『僕たちのゲーム史』著者による、希望のポップカルチャー論!
本書は、二〇一〇年代の若者文化について語った本です。果たして、「二〇一〇年代の若者文化とは」という大きな設問に、まだ二〇一四年の現時点で、答えることはできるのでしょうか? それに、そもそも「若者文化など、なくなってしまった」という意見すらあります。しかし、それは誤りです。本書では、〇七年頃に「残念」という言葉の意味がポジティブに変化したことを手がかりに、一〇年代の文化と社会を読み解いていきます。若者文化は明確に存在し、これまでと違う、新しく自由な時代を築こうとしています。さあ、「現代社会は閉塞している」といったありきたりの社会論を超えて、「今」を肯定的に捉えなおしましょう!
74年北海道生まれ。大学卒業後、音楽業界・出版業界での会社勤務を経験したのち、ライターとして執筆活動を開始。07年以降は『ユリイカ』『クイック・ジャパン』『朝日新聞』などを舞台に、幅広い文化ジャンルについて横断的に評論を行う。12年、初の単著『僕たちのゲーム史』(星海社新書)を上梓、独自の文脈でコンピューターゲームの30年史を提示し絶賛を浴びる。13年の『AKB商法とはなんだったのか?』(大洋図書)では、チャート分析とあり余る愛情で新たなアイドル論をうち立てた。現在、星海社ウェブサイト『最前線』内の投稿コーナー『さやわかの星海社レビュアー騎士団』で団長をつとめる。共著に『西島大介のひらめき☆マンガ学校』がある。
文化について、時代の変化について考える時に、僕が物書きとして常に意識してきたのは橋本治の態度のあり方です。だからこの本と僕の本は少し似ているところがある(と思いたい)。今後、橋本治の足跡はもっと参照されていくべきだと思っています。
ビッグデータとかデータサイエンティストとかデータマインニングとか、時代は定量的データを転がすのが流行りなのですが、僕はひねくれ者なので、その限界を常に意識しています。だから今回の本ではそういうアプローチは結果としてやめました。そして、この本は統計学の歴史を辿りながらその限界を指摘する大変に面白い書物です。
今回の僕の本のアプローチとは違うのですが、僕が扱った2006年以降という時代より前のことがまとめられています。そして今読むと、この本はとても2005年に発刊されるのに似つかわしい。この本に載っていることと、今の自分がどういう断絶を経ているのか考えるような想像力が求められるのではないかと思います。
僕が近年ものを考える時にひとつの軸としているのは、時間と空間、音と言葉についてです。そのルーツはマルティン・ハイデガーの「存在の声」にあると言っていいでしょう。その思想は過去批判的な検討がさまざまに進められましたが、だからこそ、ネット時代には折りにつけ参照すべきものだと思います。
文化について考える時には、差異とは何か、連続とは何かということを何度も問われています。その問いに誠実に立ち向かうには、その問題系自体が何に基づいているのかを見つめ直す機会が必要で、この本はそういう誠実さに立ち戻るには最適なのです。
Copyright © Star Seas Company All Rights Reserved.