「松崎さんは、海外ドラマを御覧にならないんですか?」
海外ドラマ評論家の池田敏さんにそう詰め寄られる度、僕は「えへへ」と笑って誤摩化していた。
僕の肩書きは<映画評論家>である。つまり、<映画>を観ること、その<映画>を評論することを生業としている。とはいえ近年、日本で劇場公開される<映画>の本数は急増傾向にあり、ひとりの評論家がその全てを鑑賞することは、ほぼ不可能な状況にある。
例えば、2015年に日本で劇場公開された<映画>の本数は1136本(うち、邦画581本、洋画555本)もあり、毎週約22本もの新作が映画館で公開されているという計算になる。また、今から30年前の1986年における劇場公開本数は600本(邦画311本、洋画289本)。そして、2010年の劇場公開本数が716本(邦画408本、洋画308本)だったことを考えると、日本で公開される映画の本数が年々如何に増加しているのかを御理解頂けるのではないだろうか。これに加えて、映画祭のみで上映される作品、劇場未公開のままDVDスルーとなる作品、学生映画や自主制作映画など、映画評論家が観るべき作品はあまりにも多く、全てを鑑賞するのは不可能な状態にあるというわけなのだ。
そんなこともあり、仕事として数多の<映画>を観なくてはならない状況の中、<海外ドラマ>に手を出すことに、僕は躊躇していたのである。
<映画>の上映時間は、およそ2時間。24時間不眠不休で鑑賞したとして、約12本の<映画>を観ることができる。それは同時に、映画評論家として12本の<映画>について語れることを意味する。しかし<海外ドラマ>の場合は、そういう訳にいかない。日本でも人気の『24 TWENTY-FOUR』を例に挙げれば、このドラマは24時間の物語がリアルタイムで進行するので、24時間不眠不休で鑑賞したとしても、1本のドラマ、しかも"ワンシーズン"分を観たに過ぎないのだ。"時間対効果"を考えると、ひとつの作品にこれほどの時間を拘束されることを選択するのは、1本でも多くの作品を観なければならない身からすると大きな困難が伴うのである。
そんな時、本書の著者である池田敏さんのひとことに、僕は大きな衝撃を受けたのだ。
「松崎さん、<海外ドラマ>というのは、つまらないと思った時点で、観るのをやめてもいいエンタメなんですよ」
本書は、<海外ドラマ>の歴史と変遷、放送や製作の実情などを、詳細なデータを基に論じている。同時に、面白いと思える<海外ドラマ>作品の見つけ方、或いは、どのように<海外ドラマ>と接すれば良いのかという、独自の<海外ドラマ>指南という点においても魅力がある。
僕自身、<海外ドラマ>を全く観てこなかったというわけではない。本書の「日本における海外ドラマの歴史」項で書かれているように、「海外ドラマ氷河期」とされる1970年代から80年代にかけて、『刑事コロンボ』(68〜78)や『ナイトライダー』(82〜86)といった<海外ドラマ>をリアルタイムで観ていたのだが、それらの多くは"一話完結"ものだった。それゆえ、たとえ毎週観ることができなかったとしても、その<海外ドラマ>を楽しめたという前提があった。
先述の「観るのをやめてもいいエンタメである」という池田さんの指南は、本書の中にも記述されている。これはつまり、「最悪、<海外ドラマ>は最後まで観なくてもいい」ということである。このことを本書では、日本のコミックを例に取りながら、判り易く解説している。人気漫画が連載の末にコミック本として発売された場合、『ONE PIECE』など一部の超人気作を除いて、その連載が長期化すればするほど、発行部数が巻数を経るごとに減少してゆくという傾向にある。これは、いつ終わるか判らないことに痺れを切らした読者が「徐々にその続きを読まなくなる」ということを示している。同様に、いつ最終回を迎えるのか判らない<海外ドラマ>も「徐々にその続きを観なくなる」ことは仕方ないのではないか? と諭しているのである。
映画評論家の立場として<海外ドラマ>鑑賞を推奨する理由のひとつに、「スターの成長を見守る」という側面がある。本書にもその例がいくつか掲載されているが、例えば、ジョニー・デップやブルース・ウィリスといった誰もが知るスターのブレイクには、彼らの主演した<海外ドラマ>作品の存在が大きな影響を与えている。ジョニー・デップ主演の『21ジャンプストリート』(87〜90)は、童顔の刑事が高校へ潜入捜査するという内容だが、このドラマには無名時代のブラッド・ピットがゲスト出演しているエピソードもある。彼らのフィルモグラフィを照らし合わせながら、その映画人生を語る時、キャリア初期の出演作である<海外ドラマ>の存在は欠かせないのである。思い返せば、クリント・イーストウッドもスティーヴ・マックイーンも、1950年代から60年代に放送されたテレビの西部劇ドラマ出演がブレイクのきっかけではなかったか。
また、ブルース・ウィリスが主演したABC製作の『こちらブルームーン探偵社』(85〜89)は、ほぼ同時期にNBCで放映されていた『探偵レミントン・スティール』(82〜87)に対抗して製作されたドラマだったが、結果的に相乗効果を生む人気となった。ブルース・ウィリスが『ダイ・ハード』(88)によって映画の世界でも人気スターとなった一方で、『探偵レミントン・スティール』からはピアース・ブロスナンというスターが生まれた。彼は後に『007』シリーズのジェームズ・ボンド役を演じることになるのだが、『探偵レミントン・スティール』の契約のため、ボンド役を引き受ける時期が『007 リビング・デイライツ』(87)から『007 ゴールデンアイ』(95)に遅れてしまったといういきさつがある。
これらひとつひとつの情報は<点>でしかないのだが、その<点>と<点>である情報同士を繋げることで、その情報はやがて<線>となってゆく。僕が「映画は<点>ではなく<線>で観る」ことを推奨しているのは、<線>で観ることによって、作品の持つ背景や経緯がより深く理解出来ると感じているからである。つまり、僕のような映画ファンが<海外ドラマ>を観ることは、より深く<映画>を楽しむことにも繋がるのだ。
そして本書は、新たな映画スターを生む場であったはずの<海外ドラマ>に、現在、映画スターたちが積極的に出演し、映画人たちが製作に関るようになっているという経緯についても詳しく解説されている。もともとハリウッドでは「映画俳優」、「ドラマ俳優」、「CM俳優」と俳優のランクにヒエラルキーがあった。そのため、かつては映画俳優がテレビドラマに出演することに対して"都落ち"というイメージがあったのだ。ではなぜ彼らは、ドラマの世界へ積極的に関ろうとしているのだろうか?
実はこの点を知るだけで、ハリウッドが現在抱える様々な実情を理解できるのである。例えば、中国の巨大市場が揺るがす映画製作の現状や、アメコミものや続編ものよりも自由度の高いドラマ作品を求める映画人たちの姿勢など、ハリウッド映画界の裏事情さえも見えてくるのだ。
本書を読めば、映画ファンであっても気軽に<海外ドラマ>と接することができるようになるはずだし、また海外ドラマファンにとっては、知られざる<海外ドラマ>の歴史と最新事情を学べること請け合いなのである。
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