本書はアテネ文庫というシリーズの一冊である。版元の弘文堂は明治31年に京都で創業し、昭和13年の東京移転後も関西での出版が尚盛んであった。
さて。戦後、公職追放によって多くの大学教員が職を追われ、そんな中でアテネ文庫が立ち上がる。
文庫サイズで64ページという、1枚の本文用紙でできる手軽な形で、良質な「知」を提供する。
このコンセプトが受け、アテネ文庫は広く読まれたが、立ち上げの背景には、お世話になった先生方の生活を少しでも助けたい、という弘文堂の編集者たちの思いもあった。そのせいもあって、関西の研究者の著作が多い。
本書『リルケ』の著者はドイツ文学者で、後に京大教授をつとめた。リルケの研究に定評があり、評伝や翻訳を多く手がけている。本書はそのエッセンスを凝縮したような一冊であり、巻頭には「リルケの友たらんと願ふ
この国のひとびとのために」とある。私はこの一文がよいと思って購入した。
なお、アテネ文庫は昭和20年代後半にその使命を終えて完結したが、現在復刻版を入手できる書目もある。
もうひとつ。
「昔、アテネは方一里にもみたない小国であった」ではじまる「刊行のことば」は名文の誉れ高いが、これは鈴木成高(京都大学を公職追放で辞職後、早稲田大学教授、西洋中世史)によるもの。
古書店でアテネ文庫をお見かけの際は、この「刊行のことば」だけでも立ち読みしていただきたいと思う。
(弘文堂、昭和二六年、初版、文庫版)
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