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ジセダイ総研

新しさは重要ではない? 理科教養を身につけるための本選び

土屋健
2016年12月01日 更新
新しさは重要ではない? 理科教養を身につけるための本選び

 筆者の本業はサイエンスライターだ。すなわち、サイエンス(理科)にまつわることを「書く」ことを生業としている。サイエンスライターとして独立する前は、科学雑誌の編集記者として働いていた。

 こうした背景と職業からか、最近になって知人・友人、あるいは筆者が講師を務める生涯学習講座の生徒さんたちから、次のような質問を受けることが多くなった。「この分野について基礎から学びたいけれど、どのような基準で本を選べば良いのか」「もっと知りたいのだけれど、どのような本が良いのか」「子どもに与える本として、どのような本が良いのか」……などなど。教養もしくは教養的なおすすめの“理科本”の紹介を求められるのである。

 筆者の専門は古生物学や地質学で、要望される分野も基本的には古生物学や地質学にまつわるものが多い。それでも「サイエンスライター」の視点に立つと、おそらく全理科分野に通じる「本の選び方」があると思っている。今回は、筆者なりの「理科を楽しんで身につけていくための本の選び方」を紹介したい。

子供向けと侮れない「図鑑」

 まずは、最も基本的かつ基礎的な本。それは、子ども向けの図鑑だ。小学館のNEOシリーズ、講談社のMOVEシリーズ、学研のLIVEシリーズ、ポプラ社のWONDAシリーズなど、各出版社から刊行されている。

 こうした子ども向けの図鑑は、絵や写真がわかりやすく、そして文章も平易に書かれている。子どもたちへのプレゼントとして最適であると同時に、大人でも十分楽しめる仕上がりだ。大きなポイントとして、これらの図鑑シリーズは専門家の監修を受けていることが挙げられる。このことは、質の面での保証がなされていることを意味している。

 図鑑は、資料としての価値があることはもちろんのこと、理科への興味関心を広げていく「扉」ともいえる存在だ。特定の調べもののためにページを開くのではなく、時間のあるときに気楽な気分でページをめくっていくのもいい。子どもたちと一緒に、見たことのない動植物の姿に興奮し、描かれている鳥と一緒に空へ思いを馳せてみよう。

 大人な楽しみ方としては、珈琲や紅茶でも飲みながら、広い机の上に本を置いて、ゆっくりとページをめくっていくという方法もある(読書のお供は、日本酒でもブランデーでも良い)。これは、かつて筆者が『図鑑大好き!』(彩流社)の制作に関わったときに、ある取材先が実際に行なっていた図鑑の使い方である。とても贅沢なひとときだ。

人生を疑似体験できる「研究者が書いた本」

 さて、図鑑以外に関しては、最も"深く"読んで楽しむことができる本は、研究者自身が執筆している本である。

 筆者は、「どんなタイトルの本を選べば良いですか」と聞かれることがある。しかし、タイトルは営業的側面が強く、必ずしも書籍の内容を反映しているとはいえない。もちろん、書籍の内容に則したタイトルにしようと編集者や著者は頑張るものだけれども、タイトルの最も大切な役割は、想定読者にその本を「手に取ってもらう」ことである。したがって、いわゆる「ジャケ買い」のような買い方をするのでもない限り、タイトルだけに引っ張られない方が良い。私自身の本であっても、タイトルに関してはよっぽどこちらの意図に反しない限り、編集さんの提案にしたがうことが多い。

 そこで、注目するのは「著者」の欄である。著者が本職の研究者であるかどうかをチェックする。「でも、研究者の名前なんて知らないし」ということであれば、その研究者の略歴をチェックしてみるといい。今、あなたが身につけたいと思っているジャンルの研究者かどうかがわかるはずだ。なお、「研究者」という肩書自体は無資格で名乗れるので、"自称研究者"には注意した方が良いだろう。

 おすすめは、日本人研究者の本である。なにしろ私たちにとっての母国語だ。細部の機微まで、その表現がよくわかる。たとえば、恐竜の分野でいうなれば、北海道大学の小林快次准教授が著した『恐竜時代1』(岩波ジュニア新書)などがおすすめだ。現場の臨場感は、まさに専門家でなければ書くことはできない。

 海外の研究者の翻訳物は、日本人研究者の監訳者がついているものをすすめたい。とくにサイエンスものの翻訳は微妙なニュアンスを必要とされるものが多く、必ずしも的確に訳されていないこともある。そうした表現をチェックできる日本人サイドがいればベターだ。ただし、必ずしもそうではないことが多いので、その分野に慣れた訳者が関わっているものが選択の基準となるだろう。たとえば古生物学の分野でいうならば、イギリスの古生物学者であるリチャード・フォーティが著し、サイエンスライターの渡辺政隆さんが訳した『生命40億年全史』(草思社)がこうした本の例となる。もっとも、渡辺政隆さんは現在は筑波大学広報室教授となられているので、ある意味で専門家ともいえるだろう。

 いずれにしろ、研究者の執筆本は、その研究者にしか書くことができない情報が多い。研究の現場の臨場感が伝わってくることもある。最新情報とそれに関する研究者の見解もある。本を読むことが「他人の人生の疑似体験」であるとすれば、研究者の執筆本ほど、そのジャンルの"深み"を味わえるものはないだろう。その世界にどっぷりとつかった人が書くのだから。

研究者+サイエンスライターという専門家コンビ

 次いでおすすめは、専門の研究者が監修し、サイエンスライターが執筆した本である。つまり、研究の専門家と、物書きの専門家がコンビを組んでつくった本だ。

 研究者の中には、サイエンスライター顔負けの文を書く方々も少なくないのだけれども、一応、サイエンスライターは「ライター」と名乗っているように、「本職の物書き」である。そのため、「物書き」としてのさまざまな表現技法を身につけており、それを駆使した文を綴る。

 想定読者層によって使う用語や比喩表現、わかりやすさのためにどこを簡略化するか、なども意識する。監修者である研究者と相談し、想定読者を意識して科学的情報を簡略化する際に正確性のギリギリの線をねらって、試行錯誤を繰り返す。また、図版の選定などについても、編集者と打ち合わせを重ね、予算とデザインの許す範囲で進めていく。ここに膨大な時間を費やすので、物書きの本職としては、研究者の執筆本との差別化ができている(と思いたい)。手前味噌になるが、一応、筆者が上梓している本の半数以上はここに分類される(たとえば、『エディアカラ紀・カンブリア紀の生物』(技術評論社)などは、複数の研究者に取材したうえで執筆し、さらに専門博物館に総監修もお願いしている)。

ライターの力量はどこで分かるか?

 次に、サイエンスライターが単独で執筆した本である。研究者がついていないので、最新情報を拾いきれていないかもしれないし、わかりやすさを意識しすぎてしまって、科学的正確性を失っているかもしれない。

 それでも「サイエンスの物書き」が書いた「読み物」として楽しめるはずだ。ちなみに、監修者がつかない理由は、納期やコストなどさまざまな"大人の事情"が絡むことが多い。

 ただし、注意してほしいのは「サイエンスライター」は資格職ではないといことだ。名乗ろうと思えば、誰でも名乗ることができる。実際、筆者が出会った「サイエンスライター」には、「普段は芸能関係を書いています」「フードライターもやっています」「必要に応じて『●●ライター』を使い分けます」という人もいた。「サイエンスライターと名乗っていたから仕事を依頼したのに、何も分かっていない人で苦労した」という話を編集者から聞いたことは、一度や二度ではない。

 じゃあ、どうやって「サイエンスライターを見極めるか」といえば、一つの目安はやはり略歴だろう。「サイエンス」はライター業界でも特殊な世界で、書くことには一定の"勘所"が必要となる。言い変えれば、経験や知識である。何気ない用語の一つをとっても使い分けが必要だ。たとえば、化石が地層からみつかることを「産出」というが、これを「出土」と書く記事をみかける。「出土」は考古学用語で、古生物学の用語ではない。この両分野にとって、用語の混同はしばしばみかける問題で、そうした記事は考古学や古生物学の経験や知識をもったライターが書いた原稿ではない。

 さきほど「科学的情報を簡略化する際に正確性のギリギリの線をねらって、試行錯誤を繰り返す」と書いたけれども、簡略化をするためには、その分野に一定以上は精通していなければいけない。そのための担保の一つは、略歴だろう。より端的にいえば、「学位」だ。できれば、その分野の修士以上の学位をもっていたいところ。修士号があるということは、少なくても数年間の研究経験があり、人脈もあり、勘所もあることを意味している(はずだ)。

 もちろん、世の中には修士号どころか、大学でその分野を学んだわけではなく、独学でやってきたというサイエンスライターもいるし、その人の本がすすめられない、というわけでは絶対にない。ただし、ざっくりと「選び方の基準」として、学位に注目してみるというのはアリだと思う。

 また、とくに本職の研究者ではないサイエンスライターが執筆したものに関しては、参考文献欄に注目されたい。ここにどのような書籍や論文が並んでいるか、ということが、内容の担保になるだろう。なにしろ不信に思ったら、読者が自分で調べることができるのだから。一部の方々からのお叱りを覚悟で書いてしまえば、参考文献欄にwikipediaのような「誰でも編集できるwebページ」があがっている本は、信頼性が一歩落ちると個人的には考えている。プロのライターであれば(サイエンス分野に限らないと思うが)、「誰でも編集できるwebページ」を挙げるのではなく、その出典までたどって情報が正しいかどうかを検証すべきだからだ。その意味で、参考文献欄は、ライターの"力量"を推し測る指標の一つとなるかもしれない。

新しさは重要ではない?

 ところで、「やはり最新情報こそがいちばん重要ではないか」と思う人もいるだろう。

 しかし、科学の分野では研究者の執筆本にしろ、サイエンスライターの執筆本にしろ、刊行年月の「新しさ」は実はさほど重要ではない。

 それというのも、まず第一に、科学の世界においては、必ずしも「新しい=正しい」ではない。新説や新発見は、年月を経て検証され、確実なものとなっていく。その過程の中で、否定されてなくなるものもある。その意味では、ある程度の年月を経たものの方が、科学的正確性は高いといえるかもしれない。例をあげれば、毎年秋になると注目を集める「ノーベル賞」があるだろう。ノーベル賞は科学の世界ではたいへん権威のある賞だが、必ずしも「最新の研究」に贈られるわけではない。時間をかけて十分な検証がなされて、その価値が証明されてから贈られているものが多い。科学においては検証こそが大事なのだ。

 最新の情報が欲しい場合は、もちろん刊行年月に注目すべきである。ただし、あくまでも「教養」として、"そこまでの新しさ"を求めていない場合は、数年レベルの差はほとんど問題ないはずだ。古い本でも十分楽しめるし、教養も積める。また、「古い」ということを認識したうえで読めば、現在の科学の基礎になっているようなことも学ぶことができる。

 極端な例を挙げると、チャールズ・ダーウィンが著した『種の起源』は刊行後150年以上の歳月を経ているけれども、一読しておきたい「進化の基本」の本である。日本語で入手しやすいものとしては、光文社古典新訳文庫から2009年に出ている上下巻がおすすめだ。訳がとてもわかりやすい。ただし、『種の起原』はもともと図版がほとんどない1冊であり、内容的にも19世紀の書籍なので古い情報・知識が多々ある(いくら「新しさ」はさほど重要ではない、と言っても)。その意味では、すでに絶版となっているものの、東京書籍が1997年に刊行した『図説 種の起源』が図版・解説付でとてもおすすめである。

『種の起源』1859年の初版

 今回の記事をまとめよう。あくまでも筆者の回答だが、理科教養を身につけるための基礎的な本の選び方は以下のとおりだ。

・子ども用の学習図鑑(監修付)は、あなどってはいけない。
・研究者自身が執筆している本は、臨場感もあり、最新情報もありでおすすめ。
・研究者監修でサイエンスライター執筆の本は、想定読者層にはまれば、かなり楽しめるはず。
・サイエンスライター単独本もおすすめだけど、略歴のチェックを忘れずに。
・より深みを考えるのであれば、参考文献情報が充実している本をおすすめ。

■土屋健氏、前回の『ジセダイ総研』記事はこちら

「ティラノサウルスに羽毛はあったのか? 史上最強恐竜にみる、科学の進歩と醍醐味」(土屋健)

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サイエンスライター。2003年、金沢大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。専門は地質学、古生物学。その後、科学雑誌『Nweton』編集部勤務を経て、現在は「オフィス ジオパオレント」代表。専門家への取材と、資料に基づく、科学的でわかりやすい記事に定評がある。(著者近影は、柴田竜一写真事務所の撮影による)

公式サイト:http://www.geo-palaeont.com/

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