「いいことがあるからさ」と言われ、星海社の広報担当・T氏から都内某所の会議室に呼び出された『内定童貞』著者の中川淳一郎と担当編集者の今井雄紀。何を隠そう。この二人は、一切の女性経験がない童貞なのである。その会議室に二人が入った途端、TプロデューサーならぬT広報以外に謎の美女が二人を待っていた――。
今井:ティッ、Tさん! いっ、いったいなっ、なんですか、こっ、これは!
中川:そっ、そうですよ! オッ、オレたち3人だけじゃないんですか! オッ、オレ達、「女を目の前にすると委縮する病」という持病があっ、あるんです!
T:やっぱそうか。今日はだな、ここにいる謎の美女・氏家裕子さんに、お前ら二人のその「女を目の前にすると委縮する病」の治療に来てもらった。びっしびししごいてもらえよ!
今井・中川:(ボーゼンと立ち尽くす)
T:というわけだ。とりあえず座れお前ら。
氏家:Tさんから言われたから来てあげたけどさぁ、アンタ達、女の手さえ握ったことないってホント?
今井:はっ、はい。
中川:オッ、オレもです……。
氏家:じゃあさ、今日はさ、女に対する免疫つけなよ。アンタたちがマジメに就活について語るらしいから、アタシが見ておいてあげるからさ。ちなみにアタシ、スリーサイズは上から89・59・86でEカップだからね。
T:よし、貴様ら、就活についてマジメに話し合いなさい。
今井・中川:(顔を見合わせて)はっ、はい。
中川:じゃっ、じゃあ、今井さんの就活についてお話を聞かせて下さい。今井さんはリクルートの関係会社に2008年に入りましたが、当時は人気企業?
今井:そうでしたが、僕は運が良くて、リーマンショック直前だったんですよ。平成ではもっとも景気が良い時でした。僕は龍谷大学を出ているのですが、普通はリクルートには入れるような大学ではない。そこで入れたのは景気がよかったから。それこそ、3年後は5人取る枠しかなかったのですが、僕の時は40人取られるような状態でした。
中川:すげーっ、時の運ってのもあるんですね。つーかさ、やっぱオレたち、男2人だけだと喋れるな、ガハハハ!
今井:ガハハハハ!
氏家:アタシがここで近寄ったらど・う・な・る・の? ねえ? ア・ナ・タ。
中川:はっはい……。もっ、もぅやめてください! と、ところで今井さんは就活はキツかったですか?
今井:僕、けっこう、いけすかない学生だったので、就活に対しては、それなりに自信があったんですよ。で、けっこういいところまで、最終で落ちることが多かったんですよね。しかも、第一希望のリクルート本体も落ちてしまいました。「しんどいなぁ…」と思ったところで、1人称を変えたんですよ。元々は「私」と喋っていたのを「僕」にしたら、ポンポン通るようになりました。
中川:あぁ、素の自分で面接に臨めたってことかもしれないですね。
今井:嘘をつかずに、普段の自分を出せたから、うまくいったと思うんですよね。
中川:いや、今の話ってさぁ、「何キレイごと言ってるんだ」と思われるかもしれないけど、実際そうなんですよ。理由は、就活に臨む学生って大体が嘘つきの聖人君子的で「私はテーマパークでバイトをしたのですが、その時、子供達の笑顔を見て、こういった接客業の素晴らしさを知りました。御社で同じようにお客様の笑顔を見たいです」とか言うヤツが多いから。面接に臨む連中って「お前はガンジーか!」って言いたくなるような心のキレイなヤツだらけなんですよ。つーか、あり得ねぇだろうよ。どうせお前なんてラクして稼ぐこととモテることしか考えていねぇくせによ。そんなことは面接官に見抜かれてるから、「この嘘つきめ」としか思われてないし「また『笑顔好き男』か…」なんて内心呆れられている。今井さんは何社受けて何社通ったんですか?
今井:30社受けて3社通りました。
中川:すげー! オレなんて17社受けて1社だぞ!
今井:17社って少ないですよ……。
中川:それはさておき、関西での就活は不利になりましたか? 東京志向はあったの?
今井:特に東京にこだわっていたワケではなく、どちらでもよかったんですよ。ただ、今考えると関西ってのは相当不利だと思います。というのも、OB訪問ができないんですよ…。たとえば、翌週、フジテレビを受ける、とかいう時に知り合いの大人に連絡すれば誰かフジテレビの人を紹介してもらえ「3日後にお台場来てよ」みたいになることでしょう。もちろん、電話もメールもあるのでお願いまでは関西でもできますが、いかんせんお金と時間がかかってしまいます。マスコミとかの人気企業を受ける時は、関西の人は自分が就活に不利な状況にあることは認識した方がいいですね。正直、会える人のレベルが違いますから。どの会社でも、エースはやっぱり本社にいるものだし、人気企業の本社は、東京がほとんどです。夜行バスで来てカプセルホテルに泊まれば月曜〜金曜の5日間居ても、滞在費は3万円もかからないでしょう。食費がかかるというのなら、昼も夜もOB訪問をすればいいのです。おごってくれなければ、そこには行かなくていい。入社前にそれがわかっただけでも、価値があります。
中川:さっき「僕」と言うようになったのが転機だったと言いましたけど、それで何が変わりましたか? 案外重要な話だと思いました。
今井:就活用のたどたどしい敬語を使わなくなり、結果として本音が出るようになったと思います。
中川:あるある! 就活のたどたどしい敬語ってさ、以前オレが自分のニュースサイトで出したんだけど、<就活学生「貴」つければ丁寧になると思い面接官に「貴様」>って記事があってさ。こんな感じでチグハグになっちゃうんですよね。面接で言えた本音って何ですか?
今井:面接だと大体は2、3年生の時なにやってた? と言われるものですよね。でも、その会社は「1年生の時は何やってた?」と聞かれたんですよ。もし、「私」と言った時に「1年生の時は…」と聞かれたのであれば「親に頼ってはいられないと思ったのでバイトに精を出しました」とかよそ行きの優等生的なことを言ったと思っています。でも、「僕」になってからは本当にやっていたことを言おうと思ってね。実は僕、1年生の時ずっと片思いをしていたんですよ。毎日その人のことばかり考えて、その子の部活休みに合わせてバイト休んだりして……結局何の予定も入らないんですけどね! だから、正直に「恋しかしていませんでした」と言ったら、盛り上がったんです! 結果が「フラれました」だったのもよかった気がする! それ以降の面接は、こうして素直に色々言っておけば大体通ってしまったという感じがあります。
中川:まぁ、そんなもんだよな。オレだってプロレスの話しかしてねぇよ。大抵面接の時なんてさ、①でっかい話②自分がいい人に見える話③リーダーシップを発揮した話のどれかを、その企業に合わせて言うだけだもんな。オレさ、広告代理店にいたじゃん。
今井:はい。
中川:面接官もやってたんだけど、大体学生が言うのが「私はサークルの渉外担当として、大学当局や他大と折衝をし、彼らとウチのサークル、両者の利害を一致させる、いや、最大化することに努力しました」的な話なんだよ。完全に「広告代理店の仕事はクライアントとスタッフを結ぶ仕事」としか思ってないからこその思いこみから作り上げた、脆弱で少しでもツッコめばしどろもどろになるような志望動機だよ。まぁ、書籍にここらへんの、学生が陥りがちなやり取りについては書いておいたのでぜひ読んでください。じゃあ、今井さんはその「正直者であればいいじゃん」に気付くまでには何ヶ月かかりましたか?
今井:2ヶ月ぐらいですかね……。もっと早く気付けばよかったですよ。
中川:その点、ワシらの本読めばいきなしそこが分かる状態になるもんな!
今井・中川:ガハハハハハハ! そうですわぃ!
T:調子に乗るんじゃない! 先生、お願いします!
氏家: あらん、就活の話だとすぐ元気になっちゃうのね……。その勢いで、私にも「ガハハハハハハ」してくれてもいいのよ?
中川:めっ、滅相もないですすすすす、すいません……。
中川:いやぁ~。それにしても就活は辛かったよな! 終わっちゃったから今はこうしてガハハハハとか言ってられるけどさ。
今井:中川さんは、初夏の栗畑からイカクサいニオイがプーンと漂う部屋で泣いていたんですもんね。
中川:そうよそうよ。「うわ~ん、もう手持ちが一つもないよぉぉぉ!」ってね。それなのに栗畑からのニオイがキツくてキツくて。今井さんもそういった惨めなエピソードないの?
今井:結局関連会社に入るのですが、第一志望はリクルート本体でした。リクルートには、半年前からずっと行きたかったので、そこに落ちた時、けっこう悲しくて……。僕、その時父親が入院していて働いていなかったんですけど、彼が働いていたのが、琵琶湖の湖岸のマリーナだったんですよ。リクルートに落ちた時は、その近辺に行って、ずっとぼ~っと琵琶湖を見ていました。iPodから流れていたのは、ザ・ハイロウズの『即死』でしたねー。「あーしなさいとかこーしなさいとかもうウンザリだよー」という歌詞が身にしみて……(遠い目)。
中川:失敗を将来の武勇伝にするくらいでいきたいよね。
今井:就活って、それまでの21年とか22年の人生の中でもっとも大事な頑張りどころだと思っています。数ヶ月頑張れば、向こう40年が開けてきますし、なんならそれまでがんばっていなくても、ここで大逆転することができます。ぼくも当時、ゼミの担当の先生に同じようなことを言われて納得して、バイトもやめて、本気で取り組みました。親にも、「この間は面倒見てくれ」とお願いをして……。まぁ、僕は色々と運がよかったと思います。時代が良かったし、先生からそういうアドバイスももらえたし、親の理解もあったし……。
中川:今回の書籍で取材した学生の中に、シッカリしたMさんって学生いたじゃん。彼が「内定を取るにあたって一番役に立ったのはOB訪問」って言ってましたよね。これはどう思いますか?
今井:2つの意味で良いと思います。それは、企業の本音がわかるということと、事前に判定してもらえるってことなんですよ。エントリーシートも見せて、「正直僕、どうですか?」なんて聞いちゃったりしていいんです。僕が学生時代、ゼミの先生の紹介でリクルートのエラい人に会った時は「A・B・Cでいうと、Bだな……」と言われました。凹みますが、それを把握することで、対策もできるわけですよ。今のままではだめだ、という事も理解できる。
中川:事前に自分がその会社と合うかどうかを判断する材料にはなりますよね。第一志望を落ちた後、心の切り替えはどうしましたか?
今井:第一志望って、本当は決めない方がいいですよ。「ここがベストだ!」っていうのは、学生側の思い込みですから。「志望群」ぐらいにしといておいた方がいいと思いますよ。(株)人材研究所代表の曽和利光さんもおっしゃっていましたが、志望動機も、「御社の○○に超共感!! きゃーかっこいい!!」じゃなくて、「○○のような会社で活躍出来ると思っており、御社はそれに合致すると思っております」でいいんです。これが正直な気持ちなはずですし、こうしておけば、企業ごとに具体的に考える必要もありません。ぼくは元々、ゼミの先生にもそういう風に言ってもらっていたのに、頑なにリクルートを第一志望として固めてしまっていた。結果落選し、相当落ち込みました。ESを書く気力をなくし、選考もいくつかとばしてしまいました。
どうしても第一志望がある人は、落ちたときのパラシュートになるよう、「落ちたら、最悪、転職すればいいや」と思っておくのがいいのではないでしょうか。「プランが変わるだけ」という考え方です。ぼくも当時、リクルートには転職者を受け入れる土壌があるのが分かっていたので、近しい業種に入って転職すればいいや、と思い直しました。
中川:まぁ、そうだよね。オレだって本当は出版に行きたかったけど、通るワケもなくて回り道したらいつの間にか出版業界に紛れ込んでいたという。こんなことはあるんだよな。
今井:僕は新卒のとき、小学館にも行きたいと思っていたんですよ。でも、実際に内定した3つはネット系でした。新卒で小学館に行く力はなくても、今って出版社がネット関連の仕事やるのは当たり前じゃないですか。だから、この3つの企業の経験者ってすごく重宝されるんですよ。一つ戦略としてあるのは、落ちる、落ちないに限らず、行きたい会社のOBに会いに行き、「落ちちゃいました。でも、いずれ入りたいんですけど、その場合はどこの業界に行ってどんなスキルを得るのと有利ですか?」と聞くといいんじゃないですかね。
氏家:なに今井クン、ちょっと語りすぎじゃないの? 私のことも、重宝してくれないのかしらん?
今井:あ、いや、デヘ、デヘヘヘ……。
T:(少しは免疫ができてきたか……)
中川:そうだよな。オレのいた会社だって広告とは関係がまったくない自動車会社からの転職者とかいたもんな。
今井:就活って、実は低学歴の学生/現状に不満のある学生にとって、大きなチャンスだと思います。入った大学だったり、今の生活には不満足かもしれないけど、就活で適所を見つければ、大逆転できるわけじゃないですか。しかも、勉強だけで評価されない。
就活って別にピンチじゃないんですよ。いい会社に入れないと死ぬわけじゃない。次のチャンスを待てばいいんですよ。ここで失敗したら終わりだ、という間違ったイメージは、捨て去るべきです。
中川:第一希望に行けなかったから今井さんはいわば「失敗」したと当時は考えたと思いますが、今はどう思ってますか?
今井:僕、ゼミの同期が20人ぐらいいるんですよ。後輩に頼まれてアンケートを取ったんです。質問は「第一志望に行けた?」と「今楽しい?」の2つ。第一志望に行けた人は、4分の1だけです。でも「今楽しい」と答えた人の9割が、第一志望に行けなかった人だったんですよね。僕もまさにそうです。そこに行きたい、そこに行くと楽しい、というのは学生の思い込みでしかないんですよ。第一志望でないところに行ったほうが結果的に楽しいってことは、いくらでもあると思います。そして、そのためにも大切なのが、帯にも入れてもらった「正直者」でいること。この言葉については、言葉通りに受け取らず、ぜひ『内定童貞』を買って読んで欲しいです。907円(税込み)で人生上向くんだから安いもんですよ! 学生よ、リスクをとれ!!
中川:ガハハハハ。そりゃそうだわな。どんな人気企業だって転職するヤツいるもんな、まぁ、学生の皆さんもあんまりビビらんで、やってください!
氏家:アンタたち、なんか自信ついたじゃないのよ。やるわね。
中川・今井:今度、お手合わせお願いします!
氏家:ふふふ、もっとステキな男になったら考えてあげてもよくてよ。
T:(こいつら、もう大丈夫だな……) 先生、ありがとうございました。
中川:いやー、今井編集者! なんで俺たち、あんなに悩んでたんだろうな!? 女性にあんなにビビってたのがウソみたいだ。ガハハハハハハ。
今井:僕もいま、最高に「ハイ!」って気分です!
中川:童貞は早く捨てるにこしたことなかったな! 一人目以降は、要領もわかったからムフフなことだらけだ!
今井:はい……! ほんと、就活と一緒でしたね……(涙ぐみながら)
中川:よし、脱ぐぞ! 全裸で祝福だ!
今井:はい!!!!
中川・今井:脱童貞最高ぉぉぉぉぉぉ!!!!
今井:ワッショイ! ワッショイ!
中川:ワッショイ! ワッショイ!
中川・今井:ワッショイ! ワッショイ!
中川:童貞の諸君、女性のことなら、我々に聞きにきたまえ。内定童貞の捨て方については、新刊『内定童貞』を読むように。
文:セルジオ苺 撮影:赤坂真知
ライター、編集者、PRプランナー。
1973年生まれ。東京都立川市出身。一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社し、しばらく無職となったあとフリーライターになり、その後『テレビブロス』のフリー編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。主な著書に、当時主流だったネット礼賛主義を真っ向から否定しベストセラーとなった『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)、『夢、死ね!』(星海社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。割りと頻繁に物議を醸す、無遠慮で本質を突いた物言いに定評がある。ビール党で、水以上の頻度でサッポロ黒ラベルを飲む。
86年生まれ(早生まれ)。滋賀生まれ滋賀育ち。大学では、京都でロックのイベントをしつつ、マネジメントについて割りとまじめに勉強。就職を機に 上京し、新卒でリクルートメディアコミュニケーションズに入社。営業→ディレクターを経験した。「Webと紙の書籍、イベントを組み合わせた新しい出版事 業 をつくる」という志に共感し、2012年5月、星海社に合流。尊敬する人物は、小谷正一。
Copyright © Star Seas Company All Rights Reserved.