著者の増田渉は1903年生まれ。東京帝大を出、芥川龍之介や佐藤春夫の影響で中国文学の世界に入る。のち、1931年、上海で晩年の魯迅に師事する機会を得る(佐藤春夫の紹介状を持って内山完造を尋ね、内山の紹介で魯迅と会う)。
魯迅は増田に対し、丸1年間にわたって午後の執筆時間を削って『中国小説史略』など自著の講義を行い、増田は親しく魯迅宅に出入りし、時に魯迅宅で夕食をとったり、魯迅とともに映画を観に出かけたりする日々を送った。
革命の荒波をあやうく切り抜け、ぼろぼろの肉体でなおも言論・文学界に屹立する巨人=老魯迅と、彼の愛した祖国を侵略しつつも、大いなる影響をも与えた日本から来た青年=増田渉の交感の記録、それが本書である。
版面を通じて、上海時代の魯迅の姿が浮かび上がるような好著であり、その景色は私から見てもどこか懐かしい。本書は、魯迅という巨人を通じて描かれる、増田の青春記でもあるのだろう。
増田は日本に帰ってからも、魯迅が亡くなるまで手紙の往来を続けた。本書にはその手紙も多数収録されている。「第二の母国語」として自在に日本語を操り、気安く増田と交わる魯迅の姿は、『阿Q正伝』『故郷』など教科書の中の魯迅とは随分違う。
帰国後の増田は、魯迅の紹介者として竹内好とともに活躍する。1977年、盟友・竹内好が死去。増田はその葬儀で弔辞を読んでいる最中に倒れ、数日後に後を追うように死去した。
(角川書店、昭和四十五年、初版、角川選書)
※1948年に大日本雄弁会講談社より刊行されたものの再刊
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