新人賞投稿作品

四菱の子会社に派遣されてきた美人OL山川桜子は、実は四菱ホールディングスのお嬢さま有栖川桜子。花嫁修行ならぬ社会勉強のために短期でホールディングス傘下の子会社を転々とさせられる毎日。そんなある日の朝、邸宅の彼女の部屋に現れたイケメン執事が元会計士で・・・。次々と発覚する不正、監査役会の思惑、そしてかつて日比谷の死神と恐れられた執事の特殊能力とは。

南国モルジブのプライベートビーチ。

波打ち際まで運んだビーチチェアに座って、若い美女２人は楽しそうに砂のお城作りに夢中になっている。

つばの広い麦わら帽子に白いセパレート水着、白いパレオを身に纏っているのは有栖川桜子。背中に伸びた艶やかなストレートの黒髪、白いビキニより白く透き通った肌は、化粧品のＣＭのようだ。あれで喋る口さえなければ最高の美人といってもいいだろう。

「キャャハハハ」
「なにそれーキャキャキャ」

　お嬢様と一緒になって、仲よく遊んでいるスタイル抜群の美少女は、メイドのルーシー劉。黒髪を左右のお団子にリボンでまとめ、水色のビキニの上から白いＴシャツを着ている。はしゃぎながらお城の周りに海水を入れるのに熱中している姿は、かわいいを通り越して神々しい。

　メイドと言っても、一緒に育てられた２人は姉妹のように仲が良く、通っているインターナショナルスクールは仮病の連絡を入れて一週間の長期欠席中。前後の休日と併せると十一連休にもなる。

　雲一つない青い空、透明度の高い海、白い砂浜。

自分もバカンスで来ているならリア充のそしりを免れないが、世界一のお姫様扱いをしないとキレるお嬢さまと、世間知らずの１６歳を海外旅行に引率するのが今の自分の仕事だ。

トゥルルルル
　I PHONEの液晶に出た見慣れないナンバー。

「Hello？」
「お疲れ様です。四菱ホールディングス監査室の徳澤です。」
「お疲れ様です。若林です。」
「お嬢さまは？」
「・・熱心に会計のテキストを読み込まれております。」
「おおかた、砂浜でお城でも作って遊んでいらっしゃるのだろう？」

「ちょっとー！若林！そこのスコップ持って来て！」と、言ってるそばからお嬢さまの声。

「・・・。」

電話の向こうの空気が凍る。
最近の国際電話の音質の向上は素晴らしい。

「・・・次の派遣先が決まったよ。」
「どこの企業ですか？」
「次の派遣先は・・・」
「はい・・・。はい。」


「まぁそういう訳だから、今度もよろしく頼むよ。」
「承知いたしました。ご連絡ありがとうございました。失礼致します。」

プチ。ツーツーツー。

　お嬢さまは、お城の堀に海水を入れ終わったご様子。モルジブのビーチに可愛らしい一夜城が完成しているのが見える。ルーシーがパラソルの下から運んだトロピカルジュースを両手で持って、嬉しそうに祝杯を挙げている。

「はぁ・・・またまた粋な計らいだね。」と、独り言を口にしながら四菱ホールディングスに出社してからの怒涛の一か月間を思い出していた。