ミリオンセラー新人賞 第5回座談会
作品なし! 応募前にもう一度、「自分が書く意味・理由があるか」について考えてください
お待たせして申し訳ございませんでした……
平林 さあ、やってきましたねー。第5回ミリオンセラー新人賞座談会! まずは編集長、景気のいい挨拶をどうぞ!
今井 まず、大変お待たせしたことをお詫びしたいです……。この座談会が遅れたのは、完全に僕の怠慢が原因で……。
林 いきなり暗いっすよ! まあ、完全に今井さんが悪いので仕方ありませんが! すぐにやらないからこういうことになるんですよ!
今井 そ、そうだね。今日は強気だね、林さん(苦虫を噛み潰したような顔で)。
平林 後輩にここまで言われて言い返せないとは……。前回と比べ、ちょっと色々と状況が変わったから、その辺整理しようか。まずみなさん、新書創刊編集長の柿内さんが星海社を離れ、コルクに移りました。元気にやってるといいんだけど。
今井 こないだ会ったら、「これからはデブの時代だ! ダイエットという概念はなくなる!」とか言いながら、コンビニスイーツ食い漁ってましたよ。元気そうでした。
山中 うちは元々みんな業務委託だから「やめる」ってのもおかしな話なんだけどね。「契約が変わった」ってのが、正しいかもしれない。
岡村 確かに。フリーの編集者として、今後もうちの新書をやる可能性は残ってますしね。実際昨年の5月には『「負け」に向き合う勇気 日本のサッカーに足りない視点と戦略』を編集してくれてますし。
林 私は柿内さん伝説を聞くばかりで、まともにお話しする機会もなくお別れすることになってしまいました。
平林 聞きたいことがあれば、いつでも相談乗ってくれると思うけどね。そういう人だよ。
岡村 そうだよ。ちょっとまあ、あれだけど、いい人だよ。
山中 うん、性格はあれだけど、いい人だよね。実力はもう、ご存知の通りって感じだし。
今井 柿内さんの人間的にあれな部分および近況は、コルクのTwitterアカウントで連載中の『今日のコルク』を見て頂くとわかりやすいですね。
僕らアシスタントエディターが新書をやらせてもらうことも増えました。僕は、『百合のリアル』、『選挙フェス』、『キャバ嬢の社会学』、『戦略的上京論』、『アニメを仕事に!』、『夢、死ね!』、そして平林さんと一緒にやった『「学問」はこんなにおもしろい!』と、大体7冊ぐらいにかかわらせてもらうことができました。
平林 星海社は小説・マンガ・新書・画集などなど、本当に何をやってもいいんだけど今井くんはすっかり新書中心の生活になったよね。僕も、今井くんとやったのに加え、『一〇年代文化論』、『江戸しぐさの正体』、『テヅカ・イズ・デッド』、『知中論』などを担当させてもらいました。岡村くんと山中くんも、新書デビューしたよね。
山中 僕は『弁護士が勝つために考えていること』をやらせてもらいました。
岡村 僕は『現代語訳 意志の力』ですね。自信作です。
平林 林さんも、もう企画動いてるやつ何冊かあるんでしょ?
林 はい! 今年は何冊も出せるように頑張ります!
新書化作品はゼロ
今井 みんなそれぞれ経験も積んだということで、今回こうして審査員をやってもらうことにしました。現役の新書編集者が直接見ているので、いいのがあれば即新書化します!
山中 だね。が、しかし、今回「いいの」は皆無だった……。
岡村 ほんとにね。普段僕らが歯に衣着せずに物言っている小説の方の新人賞の応募者って、ちゃんとしてるんだなと思いました。
林 星海社FICTIONS新人賞以上に……。
今井 楽しかった? 苦しかった?
林 苦しかったです。
平林 はっきり言って、全然だめだね。
今井 全員に全部読ますのは酷だったか……。気をしっかりもって、いきましょう!
一章ですべてネタバレせよ
今井 まずはこちら『この世のすべてのメロディ』。大森あらしさん。
山中 今風ですね。
今井 盗作についての話なんですよね。佐村河内守事件もあったし、タイムリーだなと。
岡村 この投稿作に出てくる「記念樹事件」って知ってる人いる?
今井山中林知らない。
平林 当時はそこそこ話題になったかね。小林亜星と服部克久は両方ともやっぱり大物だから。
今井 なるほど。しかし、応募者と小林亜星さんとの関係もよく分からない。手伝ってただけですものね。
山中 星海社新書は「武器としての教養」がテーマなわけだけど、これで何か得られるのかっていうと、別に何も得られない気がするんだよね。まとめただけだから。
平林 僕、小林亜星だと、あれが好きだよ。『∀ガンダム』のオープニングが好きだよ。
今井 あれ小林亜星なんですか?
平林 あれ小林亜星。作詞は富野由悠季(井萩燐)でしょ? で、小林亜星作曲でしょ? そして歌は西城秀樹。最高だよね。
今井 この作品に限らずなんですけど、ひとつ言いたいのは、書き出しの一章で軽くネでタバレをしないとってことなんです。これなんか、「ふとあることに気が付いた――」で終わってるんですけど(笑)。いや、それを書かないとって。
山中 結局さ、新書ってさ、あらゆる新書がそうだと思うんだけど、ほとんど一章である意味全部ネタバレしてるじゃん。最初に全部言いたいこと言ってるんだよね。
平林 「この本で何を書くか」、っていうのが、ちゃんと述べられてないといけない。だから、「この本では、この紙幅を使って、こういう手法で、こういうことを述べていきます」って。
今井 あと、「私は誰です」もですね。
平林 そうだね。
山中 脚本と一緒だと思うんだよね。よくできたフィクションの脚本って、最初に大きな謎が提示されて、最後に至るまでに、その謎が気になって読むっていうところがある。だから、ゴールがちゃんと明確になってるじゃないですか。たぶん、面白いものって、そういう風になってるんだと思うんですね。新書もやっぱりそうで、最初に結構、ちゃんとまとまってて、そこが面白いから読む、っていうのがあると思うんだけど、みんなね、そこをカン違いしてて、書き出しの一章だから、書き出しの一章でいいんだって思って、冒頭だけホントに書いちゃってるんだよね。それじゃダメだと思う。
今井 新書も最初に、映画でいうところの予告篇を作らなきゃいけないんですよね。
山中 そうそう。やっぱ一章は映画の予告篇じゃないとダメだと思うんですよ。それが全くできてないんだよね。だって、映画の予告篇って面白いでしょ。よくまとまってるしさ。掻い摘んで、いいとこ全部取ってるからそりゃ面白そうに見えるんだよね。映画も座らせたら勝ちなわけで。
読者はおもう、「なぜお前の話を聞く必要があるのか」と
今井 じゃあ次。『10代の10代による10代のための「思考力」』。これ、林さんはどうですか?
林 ……具体性が無いですね。
今井 具体性が無いことが問題かな? もっと他にある気がする……。
林 この目次を見た時点で、読む気はしないですね。
今井 ああ、確かにね。
山中 「10代による10代のための」って言ってるけど、現役大学生が現役大学生に、一体何を学びたいと思うのかっていうことだと僕は思うんだよ。
今井 そうなんですよね。
山中 すごい特別な人で、大学で起業して、バリバリ稼いでますとかいう人だったら、「ふーん。面白いなあ」と思って、「なんか、ちょっと、話聞いてみようかなあ」みたいなことって、あると思うんだけど、この人は普通の人だよね。
「秋の全国模試で偏差値40.8をたたき出しながらも第一志望校に合格する」って、第一志望どこか書いてないし(笑)。
今井 第一志望が偏差値41のところかもしれませんものね。
平林 国立大学でもさ、倍率とかは、学部学科によって全然違うじゃん。若いんだから、10代を謳歌すればいいのにね。こんなの書いてないで。
岡村 10代で書くんだったら、10代でしか書けないことを書かないと意味がないですよね。10代でも、小説家としてデビューする人はいますしね。
山中 小説はね。新書はやっぱり自分の経験から書かれることが多いから、そういう意味で10代で新書を書けるってけっこう稀有だよね。
今井 例えば……金メダル獲ったら書けるでしょうね。
林 あるいは、高校生クイズを3年連続優勝しているとか。
山中 3年連続優勝とかだったら、聞きたいよね。
平林 プロスポーツ選手とかだったら、全然あると思う。
山中 そういう特別性に対して、人って憧れるし、その人の話を聞きたいっていう風になりますよね。この人は、今の時点だとあまりにも普通の人なんだよね。クラスに20はいるなっていう感じの。
今井 「新書を書く資格」について相対的な基準を提示するとしたら、僕は「日本で十指」ぐらいの格が必要だと思っています。普通はそんな人いないので、かけ算でカテゴリをどんどん絞っていく。いま、『サマる技術』という本を編集していますけど、著者の船登さんは「読書法」の全体ランキングでは100位ぐらいかもしれない方なんですね。まだ27歳と若いいし。でも、「読書×要約」なら30位ぐらい、「読書×要約×クラウド」なら1位になれる。著者への提案て、「あなたはここなら一番ですよ!」って言いに行くことだと思うんです。それが企画力なんじゃないなかと。
当たり前のことを言って許されるのは、圧倒的実績のある人だけ
今井 『理論と感覚は半々で』。
山中 これ、まともなことしか書いてないよね。
今井 これも、この人が書く意味がよく分からないですよね。
平林 当たり前なことでも、イチローとかが言えばいいんだよ。重みが違ってくるから。無名の人が言っても説得力がまったく無いよね。
林 あと、ビジネスに有効な話なのか、他の何かなのか。その辺が、まったくわからない。
平林 全体的にフワッとしてるよね。この人の存在そのものがフワッとしてる。どういう人なのか、何がしたいのかまったく伝わってこない。二本投稿されてるけど、全然別のものだし。どっちも、明かにカタチになりそうもないし。
今井 ラーメンとフレンチぐらい違いますよね。2本が。これがうどんと牛丼だったら、和風B級グルメやりたいのか、ぐらいはわかるんですけど。
平林 そうなんだよね。
新人賞を暇つぶしに使うな
今井 はい、じゃあ次……高見英太さん。これ、僕はね……割と怒ってますよ。いや、もう。みなさん、この人のプロフィール見ました? 就活のヒマ潰しに『ジセダイ』使ってんじゃねえよっていう……。
岡村 じゃ、もういいんじゃない? 講評はその一言で。
平林 もう、飛ばそうぜ。
山中 これ全部公開されてるんだよね?
今井 されてます。だから、みなさん見れば納得してくれるはずです。
平林 完全にブーメランじゃん。この国の病理とかどうでもいいからさ、就活しろよ。
今井 今後こういった作品は、届いても公開しないことにします。
テーマは魅力十分だが……!?
今井 じゃ、次。山田剛士さん。『武器としてのFX投資』。
平林 来たな。「武器としての」ってフレーズをパクったやつが。
今井 これね、「ギャンブルより高確率で勝てる」って書いてあってそこに興味惹かれたんですけど、その理由が何も説明されてないんですよね。
山中 そうなんだよ。そこが書かれてると違った。目次もけっこう良くて、「なぜ日本人は投資が下手なのか」とか、割といい言葉だなあと思ったんだよ。ちょっと『投資家が「お金」よりも大切にしていること』っぽくもあるけど。
平林 今までのなかでは一番マシかなとは思うけどね。
山中 今まで見てきた中だと、まともなことを書こうとしている感じは伝わってくる。
今井 そうですね。歯医者さんなんですね。
山中 完全にロジックだけで、機械的に投資をやるっていう感じのやり方なんだと思う。
今井 どんなに日経に「この会社いい」って書いてあっても……。
山中 そういうのを一切見ないっていう。数字だけを見て、それをデジタル的に判断して、やるっていうことなのかな。感情に左右されるから日本人はダメとか、そういうことを言いたいのかなあと思って。まあ、僕が好意的に汲んでる可能性はゼロでは無いんだけど。
今井 これ、情報商材で売ってるんですかね。なんか、情報を出したくない感じが凄くしますよね。
平林 その宣伝だとするんだったら、無いな。
山中 ですね。
「語れる理由」に、確からしさを
今井 二天トオルさん。『僕が任天堂で学んだこと 〜世界で勝つための企画術〜』。本当に書けるのなら、普通に読みたいんですけどねえ。
平林 結論的には僕これ厳しいと思うんだけど、みんなはどうかな?
山中 僕はね、ちょっと読みたい。ゲーム好きなんで。
平林 僕もゲーム好きですよ?
山中 リアルに、宮本(茂)さんとやりとりしてるっていう内容が面白いんだけど、これ一点問題があるのかなあって気がしてて、守秘義務に引っかかってるんじゃないかって気が、けっこうするんだけど。
今井 この人の経歴、リアリティありますかね?
平林 無い。
今井 本当に書けて、かつ本名で再応募してきてくれたら、受賞でいいかなと思うんですが……。
山中 そうだね。あとこの人が、どれぐらいゲームの製作に対して、コミットしてるのかっていうところが全く見えてこないんだよ。
平林 そうなんだよ。この人が、責任ある立場だったのかどうかっていうのが、全然分からない。
山中 下積み中の平社員で、3年ぐらいで辞めちゃって、みたいなことだったら、語れることがどれだけあるのか……。そうではないとは思うんだけど。
平林 でも何か名刺代わりの、タイトルが欲しいよね。「『ピクミン』シリーズ、『ゼルダの伝説』シリーズに参加する」って書いてあるだけだから、分からないんだよ。
山中 この辺のレベルの作品になってくると、もうスタッフの数が尋常じゃなく多くなってくるから、多分、一人の人間から見えてくることって、けっこう小さくなっちゃうと思うんですよ。話が薄くなりかねないかなあという気はしていて。まあ、僕は、個人的に、宮本さんのファンだからってところもあって、読みたいものではあるんだけど。
平林 あと何か、この人が語るより、やっぱ宮本さんに語って欲しい。
山中 そうなんだよねえ。
平林 だって又聞きだもん。これ読んでも。
岡村 と言うか、文章だけ読んでるとこの人が任天堂に貢献してるとは思えないんだけど。ひどいこと言い方をすると、任天堂にぶら下がってるような気がする。
今井 まあ、プロフィールも、「日本人初のプロの任天堂ファン」。
山中 プロの任天堂ファンとかだったらね、もっといると思うよ。
今井 これでも、「社員になった=プロ」っていう意味でしょ? たぶん。
平林 わからんけど。
山中 いや、でも、そんなんだったらもっとメチャメチャいるんじゃないかな。
今井 そりゃそうですよね。かなり面白いとは思ったんですけど、この人が書き切れる予感が、このプロフィールと序文からはしてこない。
山中 凄いトンデモ本になっちゃうんじゃないかなあっていう気はする。
今井 褒めるんなら、やっぱり名前出しは必要ですよね。最悪けなすんなら、匿名もアリかなと思うんですが。
林 「任天堂はこうしてダメになった」みたいなことですか?
今井 そうそう。
平林 基本的には、責任を持って欲しいよね。ゲーム製作者としての自分、ゲームクリエイターとしての自分、ていうのを明確に出して語らないと。
山中 やっぱ、ディレクターとかレベルじゃないと、ダメだと思うよ。こういうのって。宮本さんとホントにガチでやりあって、ちゃぶ台ひっくり返されたのも、2回や3回じゃないですっみたいな話だったら、すごく面白いと思うし。ゲーム製作の本で、一冊面白い本があって、この前岡村さんに貸したと思うんだけど、『『侍』はこうして作られた』っていう、
岡村 アクワイアのやつですね。
山中 そうそう。『侍』の、タイトルが、企画されてから、できあがるまでっていうのを、新清士さんっていう、ゲームアナリストの人が、ドキュメンタリー形式で書いた本なんだけど、まあ、すごい勢いで、いろんなところでひっくりかえったりするわけ。あれを超えられるとは思えないんだよね。すごい何か、突き抜けた、こんなとこまで出していいの? みたいな感じのことが、いっぱい書いてあって。ディレクションに携わる人だったら、読む価値がある本です。
そもそも本を読んでいますか?
今井 じゃ次。『あなたと私と自殺の意味』。
平林 なんかスゲエ、硬いよね。
岡村 読んでても全くワクワクしないんですよね。
山中 自殺を知ることがどう「武器としての教養」になるのかってところが、抜け落ちてるよね。
平林 文章もスゲエつまんない。ちょっとね、ノンフィクション舐めてるよね。
今井 この作品に限らず全体に、その雰囲気がありますよね。誰でも書けると思ってんじゃねえの? ってのが。
平林 今年読んで面白かったノンフィクションって何?
今井 高野秀行さんの『謎の独立国家ソマリランド』。
平林 まあ、『ソマリランド』超良かったよね。あの、同時にさ、講談社ノンフィクション賞取ったさ、角幡唯介さんの『アグルーカの行方』もメチャクチャ面白いのよね。あと、青山潤先生の、『にょろり旅・ザ・ファイナル』も面白かったし、『殺人犯はそこにいる』だって必読だよね。すごい良質の、気合の入ったノンフィクションってさ、やっぱ何冊も出てるんだよ。書くことを舐めてる投稿者って、読んでないんだよ。
今井 新書も含めてね。
林 思いつきでとりあえず書き始めちゃったのかなぁ。
平林 「俺でもいけんじゃね?」みたいなさ、別にそれがダメとは言わないんだけど。やっぱりなんとなく自分の中で基準を作るためにも、いくつか読んでおいて欲しいよね。それこそ「これぐらい俺でも書ける」ぐらい思った人にだけ応募して欲しい。
戦略をもって、「誰でもできる」を徹底する
平林 あ、来たねえ!
山中 『怖がりの小心者が パリでプチプライスの衣料を手に入れるまで』。
今井 平林さん一押しの。
平林 このフォーマットを使って、世界のいろんな場所でいろんな物を手に入れる本を書けるなって思って。なんか、「西安のウイグル街で毛沢東語録を手に入れるまで」とか。ね? 何でもいいじゃんね。要するにパリ好きの女性の本ってのはたくさんあって、そん中でも売れ筋は限られてるんだけど。
山中 眞鍋かをりさんの一人旅の本とか凄い売れてますよね。
平林 中谷美紀さんのインド本とかね。パリは誰だったかな? パリで売れる人、一人いるんだよ。
今井 これはでも、ブログでどうぞって感じなんですよね。ターゲットが狭すぎるじゃないですか。どう考えたって。
平林 こういう企画は、著者が著名でないと、読者にとっての憧れの人でないと成立しないから。だから、統一化した基準として、具現化するんであれば、あなたが書いて、ホントに商売として成立しますか? っていうことだよね。
山中 分かった。これアレだ。昔テレビでやってた、『ウルルン滞在記』。
平林 うん。『弾丸トラベラー』とかそういうのと、似たような、アレはあるんだけど。海外ネタって、昔に比べると、弱いよね。
山中 海外に対する憧れ自体、そんなに無いですものね。
平林 行くの簡単で、安いでしょ? ネットの回線も太いから、僕らみたいに仕事しながらいける人もいるしね。最悪、ストリートビューで行けちゃうし。だから「誰が」の部分で書き手に特異性があるか、余程希少な体験を見せるかっていうのが最初の関門になるかな。もしくは、ベタで行くなら「誰でもできる」を徹底すること。でも、そういう本は沢山出ていて、それこそコミックエッセイとも戦わないといけないから、新書でやってもかなり厳しい勝負になるんじゃないかというのが僕の考えです。
難しい話を難しく書くことは、誰でもできる
今井 じゃ次。『1+1=2が正しい「理由(わけ)」』。
平林 これ、数学史だよね。
山中 固すぎでしょ。
林 教科書みたいですね。
山中 ものすごく哲学の方へ寄っちゃってるから読みづらい。噛み砕いて、離乳食みたいになってるんだったら、まだ面白いかなって気がする。誰でもわかるところまで落とし込まない限り、これは読み物にならないよね。
林 数学哲学っていうのは、こういうことだよっていうのを、数行とか、1ページで提示してくれないと、読み続ける自信がないです……とくに私にみたいなバカは!
山中 それが、結局、1+1=2につながるような話になるんだったら、それはまあそこそこ面白いと思うんだけどね。
岡村 僕はこういう哲学のひとつひとつの単語には凄い興味がありますよ。でもこれは読み手のことをあまり考えていない文章ですよね。もっと比喩表現とか使ってわかりやすく書いたらいいのに。
平林 知ってる人の文章なんだよ。何故危機的なの? どういう戦争なの? どういう病なの? 本当に、最も危機的な時代だって言っていいの? とか、そういうところも含めてさ、知らない人が、何も分からない。「ああ、そうなんですか」って言いながら読むしかないような文章なんだよね。
意訳本・現代語訳本は、「元本の読み込み」が何より大事
今井 次。『温故修身』。
平林 この人、こういうのをいくつか投稿してきてるよね。もう一個なかったっけ?『100年前の家庭の医学』だ。これも一緒にやったほうがいいね。こういうのさ、僕は好きなんだけど、なんか、なんだろ? 修身論2.0になってないんだよなあ、中身が。ポンと修身の教科書があるでしょ、昭和二年の。しかも、復刻版で。それがいきなりポンとあって、修身みたいな戦前にあった科目っていうのが、明治維新以降の近代化していく日本という国家の中で、どうやって形作られていったかみたいな話が何もされてない。ただ復刻版の教科書を読んで、「いいものはいい」「ダメなものはダメ」とやって、「使えるものはサルベージしていきましょう」みたいなことを言っているに過ぎないんだよ。だから、凄く浅い。読めてないわけよ。簡単に言ってしまうと。
今井 字は追ってるけど、っていうことですね?
平林 うん。ただ、案外レベルが高いっていうのをね。みんな読むと驚くと思うんだよね。だからそこら辺は、面白さはあると思うんだよね。
山中 パッケージングの仕方がちょっと何か。まだうまくいってないなって感じがする。
平林 いやだから、点だからだよね。修身っていうのはどういうものかっていう、やっぱり、線で、面で捉えないと。
山中 これを学んだ結果としてどうなるっていうところとかは、あんまり見えてこない。
平林 これについてはまあ、そんな感じかな。
今井 続いて、『100年前の家庭の医学』。この人の三作品の中ではまだ……。
平林 これが一番面白い気がするけどね。ただ、勘違いしちゃいけない。そう思うのは、元の本が面白いからなんだよ(笑)。
今井 そうそう。それを捉え直すっていう発想はありだと思うんですけど、この内容だと「で?」ってなるんですよね。
山中 「で?」だし、これね、やっぱり、家庭の医学っていうもの自体が最先端でないと、ほとんど意味が発生しないと思うんだよね。
平林 企画として成立させるんだったら、新書だと厳しいかもしんないけど、「トンデモ家庭の医学」的な感じにして、戦前ぐらいまでの、近代以降、明治・大正・昭和前半ぐらいの、トンデモな医学知識、みたいなのを、史料にもとづいて、図版をたくさん引用しながら紹介していく。みたいな。
今井 ハマザキカクさんが作られそうな本ですよね。
平林 そうそう。でも、それだったら一定の需要はありそうじゃない?
山中 分かる気がする。
平林 ネタ元も活きるしさ。だから、僕は多分、この元ネタの本とかは楽しく読めると思うんだけど、ただ、企画自体は、このままだとう~んって感じだよね。
山中 昔テレビでありましたよね。『本当は怖い家庭の医学』みたいなやつ。
今井 まあ、グリム童話とかもそうでしたよね。
平林 この人は、みんなが目を付けないところに目を付けるっていうのは出来てると思うから、あとは、それが本当に企画として成立するかみたいなところは考えて欲しい。
今井 確かに。あとは、「読者がいるか」ですね。
平林 視点自体はユニークだと思う。人と違うインプットはしてると思うんだよね。なので、自分が面白いと思ったものを多くの読者にも面白がってもらうために、企画を客観視しながら育てていってもらえるといいんじゃないかと思います。
フィクションを利用したノンフィクション
山中 『サイコメトラー会計士とわがままお嬢様の会計入門』。
今井 これねえ。
平林 これ結構いいんじゃないの?
今井 僕も、読みたいっちゃあ読みたいんですけど、投稿されてる冒頭部分、何も言ってないんですよ。
平林 だからさあ、これ至道流星さんが書いたらもっと面白いと思うんだよね。
山中 星海社FICTIONSでお願いしますって感じになりかねないなぁ。岡村さんどうですか? 至道さん担当としては?
岡村 まず、この作品と至道さんの作品を一緒にされちゃ困る。新書でこういった感じで送ってくるってことは、会計を説明する手段として「物語」を使ってるんですよね。『もしドラ』と同じ。でも至道さんの作品は、描きたい物語があって、その手段や設定として、ビジネスを使っているというだけなんで、全くこの作品とは性質が違います。だから逆に言うとこの作品が、新書の新人賞に送られてきているというのは、カテゴリーエラーではないです。
平林 でもこれ、面白くないぜ? この冒頭。
今井 別に、小説的味付けが下手でもいいじゃないですか。専門じゃないんだから。ただ、彼が書けると言ってること、何も書かれていないんです。MBA取ってて、公認会計士でもあるってことが、全く活かされてない。
山中 しかも、クラウドソーシングのベンチャー企業CFOとか書いてあるし。
今井 このプロフィールがすべて事実なら、ネタは持ってそうだなあと思いました。そしてサイコメトリーがどう利いてくるのかは気になる(笑)。
山中 サイコメトラー会計士、全く登場してないんだけど。
平林 これ、あれでしょ? この、電話掛けてきた人ってのが会計士なんでしょ? たぶん。監査室の徳沢さん? この人がサイコメトリーするんじゃないの? 違うの? そう思ったんだけど。て言うか、サイコメトラーである必要あるのかな……。
山中 サイコメトラーじゃないと分からないことが出てくるんでしょうね。
平林 会計関係ないよね。
今井 しかし……「日比谷の死神」(笑)。
山中 「日比谷の死神」っていう単語がもう、面白くってさ(笑)。
平林 「日比谷」ってのがいいよね。
山中 この言葉に限って言えば、センスありますよね。
今井 これ、もうちょっとちゃんと応募してくるなら、また読みたいですよね。
山中 ネタはありそうだよね。
伝えたいことを明確にしなければ、一冊の本にはならない
今井 続いて、『お願いです。働いてください』。僕これ割と好きなんですけど。
岡村 本当に?
今井 面白くなりそうな気が。
山中 僕もね、三角つけてるんですよ。これね、僕のなかでは、「武器としての生活保護」なんですよ。生活保護っていう最後の手段を知っておくことで、困窮して自殺することなんてないんだって思える、ある意味で前向きになれる本になるんじゃないかなと。
今井 僕もこれ、『キャバ嬢の社会学』みたいな本になれば面白いなあって。
山中 応募者も、書く意義のある人だよね。実際そういう仕事をしてる人でしょ?
今井 そうそう。『ウシジマ君』的なところもあるんですよね。
山中 「日本にいる限り、餓死はしない」って、まあそうだよなあって。どうやったって、ワーキングプアになる人っているわけで、それに対しての、一つのアンサーになるような気がするんだけど、ただそれがウチから出て、売り物になるかはよく分からない。
今井 岡村さん、全然ダメでした?
岡村 うん。
山中 これで一冊になるかって言うと、ちょっと難しいかもしんないね。
岡村 本当に同じ境遇にいる人にとっては読みたいと思うかもしれないけど、残念ながら僕の立場だと全く興味が無い。
今井 僕、内容っていうか、彼のプロフィールに興味がありましたよね。
岡村 ああ、なるほど。
山中 生活保護ワーク。
今井 ケースワーカーで、書く意志があるっていう。
山中 これアリです。書き出しの一章なんか。まあ、実際にこういうことあったんだろうなあっていう。
今井 でも大賞じゃないんですよね。それは共通見解だと思う。何ですかね。そこ、言語化しておく必要があるなあと思います。
平林 ルポ部分面白そうなんだけどなあ。
今井 結果なに言いたいのかっていうのが、よく分かんないですよね。そこですね、大賞にできないのは。
平林 そうなんだよね。急にぼんやりしちゃってるんだよね。最後の方が。
山中 まあでも実際生活保護ってどういう仕組みになってて、どういう人たちが受給しててって、あまり知らないっちゃあ知らないよね。だからそういう意味では、あったら読むなあっていう感じ。
平林 類書は既にあるねえ(検索しながら)。『生活保護リアル』、『生活保護 知られざる恐怖の現場』……。
山中 ドキュメンタリー形式のものが多そうですね。
平林 2013年に、新書だけで二冊出てるね。
山中 ああ、類書が多いんですね。そことどう差別化していくかがはっきりしてないのも、ちょっと厳しい。
平林 たくさん本が出てるってことは、市場はあるんだろうねえ。きっと。類書を読んで、差別化できるポイントを大きく打ち出してくれれば或いは……。
今井 惜しい!
星海社新書編集部は、こんな作品をお待ちしています!
一同 いやあ~。
今井 お疲れ様でした! 大賞は……。
平林 無しだね。
今井 こんな状況ですが、過去にここから『百合のリアル』は出てるんですよね。
山中 『百合のリアル』は、ジセダイエディターズ新人賞だったんだよね。著者と編集者がコンビで応募する方。
今井 まあ、そうなんですけど。でも実績はあるわけなんで、何か一工夫すれば、もっとお互い建設的な話ができるんじゃないかなあと思っていまして。
平林 そうだね。まず、星海社新書および『ジセダイ』を、全く読んでいなさそうな投稿者が多すぎる。メールのほうにも良く来るじゃん。なんか「こういうの出版してください」とか「企画があるんですけど」とか。まあ、そんなの一切受け付けないわけですが……要するに、ちゃんとうちのことを知らないで、「何でもいいや」と思って送ってきてる人。そういうものは、100%通らないわなあ……っていう。
今井 こっちの努力不足もあるんでしょうけど、そこは押さえて欲しいですよね。一応「売り込み」なわけだから、こっちのことを調べるっていうのは最低限のビジネスマナーだと思います。
岡村 全くその通り。編集者だって作家さんにお声がけする際は、その作家さんや作品について調べられるだけ調べてから連絡を取りますから。そういう意味では、企画以前の問題だね。
今井 そうですそうです。みなさん、「こんな企画が欲しい!」っていうのはありますか?
平林 僕は歴史の企画が欲しいです。
今井 ウチって歴史ものの新書、出してないんでしたっけ?
平林 おいおい、創刊ラインナップの『世界史をつくった最強の300人』からして歴史だよ。『僕たちのゲーム史』や『オカルト「超」入門』だってそうですよ。
今井 林さんは、何かある?
平林 「映画」とかじゃない? 好きでしょ?
林 ぜひいただきたいです。映画に限らず、自分の常識が覆されるようなやつがいいですね。もっと言えば、ひっくり返らなくてもいいんです。「あ、そういう考えもあるんだね」と思えれば。
平林 あれだよね。「知的な驚き」みたいなのが無いよね。多少拙くても、その芽を見せてくれたが、こっちが汲み取って、一回会って、話をして、受賞かどうか決めるっていうのもありだと思うんだよ。
今井 それはありですね。そういう意味でも、「何がおもしろいのか」、「企画の売りはなんなのか」は明記して欲しいです。
平林 今井君は、なんかないの?
今井 僕は……類書のない企画がいいですね。あと、大学や企業の研究者の方から応募があるとすごくうれしいです!『キャバ嬢の社会学』も、もともと修士論文ですからね。日本にはまだまだ、「おもしろくてためになる論文」がある気がしています。
平林 なるほどね。とにかく次は、もう少し盛り上がれるといいね。
[了]