「枯れた技術の水平思考」という言葉があります。 これは任天堂で「ゲームボーイ」や、時代より早く飛び出しすぎたハード「ヴァーチャルボーイ」を作った、横井軍平の哲学です。コモディティ化した技術や商品を、従来とは違う角度で組み合わせ、新しい商品を生み出すというような意味を持っています。
昨今のVRの流行は、80年代から90年代にかけてゲームに親しんだ30〜40代の人間からすれば「え? なんで今さら?」と思うトピックではないでしょうか。VR=古いもの、として認識しているぼくらの世代は、今起きているVRブームを「枯れた技術の水平思考」というイメージでとらえがちですが、実はまったく違います。
90年代までのVRは、インフラや技術がまだ未熟であったため、そのポテンシャルを十分に発揮できないまま見限られていました。
つまり、枯れるどころか、まだ種の状態だったのです。
VRをめぐる状況はここ数年で劇的に変化してきました。
海外ではフェイスブックやグーグルなどの巨大企業がVRに巨額の投資合戦を繰り広げ、国内でもヘッドマウントディスプレイ型(ゴーグルのような形のものです)のVRシステムが続々登場し、それに応じたソフトやアトラクションも登場。代表的なものは、今年お台場にオープンしたバンダイナムコの「VR ZONE」でしょうか。これはヘッドマウントディスプレイをかぶって、仮想空間のアトラクションを体験する形の娯楽です。
今年、2016年は「VR元年」と呼ばれ、米ゴールドマン・サックスがVR・AR関連機器の市場が2025年には最大1100億ドル(約12兆4000億円)規模になると予想しています。
ぼくが考えるポイントは「視野の広さ」「視点の同期」「描画速度」この3つです。
ひとつ目の視野ですが、VRを体験しているときの脳を調べると、視野角100度の時、大脳の内側部の運動野が活動することが知られています。つまり、視野を広くしてすっぽり覆うと自分が動いていると錯覚するのです。
さらに頭部の動きに応じて視覚をリンクさせるとより臨場感が増します。これはセンサーテクノロジーが発達していなかった昔にはなかったものです。
そして最も重要なのは描画速度です。動きと映像のズレが0.02秒より短くなると、人はその空間にリアリティを感じるようなのです。この0.02秒の壁を超えるのがなかなか難しかったのです。
この3つの壁を超えることで、現在のVRはよりリアリティを増し、やっと本来の力を発揮できるようになりました。
ついに人は、「仮想現実」という、もうひとつの現実を手に入れたのです。
......とはいえ、ここまで読んだ方にはそれでも疑問が湧いているのではないでしょうか。
「いや、でもそれって全部娯楽関係の話じゃん。VRがゲームや娯楽以外で使われることがあるの? ゲームにしか使えない技術だとしたら、どうせすぐ飽きられるんじゃ?」
まさにそのとおりです。VRは娯楽だけではない。もっと広い可能性を秘めた技術なのです。それはどういうものか? その答えのひとつとなるのが、本書です。
『いずれ老いていく僕たちを1OO年活躍させるための先端VRガイド』は、現代社会が直面している様々な問題を、VRで解決する方法を具体的に提示しています。VRで解決できる社会問題とは一体なんなのか? ヒントは「100年活躍させる」というタイトルにあります。まえがきを見てみると......、
"この本の目的は、VR技術を活用することで、誰もが100歳まで社会で活躍できるような未来を描くことです"
そう、つまりVRで高齢化問題を解決しようというのです。なるほど! タイトルの理由はわかった! いや......でもちょっとまって欲しい。VRが高齢化問題を解決する? ......は? どうやって? 思わず問いただしたくなるくらい意味がわかりませんが、VRの黎明期から東京大学で研究を続けている著者の説明が続きます。それによれば、VRには3つの機能があるといいます。
1)「空間を越える」
世の中の仕事の多くは人と会うことによって成り立っています。VRを使って会議などをすれば、どこにいてもまるでそこにいるような感覚があるので、地方格差や住む場所などといったものがまったく問題にならなくなります。極端な話、就労も寝たきりのままできるかもしれません。
2)「感覚を超える」
VRでの体験というのはほとんど現実と同じ意味を持ちます。たとえばある体験をしたときの映像をVRで見れば、「感覚的」なものが立ち上がります。それは従来の映像とは比べ物にならないリアリティです。VRによっていままでわからなかった他人の「感覚」を体験することもできるのです。VRのなかの人物に近づかれると、あるはずのない匂いや感覚まで生まれる「クロスモーダル現象」というのも知られています。
3)「時間を越える」
VRで過去の映像を記録しておけば、いつでもその場所にいるかのような体験ができることになります。過去の記録のなかにいつでも自分が入っていけるのです。災害アーカイブなど、過去の事故検証などでもこれはかなり使えると思います。
今後、日本は人口の4割近くが65歳以上の高齢者という「超高齢社会」を迎えます。15歳未満の若者の人口は減り続け、2050年には1割を下回るとされています。そのなかでこのVRの機能を使って問題解決を図ろうと言うのです。本書の第5章では、「働けること」「健康であること」「楽しく生活できること」という三つの観点で、超高齢社会について考えています。
うむう......なにかもっともらしいけれど、こんなの本当に使えるの? と感じた読者もおられるかも知れませんが、著者が実際に進めている「高齢者クラウド」プロジェクトというものの説明を見て、僕自身はかなりリアリティを感じました。
"高齢者の就労を支援するための技術開発のプロジェクトとして、「高齢者クラウド」プロジェクトが、JST(科学技術振興機構)の研究支援の枠組みの下、東京大学と日本IBM(当初はNHKも参画)の共同研究として2010年より10年計画でスタートしました。"
"エントロピーの高い高齢者労働力をどうやって活用するか、そのための技術的フレームワークを開発しようというものです。日本IBMはさまざまな情報処理技術を駆使して、ジョブマッチングや作業の要素分解や再統合などの情報基盤を作ること、東京大学はバーチャルリアリティ(VR)、ヒューマンインタフェース技術を用いたインターフェース基盤の開発という役割分担になっています。"
本当にVRで100歳まで楽しく行きられる社会が到来するのか?
VRだけでそんなに社会問題が解決できるのだろうか?
本書を読むとそうしたことを考えてしまいますが、そもそも未来は予測できません。
誰かが語るテクノロジーの未来像に共感したなら、それが実効的であるかどうかよりも、それをどう広め、使っていくかということを考えるべきなのです。
パーソナルコンピュータの父アラン・ケイが言うように、「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである」ということです。
100歳まで働きたいかどうかは別にして(若干ぼくはイヤなんですが......)、とにかく今生きているぼくらは、否応なしに超高齢化社会の一員となってしまいます。そのための準備をしておくのは早いに越したことはありません。
VRの歴史から未来までを網羅した本書を読み終わる頃、あなたには未来の労働と、次世代へ著者が渡そうとするリレーバトンが見えるはずです。
それは、まるでVRのように確かなリアリティを持っていることでしょう。
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