[前編] 新書『夢、死ね!』刊行記念 中川淳一郎&担当編集者全裸対談!
[中編] 新書『夢、死ね!』刊行記念 中川淳一郎&担当編集者全裸対談!
[後編] 新書『夢、死ね!』刊行記念 中川淳一郎&担当編集者全裸対談!
今井:(感動に震えながら)いやぁ、中川さん、『アナと雪の女王』見ました? 感動しましたよ! あんな名作ないですよ! 特に歌! 「ありの〜ままの〜」っていい歌ですよね。あの言葉で、アナが苦悩から解放されるんですよ。それでですね……、
中川:(今井を遮って)観てねぇよ。オレはディズニー映画もジブリ映画も一本も観たことがない。
今井:あぁ、そうなんですか。でも、曲は聴いてますよね。
中川:聴いてますよ。
今井:「ありのままで」は『世界に一つだけの花』以来の、強烈なメッセージソングですよね。「元々特別なオンリーワン」が「ありのままの(姿)」に昇華した! 『世界に一つだけの花』については、今回の新書『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』の中でも、
私はこの後黒田との仕事はもうしていない。したくもない。なぜなら、インタビューをするようなライターの仕事には代替する人間がたくさんいるからである。当然SMAPが『世界に一つだけの花』で歌った「(ナンバーワンより)オンリーワン」など、ここでは通用しない。なぜなら供給過多だからだ。
と書かれていますよね。
中川:オレとしては、今回の『アナ雪』のヒットで、努力しないことへの「正当化現象」が加速することを危惧していたんですけど、サッカー日本代表のお陰で回避されたと思ってるんですよ。
今井:どういうことですか?
中川:代表は「自分達のサッカー」を追及することで負けたわけですよね。「オンリーワン思想」が「ありのまま」で強化され、さらに「自分達の…」「自分らしい…」でもっと強化される可能性があった。だが、あそこまでの惨敗をしたからこそ、「オンリーワン思想」「ありのままの思想」までぶっ潰す効果があった。成り上がりたいんだったら、いい生活をしたいんだったら、人間は「ありのまま」じゃいけないんだよ。努力をしなくてはいけない。
今井:僕も実はそう思ってました! 今日だって、こうしてフンドシを作ってきたりして、「ありのままのプロモーション」じゃ本は売れないって分かっているからこそ、こんな対談をしているわけで……。
中川:でも、オレら、今はありのままの姿だよな!
二人:ガハハハハハハハハハハハハ!
「ありのまま」を否定するために「ありのまま」の姿になる両氏
中川:そもそも、ナンバーワンになれば、必然的にオンリーワンになるんですよね。だから「ナンバーワンよりもオンリーワン」が正しかったとしても、ナンバーワンの人からすれば「ナンバーワンですが何か? 同時にオンリーワンでもありますが、何か?」となる。今考えると、「2番じゃダメなんですか?」で大バッシングされた蓮舫はなんであそこまで叩かれたんでしょうね。だって、「ナンバーワン」じゃなくていいんでしょ?
あと、どっかで読んだんだけど、「自分達の…」のルーツは相撲って説が面白かった。力士って取組後のインタビューの後、「ハァハァハァ、自分の相撲が取れたっス、ハァハァ」なんてやってるでしょ? 場所前のインタビューでは「自分の相撲を取るだけっス、ごっつあんっス!」とも言いますし。
今井:「自分の…」って言葉は、誰も傷つけないし便利なんでしょうね。
中川:でも、オレらみたいな一般労働者が仕事論を聞かれた場合に「自分の編集をするだけです」なんて答えたらただのバカじゃないですか。「自分達の…」は天才やその分野のトップにしか許されない言葉なんですよね。それ以外の人間が使ったらおかしなことになる。それなのに、一般人も「自分らしい生き方」とか平気で言うようになってしまった。天才でもないヤツが、「ありのまま」「自分らしい」を言うと、寒いヤツだと思われるのにね。サッカー日本代表も、アジアでは言って良かったかもしれないけど、ワールドカップで言うべきセリフではなかった。
今井:「ナンバーワンよりもオンリーワン」に続く、「ありのまま」は、相対化を否定している言葉のように感じます。競争を、より強く否定しているようにも。たとえば、それが「自分らしさ」なら、勉強しなくてもいい、とかね。
中川:その点、韓国人はすげーよ。
今井:はっ? また何を……?
中川:だって、あいつら、どこの大学に行くかで人生決まるってことが分かってるから必死に勉強するし、顔が良くて損することないからって整形する女がすげーたくさんいるじゃないですか。全然「ありのまま」じゃないんですよ、韓国の女は。これはとんでもない向上心ですよ。
今井:なるほど、「整形」は「ありのまま」の否定であり、向上心の表れだったのですね!
中川:そうそう、ガハハハハ。でね、このまま日本社会が「ありのまま」を許すようになったら、風呂入るのが大嫌いな男が「ボクは1ヶ月風呂に入らないという記録を達成したいんです! 石鹸で身体を洗うなんてありのままじゃないです!」なんて言いだしても「そうよね、それがあなたの個性よね」なんて許しかねない。
個人の自由の方が「それは社会的におかしいよ」の上位概念になってしまっている。「社会的におかしかろうが、ボクはボクです! ありのままの自分でいて何が悪いんですか!」なんて反論がまかり通ってしまうかもしれない。今のは極論ではあるものの、社会の物差しとか常識ってのは先人が作ってきたものなんですよね。ありのまま論は、そうした物差しをぶち壊すものなんです。
「自分らしい●●」の話題に、「自分自身」を晒してヒートアップする中川氏
今井:「個性持ちましょう」ってことでゆとり教育をすすめた結果、社会全体が混乱してしまっている部分もあるんでしょうね。「個性」と「人に迷惑かけてもいい」というのを混同しているのではないでしょうか。社会性を捨てても個性が際立てばいい、なんてことはないのに。
中川:「個性」とか「ありのまま」とかをメディアも有名人も、先生も重視させようとしているけど、それって不幸なことなんだよな。だって、そんなもんが通用するのは高校生までですよ。ありのままの自分で、何にも勉強しないで大学受験したら惨敗するだろうし、就職活動も同じ。結局、社会人の世界は苛烈なる競争社会なんですよ。今井さんだって「今井クンのありのままの編集でいいよ」とは言われないでしょ? 今井さんはいま何歳ですか?
今井:28歳です。「ありのまま」なんてとんでもないですよ! 常に需要を意識して、食いっぱぐれないように必死です。本当に「ありのまま」やりたいなら、圧倒的な実績を作るしかありませんよね……。
中川:そうなんですよ。
今井:『夢、死ね!』の中にも出てくる話ですが、僕の師匠的存在である編集者の柿内芳文さん(星海社新書元編集長。直近では『ゼロ』、『嫌われる勇気』などを編集)は実績があるから、自分らしい仕事のスタイルが周りから許されています。それは、デイリーポータルZの林雄司さんなんかにも言えることですね。中川さんも、『夢、死ね!』でこんな風に書かれていましたね。
林氏のゆるく自由な雰囲気に魅せられたライターがたくさん集い、「納豆を1万回混ぜる」という実験記事を出したり、「ハトが選んだ生命保険に入る」という広告企画をやるなど、とにかく楽しげなことをやりた い放題である。ニフティの別の社員に聞いても「デイリーポータルZと林さんは聖域ですからね......」と言われるほどである。あとは、LINE株式会社の田端信太郎氏narumi氏なども自由にイベントに登壇したり、原稿を執筆し、会社員でありながらも、様々な自由な活動を行っている。
この方々は、実績があり、とんでもない才能があるから、ある程度はありのままでいい。この人たちですら「ある程度は」ですよ。
柿内さんに関して言うと、サラリーマン当時、配属2年目にして、担当作が17万部売れてるんです。「それでだいぶ、会社から信頼してもらえるようになった気がする。ノルマとかもそんな言われなくなったし。その結果がなかったら、と考えると恐ろしい……」と言っていました。星海社時代も、編集担当冊数は決して多くないんですよ。上司から「カッキー、もうちょっとやってよ……」ってよく言われてました。それでも好きにやってOKだったのは、もちろん実績をあげ続けていたからで……。
中川:実績ないヤツは、社会ではありのままは許されない。
今井:どちらかというと、「指示のまま」が求められますよね。中川さんは会社員時代は「ありのまま」でしたか?
中川:全然そうじゃないですよ。若くして部長になるような人以外はありのままではいられないんじゃないかなぁ……。あ、でも部長になっても「クライアントの指示がまま」って側面はあるかもしれませんね。
今井:今はどうですか?
中川:「あんたに頼みたい」という指名の仕事の場合は、ありのままでできるかもしれませんね。たとえば、雑誌や新聞のコラムの連載とかはそうでしょう。でも、他の多くの仕事でオレは匿名でやってるし、一切自我を出していない。発注主の「指示がまま」を守ることこそ重要だと思っています。
33歳までは完全に「自分らしさ」はなく仕事をしていましたよ。ネットニュースの仕事初めてから、「自分らしく」には多少なったかもしれません。その後、柿内さんに編集してもらった『ウェブはバカと暇人のもの』の発売と、同書がもたらしてくれた仕事がうまいこといったから、今は自由にできているんです。
今井:最初から自分らしく、ってのはムリな話でしょうね。「実績作ってから自分らしくいきなさい」って話です。ホント、人生は残酷ですよ。
中川:大雑把に言うと、ゆとり教育は競争を否定する教育でしたが、世の中は競争が前提になっているんですよ。文科省がゆとり教育は旗振り役をしてきたんだろうけど、文科省に入るようなキャリア官僚なんて東大入って、さらには国I試験を通ってとんでもない競争に勝ってきたわけでしょ? 小中高の先生になるにしても、トンデモない倍率の教員試験をくぐり抜けてきたんでしょ? 教育業界の関係者は社会人は競争だって分かってるのに、なんで競争を否定したんですかね。今井さんはゆとりですか?
今井:僕はぎりぎり旧課程ですね。僕らの2つ下からが、ゆとり教育世代です。才能のある人だけが「ありのまま」でいられるって話でいうと、ウェブ上で、10代である程度有名になっている人たちはそうじゃないかなと思います。tehuくんとか吉田拓巳くんとか、仕事で何人か会ったことあるんですが、みんなやっぱり、才能があるんですよ。野球で言うなら、単純にボールを遠くに飛ばす力がすごい……。僕が彼らと同世代だったら、すごく腹たってるだろうなと思います(笑)
中川:なんでですか?
耳に手を添え、真剣に話を聴く中川氏
今井:僕には特別な才能がないからです。写真、音楽、絵が描けるとかがないんです……。僕と同じような、なんかやりたいと思ってるけど何もできてない学生っていっぱいいると思うんですよ。ネットとかで目立っている同級生を見て、腹立っているヤツ絶対いますよ。「ありのまま」やれてるヤツに嫉妬しているヤツ。僕はそれ、正しい感情だと思うんですよね。
中川:ネットでの輝きってのはどういうものなんですか? Pixivで人気とかツイッターで5000人のフォロワーがいるとかってことですか? 高校生とか大学生段階でこの状態にある人って、将来すごくプラスになるのでしょうか? それとこういう人達に対して「くそっ」と思う人は逆転できるんでしょうか?
今井:将来にどう影響するのかでいうと、「あんまり関係ない」かなと、個人的には思っています。ネットに限らずですが、若くして認められないからこそ貯まるエネルギーっていうのもあるじゃないですか? それを使って反撃をする機会っていのうは、いくらでもあると思いますよ。
「ありのまま」やってるうちっていうのは、ど真ん中の球だけを打つホームラン競争やってるようなものだと思うんですよ。そこでドカーンとやれるのはもちろんすごいんですが、社会に出ると、誰も打ちたがらない球をヒットにできる力だったり、自己犠牲の精神できちっとバントできる人だったりも必要とされるんで。僕、ヤクルトファンなので宮本慎也大好きなんですけど、彼の座右の銘は「二流の超一流」なんですよ。凡人はやっぱり、この精神でいかないとと思ってます。
中川:守備だけで稼ぐ人ってのもいますよね。元巨人の川相昌弘とかみたいに。そういう人が、ボールを遠くに飛ばす才能がある人以上に給料をもらってたりするのはおもしろい。
今井:ところで、どれくらいの才能があれば一流を目指していいと思われますか? 高校一? 大学一?
中川:じゃあ、いきなり常見陽平君の話を出そうか。あいつは一橋大学の同期1100人の中で、多分一番面白かった。そんな彼は、オレらの同期の中での世間での目立ち具合はやっぱり一番になっているワケですね。「一橋世界」という世界での一番は、「社会世界」とでも言えるこの世の人材開発やキャリア関連のところではトップクラスを取れたということかな。あとは学生プロレスで「一橋世界ヘビー級チャンピオン」とか「伊藤邦雄認定商学部世界ヘビー級チャンピオン」とかも名乗っている。「一橋世界」「商学部世界」ではオレがナンバーワンだ、どや! ってことですね。一度ナンバーワンの体験をしておけば、どう振る舞うべきか、どう勝つかが分かっているから、広大に広がる「社会世界」においてもすんなりと入りこめたんじゃないかな。もちろん、彼はそれだけの努力をしたからなんだけど。
今井:勝ち癖をつけるってのは、大事なことなんですね。
→[中編]に続く
[前編] 新書『夢、死ね!』刊行記念 中川淳一郎&担当編集者全裸対談!
[中編] 新書『夢、死ね!』刊行記念 中川淳一郎&担当編集者全裸対談!
[後編] 新書『夢、死ね!』刊行記念 中川淳一郎&担当編集者全裸対談!
文:セルジオ苺 撮影:キング・カス
ライター、編集者、PRプランナー。
1973年生まれ。東京都立川市出身。一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社し、しばらく無職となったあとフリーライターになり、その後『テレビブロス』のフリー編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。主な著書に、当時主流だったネット礼賛主義を真っ向から否定しベストセラーとなった『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)などがある。割りと頻繁に物議を醸す、歯に衣着せぬ物言いに定評がある。口癖は「うんこ食ってろ!」。ビール党で、水以上の頻度でサッポロ黒ラベルを飲む。
86年生まれ(早生まれ)。滋賀生まれ滋賀育ち。大学では、京都でロックのイベントをしつつ、マネジメントについて割りとまじめに勉強。就職を機に 上京し、新卒でリクルートメディアコミュニケーションズに入社。営業→ディレクターを経験した。「Webと紙の書籍、イベントを組み合わせた新しい出版事 業 をつくる」という志に共感し、2012年5月、星海社に合流。尊敬する人物は、小谷正一。
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