしてしまうようなことが起こる。けれども、この憲法自体を我々は読んでいないということは、ぼくもあなたたちも認めなければいけないところです。「いや、じっくり読んだ、本当に細かいところまで読んでぼくは改憲派なんだ」と言う人がいたら、その方の意見は真摯に耳を傾けられるものだと思います。でも、現状はそんなふうな改憲論ではないわけですね。

 

(それでは改憲論について考えてみましょう)今、一般に言われている、あるいは以前から言われている「改憲」の根拠がいくつかあります。その根拠について具体的に挙げていきますので、「YES」か「NO」で答えてみてください。

Q4「あなたが改憲に同意するか否かは別として、憲法を仮に変えるとすれば、その理由は何か考えられますか」

(まず、最初の理由です)

Q4-1「日本語として美しくないから」

1.YES

2.NO

(改憲の議論の中で)最初期に出てきたの(ものの一つが)が、Q4-1「日本語として美しくないから」という議論です。石原慎太郎さんなんかは今でも言っています。「憲法悪文説」ですね。美しくないから変えるのか、変えるべきなのか。考えてみてください。

ちなみに、答えたあなたたちは「憲法の草案が英語で書かれたこと」を知っていましたか?

起草の中心はGHQが起草の中心だったわけです。日本人がどこまでコミットしたかしないかについてはさまざまな説があるし、「ここまでしか関われなかった」という現実もあります。しかしですね、どちらにせよ、アメリカ人や亡命したオーストラリア系ユダヤ人なんかも入っているGHQのメンバーが英語で作りました。英語で作ったものを日本語に翻訳する中で、いろいろな努力があったわけです。そうした苦労の部分も、日本人が憲法を「作る」ことに関わったという大事なポイントなんだけれども、そこをもって「悪文だ」とするのは心ないなって気がするんですけれども、「日本語として美しくない」っていうと聞こえがいいわけですね。

2001年か、随分前ですね。当時ぼくはまだ「論壇」というところにいて、『中央公論』とか『諸君!』とか『正論』とかに書いていました。あの頃ぼくは、同年代でそういったところに書いている中で一番「右」だと言われていました。言ってることは変わらないんですが、(ぼくが言っていたのは「戦後憲法の擁護」で、それは変わりません。ぼくが変えた主張は〝「権力」の抑止力として戦後憲法の定める象徴天皇制は機能するので支持する〟から〝天皇制を断念しなければこの国は永遠に近代国家になれない〟です)ボーっとしているとぼくの上をいろいろな人が飛び越えていって向こう側に行ってしまったので、ぼくは今極左らしい。マルクスもちゃんと読んだことないんですけどね。アニメやまんがやおたくのことを論じてきたので、ああいう呑気なことを言っているような人間は右なんだ、と周りからは思われていたようです。(80年代末はそういう空気でした)

それはおいておいて、憲法について考えてみようとある瞬間魔が差したわけです。論壇みたいなところにいるので、いい加減ちゃんとものを考えないと、ぼくも人生の後半が見えてきているし、ちょっと真面目になろうかな、くらいのことはバカなぼくでも考えるわけです。それで憲法のことをちゃんとやろうと思いました。そのときに、改憲論をちゃんと考え直してみようと。ぼくには癖があって、あんまり賢くないので、具体的にやって確かめてみる。これがぼくの基本的なものの考え方なんです。だからぼくの評論ってあんまり面白くないわけです、バカだから。

まずはこの「悪文説」。悪文ならば、芥川賞作家に翻訳し直してもらえばいい。普段は文学死ねって言っていたわけですけれども、こういう瞬間だけ芥川賞の権威を利用するなって話ではあるんですが、無差別に芥川賞作家に依頼しました。石原さんも芥川賞作家なので依頼しました。それで、池澤夏樹さんだけが応えてくださいました。(忘れていたけど、リービ英雄さんもでした)池澤さんだけが英文憲法の日本語訳を書いてくれて、そのあと憲法全文を日本語に翻訳されて、今でもまだ集英社文庫で買えるみたいです。池澤さんは芥川賞作家であるだけでなく、翻訳家としても非常に優秀な方ですから、そういった方が書いたものは石原さんでも少なくとも悪文とは言いがたいんじゃないかなって気がするわけです。でも美文か悪文かってことは結局主観(や美意識)の問題ですよね。大事なのは、こういった翻訳して憲法ができあがっていく過程、それこそ白洲次郎なんて人も関わっているわけですよね。そういった当時の占領下における日本人の努力、英文憲法を日本語に落とす中でどうにか彼らなりに彼らの考え方を反映させようとした、この努力を「悪文」のひと言で否定してしまうのは、あまりにも歴史に対して不誠実じゃないのかなと、ぼくなんかは思うわけです。ちょっと高い六法全書を買うと、英語の憲法が出てます。(気になる条文だけでも自分で訳してみるべきです)

 

Q4-2「日本人が書いてないから」

1.YES

2.NO

ふたつめ、これはよくあるんです。「日本人が書いてないから」。さっき、控室に『日刊ゲンダイ』がたまたまあったので目を通していたら、こんな一節がありました。「安倍首相はGHQの素人がたった8日間で作り上げたシロモノだと平和憲法にケチをつけている」。『日刊ゲンダイ』らしい書き方ですね。安倍さんが実際にこう言ったかは『日刊ゲンダイ』の記事なのでわかりません。ただ、GHQがたった8日間で作ったものなんだ、という批判、日本人が書いてないぞという批判は、感情的な改憲論の根本にあるわけです。

 

じゃあ、書けよ、というのが次の選択でした。特に評判が悪いのは前文ですから、前文くらい自分で書こうじゃないかということで、『中央公論』の中で憲法前文を書いてみようという投稿を募りました。これは当時の『中央公論』に書いていた有名な評論家たちから怒られたわけです。素人を『中央公論』に出すなと、すごい嫌味を言われました。(西尾幹二とかです)あるいは素人に憲法が書けるはずがない、と。いや、あんたたちGHQの素人が書いたって言ってるじゃん。ここで大事なことはこういうことなんです。アメリカ人の「素人」が8日間で憲法を全部書いたんだったら、同じように「素人」である我々日本人(の有権者)が憲法を書くことはできないのか? という問題です。できなかったらみっともないわけですよね。あそこに関わった人たちは特別専門の法律学者ではなかったわけです。ジャーナリストだったり、学者もいました。ベアテ・シロタ・ゴードンなんていう憲法の男女平等を書いた女の子は、日本に両親といて、アメリカに留学したら戦争が始まっちゃって日本に帰って来られなくなったので、お父さんお母さんに一刻も早く会うためにはGHQに入ればいいやってくらいの理由で入っちゃった人ですからね。そんないい加減な奴に書かせるなって思うかもしれませんけど、でもそういったいわば最低限の教育を受けた人間たちがGHQに雇われて日本にやってきて、何の因果か憲法を書くことになってしまって書いた。これは事実なんです。つまり、憲法って実は誰にでも書けるんじゃないか、ということをここから学ぶべきですね。だから、書いてみようよというのがぼくの次の提案でした。5年間くらいやりました。5冊くらい出したんですが、『中央公論』の企画なのに角川から出ているのは、中央公論社の親会社は読売新聞社なんですね。読売新聞社っていうのは改憲を主張するメディアだったわけです。「みんなで憲法を書いてみよう」ってなった瞬間に読売新聞はこれは「改憲企画」だと思ったんですね。ところが出てきた憲法前文は護憲派よりのものが相対的に多かった。現状の憲法に近いニュアンスのものが多かったんですね。それで、こんな企画はまかり通らんということになり、(担当編集者は飛ばされ退社したので、ぼくは義理立ててこの会社にその後一切原稿を書いていません。でもこいつ、いつの間にか中公に戻ってるのは何だよ、と思います)角川に持っていって、『サイコ』売ってやってるんだからこのくらい出せよと脅かしてですね。出してくれなかったら『サイコ』の版権引き上げるぞ、くらいのことはたまに言うんですけど、イライラしてると。そう言いました、本当に。それで角川が出してくれました。何冊か出ました。その中でいろんな子がいました。「日本は武装するべきだ」みたいなことを書いた人もいたし、今の憲法よりももっともっと平和主義的な人もいました。(掲載のバランスは公平です)前文もどういうスタイルでもいいと言ったんです。そうすると、いわゆる法律の文書みたいな形の人もいたし、詩みたいなものを送ってきた人もいました。詩が憲法前文かというツッコミはおいておきましょう。自分が考える憲法、つまり自分が考える社会やこの国、私たちの未来がどういうことなのかを言葉にするってことですよね。それが詩でもいいなと思ったので、なんでもありにしました。(番組が始まる前に音楽を流してたんですけど)その詩のいくつかに、ちょっと気が向いたので、知り合いの音楽プロデューサーに「全然予算ないけど、この詩に曲つけてアルバム作ろうか」と持ちかけてアルバムを作ったときの一曲です。(当時、ちょっとだけ仲が良かった裕木奈江さんとかにも手伝ってもらっています)そんなふうにして、自分の言葉で憲法を書いてみようという試みは悪くなかったと自画自賛じゃないけど思っています。このときに面白かったのは、全体としてこういう傾向があったんですね。(何というか、あまり勉強のできない子たちの中にむしろ見えた傾向です)あまり勉強ができない子たちの憲法に、まあ「勉強ができない」っていうのも差別的ですけどね。明らかにそういう子たちもいるわけです。そういう子たちの憲法が面白かったのは、基本「私は」って主語から始めちゃうんです。憲法で「私」はないだろうと。(実は「憲法」にとって主語は大切な問題ですGHQは主題の「we」を「日本人」と「普遍的な人」の二つのニュアンスを込めてるし、起章のプロセスでは「自然人」を主語にしてみようとしたり、かなり彼らなりに考えています。その試行錯誤は否定すべきじゃない)でも「私」から始めて、私はこんな感じの子でこんな生活をしているってところから始めるわけです。次のフレーズでは「差別」って言葉がいきなり出てくるわけです。差別って言葉も今はバイアスがかかっちゃってるけど、言いたいのは自分と他人は違うんだ、他人と違う自分がいるっていうことを言いたくて、「差別」っていうその時点でもやや手垢のついた古い言葉を持ち出してくるわけです。(つまり「他者性」ってことを言いたいわけです)最後のパラグラフでは「みんな」って主語になるわけです。これをぼくは面白いと思ったんですね。私がいる、自分と違う他者がいる、そして最終的には「みんな」という全体になっていく。(つまり「公共性」です)

最初から「みんな」じゃないんです。あるいは自分と違う誰かがいる、で終わりじゃないんです。私、他者、そして全体。この思考のプロセスが、パブリック、つまり「公共的なもの」ができあがっていく一番ベーシックなことなんだけど、普通の、勉強もできないし誤字脱字も多い、みたいな子たちでもこういった思考回路をもっているんだということは大きな発見だったし、上から目線で言ってますけど、ぼく、けっこう感動したんですね。つまりパブリックを作っていく論理構成みたいなことがちゃんとあるじゃないかと。じゃあもっと漢字覚えようよとか、そういうことですよね。もうちょっと本読んだ方がいいかもしれないよっていうことであって、でも公共性を作る力は我々の中にちゃんとあるんだということですよね。そこがわかった。それがやってよかったなと思うことです。(将来、有権者になる子らの中に公共性をつくる力が相応にあるじゃない、ということが、憲法前文を書いたことで明らかになったわけです)

 

とにかくですね、憲法前文を書いてみようというのがぼくの働きかけでした。このあと東浩紀くんなんかが似たような試みをしているようですし、改憲論者の人たちも、石原さんなんかも何考えたか「みんなで書けばいいじゃないか」って喚いてましたよね。ぼくもその通りだと思いましたよ。(立場こそ違え)「みんな」で書くんだという選択があるということですね。

Q4-3「耐用年数が尽きたから」

1.YES

2.NO

次ですね。「耐用年数が尽きた」論ですね。これはどうでしょう。出来て半世紀以上経つから、いい加減古くなったろうという考えですね。古くなった、耐用年数が尽きたということは、じゃあこの憲法をちゃんと「使ったのか」ということですね。公務員、みなさん腹立ちますよね。実はぼくの身分は今国家公務員に準じているんですね、ごめんなさい。(ぼくの形式上、所属している研究所での身分です)だけども、公務員の人たちと仕事していると、確かにこれは税金の無駄遣いだと、(自分の存在や)(自分のいる場所も含めて思います。つまり公務員になぜ腹が立つのかというと、彼らはパブリックサーバントじゃないじゃん、国民に対する奉仕者じゃないということですね。彼らは自分たちの利益を考えていて、さまざまに彼らが考える仕組みは(常に)彼らのためですよね。たとえば、派遣に関する法律を改めて、3年間で派遣ができなくなって、そこから先はちゃんと雇いなさいよって言ってるけども、じゃあぼくが働いてる(公務員の)現場で、3年後に派遣の人たちが4年目から国家公務員にしてもらえるかというと、してくれないわけですよね。3年目の手前で切っちゃうわけです、堂々と。自分たちは派遣切りをやっておいて、あんな法律は作る。そういうのが目につくようになるとイライラする。だけども、我々は公務員にお前らはパブリックサーバントなんだぞと怒ってきたことがあったのか。なんかしょうがねえやって諦めてしまう。あるいは「既得権」という言い方の中で、違う形の当たり方をしている。(「既得権」っていうのは上級役人の特権が一番、悪質です。今は福祉を得ることを「既得権」とか「特権」といって、問題がすり替わっている)でも、(有権者も)あんたたちは私たちに対するパブリックサーバントなんだよって言い方をしたことがあったのか。そういった言い方で批判してきたことがあったのか。あるいは行政手法を問い糾すことがあったのか。憲法の一個一個の条項の中には、9条に関する議論は多いかもしれないけど、(それは仮に)置いておいたとしても、「使える」場所(条文)はたくさんあるわけです。あるいは9条にしたって、戦争はしないんだ、じゃあどうするのかというときにですね、自衛権のことばかり言うけれども、戦争しない、でも他の国と関わっていく、じゃあ、どうするのか。結果的には外交によって国と国の関係を作っていくしかないという選択だったわけですね。そのときに、この国は一個の独立した国として自分たち独自の外交をする努力をしてきたのかどうかということが今度は疑問として出てくるわけですよね。そういうふうに、憲法に定めたことに従って、ぼくたち自分たちの国を作ってきましたか? それで憲法使えないよねって思ったといったら(わかるけど)そうじゃないですよね。その手前で判断停止している。だから極論ですよね。(使って使って、使い倒してから「耐用年数尽きた」って言えってことです)

Q4-4「現状に合わせて変えていくべきだから」

1.YES

2.NO

今度は「現状に合わせて変えていくべきだから変えよう」。(という主張です)ぼくの意見を言っちゃいましたけれども、変える理由の中に、現状、日中関係がこうだから、中東情勢がこうだから変えていこう、というふうに、その場その場の状況に合わせて変えていく。こういう(目先の問題への対処として変わっていく)憲法がいいのか悪いのか、これを考えてみてください。

Q4-5「新しい国民の権利を追加すべきだから」

1.YES

2.NO

あるいは、「新しい国民の権利を追加すべきだから」。いくつかの権利が書かれていない、だから変えるべきなんだ。こういう議論もあります。正しいと思います、ある部分では。たとえば、違憲立法審査権、つまり、法律が憲法に違反していますよということを確認してくださいという手続きをとっていく過程がうまく憲法の中では決まっていないわけですよね。そういった枠組みがないこととかですね、いろんな不備があります。環境に対する権利が要るのかどうかも含めて、いろんな視点があるでしょう。

Q4-6「新しい国民の義務を追加すべきだから」

1.YES

2.NO

逆に、権利が多すぎて義務が少ない。「新しい国民の義務を追加すべきだ」という議論もあります。(しかし、「義務」は自分にも課せられるもので、憲法に「国を守る義務」が書かれれば、その憲法下では「徴兵」という法制や制度を作ることが「合憲」になります。今の憲法では「徴兵」は「違憲」だと政府のヒトも言いますが、新しい憲法の下では「合憲」にもなり得るわけです。ここ、注意して下さい)

 

そんなふうに、変えなきゃいけない理由はなんなんだろうってまずは冷静に思い起こしてみてほしいと思います。

ぼくは変えるべきではないと言っているわけではないわけです。(しかし「変える理由」をまず考えましょう)後でぼくの立場は話します。

 

NEXT 「ニコ生「集団的自衛権をめぐる喧噪の中で、憲法について一人で静かに考えてみる番組」書き起こし③」

 

アシスタントエディター

林佑実子

編集部紅一点 浪速のじゃりン子エディター

林佑実子

ツイッターを見る

89年、平成元年生まれ。大阪出身。龍谷大学在学中に社会学部学会に参加、ジャーナル誌の編集やイベントを運営する。既存の概念を打ち破る星海社の挑戦的 な姿勢に憧れ2013年1月、星海社に合流。編集部で紅一点。読者様を“こちら側”に巻き込むような作品を世に送り出します。

エディターズダイアリー

投稿者