5年後のあなたは、どこで仕事をしていますか?
ビジネス
ここ数年、「グローバル人材」という言葉をよく聞きます。この和製英語、なかなかのクセモノです。言葉が先に広まってから「そもそもグローバル人材とは?」と議論されているように、誰もが納得する具体的な定義がありません。ところがその言葉は、日本のビジネスパーソンが持つ海外への「憧れ」と将来への「不安」に程よくマッチして浸透し、既に市民権を得ました。
知らないが故の「憧れ」と「不安」。考えるよりもまず、実際に海外で働いてみましょう。
一部のエリート層ではなく一般のビジネスパーソンにとって、海外で働くことは自分のキャリアにプラスになるのか。どうすれば海外で働くことができるのか。日本の将来を変えるのは私たちです。
はじめに
第1章 日本はやっぱりガラパゴス
・ 「10年以上も同じ会社で働いてるの?」
・ 日本で転職すると給料が下がるワケ
・ 古池や 蛙飛び込む 水の音
・ 几帳面な日本人のズボラな一面
第2章 不人気な日系企業
・ 現地従業員はこんな風に見ている
・ 「現地化」の掛け声
第3章 どうすれば海外で働ける?
・ 海外駐在、現地採用、起業
・ 現地で築くコミュニティ
第4章 海外で働くためには
・ 「世界で戦う」よりも「一緒に働く」
・ 違いを理解し楽しむ
第5章 海外で働いた後のキャリア
・ 地域軸と職種軸
・ 偶然を計画する
・ 点と点を線でつなぐ
第6章
・ 海外就職は早い者勝ち
・ 一人ひとりが将来の日本を作る
はじめに
「昨日、八橋電機と五十嵐エレクトロニクスが経営統合を発表し、両社の社長が記者会見を行いました。」
トーストを食べながらTVで朝のニュースを見る。日経新聞やニュースサイトのチェックも毎日の日課だ。
毎日9時からの日系法人営業部の朝礼では、業績の進捗やその日の連絡事項が伝えられる。その後は上司と個別の打ち合わせ。昨日までにまとめた販売促進プランを報告する。上司の反応は上々だ。
今日は内本商事・土島機械・長野プラントの3社を訪問。長年の付き合いのあるクライアントで、定期的な訪問と情報交換が欠かせない。土島機械は支社長の交代があり、来月には新支社長が着任するらしい。さっそく歓迎会の日程を確認し、レストランを予約する。
オフィスに戻ると、クライアントとのトラブル対応に当たっている部下から報告を受ける。
商工会議所で知り合った一石商会の部長との会食が7時半からのため、それまでに日報を書き終えなければならない。
これは、日本の話ではありません。
ある海外駐在員の日常を描いたものです。
海外駐在員といえば、外国語を駆使して日々の業務をこなし、現地のクライアントとタフな交渉を重ね・・・、というのが、一般的に想像される姿ではないでしょうか。
ところが実際は、海外にいても日本とそれほど変わらない職場環境で仕事をするケースが少なくありません。
これは、日本の本社から海外子会社へ出向する海外駐在員だけでなく、日系企業の海外子会社で採用される現地採用の場合でも同様です。
もしかしたら、前述のような想像を持ちながら海外の職に就いた場合、予想していたよりも刺激的でないと感じるかもしれません。一方で、外国語がそれほど得意でなくても、海外で働くことは意外と難しくない、ともいえます。
そうだとすると、海外での仕事経験は、将来のキャリアにそれほどプラスにならないのでしょうか。
そうではありません。海外で働くことを通して、将来のキャリアの土台を築くことができます。できれば20代、遅くても30代前半までに海外で働くことを薦めます。
それは「世界で戦える人材」になるためではありません。戦闘モードで構えるのではなく、ほかの国の人と一緒に気持ちよく仕事をできるようになれば、将来のキャリアも人生もより豊かになるからです。
第1章 日本はやっぱりガラパゴス
・ 「10年以上も同じ会社で働いてるの?」
香港を拠点にアジア各国へ出張三昧の生活をしていたとき。
各国のビジネスパーソンと「ナイス・トゥー・ミーチュー」から自己紹介が始まり、お互いの経歴を簡単に話します。
「以前は何をしてた?」「M&A関連の仕事をしてたんだよ」
「その前は?」「財務」
「その前は?」「営業」
「なんでそんなに職種がバラバラなの?」「同じ会社でいろんな部署を経験したんだよ」
「リクルートでどれぐらい長く働いてる?」「12年ぐらいかな」
この会話のあとに繰り広げられるのは、いつも質問攻めです。
「なんで同じ会社でずっと働き続けるのか」「職種が変わっても給料は下がらないのか」「どうやって専門性を身に付けるのか」「次の仕事はどうやって見つけるのか」・・・。
そもそも社会的な構造が違っていて、転職によってキャリアアップするというのは日本では一般的ではない。むしろ転職すると給料が下がる場合が多い。だから、社内で昇進するほうがより安定的に給与が増える・・・などと説明すると、さらに質問の嵐。不思議の国ジパングに対して興味津々です。
・ 日本で転職すると給料が下がるワケ
香港やシンガポールといった先進的なイメージのある国・地域だけでなく、中国・ベトナム・フィリピン・インドなど、他のアジア諸国でも同じ反応です。
彼らにとっては給料を上げるために転職をするのが一般的です。そのため、「日本では転職をすると給料が減る場合が多い」と説明すると、「転職すると、なぜ給料が下がる?」「給料が下がっても転職する人がいるのはなぜ?」と疑問が尽きないのです。
社会構造の違いやムラ意識に象徴される日本の文化など、いろんな説明の仕方を試みましたが、どれも説得力が不十分でした。ところが、木暮太一氏の著書『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社)に出会ってそのモヤモヤは解けました。
諸外国の会社と比較すると、日本の会社で仕事の成果を出すためには社内の人脈やシキタリがより重要なのは、よくいわれることです。会社が変わると、以前の会社で身に付けた社内人脈やシキタリのほとんどは役に立たなくなるため一時的に成果が出にくくなり給与が下がる、そう考えればある程度説明がつきそうです。
では、転職してすぐに新しい社内人脈を築いてシキタリを覚えた人は、すぐに成果が出て給与が上がるのでしょうか。もちろん成果は出しやすくなるでしょう。しかし、給与がすぐに上がるかというと、必ずしもそうではありません。
それは木暮氏が解説する労働力の「価値」と「使用価値」の違いを理解すれば説明がつきます。従業員の報酬は、成果ではなく、その成果を出すためにかかるであろう平均的なコストで決まっているのです。ここでいうコストとは、食費や家賃、スキル獲得のための勉強代や時間などです。成果主義の人事制度を導入している会社においても同様です。報酬のほとんどは「平均的なコスト」によって決まり、成果によって差がつくのはプラスアルファのご褒美の部分だけです。
そう考えると、転職してすぐに社内人脈やシキタリを身に付けて成果を出した人であっても、すぐに報酬が増えない、ということに説明がつきます。
日本の会社の場合、社内人脈やシキタリといった社内スキルを身に付けるためのコスト(金銭的なコストだけでなく、人脈を築くための時間や精神的苦痛なども含みます)が高いため、報酬に占めるウェイトが高くなります。ある会社で必要な社内スキルを身に付けるためにかかったコストは、転職によってリセットされるため報酬が下がります。さらに転職後の会社での報酬は、その会社の社内人脈やシキタリを身に付けるために「平均的にかかるであろうコスト」を基準に決まるため、転職してすぐに成果を出したとしても報酬はすぐには増えないのです。
・古池や 蛙飛び込む 水の音
日本では「以心伝心」「あうんの呼吸」「一を聞いて十を知る」「沈黙は金、雄弁は銀」「男の喋りはみっともない」などの言い回しがあるように、全てを語らずに「オモンパカル」ことを美徳とする文化があります。
また、日本独自の文化の一つに、五・七・五の17文字で情景や心情を詠む俳句があります。
古池や 蛙飛び込む 水の音
松尾芭蕉の有名な句です。ところが、日本人の私ですら、芭蕉がこの句で何を伝えたかったのか、その真意をつかむのは困難です。この句の解説を探してみても、人によってその解釈は若干異なります。
当然ながら日本人全員が俳句を詠んでいるわけではありませんが、「オモンパカル」ことや「意を汲む」ことが日本の文化として生活に根差しているのは確かです。それは日本人の「奥ゆかしさ」にも通じるものかもしれません。
それは日本の文化としては大事にしたいものですが、ビジネスの世界では別です。
複数の香港人から、「日本人との会話が難しい」と言われたことがあります。その際に「一を聞いて十を知る」という日本文化の話をしてみたら、「日本人は人の心が読めるのか?」「残りが九もあるということはどうすれば分かるんだ?」「相手の言いたいことを勝手に想像して、それが間違ってたらどうするんだ?」と、むしろ相手の興味を掻き立ててしまいました。
日本と外国とで異なるものの1つ。それは「コミュニケーション能力」の定義です。
日本の会社でも新卒採用や中途採用の際に「コミュニケーション能力」を重視することが多いはずです。そして、そこでいう「コミュニケーション能力」とは、聞いたり話したりする能力だけでなく、相手が実際には言葉にしていないことを「オモンパカル」能力も含まれています。
では、他の国ではどうでしょう。アジア諸国もほとんどは多民族・多言語国家です。同じ国に住んでいても文化的背景や第一言語が異なるため、共通語や公用語を使ったとしても「あうんの呼吸」は通じません。そのため、「コミュニケーション能力」とは、伝えたいことをきちんと言葉にできる能力を意味します。
このようなコミュニケーションに対する考え方や背景の違いが、ビジネスにおいてはマイナスに作用することがあります。日本人の英語下手は周知のことですが、そもそも伝えたい内容を言葉にしていないことが、日本人のコミュニケーションの特徴の1つです。
・ 几帳面な日本人のズボラな一面
「日本人は几帳面だ」というのは、外国でよく言われることです。それは日本人の長所でもあり、一方で「細かいことばかり気にして、物事が進まない」と言われることもあります。
それほど几帳面で細かい日本人が、全く対照的にズボラになることがあります。
それは、「契約」です。
こんな例がありました。ある日系企業がベトナムの業者に税務申告の代行を依頼し、その業者は税務署に申告書を提出。ただ、税法で定められた提出期限を過ぎていました。
依頼した日本の会社は「税法の期限までに提出してもらわないと、依頼した意味がない」とご立腹です。それとは対照的に、業者はケロリとしています。
「契約書には『税務申告をする』と書いてありますが、『いつまでに』とは書いてないし約束していません」
日本の会社は「税務申告をするということは、期限までにするのが当たり前じゃないか!」と怒ってみたものの、すでに期限を過ぎているので後の祭りです。
そしてこのセリフが日本人のコミュニケーションを象徴しています。「XXXが当たり前」というのは、その人がそう思っているだけであって、相手にとって「当たり前」かどうかは分かりません。
国によって若干の違いはありますが、契約書には「すべて書く」のが原則です。
「日本人は契約書というものをビジネスにおいて重要なものだと思っていない」
「書いてあることがあいまいすぎて、何が決まっているのか分からない」
そんな言葉をよく聞きます。
先に述べたように、「オモンパカル」文化が契約にも表れています。契約書にすべてを書かずに「含み」を残そうとしてしまうのです。
揉め事が起こった時に解決のよりどころとするのが、契約書を交わす目的の1つです。契約に書かれている内容に沿って、ペナルティを支払ったり、取引を停止したりして解決するのです。ところが日本人は、揉め事が起こった時には話し合いで解決しようと考えています。そのため、契約書を作成する時点ではあまり細かい内容にこだわらないのです。
また、これから取引を始めようとしているときに、揉め事が起こった時のことを想定して契約の内容を交渉する、というのが日本の気質に合わない部分もあります。例えていえば、お互いに安心して結婚するために、離婚の際の財産の取り分を事前に決めておくようなものです。
いくつかの例で日本と海外のビジネス慣習の違いを見てきましたが、これらはあくまでごく一部です。そして、それらは実際にビジネスの現場で体験してみないと分かりません。
では、海外で働くビジネスパーソンだけがこれらの違いを理解していればいいのでしょうか。そうではありません。外国に商品を輸出したり、逆に外国から輸入する際にも必要な理解です。日本に訪れる外国の旅行者を相手に商売する場合もしかりです。
「世界で戦える人材」になる必要はありません。しかし、外国の人たちと無用なトラブルを起こさず、健全にビジネスをするためには、日本の特殊性と海外との違いを理解する必要があります。
2020年には東京で夏季オリンピックが開催されます。これを大きなビジネスチャンスにできるか、またはトラブルに追われるか、その多くは日本のビジネスパーソンにかかっています。
波部 潤 (はべ じゅん)さん
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