未来の姿をシミュレートする掌篇SF〈ゲーム・キッズ〉シリーズを手がける小説家・渡辺浩弐が、「2030年」を創造するテクノロジーの現場を取材! 最新技術が実装される先にある未来の姿とは?(全7回)
ナチスの悪行の一つとして「双子の実験」というものが知られている。一卵性双生児の一方にだけ毒物を投与したり傷を負わせたりして、その後の両者の様子を比較するのだ。
言うまでもなく許されない行為である。しかし、双子の片方がバーチャルな存在だったらどうか。生きていない、けれどもオリジナルと全く同じデータからなる臓器を持ち代謝系を維持している「デジタルツイン」だったら。その存在に対してはどんな過酷な実験をすることもためらう理由がない。
運動させる、絶食させる、飽食させる、病気に感染させる。そういった様々な刺激の結果としてバーチャル世界のそっくりさんにあらわれる状況は、現実世界の本人にとって、非常に有益な情報となる。このスペックの身体で、どんなことをしたら危険か。どこまでなら平気か。全くリスクを負わずに、知ることができるわけである。
デジタルツインとは、現実の存在を模倣して仮想空間に設置される存在のことだ。
これまでは主に製造業の分野で使われてきた概念である。機械や製品のそっくりさんをデジタル空間に作成する。それに対して様々なストレスを与え、耐久性などを予想する。
データ処理技術が劇的に向上したことにより近年「都市」をまるごとデジタルツイン化する試みが始まっている。
先駆けはシンガポールだ。都市国家の全体をデジタルツイン化する試み「バーチャル・シンガポール」を、2014年からスタートしている。
全土にわたり地形、植生、気候などを正確に再現した上で、都市内の建物の構造、交通機関の稼働状況、そして国民=生活者の属性や行動パターンに至るまで詳細なデータをインプットして統合し、3Dモデル化している。
成果物の活用範囲は多岐にわたる。地震や台風などの災害時に、どれくらいの被害が生じるか。具体的にどの建築物が損壊・倒壊するか。死傷者数は。被害金額は。経済に与える影響は。復興に必要な費用と期間は。
特定のウィルスや細菌が侵入した際の感染拡大経路は。消毒・殺菌のため化学物質を散布した場合、その効果は、あるいは人間への悪影響は。様々なシミュレーションが可能になるわけである。
もちろん将来に向けての都市計画立案でもこのシステムは活用される。例えば高層ビルを建築すると、完成後に人や車両の流れはどう変化するか。経済効果は。エネルギー消費は。......多方面への影響を複合的に試算した上で計画を最適化することができるのだ。
日本でも2020年度から、国土交通省の旗振りのもと全国56都市のデジタルツイン化を進める「PLATEAU」プロジェクトがスタートした。
東京都は、「PLATEAU」と連携しつつ独自の「デジタルツイン実現プロジェクト」を進行している。東京都の各種データを仮想空間上に積み上げて「もう一つの東京」を創生する試みである。
関東にまた大地震が起きたら、東京はどうなるのか。新宿の高層ビル街は。渋谷や秋葉原の繁華街は。下町の住宅街は。あるいは僕が住んでる中野ブロードウェイは。
とても気になる。けれど、ためしにちょっと揺らしてみようか、というわけにはいかない。
かの星新一はかつて「東京に原爆を!」と題したエッセイ(『きまぐれ暦』所収/新潮文庫)で、とんでもなく大胆な提言を行っている。
大地震がいつ来るかいつ来るかとびくびくしているより、原爆を東京の地下で爆発させ、人工大地震を発生させてしまおう、というものだ。
「迫りくる天災の先手を打って、われわれのほうで先取りしてしまおうというのである」......ちゃんと日時は予定されるわけだから住民はあらかじめ準備、避難できる。地震の後、倒壊した建物は土地とともに国家が買い上げる。もちろん家を失った人は気の毒だが、自然の地震だったら死んでいたのである。その後の東京では、倒壊の危険のある建物は全て建て直されているか、補強がなされている。住民は安心に暮らすことができる。
......と、そんな内容。1970年に書かれた文章だが、今読んでも驚愕するほど新しい発想は、さすが御大である。
もちろんこれは星さんお得意のユーモアに満ちた思考実験の一つであり、実現は不可能なこと。
......では、ないかもしれない。人間の双子実験と同様、このアイデアも現実ではなくバーチャルでなら、デジタルツインの東京でなら、可能ではないか。
それが今、実現しつつあるのだ。
都庁の24階に、東京都デジタルツイン実現プロジェクトを担当する「デジタルサービス局」という部署が設けられている。ここを訪ね、同局デジタルサービス推進部オープンデータ推進担当課長の元島大輔さんと戦略部デジタルシフト推進担当課長の清水直哉さんに話を伺った。(取材・2022年4月13日)
──まず、このプロジェクトの概要を教えてください。
元島 東京という現実の空間をデジタル上に再現するものです。地形や風景の3Dデータの上に、都内各地に設置されたカメラやセンサーなどで捉えた実データを入力していきます。もちろん3Dのサイバー空間としてVR体験もできますが、いわゆるメタバースとは明確に違います。メタバースはリアルに縛られないもので、中に入り込んで楽しんだり働いたりすることを目的に作られています。そのために現実を変容させて作っていくこともよくあるわけですね。それに対してこの空間は、現実の街をよりよくするために使う、システムの集合体です。できる限り正確なコピーを目指していくことになります。だから双子(ツイン)なんです。
災害時における避難経路のガイダンスを3Dビューアで見る。(2021年度実証)
地上・地下の混雑度を3Dビューアで見る。(2021年度実証)
──すでに公式ウェブサイトでは制作中のデジタルマップが公開されていますね。実際に操作していろいろなデータをマップ上に立体的に呼び出すことができる状態になっています。完成はいつ頃になりそうですか。
清水 2030年をとりあえずの指標としています。その時点で第1段階のデジタルツインが完成して、防災、まちづくり、モビリティなど各領域で活用されている状況を想定しています。完成と言っても、イメージとしては、様々なデータが常に更新されている動的な状態です。
──固定された完成形を提供する、というわけではないのが面白いです。
元島 2030年にできあがってはいおしまい、ではないんです。その段階ではデータがリアルタイムで流し込まれて、変化し続けている状態こそが大切なんですね。それを実現させるには、技術的な作業を進めるだけでなく、都庁をあげての連携体制を作ることが不可欠だと思っています。
──一部署の仕事にとどまらない壮大なプロジェクトじゃないですか。
清水 はい。先ほどから〝データを入力していく〟と説明していますが、一口でそう言っても簡単なことではありません。もともと役所のシステムは縦割りで、それぞれ担当部署が管轄のデータをがっちり管理しているわけです。このマップを作っていくためにはそれらを共有させてもらう必要がある。今のところはとても順調で、データの提供についても、システムの活用についても、各セクションから積極的な協力体制をもらっています。
──このプロジェクトを進めていくことが、都政のシステム自体を変化させていくかもしれませんね。
元島 それが理想ですね。デジタル技術を駆使してビジネスを変革させていく〝DX化〟は、役所にとっても差し迫ったテーマなんです。例えば紙をなくそう、というようなスローガンがよく掲げられますが、その目的は、単に手間を減らして仕事の効率化を図ることだけではないんですね。データは〝現代の石油〟と言われたりします。資料を紙ベースで保管せずにデータ化すれば、それは以後、様々に加工して多方面で使えるものになります。
──具体的にはどういうことでしょうか。
清水 データを重ねることで新しいことがわかってくるんです。例えば現在、東京の河川を管轄しているのは建設局というセクションです。港を管轄しているのは港湾局です。地下を流れる水は水道局や下水道局が管理していたりもする。それぞれで監視カメラなどを設置して常に多くのデータは集めていますが、それらはこれまで別々に管理されていたわけですね。それをこの一つのマップ上に重ねることで、東京都全体の水の状況がわかるようになるわけです。大雨の時の増水が各所でどのように影響するか、その時の対応や避難はどう行うべきか、など、より正確に適切に判断できるようになるということです。
──バタフライエフェクトとまではいかなくても、全く関係のないような事象が影響しあっていることがいろいろ発見されるかもしれませんね。今後はそうした〝重ね合わせの妙〟を探していくんですね?
元島 それを行う主役は、我々ではないんです。
──というのは。
元島 実際にサイト上で操作してみてもらえるとわかると思いますが、そもそもこのマップは、どのデータをどう表示するか、決まっていません。操作する人が自由に選べるようになっています。我々がやっているのは、できる限りの情報を集め、呼び出せる状態に設定するところまでなんです。そこからどの情報を取り出すか、どう活用するかは使う人それぞれで決めてもらう、そんなインターフェイスになっています。そこがグーグルやヤフーのような私企業が展開しているデジタルマップとの大きな違いです。
清水 東京都が公開しているオープンデータは5万件を超えており、デジタルツイン上で取り扱うデータは徐々に増えています。複数のデータをチョイスして組み合わせ、その先の条件を与えていく、その作業には無限のパターンが存在するわけです。これとこれを関連させたらどういう化学反応が起きるか、どのようなものが見えてくるのか。そういうことを、多くの方々に試してほしいんです。
──なるほど、確かにここにある膨大なデータは、ある種のマニアにとっては宝の山です。今後これを使って様々な立場の人、様々な知識やアイデアを持った人が、それぞれの観点からシミュレーションを行っていくことで、誰も想像しなかったようなことが続々と発見されそうです。
元島 現実の状態をできるだけ正確にデータ化していくという作業には、現実のアーカイブを残すという意義もあります。2021年7月に起きた熱海市伊豆山地区の土砂災害の事例ですが、静岡県が事前に、現場を含む伊豆半島全体の詳細な3Dデータを確保していました。そのデータと、土石流が起きてしまった後の地形データを比較することで、土地がどこを起点としてどのように崩れて流れていったか、詳細に把握することができたわけです。原因が盛土であったのではという推察は、発生後24時間以内に判明しました。3Dのデータが整備されていることで、災害の予測だけでなく、災害後の早期対応もできるということです。
──そういうデータを準備している自治体はもうあるのですね。
元島 静岡県は富士山噴火のリスクもありますので、かなり先進的ですね。東京都でもこれにならって、全域のデータ化を進めています。3D点群データについては2023年度中にはほぼ全域分を取得できる予定です。
清水 空間のアーカイブ化は、災害対応だけでなく、惜しまれつつ取り壊される建物や庭園を、別の形で残しておくことにもなります。最近では中銀カプセルタワービルの3Dデータ化が話題になりましたね。
──僕は中野ブロードウェイという築55年超のマンションに住んでいるのですが、ここも今のうちにデータ化しておいてほしいですね(笑)。
清水 昭和期に造られたビルや商店街に思い入れのある人は多いですよね。建物や庭園あるいは町並みの、独特な雰囲気までを残せるのは、3Dマップならではの魅力です。
──公式サイトではマップのメイキングというか、データ取得作業の様子も見ることができます。都が発注した業者が三脚を立てて測量しているようなプロの仕事風景もありますが、一般の人々がiPhoneのLiDARなどを使って風景を3Dスキャンしたデータも取り込んでいるんですね。
丸の内仲通りの歩行者数を計測。(2021年度実証)
元島 そうです。我々が作成したデータと一般の方々のデータを重ね合わせることも簡単にできるようになっています。上野恩賜公園を見てください。ベースは専用の測量システムを使って作ったものですが、例えばこの小さな看板のデータはスマホでスキャンしたものを後から追加したものです。
──小回りの利く一般の方々が、地元の身近な場所でそれぞれの思い入れのあるものを投稿してくれるとデータの価値は上がっていきますね。
元島 そうやって地図がどんどん細かくなっていく、その場所を利用される方々にとってどんどん便利なものになっていく、というのが理想なんですね。例えば通路の細かい段差とか、多目的トイレの設備など、利用者が必要と思うところを必要なだけ細かく入力することで、施設ごとのバリアフリーのレベルがリアルにわかるようになります。
清水 2021年度公開したエリアについては、自分の車椅子で入っていくことは可能か、通行が難しい場合には別のコースを選べるか、などをあらかじめ調べることができてとても助かるという声も頂きました。
──つまりこのデジタルツインは、いったん走り出したらユーザーの力を取り込んで、もしかしたら開発者の思いもよらぬ方向にリアルになっていくかもしれないということですね。マップが生き物のように成長していく様子を誰でもいつでも確認できるわけです。とても楽しみですね。
清水 もう一点、住民の力に期待しているのが、こまめな更新ということです。街は常に変化していくものです。それを一番知っているのはそこに暮らしている人々なんですね。変化したところを素早くアップデートして頂けるようになると素晴らしいな、と。
──自分の書き込みでバーチャル世界の街が進化していくなら、ゲーム感覚で参加する人も多いんじゃないでしょうか。いっそのこと、このデータを使って本当にゲームを作ったら楽しそう、なんてことも妄想してしまうんですが。
清水 もちろんそういうことも可能です。一部を除き、データはオープン化されています。オープンデータは二次利用フリーなので、ぜひご自由にお使いください。
──いいんですか!
清水 オープンデータはむしろどんどん使って頂きたいというスタンスです。そのために、例えばUnityやUnreal Engineといったポピュラーなゲームエンジンには、スムーズに流し込めるように整備したいとも考えています。
──リアルな東京を舞台にしたゲームが次々と作られるかもしれないですね。それが世界のゲーマーにプレイされると考えると、とても楽しいです。
(このデータを使ってどんなことができるか考えれば考えるほどワクワクしていたのは筆者だけではなかった。実はこの取材には星海社の編集者の太田克史さんと守屋和樹さんも同席していたのだが、このあたりから二人も話に加わって、どんどん盛り上がっていく......)
太田 ゲーム、いいですね! リアルな東京を舞台にした〝バトル・ロワイアル〟がやりたいです。新宿御苑とか上野公園のように限定した範囲で遊ぶものならすぐに実現できるでしょうし。
元島 上野公園については東京都と大学との共同事業によっていち早く全域のデータが揃ったんです。例えば東京藝術大学から『デジタル上野の杜』として公開されています。
「デジタル上野の杜」の公開コンテンツから。
太田 (PC上の3D空間を見ながら)これはすぐにでもゲームにできるクオリティーですね。上野には美術館や博物館、動物園もありますし、ゲーム要素には事欠かないですよね。こういうところから始めて、いつかは東京全域を舞台にすることもできると思います。東京全土で、最後まで生き残るのは誰だ、というイベント、これかなり熱いはずです(笑)。それから、〝宝探しゲーム〟もやりたいですね。空間に謎をたくさんしかけておく。それを解き進めると最終的にはどこかに隠されている宝物が見つかるというものです。脱出ゲームや謎解きゲームは昔から好きなんですが、現実の街を舞台にして行おうとするといろいろ制約が出てくるんです。バーチャルの空間でなら問題ないですよね。
──公開データを活用してゲームを作り始めるクリエーター、すぐにでも出てきそうですね。
元島 それから街の3DデータはAR、拡張現実としても呼び出し可能です。
──あっ。それでまたアイデアが広がりそうです。現実の風景と、その場所の疑似現実を重ね合わせながらプレイするようなゲームも可能ですね。現実の東京を歩き回りたいというニーズも引き出せそうです。
守屋 アバターというかマイキャラクターの目線は自在に設定できるわけですから、この3Dの街は、子供の背丈で歩くこともできますよね。逆に子供が大人の背丈になって歩くことも。
──なるほど、別の視点で街を見直したら、新鮮な発見があるかもしれない。それだけでもゲームになりそうです。
守屋 そして未来の人たちは少なくとも現在、2022年の東京はかなりリアルに体験できるわけですよね。つまり、時間移動して過去の街を歩くこともできる。
元島 2022年以前の東京を、そこに行ける3D空間にすることも可能です。別アングルで撮られた複数枚の写真を組み合わせて3D空間を再現する技術があります。住民の皆さんから昔の写真をたくさん提供してもらえたら、それを組み合わせて、様々なエリアを再現していくことができるかもしれません。おじいさんやおばあさんのアルバムを見直してもらって、懐かしい界隈の写真があったらどんどん投稿してもらう。それをこちらで3D化していく、というようなことができれば楽しいですね。
──自分の写真を提供することで、自分のいた過去のシーンが3D空間化されるとなればとても嬉しいはずです。あるいは、全く知らない人の写真のおかげで、自分の戻りたかった空間を体験できるようになる、とか。おじいさんとおばあさんが初めて出会った時刻と場所はわかっていても、写真は撮っていなかった。ところがその時たまたま同じ場所にいた人が撮影していて、その空間が再現されていた......そんな夢のあるシチュエーションも、ありえるわけです。
元島 そういうことが人の縁のきっかけになる可能性がありますね。
太田 大勢の人々の秘蔵写真で、記憶の中にしか残っていない街の風景が再現されていくといいなあ。僕は1990年代はじめくらいまでの新宿南口の、小さなお店がごちゃごちゃと固まっていた雰囲気がとても好きだったんですが、いつのまにかすっかりきれいになってしまっていて、ちょっと残念なんです。あるいはバスケットコートがあった頃の秋葉原とか、戻ってみたい場所は都内にたくさんあります。当時の写真を持っている人がいればある程度は再現可能なわけですよね。
──バブル時代の六本木とか、コギャル全盛期の渋谷とか、もう一度味わいたい街空間ってありますよね。
太田 いろいろな時代のマップができていったら、それを使ってさらに斬新な遊びができそうです。例えば、文学散歩なんかどうでしょう。
──なるほど! 夏目漱石が愛した街とか、太宰治が歩いた道とか。
太田 そう。それだけではなくて、具体的な作品の中の東京も味わえますね。登場人物が歩いた道をそのままの立体空間として追体験する、というコンテンツが作れるはずです。例えば村上春樹さんの『ノルウェイの森』で、主人公が恋人と四谷の土手を延々と歩くシーンがあります。あの道なら当時の写真がたくさん残っていると思います。
──確かにあの土手だったら、多くの人が自分の思い出も付随した写真を持っていそうですね。提供者は文学作品に個人的な記憶も上乗せして感慨ひとしおかと。
太田 神社の石柱や鳥居に、その建築時に寄進した人たちの名前が記されていたりします。そんなふうに、マップの素材データの提供者の名前を残すのはどうでしょう。
元島 はい、そういう仕組みも用意しています。個人から頂いたデータをアップロードしているページには、提供名が入るようになっています。
太田 それは永遠に残るステイタスになると思います。おじいさんが、これはわしが撮った写真からできた空間なんじゃ、と自慢しながら、孫を連れて行って案内する、なんてことも想像できますね。みんなで写真を持ち寄ろう、みんなの記憶を立体空間にしよう、みたいなキャンペーンをやったら、きっと盛り上がりますね!
──1990年のクリスマスの夜に渋谷にいた人、写真ください、みんなであの空間を再現して、一緒に入ってまた遊びましょう!......とか、そんなイベントができるかもですね。
太田 小学校の卒業式の日にはみんなでスマホを持って、その日の校内をすみからすみまで撮る、なんてどうでしょう。その子たちは大人になってから、その空間に戻ることができるようになります。
──僕は、小学校の図書室に戻りたいと夢想することがよくあります。夕日が差し込む木造校舎の中で、ずらりと並んだ本の背表紙だけでも眺められたら、100万円くらいは払っても惜しくないと思うんです(笑)。写真だけでも撮っておけばよかったな、と。
太田 運動部の部室もいいですよね。
元島 VR同窓会ができますね。今まで夢だった、青春時代に戻るということが、実現するわけです。
──すごく文学的な想像が広がります。ここが都庁で、役所で、最先端の技術を活用した仕事についてインタビューしていることを、つい忘れそうになります(笑)。
さて最後に、デジタルツイン都市には、「人間」はどのようなデータとして入力されているのですか。
(この質問はさりげなく言ったつもりだったが、お二人の表情が引き締まった。この問題について、すでに部署内で真剣に議論を重ねてきたことが窺われた......実はそうであることを、僕は期待していた)
元島 個人を特定したデータの入力は、行っていません。民主主義の国においてそれは非常に難しいことです。もちろん都市の活動において人間一人ひとりのバックグラウンドや行動パターンは重要なファクターですが、個人情報を守ることは何より優先させなければなりません。そこに踏み入らないようにしながらデータを充実させていく方法はあるはずです。この点は特に注意深くこれから進めていくことになるでしょう。
*
都市をビッグデータ化していくプロジェクトを、例えば中国は過激に行っている。
かの国はそこで、人間までをもデータ化している。国民一人ひとりの属性や行動パターンを数値としてコンピュータに入力し、順位づけし、統合しようとしている。
その是非は別として、少なくとも東京都がそういう未来に進まないことは明確だ。
自然、産業、交通、など、あらゆる情報を集めて入力していくデジタルツイン戦略において、東京都の取り組みとして特徴的なところは、全ての住民の参加を積極的に受け入れようとしているところだ。また成果はどの組織に独占されることもなく、リアルタイムで全て公開される。その活用も、全ての住民の手に委ねられる。
そのスタンスには深い意味があるのだ。現実をデジタル化する。ビッグデータを召喚する。しかしそこにビッグブラザーが出現する可能性は回避する。それが非常に重要なことなのである。
東京都が完成を目指すこのデジタルツイン、もう一つの東京には、誰でも住むことができるのだ。
この記事を読んで少しでも感じるところがあったら、「東京都デジタルツイン実現プロジェクト」のウェブサイトに行って、膨大な公開情報を、気の赴くままに読み漁ってみてほしい。
データの集積が、ダイヤモンドの鉱山に見えるかもしれない。そこから新しいアイデアが湧いてくるかもしれない。
それはあなたにとって、東京にとって、大きな資産になっていくものだと思う。
【第1回◀】
*第3回の公開は3/27(月)予定です。
*当連載をまとめた書籍『7つの明るい未来技術 2030年のゲーム・チェンジャー』(星海社新書)を4/18(火)発売予定です。ご予約をよろしくお願いいたします。
*4/30(日)に当記事はクローズします。以降は書籍をご購読ください。
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渡辺浩弐
1962年、福岡県生まれ。小説家、ライター。『週刊ファミ通』での連載を経て1994 年に刊行された『1999 年のゲーム・キッズ』で、本格的に作家活動を開始。以後も、デジタルテクノロジーを題材に未来の姿をシミュレートするSF 掌編小説集として〈ゲーム・キッズ〉シリーズを手がけ続けている。当連載での取材をもとにした〈ゲーム・キッズ〉最新作も執筆予定。著書に〈ゲーム・キッズ〉シリーズ『2020年のゲーム・キッズ →その先の未来』、『世にも醜いクラスメートの話 渡辺浩弐ホラーストーリーズ』(ともに星海社FICTIONS)など。
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