本書は漫画家として一線で活躍しつつ、後進の指導も積極的に行っている元ジャンプ作家渾身の漫画家志望者に贈られた「応援書」である。
著者である漫画家樹崎聖先生は1987年短編『ff(フォルテシモ)』で少年ジャンプで衝撃的デビュー、以後『交通事故鑑定人 環倫一郎』等のヒット作品を執筆した。
近年は専門学校講師として漫画を講義したり、「漫画元気発動計画」としてネットラジオや対談などでも活躍している。
評者も著者のデビュー作を小学生時代に少年ジャンプで見てその「熱さ」をいまだに覚えている一人である。また、プロ漫画家になってからも優秀な新人アシスタントを紹介いただいたりとお世話になっているので、身びいきな書評になるかもしれない。その点は割り引いてご判断いただきたい。
漫画家という職業は一見華麗に見えるが、その実あまり一般からはその実態は知られていない。一部の大ヒット漫画家の人もうらやむ栄光と、大多数の一生下積みで終わる底辺漫画家の悲哀がいっぺんに流布している。そしてどちらも正しい、実に浮き沈みの激しい胡乱な職業である。
たとえば近年大ヒットした漫画家を主人公にした漫画『バクマン。』は、大ヒット漫画家の輝かしい一瞬の栄光の部分しか描いていない。漫画としては大変すばらしいが、あれを夢見て漫画家を目指すのは実に危うい進路選択といわざるを得ない。
「漫画でメシを食える」ためには、もうすこし地に足の着いた話が必要になる。
しかし、足のついた話を聞こうとしても、漫画家志望者にとって役に立つ資料は存外に少ないのが現実だ。
マンガ絵の指南本やストーリー指南本なら一流作家から怪しいアシスタント崩れが書いたものまで多岐にわたるが、まっとうな「職業としての漫画家本」は手塚治虫や石森章太郎等が書いた程度で、実は驚くほど少ないのだ。
志望者にとって、これほど怖いものはあるまい。
才能か?努力か?絵か?ストーリーか?収入は?保障は?将来性は?
そもそも漫画家って職業なのか?
そこで本書『10年大盛りメシが食える漫画家入門ふりかけ付き!』では、そんな若い志望者に向けてざっくりと実務的な部分も含めて漫画家入門としての必要なことをガイドしている。
本書を読んだ志望者は、著者の専門学校での講義を聞いているような熱い気分になるに違いない。なお、著者門下からは多数のアシスタント、漫画家が巣立っている。
本書の内容は多岐に渡る。
絵の練習の仕方やストーリーの作り方という作業的なところだけではなく、デビューの仕方、デビュー後の依頼主との付き合い方、業界の将来性といった志望者が気づかず、見落としやすい実務的な点も多く紹介している。とくに志望者からの一問一答では、志望者が聞きにくい初歩的な疑問点に対してわかりやすく具体的な回答をしている。
総花的ではあるが、実務的なところについても目を向ける論調は大変ありがたい。
プロ漫画家になりたいとおもう読者は目を通しておいて損は無いとお勧めする。
ただし、同業漫画家としては不満点はいくつかある。
最大の不満点としては、著者の職業漫画家としての「甘え」の点だ。
本書で書かれる主なノウハウは、1980〜90年代黄金期ど真ん中の少年ジャンプデビュー作家である著者の経験が元になっている。それゆえに、これまで出版社編集が漫画家に施してきた物心両面への有形無形のサポートを編集の当然の責務だとする悪癖、「甘え」が垣間見えるように思える。2010年代以降現在に至る、ネットやコミケで一本釣りでデビューすることも多い新人漫画家の置かれている状況にはいささかそぐわないのではないか。著者より20年後に社会人経験の後、漫画界の底辺から這い上がってきた評者としては、どうしても心にひっかかる。
今後、出版業界の地盤沈下により、出版社編集に漫画描き以外はおんぶにだっこで良しとする漫画家は文字通り「メシが食え」なくなるし、現になりつつある。
その点、著者の未来予想図と評者は認識を一つにする。
しかしながら、その恐るべき未来に向けて本書の各論は既存の漫画業界入門書の域を超えていないのだ。その点は残念でならない。
しかし、だからといって本書を若き志望者は読まなくていいのか?
否、ぜひ読むべきであると評者は断言する。
今後の漫画家は、漫画制作スキルだけでなく、対人スキル、ビジネススキル、語学スキル、法務スキル、つまるところ「他人の言いなりにならない独立性」を実現するための広範な知識と心構えが重要になる。
であるがゆえに評者としては、読者に本書をただ単に鵜呑みにするのではなく、批判的な目線も交えて読んでいただきたいと願う。
若き志願者は師に励まされ、師に相対し、師を乗り越える。そうでなくてはならない。
であるがゆえに本書は、漫画家志望者必読の熱き応援書なのである。
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